津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■菫

2024-02-09 08:13:07 | 俳句

 漱石の句に 大和路や紀の路へつづく菫草 があるが、やはり菫は野原や道端に咲くものが愛らしく思える。

 そんな道端に咲いていた菫を頂戴して、バルコニーに置いているプランターに植え付けたが、今では実生の「菫」が生い茂っている。
その菫の今頃は、可憐な紫色の花が次々に咲いて騒がしいほどだが、これが小さい種を抱え込むように丸い球を作る。
これが三又にはじけるのだが、種は乾燥してから落ちるので、はじけてすぐ摘み取り、プラスチック・ケースに入れて乾燥させている。
それを、植木鉢に蒔いたり、マンションの植え込みに蒔いたり、それでも余れば道のわきの植え込みに蒔いたりもしている。
 そして私の部屋の前のベランダには、小さな鉢に「肥後スミレ」の種を蒔いてみたが、随分古い種子だから発芽するか心配していたが、二つほど芽を出している。

「肥後スミレ」は白い花弁がかわいくて、随分以前鉢物を買って育てていたが、夏の暑い日に水やりを忘れて枯らしてしまった。
さて今年白い花を見ることができるか楽しみではある。

           かわいいと思う齢や菫かな  津々

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■小倉戦争余話「落書上達」ー2

2024-02-09 06:36:23 | 史料

        以下の文章に於いて、実学党・(横井)平四郎が大いなる批判の対象になっている。

 併、此節夫役ニ出テ、迯戻ルハ恐入タル次第ニテ、其罪ヲ御糺被成候ハゝ無致方、尤自分ガ了簡二テハ此度ノ死罪二入間敷、其故ハ同ク
 廿七日ノ変、御人数へ押懸、終日程ノ炮戦古今無類ノ御勝利、天下ノ耳目ヲ驚シ、乍恐、御家ノ面目、御英名外国迄轟キ、尚百万長賊襲
 イ来ルトモ、九州ノ應援ハ、返テ足マトイ、御一手ニテ天下ノ為ニ、皆殺シ、何ノ御手間モ可入カト、武士御役目、我々共迄難有存シ、
 猶御吉左右奉待候処、惣御引拂トノ取沙汰、浮説モヿニヨル、如何ノ訳カト御府中一統仰天、市在ニ懸ケ、手二汗ヲ握リ、■様ウカゝ
 フ処、惣師真先ニテ、飛脚モ不入、御國議モ不待、次第不同言語同断ノ引ザマ、其元ヲ聞ニ、士甚実学トヤラノ仕業ニテ、彼休隱此近邊
 ノ平四郎ナト、薩摩ノ野郎ト文通シ、長賊打ヲ不道理抔ト其身勝手ノ臆病説、先祖ニ似合ヌ萩大、惣師休隱ニ手ヲ引レ、ヨフ/\出張ハ
 シタモノゝ、引上ケタイガ一ツハイ、恐シサカ本姓同気相求ル習ニテ、老中壱伎(岐)、勤行不對、ヨキ相手ノ愚将達、楽屋ノ論、カナ
 ド、以ノ外ノ事、依テ、勝タヲ幸、大里、田浦ヲ不追落、取モノモ取アエズ、ヒタ迯ニ迯ケ、追打サレヌカ御家ノ御高運、自分ノ軍■ハ
 不及申、鉦太鼓迄無残処打落シ、平家ノ富士沿ヨリモ浅間敷、萩大トハ申ナカラ、御家ノキユウセキ、三家ノ自分、大将ノ一身ゟ御國ノ
 恥ヲ四方ニ晒シ、御勝利ヲ泥土ニステ、追ニ公私ノ品ニ取返シ、来ルヲ面北ナシ共不思、腹ヲモ切エズヌカ/\ト殿中ニ出ル大タハケ、
 罪是ゟ大ナルハナシ、是ハヒトエニ、先ニ云実学党ゟ起ル処ニテ、平四ナト、士道忘却、御国辱ニモ相成、士席被差放、世二生キ甲斐モ
 ナキ者ヲ、其後モ度々御國議ノ席ニ出シ、相スマザル次第、或ハ其黨長不入隠居ノ簾中ヲ初、イン婦ノ養実南門ノ山行由良ガ太刀取リ鷹
 匠ガ子椎木無足抔ト、鳥合ノ國鼠徒黨ヲナシ、緒方ニ気前ヲ養イ、第一御國ノ大禁ヲヲカシ、大害ヲナス事平日多ク、別テ此節御国辱ノ
 根源トナリ、罪ニ罪ヲ重ヌ、惣師ノセメ申開キ有之間敷、軍ノ指揮ハ良将ノ第一、委細記ニ不及、此度色ヲ失ヒ、迯戻ル事、外ニ論ナク、
 依テ各連ノ迯ケタルハ気遣イニ不及、先ツ惣師ゟ先手ノ頭、引続御番頭御奉行此人ニハ一手ノ見切ニテ如何様トモ可相成ヲ、萩大ガ迯■
 ヲ幸ヒ、我モ/\ト引立ラレ、先ハ同罪也、
                  (つづく)
 

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