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桜と絵本と豆乳と

話し合い過信の弊

2005年07月07日 | 読書
学習塾で子どもらの「話し合い」に力を入れているところなど一つもない。塾ではまっしぐらに「学力形成」を目がけた「授業」をしている。大方は説明と指示と作業と判定、そしてやりなおし、繰り返しである。話し合い過剰、話し合い過信の弊は改めなくてはならない。
野口芳宏「国語教育 2005.7」(明治図書)

なぜ、話し合いなのか。
その一点を考えるだけでも、おそらく授業は変わる。
自分が教えたいこと、育てたいことを明確に意識できる。
話し合いの意義は、疑われない位置を占めているが
それこそ、真っ先に検討してみなければならない。