百醜千拙草

何とかやっています

感動を生む根性もの研究

2007-11-16 | 研究
最近のNatureに濱田博司先生のグループの論文が出ていて、フロントページでカバーされているのを見ました。心血管の発生において、最初は左右対称に血管が発達するのですが、発生が進むにつれて右側の血管は退縮し、最後は左側由来の大動脈一本となります。論文はこの大血管の非対称性が生じてくる過程でどれぐらいが遺伝的プログラムによってに決まり、どれぐらいが非遺伝的なもの(今回は血行動態)に影響されるかという疑問に答えようとしたものです。最初どこの研究室から出たものか知らずにフロントページでの記事を読んでいたら、血行動態を人為的に変化させるために胎生11日のマウスの左側の血管を結索するという実験をしたと書いてあったので、びっくりして論文を見てみると濱田先生のグループだったのでした。胎生11日のマウスの胎児はおそらく全長は6-7 mmといったところでしょうから、心臓の大きさはおそらく0.5mm未満、結索した血管は、それを見つけるだけでも非常に大変なほど小さいと思います。論文の写真をみると、確かに極細の糸を使って結索されていますので、これは余程、手先の器用な人が練習を繰り返して行った実験ではないかと想像します。普通ならマウスの11日の胎児に手術をするなどという発想さえ出て来ないと思います。こういう実験を見ると私は単純に「感動」してしまいます。
 これまで、濱田先生の話を直接聞いたのは、2-3回だろうと思います。最初に聞いたのはleftyをクローニングした頃ですから、15年ほどは前だろうと思います。左右非対称がおこってくるメカニズムをマウスで研究するというのが濱田先生の主なテーマで、leftyは発生初期に左側のみに発現している遺伝子としてsubtraction hybridizationでクローニングされました。当時、私もsubtraction hybridization やdifferential hybridizationでのクローニングをやっていたので、この手の仕事で当たりを引くのがどれほど困難かはわかっていたつもりでした。この手法は1987年に筋肉への分化を促進する遺伝子のMyoDのクローニングで一躍有名になり、私もそれに乗せられてやっていたのでした。クローニングに限らず、当たりを引かない限り論文になりませんから、論文にはどれぐらいはずれを引いたのかは書いてありません。私は百個余りを拾って苦労してスクリーニングして全部はずれたときに「やってられない」という気分になったことがあります。当時はマイクロアレイもreal time PCRもない時代ですから、スクリーニングはサザンとノザンでやり、シークエンスは一つ一つ放射性同位元素とシクエネースを使ってゲルを流し一週間かかって500塩基読めるかどうかという時代でした。(現在、MPSSで一晩で一億塩基を読むとかという話からすると旧石器時代のようです)とにかく、subtraction hybridizationなどによるクローニングというのは、「当てもん」みたいなものだったのです。濱田先生のleftyのクローニングの話を聞いたのは先生が阪大に移られた頃で、セミナーではsubtraction hybridizationで数千個のクローンをスクリーニングしたとさらりと述べられ、「左により多く出ている遺伝子で、まず拾えていないクローンはないです」と断言されたのを聞いて、私はぶっ飛びました。私に限らず、この手のクローニングの仕事はfishingと言われて、「当てもん」仕事であると皆思っていたと思います。つまり、いくつあるかわからない 沢山の遺伝子の中からたまたまエサに喰いついた魚をつり上げるような実験なのです。ですからこの手の実験では水面下にどのような魚がどれだけいるとか、目的としている魚が何割いるとか、そうした情報は余り得られないのが通常です。そもそも目的でない魚はどうでもよいという実験なのです。にも関わらず「拾えてないクローンはない」と言えるということは、水面下の魚の情報についてどうでもよい魚も含めて、かなり正確に把握できているということを示しているのだと思います。それだけの情報をクローニング実験から得るには、相当数の数の実験をやったということなのです。こうしたエピソードに限らず、濱田先生の研究には、「感動」を呼ぶものがあります。数年前のNatureの論文にも私は感動しました。胎児期に左右非対称が最初にヘンゼン節でおこってくるときのメカニズムは、一方向性に旋回運動する繊毛がミクロの水流をつくり出し、未同定のモルフォジェンを左側に押し流すからだと考えられていました。これは例えばKartagener症候群のような内蔵左右逆転を起こす疾患で繊毛機能の異常があるなどの主に遺伝的証拠によって支えられていた仮説でした。この「ミクロ水流説」を直接証明しようとしたのがそのNatureの論文で、胎生初期のマウスの胎児を小さな水流発生装置に固定して、人工的にミクロの水流をかく乱することで、正常の左右非対称の発達が阻害されることを示したのでした。アイデアは誰でも多かれ少なかれおもいつくものだと思います。でも実際にヘンゼン節のミクロの水流をどうやって操作すればよいかという問題に当たった時に、「常識的に」そんな実験ができるわけがないとあきらめてしまうのだろうと思うのです。普通の人なら、数ミリしかない小さなマウスの胎児を生きたまま固定し、人工的に水流を与えることなど、不可能だと思ってしまうでしょう。しかし、そこはクローニング実験で「拾い残しはない」と断言できるような濱田先生ですから、文字通りに、小さなマウス胎児を人工水流装置に固定してヘンゼン節のミクロ水流を操作するという実験を成功させてしまったのでした。今回のマウスの血管結索実験にしても、大人のマウスやラットなら皆やっていることで、実験そのものは思いつく人は多数あったのではないかと思います。しかし、相手は体長数ミリの胎児のマウスであって、普通の人はそんなマウスの胎児の血管を外科的に操作することなどにできるわけがないと考えていると思います。そんな皆が考えている「常識」など知ったことかと、真っすぐに疑問に挑戦して研究成果を出してしまうところが、「巨人の星」とかの根性ものを見て育った私たちの世代に感動を与えるのかも知れません。次の作品ではどのような感動を与えてくれるか、楽しみです。
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