百醜千拙草

何とかやっています

フォルクマンの戦い、終わる

2008-01-18 | Weblog
Judah Folkmanが亡くなったとのニュースを聞きました。講演会場へ向かう飛行場での急死だったそうです。映画のネタになるような研究人生でした。「血管が腫瘍の増殖を促進する」、「腫瘍細胞が血管の新生を制御する」という今では常識となっているアイデアも最初は誰も信じず、研究費も貰えず、不遇をかこった時期がありました。読んではいませんが何年か前にの本「Dr. Folkman’s War」や、ジムワトソンが彼を「がんを根絶できる男」と持ち上げたために、彼は一般の人の間でも随分有名になりました。彼らの発見した癌細胞が産出する血管新生を抑制するアンギオスタチン、エンドスタチンは癌のマウスモデルでは著効を示し、血管新生抑制療法への期待をかき立てました。血管新生阻害薬としては、ヒト型VEGF抗体が2004年に市場に出ましたが、残念なことに癌に対してはそれほど劇的な効果をあげることはできていません。この薬は血管新生を起こしてくる滲出型加齢性黄斑変性症の治療ではまずまず有効なようです。マウスとヒトではいろいろ違うのでしょう。
 逆境の中、癌細胞が血管新生を制御するという仮説の証明に地道な努力を続けたフォルクマンには、周囲の無理解の中でウサギの耳にコールタールを塗り続けて癌が外的刺激で誘発できることを示した山極勝太郎と重なる部分があります。フォルクマンの好きな冗談として、「成功すれば忍耐強いと呼ばれるが、失敗すれば頑固ものと呼ばれる」という言葉が紹介されていましたが、現在の結果主義の社会をよく表した言葉だと思います。フォルクマン自身、癌での血管の重要性についての成果を皆が認めるまでは変人扱いだったのに、人々の方の意識が変わった瞬間から癌研究者のヒーローとなったわけですから、実感のこもった言葉でしょう。癌研究者としては、血管抑制療法が癌治療に大きく寄与するところを見たかっただろうと心のこりを察します。あいにく、現在までの状況からは血管抑制療法がヒトの癌治療の切り札になるという強い証拠が得られていませんから、将来、彼の夢がかなうことがあるのかどうかわかりません。いずれにせよ、一研究者として癌という医学上の大問題に取り組み、その重要な病理の一部を明らかにすることができ、現役のまま亡くなったのですから、医学研究者としては幸せな方だったのだろうと想像します。
 これまで聞こうと思えば、何度もフォルクマンの講演を聞く機会はあったのですが、ついにその機会が永久に無くなってしまいました。
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