気の乗らない書き物の日々で仕事は進まず、平坦な人生に刺激が欲しいなあ、などと思っていたら、小児科医の先生からメール。
数年前から、神の書いたシナリオにしたがって、私は臨床遺伝学の人と一緒に希少遺伝疾患のモデル化とメカニズムの解析のようなことをやるようになりました。この先生は、数年前からとある原因不明の病気を持つ患者さんの主治医をされており、その患者について、以前にやりとりしたことがありました。今回、その両親に第4子が生まれたが同様の病気があるようだということで連絡をいただきました。
近年、ゲノムシークエンスによる遺伝子解析が容易にできるようになって、遺伝性疾患と考えられば、Linkage解析を行えない例でもある程度のアタリがつけれるようになりました。この病気も当時で一家系に二例、DNAが手に入ったのは一例だけの症例でしたが、新規疾患ということでゲノム解析を行った例です。両親と患児のトリオ解析で候補の遺伝子変異はかなり絞り込めました。その中で原因変異である可能性が最も高いと考えらえた遺伝子が、私にとって興味深いものであったため、先走って別の専門家も引き入れ、複数の動物でモデル化し分子機能解析をしようとしたものです。あいにく、それなりの労力をかけて解析したのですがヒトの病気をうまく再現できず、結局、結論が出ないまま撤退したものです。症例数が限られている家系で、遺伝子変異が見つかった場合、病気との因果関係を証明するため大抵は何らかのモデルをつくって機能解析をするという作業が必要なわけですが、遺伝子解析と異なり、この実験的な部分ははるかに時間も労力も費用もかかりますので、ヒト遺伝学研究での大きな課題となっています。モデル化するために、培養細胞や、ハエ、線虫、脊椎動物ではゼブラフィッシュ、哺乳類ではマウスなどがよく使われますが、マウスモデルでさえ人間とはかなり生理は異なるので、うまくモデル化できない場合がかなりあります。その場合に、アタリだと思った遺伝子変異が実はハズレだったという可能性と単なるモデル化の失敗であったという可能性の見分けは難しいです。この時はマウスとゼブラフィッシュで疾患モデル化を試み、培養細胞と非細胞系生化学的解析を行いましたが、結局、マウスではうまく病状が再現できず、ゼブラでは何かありそうだがmorpholinoの非特異的反応であることが否定できず、細胞、分子レベルでは興味深い機能異常があるが、それが症状と結びつかどうかわからない、という辛い結果に終わりました。
今回の患者さんについては、当のご両親にとっては心の痛む深刻な話ですけど、我々にとっては、この病気を解明する新たな手がかりなので、ちょっと興奮しています。そして、この病気の遺伝子解析そのものを考え直す価値があるのではないだろうかと考え始めました。というのは、当初は近親婚で両親に異常がないので、常染色体劣性遺伝と考えて、その方向で変異の評価を行ってきたわけですが、現在まででこの両親から生まれた四人の子供のうち三人が発症しているという結果になっています。常染色体劣性遺伝だと発症頻度がちょっと高すぎますので、むしろ優勢遺伝の方が数は合いますが、そうすると両親が健康であることの説明が必要です。例えば、Imprintingされた遺伝子の変異など、常染色体劣性遺伝以外の可能性も検討してみる価値があるのではと思い始めました。とすると今回の患者さんのサンプルは原因究明への貴重なデータを提供してくれるのではないかと期待しています。
あいにく、私自身がこの例を追求していくことはできいので、別の人に回すことになりのですが、それを任すに適当と思われる人と近々、別件で会う予定になっております。これも神によってシナリオが書かれていたのかもしれません。