百醜千拙草

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Negative dataと統計

2022-11-15 | Weblog
しばらく忘れていたことをふと思い出したりしたとき、なぜか関連したことが起こるというのはしばしばあります。長らく会っていない誰かのことを思い出したら電話が鳴ってその相手からだったとか、微細構造定数が137である理由を考え続けていたパウリが入院して死んだ病室番号が137だったとか、シンクロニシティは日常に溢れております。この「意味のある共時性」という考え方はロマンティックですけど、大抵はそれだけで終わりますから、単なる偶然かも知れません。人間は数秒に一つぐらい思考を1日に何千と行っており、さまざまな事柄がソーダの泡のように思考の表面に現れては瞬時に消えていきますから、誰かのことを考えていたら電話がなったというのも、ただの偶然に恣意的に意味付けしているだけかも知れません。ちょうど、ワクチンは悪いと信じている人が、「ワクチン接種後に死亡、XX例目」というような新聞の見出しを見た瞬間に、ワクチン接種で死亡率が上がると思い込んでしまうようなものですか。

というわけで、前回、最近投稿した研究論文の返事が来ないと愚痴ったのですが、その直後に返事が来ました。Negative dataなのでリジェクトされるだろうという予想に反してエディターと二人のレビューアのコメントは非常に好意的で驚きました。これはこの研究は分野の人々の関心を持つ主題であったという私の希望的観測を裏付けたものではないかなと想像しています。そして、その直後、某S誌姉妹紙から、この我々の論文の内容に深く関連した投稿論文のレビューの依頼がありました。これはCOIを理由に断りましたが、依頼メールにあった抄録から想像するにそうレベルの高い研究とは思えないのですが、編集室がレビューに回す判断をしたのは、おそらく研究の主題に話題性があると考えたからでしょう。つまり、私の論文がリジェクトされなかったのと同じ理由で、この論文もレビューに回ったということだと思います。

われわれの論文のレビューには、二人のレビューアのコメントに加えて、もう一人、統計学の人からの要求が追加されており、このたった二つの図の論文に、20項目近い細かい要求が書かれています。この雑誌は臨床研究論文も掲載するという事情からと思いますが、近年、統計にはうるさくなりました。例えば、p-valueの使用については非常に抑制的で、p-valueに基づいて「有意差がある、ない」という表現をするのは避けるように投稿ガイドラインにあります。

生物学系の論文の50%で統計が正しく使用されていないと言われますが、それには理由があると思います。端的に言うと、われわれの研究のような実験生物学的研究ではそもそも統計処理にあまり意味がないのです。こうした研究では統計は実験結果の再現性を示すために使われることがほとんどで、その用途に関して言えば、私は個人的には必要ない、というかむしろ有害ではないか、と感じています。ヘンに統計処理した結果を使って議論するぐらいなら、生データを単純に示すほうがよいと思っております。だいたい、N = 3 で t-test(あるいはノンパラであっても)統計を行うことに何の意味があるのでしょう?しばしば散見されますけど、p-value 0.05という数字を水戸黄門の印籠のように使って、データのクオリティや数や効果サイズを無視し、都合の良い結論に導くために議論を歪めるなら、統計処理はしない方がマシです。また「群間の数値に統計的有意差がない」ことを「数字そのものに差がない」と意図的に混同して正確でない結論に導くこともよく行われます。「統計的有意差がない」というのは「帰無仮説が棄却できなかった」というNegative resultですから、その解釈は慎重でなければなりません。このp-value信仰とでも呼ぶべき慣習は少なくとも正されるべきだと私も思います。
しかしながら、私はわれわれが行うような小規模の実験生物学には統計は余り意味がないと思っておりますので、この種の研究に今回の統計専門家のコメントにあるようなレベルの厳密さを求めるのは、酒場で不謹慎な冗談を言っている人に正論で説教するような場違いさを感じてしまうのです。ま、酒場とは言えそんな不謹慎な冗談を言う方が悪いと言われれば反論のしようがありません。そういうわけで、こちらも統計学専門家の人に予約をとって相談することにしました。

いずれにせよ、Negative dataを出版しようとするのは、私の人生で初めてのことで、リバイスの機会を得たことは嬉しく思います。この論文の採否が私の今後の人生に統計的有意な影響を及ぼす可能性はゼロに近いですが、これを形にするのは意義があることのようですし、この分野でメシを食わせてもらった私の義務でありますので、もうちょっと頑張ろうと思います。
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