百醜千拙草

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帝国の亡霊

2023-01-06 | Weblog
今年の元旦、立憲の党首は、軍国主義を象徴する乃木神社に参拝したことを写真付きでツイートし、批判の嵐にあったあげく、その批判に対して開き直って逆ギレし、さらに炎上するという事件がありました。

この事件に関して、鮫島さんは1/5付けの記事の中で、次のように述べています。

「正月早々の「泉騒動」は、野党第一党の党首でさえ歴史的認識が浅薄で『軍国主義』や『戦前復古』への抵抗感が薄れているという恐ろしい永田町の現実に加えて、立憲民主党が共産党やれいわ新選組との野党共闘に立ち戻るつもりがさらさらなく、外交・安全保障政策で自公政権との対立点を極力なくして自公政権との連携を探る『ゆ党(野党と与党の中間)』になったことを如実に示すものである」

立憲民主党が立憲でも民主でもない怪しい党になって久しく、その迷走ぶりは今にはじまったことではないとはいうものの、呆れてばかりいる場合でもなく、共産、れいわ、社民を除く政党がどんどん右傾化を強めていく様子を見ると、危機感しかありません。

一方、海上自衛隊広報部は正月のツイートで、背中にそろって「正義」と書いた服を着た隊員立ちが、旭日旗のたなびく前でポーズをとっている写真を堂々と上げた上に、それに「カッコいい」とか「日本を守ってください」とかいうコメントがついて「バズってる」とリツイート、もう末期感しかありません。自衛隊が「正義」と「軍旗」を振り回し、野党第一党の党首が元旦から「乃木神社に参拝しました!」みたいなツイートをすることに何の躊躇もない、日本はいよいよ「良識」と「思慮深さ」と「反省」の欠如した国になりつつあると解釈せざるを得ません。

キシダ政権の軍事費をGDPの2%に引き上げるという方針は、アメリカの指示によるもので、それを閣議決定だけで拙速に決めたのは、一週間後におこなわれるバイデンとの会談に間に合わせるためでしょう。軍事増強への根拠を何も示さず、財源の議論もなく、国会も通さずに行われたという事実を鑑みれば、そのやましさは明らかです。国会審議にでもなれば、「アメリカ政府に命令されたから」と答えるわけにもいかず、すべての都合の悪い答弁では「しっかりと聞く」とか「しっかり考える」とか言うのが精一杯のキシダは、さすがにパンチドランカーのスガほどではないにせよ、立ち往生するのが目に見えていることを自覚しているのでしょう。

それでは、ここに来てアメリカが日本の軍事強化を推し進めようとするのはなぜかということです。私はアメリカの戦争ビジネスと自民の保身だろうと一義的に考えていたわけですが、もう少し広い視点で議論されている記事を見つけました。

このブログ記事は、(おそらく)ニュージーランドの親日家の筆によるもので、2015の記事を再掲したものです。外国人がここまで深く、しかも7年も前に、考察をしていたことに、私は感嘆しました。下の会談での周恩来が引いた諺のように、外から見る方がよく見えるのかも知れません。

大日本帝国の長い影について (ガメ・オベールの日本語練習帳)

この記事の中で著者は、「アメリカが日本に大兵力を常駐させているのは、もともと、 世界で最も好戦的な民族であると何度も分析されている日本人を再び他国への侵略に乗り出させないためであることは、アメリカ政府の要人がたびたび言明している。」と述べており、記事には50年前のニクソン訪中に先立って行われた周恩来とキッシンジャーとの会談の様子を筆記したアメリカ機密文書がリンクされています。(アメリカの機密文書は30年で機密期限が切れ、公開されます)そこでの会話をみると、周恩来はアジアからの米軍の撤退を要求するとともに、日本の急激な発展の先にある軍拡を懸念している様子が伺えます。それに応えて、キッシンジャーは、日本は経済発展とともに急激に軍事力を増して再び周辺諸国を侵攻する可能性があるという懸念に同意を示した上で、在日米軍の軍事力は日本の潜在的軍事力には比すべくもないが、在日米軍は日本が軍拡を追求することを阻止する役割を果たしている、と述べています。日本が再武装すると、30年代と同じ誤りを繰り返す可能性が高く、それは米中双方にとっての不利益であり、アメリカは日本を中国に対立させるために使用するつもりはない、と述べています。(p44 あたり)

これを踏まえて、このブログの著者は次のように結論しています。

「ここに来て、アメリカが安倍政権に対して「戦争する国になってもいいよ」と言い出したのは、日本が再び歴史を通じての本来の国の姿、戦争屋としてアジアの平和を破壊するリスクと、中国のリスクを秤にかけて、中国のリスクのほうが、いまの不透明で操作的な市場では必ず起きると考えられている1929年のような経済崩壊によって人民解放軍の発言権が増す予測を踏まえて、中国が予定よりも早く東アジア全体を支配するリスクのほうがおおきいと判断しているからだと観測されている。」

また、アメリカの戦法の変化によって、「多分、5万人程度の事実上はアメリカ軍配下の兵力を日本人によって新たに作り出すことが必要になっている、、、日本を外交的軍事的に御していく自信があれば、今度は自分の手でなく敵の手をかませるのに使えばよい、と思っている。」と述べています。

一人一人は礼儀ただしく、十分に知的で思いやり深い日本人が、集団になると、阿波踊りの阿呆状態で踊り出し、理性のタガが外れて収拾がつかなくなる危険な民族である、という評価に私は同意せざるを得ません。声の大きい人間の号令で一斉に右を向く日本人です。流されやすく付和雷同する日本人が、アメリカの指示とはいえ、軍備増強していくのを最も懸念しているのは、中国やかつて日本の帝国主義によって深い傷を負わされたアジア諸国、それから実際に戦争を経験した世代のアメリカでしょう。

歴史を知り戦争の現実の悲惨さを想像できる日本人が政治やメディアの中枢に少なくなってきた今、「日本軍」がアメリカの思惑を越えて、馬鹿な真似を始める可能性を否定するのは難しい、と私は感じています。第二次大戦の日本の戦い方を見て、アメリカは日本人はクレイジーだと恐怖したでしょう。もちろん、悪い意味での「クレイジー」です。だからこそ、アメリカは日本を徹底的に破壊し、戦後はA級戦犯を使って傀儡政権をつくり、戦争を放棄させ、二度と立ち上がれないようにしたのでしょう。上の1971年のキッシンジャー、周恩来の会談には、日本人の理解し難い気質への恐れというものが読み取れます。日本人は一つ間違えば、制御不能となる狂犬の集団だとでも考えていたのだろうと思います。

しかし、アメリカは、小泉政権あたりから自衛隊を米軍のアジアにおける下部組織として活用していく方向に転換し、その傾向はアベ政権から加速しました。もし現在のアメリカ政府が日本人は容易に制御できると思っているとしたら、戦後80年弱、おそらく日本人の集団ヒステリー気質が幸いして、あまりに上手くいきすぎた間接統治の成功体験によって油断しているのではないかと危惧します。日本人は集団化することで容易に「クレイジー」になって手がつけれなくなる可能性があります。そういう集団がアメリカ産の兵器で武装を強化していくのです。一つ間違えば、なんとかに刃物、を地で行くことになりかねないと私は思います。

だからこそ、「国を守る」とか「正義」がどうとかという建前を安易に口にする連中を警戒しないといけないし、正月から乃木神社に参拝するような野党党首や靖国への公人の参拝といった行動は、その都度、批判していく必要があると思います。
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