※キーン氏の文章を含む古事記の入門冊子『つぎはぎ古事記入門』
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以前、「古事記とは何か(by 世界大百科事典)」という小難しいブログ記事を書いたが、最近になって、とても分かりやすい評論文を読んだ。古本屋で見つけたドナルド・キーン著(土屋政雄訳)『日本文学の歴史(1)古代・中世篇1』(中央公論社刊)である。最近になってキーン氏は、東北大震災を受け、日本への帰化・永住を決意された。
古事記の解説には、難しくてピンと来ないものが多いが、キーン氏の書きぶりは、私の感覚にピタッと合う。日本人の学者より、ニューヨーク生まれでコロンビア大学名誉教授の解説の方が分かりやすいというのは、不思議な話だが、そもそも前例にとらわれるあまり、「古事記を現代人の感覚で読む」という視点からの解説が、少なすぎるのではないだろうか。
前置きが長くなった。キーン氏は、同書で約40ページを割いて古事記を論評している。小見出しをすべて拾うと
日本最古の書物『古事記』は重要な作品
意味よりも重視された言葉の響き
問題を含みながらもすばらしい宣長の業績
疑問が多い語部の『古事記』編纂への関与
火事で消失した『古事記』以前の歴史書
稗田阿礼は男か女か、さまざまな解釈
素朴で粗削りの美、伝統の宝庫『古事記』
日本の島々を生む神イザナギとイザナミ
冥府へ下るオルフェウスを連想させるイザナギの黄泉行き
他に例をみない神の性行為による国生み
中心的な神や英雄がいないため統一を欠く
最初の英雄スサノオの二面性
日本最初の和歌とみなされるスサノオの和歌
豊富で面白いオオクニヌシのエピソード
オオクニヌシが妻たちと交わす歌になまめかしさ
ニニギのエビソードで「神の代」から「人の代」へ
大和の勇者ヤマトタケルの各地征伐
「歌心ある武人」ヤマトタケルは日本的英雄の原型
新羅の記録に日本登場、アジアとの交流盛んに
初の心中事件も記される人間世界中心の下巻
文学的面白さに欠ける下巻
『古事記』は日本の文学的表現の源流
※入門書(概説書)としては、上記の2冊が最も読みやすい
では全40ページから、要点を小見出しとともに抜粋する。
■日本最古の書物『古事記』は重要な作品
712年に朝廷に献上された『古事記』は、日本最古の書物である。さらに古い記録があったことがその序文に記されているが、その大部分は645年に焼失した。
日本文化史に『古事記』が占める地位はきわめて大きい。単に最古の書物というだけでなく、18世紀以降には神道の聖典として扱われたし、文化の黎明期における日本人の信仰をうかがい知るには、これが最良の資料である。
数多くの歌謡を含み、興味深い神話や寓話がちりばめられていることから、今日、この書物は単なる宗教的文書でなく、重要な文学作品ともみなされている。
■問題を含みながらもすばらしい宣長の業績
現在出版されている『古事記』のほとんどは、原文の1字1字に「純粋な大和言葉」の発音を与えている。これは、偉大な国学者本居宣長(1730~1801年)の読み方にほぼ従ったものである。
■稗田阿礼は男か女か、さまざまな解釈
8世紀の戸籍を調べるという、あまりロマンチックとはいえない調査方法によれば、稗田阿礼は男性とみなせる。アレ(荒)はつねに男性の名であり、女性の名はアレメ(荒女)になるらしい。一方、もっと最近の研究者からは、『古事記』は後宮で吟誦するための、のちの持統天皇(在位690~697年)の皇女時代に女性が編纂したものだとする主張も現れた。
■素朴で粗削りの美、伝統の宝庫『古事記』
日本の神話と伝説の宝庫として、『古事記』の重要性ははかり知れない。
『古事記』を文学作品として読もうとすると、現代人はおそらく困難を感じる。その原因は、比較的短い説話でさえ首尾一貫せず、矛盾が多いこと、そして何よりも冗長であることにある。無数の男神・女神が生まれ、名前を与えられた直後に消え失せて、2度と登場しない。おそらく、各地の氏族の祖先として崇拝されていて、その地方では重要な神々だったと推測できる。『古事記』に見る古代日本人の想像力は、豊かだった反面、緊張の持続が苦手だったのかもしれない。
■他に例をみない神の性行為による国生み
神の性行為による国生みなどはおそらく他に類を見ない。多くの日本人学者は、この性的結合の「大らかさ」をいい、『古事記』に現れる多くの性行為もみな同様だとしている。神だけでなく、島をも生むという二柱の神の不思議な能力の結果、日本の支配者は、自分が治める国と血でつながることになった。
イザナギとイザナミは、その数多い子孫ほどには崇拝の対象にはならなかったが、これは不思議なことである。
■「歌心ある武人」ヤマトタケルは日本的英雄の原型
嵐に襲われたヤマトタケルは目がくらみ、これ以後、疲労と孤独にさいなまれる。以前の雄姿は見る影もない。疲れはて、やがて病を得て、『古事記』の中で最もすぐれた歌謡の数編を作ってのち死ぬ。家族が葬式にやってくると、その目の前で、ヤマトタケルは大きな白い鳥になって飛び去る。妻と子は、海を超え、山を超えて鳥を追うがつかまえることはできず、鳥は天高く舞い上がっていく。アイバン・モリスは、著書 The Nobility of Failure(『高貴なる敗北』)の冒頭でこの説話を取り上げ、ヤマトタケルを日本的英雄の原型だといっている。
だが、ヤマトタケルの収める勝利自体は、英雄の勝利というより詐欺師の手口に近い。また、死後に白い鳥に変身するのは、敗北ではなく、人間的制約を乗り超えた勝利というべきだろう。
ヤマトタケルの歌は、日本語の歌謡として決して最高のものではないが、のちの日本文学に登場してくる「歌心のある武人」という、1つの理想像の形成には寄与しているかもしれない。
■文学的面白さに欠ける下巻
下巻の内容は、主として、皇室の誰がどの親族によってどういう理由で殺されたのかの説明である。わけのわからない理由も少なくない。殺人を淡々と記し、最後には歴代天皇の妻子の名をうんざりするほど書き連ねて終わる。
『古事記』が初めて(歴史でなく)文学作品として扱われたのが1925年であることは、倉野(憲司)も認めている。結局、『古事記』は歴史的文学書、もしくは文学的意図をもった歴史書であるというのが、倉野の結論である。
■『古事記』は日本の文学的表現の源流
『古事記』は、日本の文学的表現のほぼ源流に位置している。
さらに重要なことは、和歌の本質的な役割がすでに『古事記』に見えることである。英雄的な行為をたたえるときはもちろん、高揚した表現が要求される瞬間には、いつでも和歌が作られた。散文の語りの中に和歌を挿入する手法は、こののち千年ものあいだ日本文学の一大特徴となる。
日本という謎は、日本人の情熱をかき立てる。そして、その謎は『古事記』に始まるのである。
抜粋は以上である。キーン氏は《1930年代から40年代初期にかけて、日本の古典文学研究は軍国主義と天皇崇拝の影響下にあった。だが、戦後になって『古事記』への反動が起きたかといえば、むしろ逆である。政治的信念を異にするさまざまな学者が、制約から自由になって『古事記』を見直しはじめた》と書いている。古事記は、最近になって様々な現代語訳が出されるようになったし、古事記ゆかりの史跡を訪ねるガイド本やバスツアーも企画されている。
古事記が元明天皇に献上されたのは712年(和銅5年)1月28日。つまり古事記完成1300年の記念日は、来年の1月28日なのである。残すところ8か月。今こそイデオロギーから自由になり、「歴史的文学書」として古事記をじっくり読み返してみることにしたい。
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以前、「古事記とは何か(by 世界大百科事典)」という小難しいブログ記事を書いたが、最近になって、とても分かりやすい評論文を読んだ。古本屋で見つけたドナルド・キーン著(土屋政雄訳)『日本文学の歴史(1)古代・中世篇1』(中央公論社刊)である。最近になってキーン氏は、東北大震災を受け、日本への帰化・永住を決意された。
古事記の解説には、難しくてピンと来ないものが多いが、キーン氏の書きぶりは、私の感覚にピタッと合う。日本人の学者より、ニューヨーク生まれでコロンビア大学名誉教授の解説の方が分かりやすいというのは、不思議な話だが、そもそも前例にとらわれるあまり、「古事記を現代人の感覚で読む」という視点からの解説が、少なすぎるのではないだろうか。
古事記と日本書紀 (図解雑学) | |
武光誠 著 | |
ナツメ社 |
前置きが長くなった。キーン氏は、同書で約40ページを割いて古事記を論評している。小見出しをすべて拾うと
日本最古の書物『古事記』は重要な作品
意味よりも重視された言葉の響き
問題を含みながらもすばらしい宣長の業績
疑問が多い語部の『古事記』編纂への関与
火事で消失した『古事記』以前の歴史書
稗田阿礼は男か女か、さまざまな解釈
素朴で粗削りの美、伝統の宝庫『古事記』
日本の島々を生む神イザナギとイザナミ
冥府へ下るオルフェウスを連想させるイザナギの黄泉行き
他に例をみない神の性行為による国生み
中心的な神や英雄がいないため統一を欠く
最初の英雄スサノオの二面性
日本最初の和歌とみなされるスサノオの和歌
豊富で面白いオオクニヌシのエピソード
オオクニヌシが妻たちと交わす歌になまめかしさ
ニニギのエビソードで「神の代」から「人の代」へ
大和の勇者ヤマトタケルの各地征伐
「歌心ある武人」ヤマトタケルは日本的英雄の原型
新羅の記録に日本登場、アジアとの交流盛んに
初の心中事件も記される人間世界中心の下巻
文学的面白さに欠ける下巻
『古事記』は日本の文学的表現の源流
図説 地図とあらすじでわかる!古事記と日本書紀 (青春新書INTELLIGENCE) | |
坂本勝 監修 | |
青春出版社 |
※入門書(概説書)としては、上記の2冊が最も読みやすい
では全40ページから、要点を小見出しとともに抜粋する。
■日本最古の書物『古事記』は重要な作品
712年に朝廷に献上された『古事記』は、日本最古の書物である。さらに古い記録があったことがその序文に記されているが、その大部分は645年に焼失した。
日本文化史に『古事記』が占める地位はきわめて大きい。単に最古の書物というだけでなく、18世紀以降には神道の聖典として扱われたし、文化の黎明期における日本人の信仰をうかがい知るには、これが最良の資料である。
数多くの歌謡を含み、興味深い神話や寓話がちりばめられていることから、今日、この書物は単なる宗教的文書でなく、重要な文学作品ともみなされている。
■問題を含みながらもすばらしい宣長の業績
現在出版されている『古事記』のほとんどは、原文の1字1字に「純粋な大和言葉」の発音を与えている。これは、偉大な国学者本居宣長(1730~1801年)の読み方にほぼ従ったものである。
■稗田阿礼は男か女か、さまざまな解釈
8世紀の戸籍を調べるという、あまりロマンチックとはいえない調査方法によれば、稗田阿礼は男性とみなせる。アレ(荒)はつねに男性の名であり、女性の名はアレメ(荒女)になるらしい。一方、もっと最近の研究者からは、『古事記』は後宮で吟誦するための、のちの持統天皇(在位690~697年)の皇女時代に女性が編纂したものだとする主張も現れた。
■素朴で粗削りの美、伝統の宝庫『古事記』
日本の神話と伝説の宝庫として、『古事記』の重要性ははかり知れない。
『古事記』を文学作品として読もうとすると、現代人はおそらく困難を感じる。その原因は、比較的短い説話でさえ首尾一貫せず、矛盾が多いこと、そして何よりも冗長であることにある。無数の男神・女神が生まれ、名前を与えられた直後に消え失せて、2度と登場しない。おそらく、各地の氏族の祖先として崇拝されていて、その地方では重要な神々だったと推測できる。『古事記』に見る古代日本人の想像力は、豊かだった反面、緊張の持続が苦手だったのかもしれない。
古事記 (ワイド版 岩波文庫) | |
倉野憲司 校注 | |
岩波書店 |
■他に例をみない神の性行為による国生み
神の性行為による国生みなどはおそらく他に類を見ない。多くの日本人学者は、この性的結合の「大らかさ」をいい、『古事記』に現れる多くの性行為もみな同様だとしている。神だけでなく、島をも生むという二柱の神の不思議な能力の結果、日本の支配者は、自分が治める国と血でつながることになった。
イザナギとイザナミは、その数多い子孫ほどには崇拝の対象にはならなかったが、これは不思議なことである。
■「歌心ある武人」ヤマトタケルは日本的英雄の原型
嵐に襲われたヤマトタケルは目がくらみ、これ以後、疲労と孤独にさいなまれる。以前の雄姿は見る影もない。疲れはて、やがて病を得て、『古事記』の中で最もすぐれた歌謡の数編を作ってのち死ぬ。家族が葬式にやってくると、その目の前で、ヤマトタケルは大きな白い鳥になって飛び去る。妻と子は、海を超え、山を超えて鳥を追うがつかまえることはできず、鳥は天高く舞い上がっていく。アイバン・モリスは、著書 The Nobility of Failure(『高貴なる敗北』)の冒頭でこの説話を取り上げ、ヤマトタケルを日本的英雄の原型だといっている。
だが、ヤマトタケルの収める勝利自体は、英雄の勝利というより詐欺師の手口に近い。また、死後に白い鳥に変身するのは、敗北ではなく、人間的制約を乗り超えた勝利というべきだろう。
ヤマトタケルの歌は、日本語の歌謡として決して最高のものではないが、のちの日本文学に登場してくる「歌心のある武人」という、1つの理想像の形成には寄与しているかもしれない。
■文学的面白さに欠ける下巻
下巻の内容は、主として、皇室の誰がどの親族によってどういう理由で殺されたのかの説明である。わけのわからない理由も少なくない。殺人を淡々と記し、最後には歴代天皇の妻子の名をうんざりするほど書き連ねて終わる。
『古事記』が初めて(歴史でなく)文学作品として扱われたのが1925年であることは、倉野(憲司)も認めている。結局、『古事記』は歴史的文学書、もしくは文学的意図をもった歴史書であるというのが、倉野の結論である。
■『古事記』は日本の文学的表現の源流
『古事記』は、日本の文学的表現のほぼ源流に位置している。
さらに重要なことは、和歌の本質的な役割がすでに『古事記』に見えることである。英雄的な行為をたたえるときはもちろん、高揚した表現が要求される瞬間には、いつでも和歌が作られた。散文の語りの中に和歌を挿入する手法は、こののち千年ものあいだ日本文学の一大特徴となる。
日本という謎は、日本人の情熱をかき立てる。そして、その謎は『古事記』に始まるのである。
口語訳 古事記―神代篇 (文春文庫) | |
三浦佑之 著 | |
文藝春秋 |
抜粋は以上である。キーン氏は《1930年代から40年代初期にかけて、日本の古典文学研究は軍国主義と天皇崇拝の影響下にあった。だが、戦後になって『古事記』への反動が起きたかといえば、むしろ逆である。政治的信念を異にするさまざまな学者が、制約から自由になって『古事記』を見直しはじめた》と書いている。古事記は、最近になって様々な現代語訳が出されるようになったし、古事記ゆかりの史跡を訪ねるガイド本やバスツアーも企画されている。
古事記が元明天皇に献上されたのは712年(和銅5年)1月28日。つまり古事記完成1300年の記念日は、来年の1月28日なのである。残すところ8か月。今こそイデオロギーから自由になり、「歴史的文学書」として古事記をじっくり読み返してみることにしたい。