鳥瞰ニュース

空にいるような軽い気分で・・・

クモの巣

2015年09月15日 22時40分40秒 | 


一夜にしてか、丸一日か、涼しくなってウチが掃きだし窓を開けなかったからなのか、とにかく見事な巣が張られていた。
ひさしと、ガレージのアルミ柱の中程と、濡れ縁の3箇所でしか支えられていないのに、この造形。
まだ、獲物は一匹も掛かってはいない真っさらな網。
顔から突っ込んでみたくなるような罠。
風に吹かれて少し手前にふくれた状態が撮れた。
膨らみがほとんどないブラジャーのように見える。
壊したくはなかったけれど、下からと横からの糸を切った。
そのあとクモはどうしたか、見続けることはしなかった。
大事なタンパク質だから、ちゃんと糸をすべて取りこみ、他所でまたせっせと巣を掛けるのだろう。

芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を検索して読んでみた。
私は、ウチの蜘蛛の巣をあんまりためらいなく切ったけれど、蜘蛛ごと棒切れでぐるぐる巻き取るような邪険なことはしていない。
行く末、地獄で喘ぐ私に毒蜘蛛を遣わして、スパイダーマンにして頂けたらと願うばかり。
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ツマグロヒョウモンの幼虫

2015年09月14日 23時37分17秒 | 


手紙を投函するために、朝の散歩をしてみる。
宇治市の郵便物は宇治郵便局に集められ、そのあと各市からのものが京都中央郵便局に集められ、それから全国へと行くような話を聞いたことがあるので、わざわざ京都市のポストに入れに行く。
京都市内ならダイレクトに京都中央郵便局に行くから少し速いという話だけれど、政令指定都市の区が各市と同じ扱いなら区から中央へと行くわけで、となれば、変わらないではないか!?
集配回数なり、タイミングなり、距離なり、ほんの少し優遇的かもしれないけれど、結局は単なる気分の問題か!
うろうろしていると宇治市になったり京都市になったりする地域なのだが、このイモムシはそんな境界の地面にいた。
なぜ、わざわざ2匹でアスファルトに降りて、じっとしていたのか、わからない。
このデザインはインパクトがある。
触る気にはとうていなれないのに、幼虫図鑑というサイトで調べていたら、手に乗せている画像がいくつかあった。
イラガの幼虫のような毒はなくて、触っても全く害がないらしい。
つぎに遭遇したら、つまんで手のひらに乗せられるだろうか!?
できれば、会いたくない、でも、なぜかしら惹かれる・・逢いたい。
ツマグロヒョウモンを検索したら、私のブログ『鳥瞰ニュース』がヒットした。
昨年の11月23日に『ツマグロヒョウモンの♀』というタイトルで成虫の蝶を載せていた。
巡り合わせというものなら、また逢えるのかも知れない。
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大地の芸術祭2015 その26

2015年09月13日 22時01分19秒 | アングル




まつだい郷土資料館は、築百年以上の古民家(農家)を移築再現したもの。
欅の太い梁や柱が使われているのをみれば、かなりの豪農だったのだろう。






田植え用木枠を輪切りにしたような吊り下げ行灯に、鳥獣戯画風イラストでこの地の昔を描いた作品。
この地方の歴史や民俗資料を相当深く調べて、思い入れを込めた絵の数々。





『あおそ』を変換すると青麻と出てくるが、青苧も『あおそ』と読むようだ。
『からむし』という草が育ちやすいばかりではなく、豪雪地帯だからこそ冬仕事として糸繰りが盛んに行われたのだろうか。
蚕に繭を作らせる藁細工をマムシと呼んでいたというのは知らなかったが、近所のウチで養蚕をやっていたので見覚えはある。






郷土資料館の近くに草間彌生の作品はあり、そこに咲いていた知らない花が綺麗なので撮ったら、バックの作品がモスラのように見える。
農作業をする昔の様子がオブジェになっている作品も常設展示になっているはずで会期中でない時にも見た。
青と黄色が奇妙でインパクトがある。
実物大ではなく、かなり大きいと思われる。
わざわざ見物人が近くに観にいくようなことは想定外だろうが、何だか裏側を見てみたい。






観てまわっている途中で何となく撮ったウドの花。
一番この辺りらしい遠景を撮ってみたが、山の中腹を拡大してみると、以前は棚田となっていたところが耕作放棄されているようだ。
確実に私の田舎の風景は変わり続けている。

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大地の芸術祭2015 その25

2015年09月12日 23時17分27秒 | アングル






火の見櫓と言うより物見櫓に、木製の鳴り物があった。
本当なら、遠くへ響くものにしたいところを、かなりの力で叩いても鈍い音しかしない造りにしていた。
芸術だから、現実世界に配慮してあった。
昔の半鐘を思いだす。
火事のときは、その鳴らし方で遠くか近くかが判る。
急を告げる連打を聞いたこともある。
鳴り方の判読表は台所に張ってあった。
懐かしさを感じさせてくれる作品。


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大地の芸術祭2015 その24

2015年09月11日 08時44分06秒 | アングル


二つの作品を重ねて撮ってしまった画像。

ワイヤーで吊り下げられて浮いているのは、『ゴースト・サテライト』という作品。
人工衛星(役を終わっても回り続ける)と地球の関係は、越後妻有と東京の関係のようだと二人の作家が共同で創作したもの。
この地で集めた用無しガラクタを組み合わせて、人工衛星に擬したオブジェ。
幾何学的木枠は田植え前に転がして苗を整然と植えるための筋を付けるもの(小学生のとき、農繁期に学校は休みになり、ウチは農家ではないけれど田植え稲刈りなどを手伝った)。
パネル状のものは何かの衝立が色あせしたものだと思われる。
発泡スチロールは海辺に転がっている浮きの残骸のようだが、ダムが幾つかあるので、そこらあたりの廃品だろう。
花餅はたぶん十日町のメインストリートの雁木に飾られた正月飾りだろう(花餅はウチにはなかったが、前のお宅では神棚に飾っていた)。
右端の籐の安楽椅子は、地元製ではなく東南アジアからのものだろうけれど、この感覚は分かりにくい。

下方の巨大な絵は『蓬莱山』の作家の『島』という作品。
この作家の独自手法で、火薬の発火跡を利用したアート。
さすがは爆竹で正月を祝う中国人。
爆発音、期待、偶然、必然、瞬発力・・そんなアートはやってる本人が一番楽しいんだろうし、『いいやね!楽しそうで!』なんてほざいて観る。
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大地の芸術祭2015 その23

2015年09月10日 00時45分25秒 | アングル


ヘリコプターは、音を聞いても、空に見つけても、こんな藁細工に対してさえも、あのベトナム戦争映画の『プラトーン』を思いだす。
そうして嫌な気分と不安を感じるのは、実体験でなくてもトラウマになっているからだろう。
蔡國強という人名を知らなかったので、パンフレットを見たときに、なぜか逆読みの勘違いまでして強国祭と思った。
中国人だということも知り、ほんの一瞬、『よくもまぁこんな作品を我が故郷で・・』と思った。
全くの勘違いだったのは幸い。
この人が、上海のビル街を使った大々的花火パフォーマンスを繰り広げているシーンをテレビで観たことがある。
『すごい、すごい』と自分で手放しの喜びようをしていたので、無邪気な人だと思ったものだったが、この作品では、条件を巧みに利用したインスタレーションというものの凄さを感じさせてもらった。

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大地の芸術祭2015 その22

2015年09月09日 07時06分22秒 | アングル


取り巻いている中の最大級藁細工の空母。
藁で造られていても威圧感があり、まがまがしさを充分に感じさせる。
この藁細工群は、『・・・地域の匠たちにその技を学び、越後妻有地域のこどもたちとともに作り上げた約1000体にもおよぶ協働の作品・・・蔡のアートの真骨頂とも言えるインスタレーションです。』とパンフレットにあった。
言葉を使わずに、これほど大規模で意表をつく状況を創り上げるインスタレーションというものを見たのは初めてかもしれない。
わたしの芸術鑑賞体験はわずかでしかないなぁと感じたりもするが、国会とその周辺で急を告げている戦争関連法案が作り出す状況を暗示させて胸がザワザワとする。
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大地の芸術祭2015 その21

2015年09月08日 01時53分58秒 | アングル


蓬莱山の裏は画像のような仕掛けになっている。
山腹に流れ落ちている滝と霧のための水道ホースが浅い池の底を這って足場の裏にもぐっていた。
セットであることをあからさまに見せることで、深さと面白さを感じさせてくれる。
蓬莱山は仙人が住んで不老不死の薬を作っているという、中国で考え出された伝説の島だとか。
日本では滋賀県の比良山系に蓬莱山という山があり、かなり前に勤労者の山の会に誘われて登ったことがある。
それはそうと、この山の周りを川や海に浮かぶべき舟や各種軍艦や、空を飛ぶはずのヘリコプターや飛行機が、藁細工で造られぶら下がっている。
『オズの魔法使い』を想いだした。
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大地の芸術祭2015 その20

2015年09月07日 08時01分25秒 | アングル


北京オリンピック開会式の花火演出をした蔡國強の『蓬莱山』という作品が、京都駅舎も手がけた原広司設計の『越後妻有交流館キナーレ』に造られてあった。
コンクリート打ちっ放しの徹底した無機質人工物の中に山が出現していた。
箱庭とは言えない大きさでうまくできているので、山とコンクリート建物のどちらが先なのだろうと考えてしまいそうだ。
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大地の芸術祭2015 その19

2015年09月06日 06時54分10秒 | アングル










妻有地方には多くの城跡があり、城にちなんだ地名も多く、小学校の遠足で行った山城跡は何という名だったか思い出せないが、何しろ城跡だらけ。
信濃川の西、そのままズバリ川西という地区の奥に上野という地域があり、山の上に節黒城跡がある。
南北朝時代からの由来があり、新田一族の上野氏が城を構え、慶長年間に上杉氏が米沢に移封されるのに従った・・というようなことが検索して分かった。
17歳のときに友人と登ったのだけれど、山頂でのり巻きを食べたことくらいしか記憶になく、看板もなかったから歴史に興味は湧かなかった。
『城主の座』という作品があった。
あいにくの雨と霧で視界が悪く、天下を取った気にはなれなかった。
自然石に風景を写し取る彫刻とでもいうのだろうか。
見たときはさほどこころを動かされなかったけれど、自然そのままに遠景が彫られていて、鳶の気分で気に入りの景色を毎日眺められるなら、さぞかし良いだろうと思う。
大切な思い出の山容を創ってもらい、死後はその下に骨を埋めるようにと遺言するのも良いかもしれない。

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大地の芸術祭2015 その18

2015年09月05日 07時30分40秒 | アングル












『絵本と木の実の美術館』という作品も廃校をそっくり利用していた。
色んな木の実を壁にくっつけて表現している絵は、なるほど絵本作家らしい発想だと思われた。
在りし日のおとぎ話の残像か。
赤く少しだけ写っているのは、流木とおもわれる棒切れを大量に繋ぎ合わせて何かを部屋いっぱいや天井いっぱいに造形されてあった。
赤だけの、黄色だけ、青だけの大作があったし、他にも面白そうな動かす作品などもあったが、画像として撮りづらくて割愛。
大層な時間を掛けた力作なのだろうけれど、実(じつ)のところ、、私にはそれを受け入れる何かが欠けているようで、あんまりこころ動かされない。
それより、たどたどしい年表と校舎裏に捨て置かれたオルガンや脚立を撮ってしまう。
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大地の芸術祭2015 その17

2015年09月04日 06時56分32秒 | アングル












我が田舎には、平家の落人伝説が残っていて民話になっている。
私の記憶している話のさわりを一つ。
源氏方の追っ手が来て追求された村人が『平家は玉一つ、源氏は玉二つ・・・』というようなことを言って、下半身をさらし、難を逃れたとか何とか・・。
そのように山間部が多い地で、こんなところにも人が住んでいるのかと思われるような集落が随所にあって、信濃川流域の比較的平地に住んでいる者は、山間部を少しだけ侮蔑を含んだような憐れみを含んだような優越感を含んだような言い方でヤマチ(山地?)と呼んでいた。
そのヤマチの廃校全体をアート会場にした作品群があった。
土(泥)と草と木を素材にしたアートを、他所からやってきて、この地の歴史を知り、根ざそうとするような思い入れで創られているようにも見えた。
『ふ~ん』『なるほどね』と思いつつ、田舎の言葉で「おもしやんだね(面白いものだね)」と呟くだけにとどめる。
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大地の芸術祭2015 その16

2015年09月03日 00時28分00秒 | アングル




バタフライパビリオンと名付けられた作品。
能舞台なのだそうで、地元の同級生Kは、実際に能が演じられるのを見学したと言っていた。
レフ版を組み合わせたような屋根になっていて、下向きに鏡面磨きのステンレス板が貼られている。
厚い材料を使って完璧に作り上げたら映る像に歪みは出ないだろうけれど、予算の関係か、貼り方のまずさか、そこには無頓着なのか、それも計算づくなのか、反射像が歪みまくっていた。
そこそこの台風が来ても耐えられるだろう頑丈な造りだが、2m3mと降り積もる雪には耐えられないから、冬季は羽を垂直に畳むそうだ。
畳んだ姿を見てみたい。
できたのはそんなに前ではないはずだけれど(検索したら2006年だった)、階段のペンキが剥げているし、鉄の柱にも傷がある。
雪国の風雪に曝されるとは、こういうことで普通の何倍か痛みやすい。
神明水辺公園と名付けられた自然のなかに人工的な舞台が建ち、見下ろす池には睡蓮と蒲が密生しているのだが、違和感なく調和しているように思われた。
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大地の芸術祭2015 その15

2015年09月02日 01時03分31秒 | アングル






生家の最寄駅のJR飯山線『下条』駅に隣接して茅葺の塔が建てられていた。
ちょうどよくオシャレな列車が、我が無人駅にきたところを撮った。
『おいこっと』と書いてあるのは、『TOKYO』の反対読みだそうだ。
芸術祭関連ではないけれど『東京とは逆の景色雰囲気をどうぞ・・』ということだとか。
この茅葺の内部は、半世紀程前まで使われていた生活用品や農作業具などの民俗資料が展示されている。
セナコウジと呼んでいた藁細工の背負い補助具や、雪を豆腐のように切って放り投げるコスキ(木鋤)。
変形ドーナツ型のセナコウジは肥え樽を背負うために特化したもの。
コスキには雪がくっつかないように蝋がこってりと塗られている。
半分だけ写っている竹と縄でできた背負いかごは、山や畑への行き来に大人が使っていたけれど、名前は思い出せない。
雪の上を歩くカンジキは、夜中に降った新雪を踏み固めて道を作るために、さんざん使った(小学校5年時から6年間程、積雪時の道踏みは私の役目だった)。
大きい方は2尺以上も新雪が積もったときに、ざっくりと道を作るとき。
小さい方は1尺程度の降りのとき一往復すれば、長靴が少し沈む程度の道をつけることができる。
そのとなりの四角のものは写り方が悪いけれど、雪が小降りか晴れで雪道も締まっている状態で、近くにちょいと出かける場合に女性がはく藁のサンダルだが、これも名前を思い出せない。
そのとなりはスッポンと呼んでいた藁の深靴(ながぐつとは言わず、ゴム長靴もふかぐつと言っていた)。
この地の60年程前は、ほとんどの住宅が茅葺だったけれど、こういう塔のような非実用的な建物はなかった。
芸術だから成し得る建造物だ。
茅葺を知る生き残りの古老から教えてもらいながら建てたのだろうか!?
だとしたらそのことに一番の意義があるのだろう。
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大地の芸術祭2015 その14

2015年09月01日 01時29分29秒 | アングル




『犬伏』バス停留所をアートにした作品。
雪国ならではの積雪自然落下式屋根の頑丈な造り。
せっかくなので小用を済ませたが、ウッとくる臭いに降参。
右側には、深い谷の川をまたぐ橋がある。
道標の『舟渡し場』を見れば、つい最近まで渡し舟があったのかと思わせる。
花の向こうの緑は対岸なのだが、そうは見えないほど近くて短い橋。
この犬伏は別の場所に建っていた看板によれば、古道『松之山街道』の中間地点にあり、歴史ある地。
我がふるさとは会津藩の領地で、官軍が幕府隊を追っていった道の一つでもあるのだ。
一昨年のNHK大河ドラマ『八重の桜』は幕府側、今年の『花燃ゆ』は官軍側を描いて興味は尽きない。
幕末・明治維新の歴史も秘めた街道にある停留所アート。
三船敏郎出演の『七人の侍』『用心棒』『赤毛』なんかを思い出す。
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