透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「忘却の河」

2007-09-13 | A 読書日記



 「私は昔ギリシャ神話を読んで、うろ覚えに忘却の河というのがあったのを覚えている。三途の河のようなものだろう、死者がそこを渡り、その水を飲み、生きていた頃の記憶をすべて忘れ去る言われているものだ。しかし私にとって、忘却の河とはこの掘割のように流れないもの、澱んだもの、腐って行くもの、あらゆるがらくたを浮かべているものの方が、よりふさわしいような気がする。」

「私は(中略)忘却の願いを籠めて大事に保存して来た小さな石を投げ捨てた。それが私の人生の一つの区切りであることを望んで、それからの一日一日を生きたいと願った。しかし石は沈んでも記憶はやはり意識の閾の上を、浮くともなく沈むともなく漂っているのだ。」

心の奥底に沈んでいる消そうにも消せない遠い昔の記憶、三途の河を渡るときまで消すことができない記憶。男の子供を身籠ったのを恥じて海に身を投げて死んだ娘の記憶・・・。

暗くて孤独な世界・・・。過去の罪を捨て去ることは出来るのだろうか、魂の安寧を得ることは出来るのだろうか。男が最後に行き着いた場所とは・・・。

26年前に読んだこの小説の再読を終えた。7章からなるこの長編小説の最終章をなんとなく覚えていた。 この最終章を明け方読んだが、涙がこぼれてしかたがなかった。 涙の理由(わけ)は敢えて書かないでおく。