透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「早蕨」

2022-09-11 | G 源氏物語

「早蕨 中の君、京の二条院へ」

 宇治十帖の中では最後の「夢浮橋」とこの「早蕨」は短いが、他の帖は長くて、例えば次の「宿木」は80ページ近くある。

**日の光はどんな藪でも分け隔てなく照らす。中の君はそんな春の陽射しを見て、どうしてこんなに生き長らえているのかと、過ぎた月日が夢のように思える。**(227頁)中の君は父宮を亡くした時の悲しみよりも姉君を恋しく思い、つらい気持ちでいる。匂宮は宇治に行くことがなかなかできないので、中の君を京に迎えることにする。 

ここはもっとくだけた感じでレビューを書こう。

薫は八の宮の娘二人の姉(大君)を好きだなぁと思っていた。だが、その姉が亡くなってしまってすっかり元気をなくしている。薫は姉と結婚したいがために、匂宮と妹(中の君)を結婚させたけれど、だんだん姉に似てきた妹を見て、「お姉さんが亡くなった後、自分が妹さんと結婚すれば(お世話すればよかったと本文にある)よかったなぁ」と後悔している。でも、「今となってはあきらめるしかないか、よからぬことをしでかすといけないし・・・」などと考える。薫は真面目というかなんというか。

匂宮から妹さん(中の宮)の引っ越しのことで相談された薫はその準備をする。

引っ越しの前日、薫は朝早く宇治に行く。「もしお姉さんが生きていれば、今ごろはずいぶん親しくなって、匂宮より先に、妹さんではなくて、お姉さんを京に移そうとしただろうな・・・、遠慮しているうちにお姉さんとは他人のまま終わってしまったなぁ」などと思い続けている。「青春ボックス」の手紙を読んだすぐ後でこんな件を読んだせいだろうか、なんとなくせつなくてうるっとなる。

妹さんと対面した薫は一段と大人びて目を見張るほどの美しさに、お姉さんのことを思い出す。お姉さんによく似ている妹さんを見て、「自分からこの女性を他の男と結婚させてしまったんだなぁ」と、深く後悔する。

二条院に引っ越してきた中の宮は見たこともないほどの立派な邸にびっくり。薫は匂宮が中の宮を大切にしていることを耳にして、みすみす中の君を譲ってしまった自分を愚かしく、胸が締め付けられるような思いでいる。で、取り返せるものなら、と何度もつぶやく。後悔先に立たず。

ここで、紫式部は得意の和歌を文中に挟む。**してなるや鳰(にほ)の湖に漕ぐ舟のまほならねどもあひ見しものを(琵琶湖を漕ぐ舟の、順風を受ける真帆 ― そんなふうに完全に契りを交わしたわけではないけれど、あの方と一夜をともにしたこともあるのに)**(241頁) 一夜をともにしたといっても、お姉さんに軽薄な人だと思われたくなくて、妹さんとは何もしなかったけれど。

右大臣(夕霧)は娘の婿にしたいと思っていた匂宮が思いも寄らない中の宮を迎え入れてしまったことを知り、ならば薫にと思う。だが、薫はその気になれないと、そっけない。お姉さん似の妹さんに惹かれているのだから。

時々二条院に中の宮を訪ねる薫。匂宮は中の君に「薫くん(中納言)と他人行儀なことはしないで、近くで思い出話でもしたらどう」と言ったかと思うと、「あんまり心を許すのはどうかな、薫くんも心じゃ何を思っているか分からないからね、注意した方がいいよ」とも言う。薫くんとの仲について、匂宮から心穏やかではないようなことを言われて、中の君もつらい・・・。

前にも書いたが、宇治十帖は時代を現代に置き換えてドラマにしてもおもしろいだろう。まだ読み終えていないけれど、そう思う。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋       



青春の想い出を留める手紙

2022-09-11 | A あれこれ

 先日実家で見つかった「青春ボックス」の中身は手紙やはがきだった。読み終えて処分し難く、そのまま大事に残しておいたのだろう。すっかり忘れていたその箱をおよそ40年ぶりに開けたのだった・・・。

大学に受かった年の3月に自宅に送られてきた小包、中にはかわいい裸の人形・ポーズローラちゃんと、〇〇君 僕の名前だけ表書きされた手紙が入っていた。その手紙も「青春ボックス」に入れてあった。この年の同じ筆跡の年賀状も。

小包の女性と横浜港で観光船に乗ったのは1978年の10月。もう帰れないあの日には・・・。

『源氏物語』第41帖「幻」には僕がしていたことと同じことをあの光君もしていたことが描かれている。光君は姫君たちの手紙を少しずつ残し、特に紫の上の手紙だけは別にまとめて残していた。

**須磨にいた当時、あちこちの姫君たちからもらった手紙の中で、紫の上からの手紙は別にしてまとめ、ひとつに結わえてある。自分自身でそうしたのだけれど、それも遠い昔のことになってしまったと思う。**(中巻612頁) 

僕も箱の中の手紙を読み返して、光君と同じことを思い、感慨に浸った。

出家することを思い描く光君は残しておいた手紙をどうしたか・・・。**もうこうしたものを見ることもないだろうから残しておいても仕方あるまいと、気心の知れた女房二、三人ばかりに命じて、目の前で破かせる。**(612頁) 光君にとって特に大切な紫の上の手紙だけは残した? いや、光君はみな焼かせてしまった。

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撮影日1980.08.24 

箱の中の何通もの手紙やはがき。差出人たちの幸せを祈りながら、遠い青春の日々の想い出を留める手紙やはがきとさよならしよう。不思議なせつなさ・・・。


青春の想い出シリーズ 完