和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

初日の仕事。

2021-07-22 | 本棚並べ
福井での栄養士の仕事をやめ、京都の梅棹研究所に
通うことになった藤本ますみさん。
その初日仕事が、気になりました。

「ごあいさつ、掃除、お茶くみ、電話のとりつぎ、郵便物の開封。
初日の仕事はそんなところだった。

このなかで、いちばんしんどかったのは、やっぱり
電話の受け応えだった。・・・たった三人の静かな
オフィスでは、話している人の声がひどく目立つ。

・・受話器をもったら反射的に『梅棹研究所です』と
いえるようになるには、何日ぐらいかかるだろう。

とかく鈍くて慣れるのにヒマのかかるわたしは、
新しいことを身につけるのにたいてい人の二倍の時間がかかる。

なんとかならないものかと考えてみるのだが、
考えてみたって、こればかりはどうしようもない。
あせったら早とちりや勘違いをして、
ますます事態は悪くなる。」
 (p36~37「知的生産者たちの現場」)

さて、こうして初日の様子を書きとめておられます。
そういえば、鷲尾賢也氏の初仕事の箇所も印象深い。

「・・私は『ふつう』の会社から出版社に途中入社したので、
その環境変化へのとまどいは激しかった。
配属部署が男性週刊誌だったからなおさらである。

人事課の人にそこへ連れていかれた日は、
たまたま校了日だった。指導してくれることになっている
先輩社員のとなりに座らせられた。しばらく座って見ていろ
といわれた。・・・夜の8時になっても、10時になっても、
先輩社員は電話をかけたりライターに指示したり、
忙しく働いていて、なにもいってくれない。・・・

午前1時過ぎに、やることがないので帰っていいかと
恐る恐る尋ねた。『ばかやろ! そこに座っていろ』
といわれた。結局、配属初日から徹夜になってしまった。

ひどいところへきてしまったと思ったが、
あとで考えると、ともかく現場の空気をはやく身につけさせ
ようという教育的配慮だったのであろう。
何の説明もない乱暴なスタイルだが、ある意味では
筋が通ている。つまり全体が見渡せたからである。

・・・・荒っぽい世界であったが、
一方で大変な教養人ぞろいであった。
青臭く他人に語らないのが、その世界のお洒落なスタイルだった。」
 (p19~21「編集とはどのような仕事なのか」)

ちなみに、藤本さんの本には、
新聞社の社会部の記者との、電話でのやりとりの場面があります。

「京都大学山岳部の学生たちが、北山で遭難事故を起こしたことがあった。
各新聞社の社会部から電話がはいり、先生のコメントがほしいから、
梅棹さんの行方を教えてくれといわれた。そのとき、先生は
『知的生産の技術』の原稿執筆のため、ホテルでカンヅメ中であった。
あと数日したら、海外調査のためヨーロッパに発つことになっている
・・・・

『とにかく、きょうは研究所には見えませんので』
そういって、電話を切ろうとしたら、

『そんなことはきいてないんだ。いまどこにいるか。
それをいえばいいんだ』相手は腹を立て、電話のむこうで怒鳴った。

『知りません!』知っていたっていいたくない。
しかし、わたしの返事は、火に油をそそいたようだ。

『なに、知らないって。そんなことで、あんた、
 よく秘書がつとまってるね。おれなら即刻クビにするよ』

『よろこんでそうしていただきます。失礼しました!』
部屋中にひびきわたるような音を立てて、わたしは受話器を置いた。
・・・」(~p221)

はい。このあと、藤本さんは、反省の弁とその後の様子も
書いておられますが、引用はここまでにします。

秘書といえば、樋口謹一先生が、藤本さんに語った場面も
なるほどと思いました。

「『梅棹さんとこは、常勤の秘書が二人もいて、大変ですなあ』・・・
先生は軽いほほえみをうかべながら、説明不足をおぎなってくださった。

『秘書がいたら、その人にやってもらう仕事を
あらかじめつくっておかんならんでしょう?
それがたいへんやなと思うんですよ。
きょうはなにしてはたらいてもらおうかななんて、
毎日考えんならんとしたら、ぼくなんか困ってしまうなあ。

梅棹さんは二人もつかって、ようやってはると思うわ。
ぼくやったら、もしここに二人の秘書がいたら、そちらに気をつかって、
かえって自分の仕事がはかどらんようになってしまうやろうなあ、きっと』

おしまいのほうはいくぶん照れくさそうに言葉を笑いにつつんで、
早口におっしゃった。」(p271)

これに答えて藤本さんは
「『そのことだったら、ちがうんです。・・・
必要なことは秘書のほうで考えてやります・・』」(p272)


はい。この樋口先生へ答える藤本さんの言葉はぜひ
全文を引用したいところですが、長くなりますのでカット。





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