映画とライフデザイン

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映画「サントメール ある被告」 アリス・ディオップ

2023-07-19 20:03:59 | 映画(フランス映画 )
映画「サントメール ある被告」を映画館で観てきました。


映画「サントメール ある被告」ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞を受賞したフランス映画である。監督はセネガル系フランス人のアリス・ディオップである。名門ソルボンヌ大学を卒業した才媛でドキュメンタリー畑だという。評論家筋の評判もよく、好きな法廷劇ということもあり映画館に向かう。

パリの大学で講師をしているラマ(カイジ・カガメ)が、フランス北部海辺の町サントメールでの裁判を傍聴に出かける。セネガル出身の女性ロランス・コリー(ガスラジー・マランダ)が生後15ヶ月になる自分の娘を浜辺に置き去りにして命をおとしたことで捕まり法廷で裁かれるのだ。
裁判長の女性(ヴァレリー・ドレヴィル)が無表情のロランスになぜわが子を殺したのかと言っても「わかりません。裁判で知りたいです。」という。裁判長からこれまでの人生についての尋問がはじまる。


男性の自分には正直なところこの映画はそんなによく見えなかった。女性向きなのかもしれない。出産を経験する女性だからロランスの振る舞いに何かを感じられるのではないか。

映画を観終わってから知ったのであるが、実際の裁判記録をもとに脚本を書いたという。謎解き要素が強い法廷室内劇というより、アリス・ディオップ監督は実際の裁判の展開を意識したドキュメンタリー仕立てにしたかったのかもしれない。アフリカ系のガスラジー・マランダ裁判長の質問に淡々と答えるその表情が演技を通り越した世界に見える。この無表情な顔立ちが、黒澤明「天国と地獄」で横浜の猥雑な飲み屋で山崎努とダンスしながら麻薬を受け渡す女性を連想してしまう。どちらも仏頂面で自分の脳裏にこびりつく顔だ。

裁判が始まる前に、大学で講義するラマを追いかける映像が映る。先入観なしにこの映画を観たので、誰なんだろうか?事件に関係あるのか?と思ってしまう。単に被告と裁判長や検察官とのやりとりを追いかけるだけでなく傍観者たる1人の女性ラマを媒介させる。もちろんラマは証言するわけではない。でも、ロランスの母親に声をかけられる。そして、懐妊しているのを母親に読みとられる。ラマの表情がロランスの裁判証言とともに変化する中で、懐妊している女性の心の動きを映像でみせる。実際の裁判を傍聴したという監督の生き写しかもしれない。


ロランスをハラませたのが初老の白人系フランス人だというのと同様に、ラマにも白人系フランス人の彼氏?がいる。アフリカ系と白人のカップルというのは最近の欧米映画ではよく見られる。ひと時代前では考えられない。日本にいるわれわれが気づかない間に人種が入り混じるようになっているのであろうか?

ロランスはアフリカ系といっても難民ではなく、生活に困ってそだったわけでない。大学にも行っている。ただ、父親は外で女をつくって母親に育てられる。精神的には屈折している。誰かに頼るということができないタイプだ。自分の懐妊も外には漏らさずに、出産も自らひっそりと行う。そんなロランスの裁判での陳述にはウソが多い。話の前後で矛盾がいくつも生まれる。自分からみると、どうしようもない女に見えてくる。

ただ、この映画はそういうロランスをかばう。このまま極刑にしてもいいことないと弁護士が法廷で発言する。

昨年「あのこと」というフランス映画の傑作があった。まだ中絶がフランスで認められていない時に自らお腹の子を処置しようとする女性の話だ。改めて調べてみると、フランスでは中絶は解禁され、ピルの流通も日本より進んでいる。そんな女性解放が進んだフランスでも、孤独になってこういう悲劇を起こす女性がいるのをアリス・ディオップ監督は訴えたいのだろう。

Je ne sais pas(わかりません)というフランス語を何度かロランスが話す。自分でも使ったことがあるフランス語の言葉だ。何度か話すロランスの言葉の抑揚に若干変化があるのに気づく。
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