後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

家庭用太陽光発電は人間の精神文化を変えるのです

2013年04月07日 | 日記・エッセイ・コラム

この記事の前に私は太陽光発電の欠点を指摘しました。

しかし家庭用の屋根の上の太陽光パネル発電は人間の精神文化を変えるのです。

そのことは敢えて書きませんでした。しかし趣味人倶楽部でリタさんからそのようなコメントを頂き、賛同しますので以下にご紹介いたします。

=======リタさんからのコメント=================

小生は昨年夏に太陽光発電を設置しました。容量は最大5.3kwです。
後藤さんの太陽光発電を製造するための電気使用量の指摘には驚きましたがそうなのでしょうか?
約半年間使用しましたが、冬場の発電量は少ないけれど売電と自家消費とで電気代はかなり節約でき、この計算だと11~12年で投資額は回収できそうです。
太陽光発電を設置することで電気使用量がパソコンで逐次把握できるようになり、後藤さんが言われるような贅沢に電気を使うというより、むしろ電気を節約して使おうという意識は高まります。
小生の感覚では充電器がもっと安くなれば太陽光と組み合わせて家庭用の電気はほぼ賄えるようになると思います。

太陽光発電の利点は晴天の日が多い場所なら効率は良く、欧州ではサハラ砂漠に大規模な太陽光発電を建設して送電する計画もあるようです。要はその土地に合わせた効率の良い自然エネルギーの活用を図るのが良いように思います。
日本の場合は風力や地熱の活用をもっと真剣に考えるべきでしょうが導入には時間がかかるので当面は炭酸ガス排出を抑制する技術を駆使して安い石炭火力を利用するのも一方法と思います。(終わり)


太陽光発電が絶対に必要な場所と使い方

2013年04月07日 | 日記・エッセイ・コラム

今朝、日本では書いてはいけないこと(2)太陽光発電は出力が小さ過ぎて役に立たない事実 という記事を掲載しました。

火力発電や水力発電に対抗して広大な太陽光発電所を作ることの馬鹿馬鹿しさを強調した内容です。

太陽光発電の小さ過ぎる発電量と、シリコン素子を作るのに莫大な電気を消費するという事実から考えて、大電力を得ようとする行為の愚かさを指摘した内容の記事でした。

しかし送電線の引けない地理的な場所と、小電力で充分な使用目的なら太陽電池ほど貴重な装置はありません。

その具体的な例を以下に示します。

(1)海上の安全を守る離島の灯台や港への安全な航路を示す浮標の電燈のための発電には貴重です。

昼間、太陽が射す間だけ発電をして、蓄電池に電気をためて置き、夜間に灯台や航路標識の電燈を灯すのです。

電気を光に変えるのは効率が良く、設計さえ間違わなければ昼間5、6時間の発電で夜間12時間の点灯が可能なのです。

私の山小屋の近所の別荘に高さ15cm位の安価な標識灯を庭の道沿いに際し込んでいる人がいます。街燈の無い真っ暗な山でこれは大変助かるのです。

(2)送電線が引けない絶海の孤島にある家や、砂漠の真ん中にある家にとっては太陽電池は貴重な電力源になります。

電気は電熱として使用しなければ、けっこう小電力でもいろいろ便利な使い方が出来ます。衛星を用いた携帯電話の電源として充分です。

そんなに大げさな太陽電池でなくても、ラジオや小型テレビも使えます。電燈も100Wのを1ケ位は使えます。

携帯発電機として軽油やガソリンを燃料にした小型エンジンを動かして発電する方法もあります。しかし燃料を運ぶのが困難なのです。メンテナンスの大変です。雑音も大きいのです。

私は山小屋でホンダの300W出力の小型エンジンによる発電機を数年使っていましたが面倒な代物でした。その上、音が大きくて静かな山小屋が騒音で居心地が悪くなったものです。出力100Wで充分明るい電燈が1ケつく太陽光発電装置があれば良かったのです。

(3)実はこのことは誰もあからさまに言いませんが一番重要なことがあるのです。それは純粋なシリコン単結晶やアモフラス・シリコンを一番安価に作る技術競争に参加し、それに勝ち抜くことがその国の先端技術を世界一にすることになるのです。

何故なら純粋なシリコンは全ての集積回路や電子デバイスの基礎素材なのです。

ですからこそ各国は競って安価な効率の良い太陽電池の製造に本気で参入しているのです。太陽電池を大量に作らなければ製造コストは下がりません。

この熾烈な技術開発の競争の副産物が、大規模な太陽光発電所だと考えると私の気持ちは満足します。納得します。

ですから私は太陽光発電所は現代社会の趣味の一つと考えて納得しています。

さて皆様は太陽光発電をどのように評価されていますでしょうか?ご意見を頂ければ嬉しく思います。(終り)


開拓牧草地を歩き回って森の奥に湖を見つけました

2013年04月07日 | 日記・エッセイ・コラム

山梨県、北杜市の清春美術館の西には「蕪(かぶら)開拓地」が広がっています。

戦後すぐに満州からでも引き上げてきた農民が苦しい開拓を行ったという意味の文章を刻んだ石碑が立っています。

広々した牧草地なので四季折々、散歩に行きます。先週はその牧草地の端にある暗い森の中へわけ入ったら不思議な湖がありました。開拓民が掘った貯水池のようです。そんなのんびりとした写真をお送りいたします。

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日本では書いてはいけないこと(2)太陽光発電は出力が小さ過ぎて役に立たない事実

2013年04月07日 | 日記・エッセイ・コラム

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上と下の写真は山梨県、北杜市の北杜サイトソーラー発電所で最大出力は1800Kwです。今週の木曜日に撮った写真です。

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周囲は下のように八ヶ岳の見える蕪(かぶら)開拓地です。

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世の中は太陽光発電がクリーンな発電方法として大騒ぎをしています。流行です。世界的な流行に遅れまいと日本は政治家、官僚、太陽電池メーカーがあちこちに太陽光発電所を作っています。

私はこの風潮は軽薄過ぎるようで嫌いです。その理由は以下のように3つあります。

(1)発電量があまりにも小さくて工業用や家庭用にはほとんど役に立ちません。

太陽光発電は、風力発電も含めて日本全体の発電量の0.9%以下です。

上の写真のような広大な土地を使った大規模発電所でもたった1800Kwです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%A4%AA%E9%99%BD%E5%85%89%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80 を是非ご覧ください。

全国にある多数の太陽光発電所の出力は大体、1000Kw程度で最大でも20000Kwです。これは明治45年に出来た山梨県、八つ沢水力発所でも現在45000Kwも発電しているのに比較するとあまりにも小さすぎます。

原子力発電よりも自然にやさしい水力発電などを大切にする文化にしよう!を是非ご覧ください。

(2)太陽光発電所を作るために消費した電力を発電所が発電するには8年くらいもかかるのです。効率が悪すぎます。

太陽光電池に使うシリコンを精製するために多量な電気を使わなければないません。その消費した電力を太陽電池が発電するために必要な年月をEnergy Payback Time と云いますが、それには8年も必要だと言われています。しかしこのEPTの計算はかなりあいまいで、厳密に計算すると10年以上になるようです。

このEPTは水力発電や火力発電の場合に比較するとあまりにも長すぎます。

(3)家庭用のソーラーパネルを設置すると電力使用量が増大し電力需要を増加させる。

屋根の上にソーラーパネルをつけるのが流行していますが、その設置費用を発電で回収するのは大体20年間必要と言われています。

ところがそれ以外に大きな落とし穴があるのです。それはソーラーパネルを設置する業者がオール電化を勧めるのです。お風呂も電力で、台所の炊事も電気にします。電気床暖房も勧めます。結果として一家庭あたりの消費電力が増加するのです。環境にやさしい太陽光発電といううたい文句の欺瞞です。困ったものです。

これに関して、http://www.hidenka.net/indexj.htmを是非ご覧下さい。なるべく無駄な電気を使わない生活用具を売っている会社です。それこそが「環境にやさいしい生活」です。

尚、誤解をしないで下さい。太陽電池は離れ島や砂漠のような場所では大変貴重なものです。私は太陽電池を全て否定してはいません。ただ大電力を得るために広大なソーラー発電所を建設することの無意味さを強く批判しているのです。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。

後藤和弘(藤山杜人)