『現在でも、天体力学で数値計算か特殊な方法を使わずに三体以上の物体の間の運動を計算することは困難である。
しかし太陽系では、太陽の引力その周りをまわる惑星の引力にくらべて格段に大きいので、各惑星の動きは互いに独立に扱うことができる。
これによって、300年前の天文学者たちは、太陽系の惑星の運動をまがりなりにも単純な数式ひとつで解き明かすことができた。
太陽系では放っておいても各惑星は安定した軌道で太陽のまわりを周回し、その速度や距離などは一定の幅で増減しながら大きな秩序を作っており、それが数十億年の間繰り返されている。
この太陽系の見かけの調和した運動は、当時の思想家たちに大きなインパクトを与え、その結果、彼らに、神の作った天体が調和をもって運行されているということは、
この調和こそが地球上の世界そのものなどを解き明かすための究極の鍵であるとの錯覚を抱かせてしまった。
これをハーモニック・コスモス信仰という。
ハーモニック・コスモスという考えを社会に適用すると、神の手によって、物事は放っておけば自然に一番安定した秩序を作るという考え方になる。
(工学ではこれをフィードバックシステムが効いているという。) これは自由放任が一番よいという思想になる。
そして、世界が太陽系の調和にもとずくという考え方はまた「社会の一員たる個人は各自が願うものだけを求めて自由に行動する権利がある」という考えにもなる。
なぜなら、太陽系においては各惑星の動きはどれか一つの軌道を多少変更しても全体への影響はほとんど無視できる、すなわち、
各惑星は自由な軌道変更を選択する権利を有していると言えるからである。
他の世界の人間社会にとって、幸か不幸か、アメリカ大陸は「自由主義と個人主義」を旗印とする無頼漢たちを、無尽蔵の資源と広大な天地をもって迎えた。
彼らの前に立ちはだかるのは自然だけで、もっと手ごわい従来からの歴史や、文化は存在しなかった。 すなわち、自然とあわれな先住民を征服するだけで、
あとは望むものをすべて手に入れることができたのである。
アメリカはその蓄積した富と強烈な力をもって、強大な国となり、世界の他の社会に経済システムに関するイデオロギーを押し付け始めるにいたった。
他の世界は彼らに抗すべくもなかった。
世界や宇宙が基本的に太陽系型であるという調和的太陽系(ハーモニック・コスモス)信仰が正しいとすれば、
個人絶対主義も市場万能主義も最も宇宙の摂理に適ったことだということになり、その障害となるものは「悪」だということになるだろう。
自然に抗した彼らの努力の一例は60年代の緑の革命であり、世界の他の社会に抗した彼らの努力のもう一つの例は貿易自由化をやれとの圧力であろう。 この例からしても、米国人たちの異常な自由主義・個人主義への思想的こだわりも納得が行く。すなわち、彼らは無意識のうちにすべてを太陽系型に改造しようとしてきたのである。
ここで話題を経済にしぼる。 健全な社会状態とは、社会の各部に相互依存の糸が緊密に張り巡らされた状態である。
一方経済社会を太陽系型に近づけていくことは、要するにそれらの糸をどんどん切ってその経路を単純化していくことに他ならない。
商店街の壊滅を例にとろう。
昔は町の経済は商店街が担って地域社会と二人三脚の形で街を支えていたのだが、現在では多くの場合、巨大店舗がその経済機能をまるごと奪い取る形で商店街を壊滅に追い込んだ。
このとき全体が都心に本社のある大企業と住宅地の消費者という直線的な関係に変わっているが、これは、まさに太陽系型への変貌であることがわかる。
もっともこの場合、確かに地域社会は壊れているが、その一方で大企業の側は空前の売り上げを達成して数字の上では経済活動全体は活気づいているため、
結局はその良し悪しは相対的だとの理屈をいう人も多い。
しかし、実はこのとき変化の前と後で系全体が一段階縮退しているである。大体においてサービス業の隆盛は家族の崩壊と同時に進行する。
どうやら一般に「自然と社会を劣化(縮退)させるとその過程で儲けが生まれる」ということが言えるようだ。
つまり資本主義は無から豊かさを生み出していたわけではなく、実は自然と社会を劣化(縮退)させてそこから儲けを搾り出していたのだ。
そのようにして縮退が始まると、もはや安定的な復元が起こらず、そうやって育った大勢力が一方通行的に巨大化していく。
要するに勝ち組と負け組の差が指数関数的に拡大して前者が後者を凄まじい勢いで食い殺して行ってしまう。これこそが格差問題の本質である。
(工学ではフィードバックがきかなくなったという。)
通常、弱小勢力の間の相互依存関係は一種の毛細血管を作っていて、そこを資金がくまなく流れることで健全な社会が維持されている。
ところが縮退が進むと、社会の中の資金の流れが次第に巨大企業と巨大機関投資家の間だけで短絡した経路を作って、その狭い世界の中だけを高速で回転するようになり、
血液が回らなくなったその外側の世界はだんだん壊死していく。
話はそれで終わりではなかった。それは、そのようにして勝ち組の中だけを回り始めた巨大マネーの流域はさらに狭く縮退していき、
もはやモノを作ったり買ったりする世界自体を外側に取り残してさらに内側のコア、つまりコンピューターの中の瞬間的な売買で自己増殖を行なえる
投機市場の世界の中だけを回り始めてしまったのである。
いわば劣化(縮退)の重力場が世界中の富をブラックホールのように狭い領域に吸い込んで超高密度に凝縮させ、最後の段階で無意味に自己増殖したマネーの総額は、
世界経済の本来のサイズの実に数倍に膨れ上がっていた。
その内部は基本的に「神の手」の自動安定機構とは正反対の指数関数的世界で、そこに吸い込まれた世界の富は皆その性質に染まり、
そしてそれまでの全ての錯覚の終曲のように、それは最後に自身を超新星のように大爆発させ、すでに半ば壊死していたその外側の世界をも爆風で襲って世界の全ての人々を巻き込んでしまった。
ところで、1990年代の後半サンタフエ研究所での複雑系の研究者たちは、いくつかのシミュレーションで、システムが急にフィードバックを失い、
発散して、カタストロフィーをおこす可能性が多いことを予測していたにもかかわらず、社会に警告を発しなかったのは何故か?
それは、彼らがすでにブラックホールからの魔の手にからめとられてしまったからだ!!!』
☆本論考のほとんどは『物理数学の直感的方法』の著者、長沼伸一郎さんの同著における意見ですが、新居浜市民 上出拓郎さんの要約です。
☆之を読んで思いました。長沼さんのヨミでは、今の経済と社会の一方的な崩壊への方向はもう変えようがない?
どうやら「ああ、ほうかい」と言っている場合ではないようです。
(2009年に上出さんから送って頂いたものです。再掲載)
|