戦前は東洋経済新報で健筆をふるい、権力に対峙したジャーナリスト。戦後に政界入りすると、1956年の自民党総裁選で岸信介を破り第55代内閣総理大臣に就任。
戦前・戦中を代表するリベラル派言論人の石橋湛山(1884~1973年)の没後50年となる今年、永田町で超党派の議員連盟「石橋湛山研究会」が発足した。
今、石橋湛山から何を学ぶのか。議連の共同代表に話を聞いた。
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──6月に「超党派石橋湛山研究会」が立ち上がりました。この令和の時代に、なぜ石橋湛山なのでしょうか。
タレントのタモリさんが言った「新しい戦前」という言葉が示唆に富んでいますよね。
石橋湛山が言論活動を活発に行っていたジャーナリスト時代は戦前・戦中という日本の大きな転換期でした。
枢軸国と連合国の対立が激化した当時と、昨今の国際情勢はある意味で似通っている。
新たな冷戦とでもいうのか、ロシアによるウクライナ侵攻で世界秩序は崩壊の危機にさらされ、先行きの見えない不透明な時代に突入しています。
そういう時代だからこそ、湛山の思想を勉強し直して、日本のあるべき姿について考えていく意味があると思うのです。
私は早大雄弁会に所属していたので、当時の先輩に勧められて石橋湛山全集を買って読みましたし、大学では湛山の研究会にも参加していました。
数年前からあらためて読み返していたら、今の時代に通底することが少なくない。湛山の先見の明に瞠目します。そんな時にラ・サール高校の後輩で、
やはり湛山に傾倒している古川禎久衆院議員(自民党)から声がかかり、超党派の勉強会をつくることになった。
古川くんが幹事長で、立憲民主党の篠原孝衆院議員、国民民主党の古川元久衆院議員と私の3人が共同代表の形をとっています。
──湛山は総理大臣就任後の会見で「向米一辺倒にはならない」と宣言し、対米従属からの自立を掲げました。
しかし、今の日本はむしろ米国依存、米国追従を強めているように見えます。
日本の安全保障体制の基軸は日米同盟です。それは堅持していかねばならない。同時に隣国である中国やロシアとの関係も地理的に重要です。
国は引っ越せませんからね。
中国一辺倒があり得ないのと同様に、米国に肩入れしすぎてもいけない。ましてや、対立のお先棒を担ぐようなことがあってはならないと思います。
■「台湾有事」など軽々に言うべきではない
──とはいえ、自民党内からは米中対立を容認し、あまつさえ台湾有事を煽るような発言も聞こえてきますよね。
中国による台湾への武力侵攻は、中国にとっても最悪のシナリオではないでしょうか。そんなことをしても有効な統治にはつながらない。
台湾だって現状維持を望んでいる。それなのに、武力侵攻を前提にした議論だけが進んでいくことには危うさを感じます。
台湾海峡の安定と平和を維持するためには、両岸が平和的に話し合う環境を醸成すべきであり、武力による衝突が起きないように外交的な働きかけを強めていくべきです。
その意味で、「台湾有事」などと軽々に言うべきではないでしょう。
──日本政府は米国との関係強化にばかり熱心で、中国との対話を深める努力を怠っているようにも見えます。
米中対立といっても、両国は世界第1位と第2位の経済大国です。世界経済が密接にからみ合う現代で経済だけを切り離すデカップリングなど不可能で、
それはわが国にとっても欧州諸国にとっても同じです。競争はあってしかるべきだが、対決・衝突はあってはならない。
かつての日本は枢軸国の一員として領土拡大に突き進み、結果として主権を失う憂き目を見た。わが国の立ち位置は非常に重要な局面を迎えています。
──湛山も、米国にも言うべきことは言うというスタンスを貫きましたが、国力の衰えが顕著な日本の意見が聞き入れられるでしょうか。
外交の裏付けになるのは経済力、あるいは防衛力ですが、この30年間、日本経済が成長していないことは深刻な問題です。
経済力と科学技術力は戦後日本の重要な外交基盤でしたが、今では民間航空機をつくることすら難しくなってしまった。
競争力を回復するための努力をしなければなりません。防衛力についても、力の不均衡が過度になれば、間隙をついた武力行使という誘惑を招きかねない。
米国自身が「世界の警察官」にはなれないと言っている以上、一定の防衛力強化は必要で、足らざるところは自国で補う努力をするしかないと思います。
──そういう文脈で、防衛費を今後5年間で43兆円に増額する話が出てきましたが、岩屋さんは「金額ありきのやり方はふさわしくない」と苦言を呈した。
今の自民党で、そういう発言をする元防衛相がいることに驚きました。
北大西洋条約機構(NATO)諸国並みの対国内総生産(GDP)比2%に防衛費を引き上げるという議論はあまりに雑でしょう。
NATOは北大西洋の軍事同盟であり、わが国とは拠って立つところが違う。しかも、多くの国がEUに加盟し、財政赤字はGDP比3%以内、
公的債務残高は60%以内という厳しい財政基準も設けている。債務残高がGDPの250%という世界最悪水準にある日本が、NATOに準じる必然性はないはずなのです。
もちろん、平和を守るために防衛力は必要ですが、国情に照らして適切な水準であるべきです。
──防衛費の増額で真っ先に攻撃型の巡航ミサイル「トマホーク」の大量購入を決めたことにも違和感がありました。
武力の行使は抑制的で、必要最小限度でなければならない。これが憲法の要請であり、戦後一貫したわが国の防衛政策の基本です。
一方で、自衛隊はミサイルの射程を延ばす努力をしてきた。12式地対艦誘導弾は射程が1000キロ近くになっています。
東西南北に3000キロの領土・領海を有する日本は、万が一に備えて1000キロを超えるミサイル射程は必要でしょう。
ただし、攻撃型の武器を持つとわざわざアピールする必要もない。私は「敵基地攻撃能力」などという用語はわが国の防衛政策上ふさわしくないと思い、
総理にもそう申し上げました。実質的にそういう能力を持つことはよいとしても、ことさら攻撃能力を誇示する必要もないでしょう。見ればわかることです。
「戦争になったらどう戦うか」ではなく、「いかに戦争を回避するか」を考えるのが政治本来の役割だと思います。
──湛山の論考「一切を棄つるの覚悟」「大日本主義の幻想」(1921年)などに通じるところですね。
軍事力でどちらが勝るかという目先の優劣ではなく、国際社会で信頼を得ることが最大の抑止力になる。
日本に武力行使をすれば世界中から袋叩きに遭うと相手国が躊躇するような存在になることです。
湛山は繰り返し、日本は軍事的な拡張主義を放棄して自由貿易立国として生きていくべきだと主張していました。その思想が正しかったことは戦後日本の歴史が証明しています。
──ところで、岸田首相とは早大時代からの飲み友達だそうですが、湛山について語り合ったことはありますか?
総理と湛山について話したことはないかなぁ。あの頃は2人とも、ただ飲んだくれていましたね(笑)。しかし、通じるところはあるように思います。
──今回、超党派の議連ということで、湛山の思想を核にした政界再編を期待する声もありますが。
政局的な目的で立ち上げたわけではなく、純粋な勉強会としてスタートしています。外交、安全保障、民主主義、リアリズムに基づく平和主義、女性活躍、地方分権……。
今のわれわれが石橋湛山から学ぶべきことはたくさんある。最近は言論空間がトゲトゲしくなっているけれど、勇気を持ってモノを言う人がいなければならないし、
その意味で自由闊達な議論をしたいですね。その中からいい形で化学反応が起きて、将来的に新しい国のビジョンをつくることができたらいいと思います。
解散・総選挙の話もチラホラ出ていますが、ここは腰を据えて、山積する国内外の問題に、着実に道筋をつけていくことが先決だと思います。
(聞き手=峰田理津子/日刊ゲンダイ)
▽岩屋毅(いわや・たけし) 1957年、大分県生まれ。早大政治経済学部政治学科卒業後、国会議員秘書、大分県議を経て1990年の衆院選で初当選。
以後、当選9回。2018年の第4次安倍改造内閣で防衛相を務めた。