明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



午後図書館で室生犀星。 ミュヘンオリンピックの男子バレーボールの松平監督は、ソビエトチームの敵将の母校の小学校に赴き、通知表を見て一度決めた作戦は変えない人物と判断、勝利した。見習うべき良い話である。犀星の通知表を見に行く訳にはいかないが、代わりに図書館で探求する訳である。 人は写真を撮られる時少なからず自分は、こう見られたいという欲が出るものである。それをすべて真に受けて作っているようではミュンヘンへの道は遠い。自分の鼻の形を気にして写真技師に修正させていた文豪もいたくらいである。そんな事気にしていれば胃だって患うであろう。しかしデスマスクに真実の鼻の形が残っていても、文学展の図録、ポスター、ずっとパテで埋めたような、見事に真っ直ぐな鼻の写真が拝まれ続けるのであろう。もっとも文豪もデスマスクは取るな、と遺言を遺すべきであった、詰めが甘い。おかげで私のような人間にブログのネタにされてしまう。 しかし私も野暮ではない。芭蕉の実像や漱石の鼻筋にこだわったのも通知表を見てしまったからで、中井英夫が禿げを気にしていたと知れば、禿げは誰でも知っている。そんな事は写真に任せておけば良い。結果禿げていないのが惜しいといわれることになったが、夢を見せてくれた人へのささやかなサービスであった。

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『石塚公昭 幻想写真展 生き続ける作家た18年7/25~9/2 リコーイメージングスクエア銀座ギャラリーA.W.Pyoutubeこ2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtube  


『タウン誌深川』“明日できること今日はせず”連載13回『月に兎 泉鏡花



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造形  


それにしても制作上の思い付きなど、そのままぶつぶつ書いてるブログで良いのであろうか。特に『椿説男の死』(椿説付けておかげで一々石塚版といわないで済むようになった。)など特殊過ぎて人様に披露するような物になってはいないだろう。それが原因で前回は一作も売れない、というワースト記録を作ったが、良く考えれば、いや良く考えずとも、作り物とはいえ、血を流したりして人が死んでいるのだから当然であろう。前回の『男の死』では、全く三島にウケることしか考えていなかった。何て書くと、今回は他の事を考えるのか、と言うと、相も変わらず頭に浮んだイメージを取り出し、それをただ観ていただくだけである。ただ次回は、陰影を出さない手法でもやるので、全身に竹釘打ち込まれ恍惚、いや苦悶の三島が出品できるはずである。 『椿説弓張月』は三島一人の予定だが、白縫姫も方法が見つものなら登場させてみたいが、私にはハードルが高い、そういえば『ゲンセンカン主人』の女は、漫画の登場人物に似せてみたが、これは他所からパーツを持って来て、ではなく、元の顔を、ほぼコピー&ペーストで作った。粘土で造形の要領であり、写真の領域とは最早いえないだろう。〝それでいいのだ〟とどこかのお父さんも言っている。 そう言えば、制作中は考えなかったが、原作者は浮世絵を参考にキャラクターを造形している。

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『石塚公昭 幻想写真展 生き続ける作家た18年7/25~9/2 リコーイメージングスクエア銀座ギャラリーA.W.Pyoutubeこ2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtube  


『タウン誌深川』“明日できること今日はせず”連載13回『月に兎 泉鏡花



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