『椿説男の死』は、当初三島や乱歩が愛蔵したという、芳年の『英名二十八衆句』のような無惨絵のスタイルで行くつもりであったが、写真では無理と断念。最近書いたが『神風連の乱』で三島に切腹して貰った時、三島が映画『憂国』でそうしたように、はみ出すはらわたに豚モツを使った。結果、わずかばかりの事で、自作の残酷表現に辟易とした江戸川乱歩が如き気分を味わった。写真の身も蓋も無いせいである。当時陰影を消す手法を思い付いていたならそうしたろうが、今となっては、陰影が無ければ出来なかった作品が残ったから良かったと思う。 昨年は陰影の有る無しの案配で随分悩んだが、今は写真家が、モノクロ、カラーを矛盾なく使い分けるのと同様に考えている。新版画の川瀬巴水は、陰影表現をシリーズにより使い分けている。つまり同一画面にさえ矛盾が無ければ、効果的な方を選べば良いと言う結論に至った。 芭蕉記念館の方にお会いし、書類にハンコを押す。数年後、芭蕉サミットがあるそうだが、是非門弟三人の肖像画のみを参考にした旨掲げ、迎え打って欲しい。俳句のイメージのため、枯れ枝みたいな爺にして芭蕉を利用するのはいい加減にするべきだと私は思う。
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『石塚公昭 幻想写真展 生き続ける作家た18年7/25~9/2 リコーイメージングスクエア銀座ギャラリーA.W.Pyoutubeこ2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』 youtube
※『タウン誌深川』“明日できること今日はせず”連載13回『月に兎 泉鏡花