明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



制作に年月をかけたて来たお陰で、おおよその失敗を経験している。特に初めから独学で手探りでやってきたものだから、誰に相談する訳でもなく、失敗だけが財産である。ではこういう時にはここをこうすれば良い、というデータが頭にある訳ではまったくなく、こんなこともたしかあったが、今、無事にこうしている、というだけである。よって未だに、作り始めに、必ず完成に至る、という確信はないのだが、毎回そういってる割に、完成してきた、という気分だけが残っているに過ぎない。しかしこのおかげで慌てることもなく、なんとかなるだろう、と落ち着いていられる。おかげで、やったことがないことに向かっても行ける。 私がタイムスリップして、まさか、この程度に至るまでにこれほどの時間を要すると知らない私に会ったなら、どうするだろうか。別な道を行け、と止めるか、誰か師匠を持て、とアドバイスするのか。実は今朝、そんな夢を観た。山手線に乗る陶芸家を目指していた頃の私に出会い、肩を叩くかどうか躊躇する。陶芸に向いていないのはやりゃ判るだろう。問題は独学は時間ばかりかかって苦労するから止めろというかどうかで悩むのだが、結局、お前程度の才能で、普通のことをしていたら、何でもなくなってしまうだろ、と肩を叩くのは止めた。案外教わると気を使って師匠の教えに反することが出来ないタチであろうし。だいたい写真嫌いだった私が、いずれ写真を始めるから、といっても信じる訳がないよな、と電車を降りた。

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北砂図書館へ。砂町銀座商店街の近辺で引っ越し先を探したのに、アリオ北砂が近いので、ついそちらに行っていたが、砂町図書館が商店街の中を行くことがわかり、図書館へ行くときは帰りに商店街で買い物すれば良い。出無精の私もようやく一通り、必要な場所を把握出来た。 椿説弓張月の惨殺シーンは、三島の演出では、北斎の挿絵同様後ろ手に縛られ、座らされて腰元達に木槌で竹釘を打込まれる。黒蜥蜴に剥製にされた三島で、ほぼ同じポーズで一度作っている。そのまま使おうか、と思ったくらいである。ご丁寧に弓矢まで刺している。聖セバスチャンの場合は、三島もそうしたが、両腕を上げている。後ろ手はすでに作ったし、セバスチャンのオマージュという意味でも腕を上げたポーズにしようかと思った。なぜなら三島にとっては腋窩の翳りがつまり脇毛が重要ではないか、と思ったからである。これだけ書くと、何馬鹿なことで悩んでいる、と思われるかもしれないが、こればかりは『仮面の告白』を読んでもらわないとならない。と書きながら、妙なことで悩ませてくれて三島は本当に有難い人物である。こんな一見バカバカしいことについて悩むなんてことは、私の大好物である。 引っ越し後、私の東京は64年の東京オリンピック以前の東京だ、などと粋がって、掃除機を拒否し、箒とチリトリ、座布団に座椅子と決め込んだ訳だが、どうも足腰に来る。しかしユーチューブで久しぶりに小津安二郎の『お茶漬けの味』を観て、やっぱり良いよな。無性にお茶漬けを食べたくなる。しかしよく考えたら、佐分利信でさえ、今の私より年下であろう。粋がってないで、座椅子や文机の高さを少々高くすることを考えるべきであろう。

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