明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



午前中、三島の『椿説弓張月』白縫姫仇討ち場面の馬琴の文章を複写。浮世絵のように背景に配そうと考えている。こんなことは、主役に陰影があったら出来ない。白縫姫は武藤太を縛り上げ、指を一本一本切り落とし、腰元に命じ、竹釘を打ち込み、苦しみうめく武藤太。北斎の挿絵には、すでに手下二人の首ははねられ、まるで果物のように置かれている。原作ではその後白縫自ら武藤太の首をはねる。恐ろしい場面であるが、歌舞伎では、こんな仇討ち場面なんて拍手喝采であろう。歌舞伎同様、私にしたところで、これまた陰影がないから手掛けられる無残な場面である。以前、神風連の割腹シーンを作ったが、はみ出すハラワタに三島の映画『憂国』同様、豚モツを使用したが生々しい。その時も、写真というものの身も蓋のなさに往生し、暗くして判り難くするという私が最も避けたい策しか取れず。それにしても三島は、当然一年後の市ヶ谷のことを念頭に演出していた訳である。改めて私の作家シリーズの中でも、作品の挿絵じみた物を制作しているようではまったく話しにならない相手である。そしてそんな本日、市ヶ谷駐屯地のツアーに参加して再びあの現場ヘ。途中交番で尋ねるが、子供みたいな警官に市ヶ谷駐屯地といっても通じず。 前回はバルコニーの撮影が目的であった。実際は大分コンパクトに移築されており、そのままでは使えず、良く再現したなと久しぶりに見て我ながら感心した。今回の目的は、三島が最後に目にした光景を撮影することである。ライターの妹尾美恵さんと待ち合わせ突入。あの部屋は、三島に思いをはせるのを防ぐために設置したとしか思えない、巨大で無粋な展示ケースが鎮座し、邪魔でまともに撮影できないようになっている。イメージのためなら、どんな手でも使うことにしている私である。すべてどかしてやる。

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