なぎのあとさき

日記です。

殿の4月検診

2019年04月12日 | 猫トーク



月曜から寒かったけど、水曜は10℃いかない、という春にあるまじき寒さで、東京で雪が降ったらしい。

暖冬の後だからまだ寛容でいられたけども、しつこい。

おかげで、桜がまだ散らずにたくさん残ってる。

木曜から、ちょっとずつ気温が上がり始めたけど、風が冷たくて夜は寒い。

この3日くらい、ビーが私にべったり。
寝っ転がってると上に乗るし、座ってると膝にくるし。
朝は顔の上にいるし。


たきこみごはんに、とりにくはいってるわね!
ちってるわ!


あたちにちょーだい!


ちょーだい!

日中、モンちゃんとビーと庭に出て、シーズン初の猫草づくり。
ビーは日向でしばらくごろんしてたけど、暑くなったみたいで部屋に入った。


ビーが隣の隣の庭に行き、モンちゃんも後を追いかけて、一緒に戻った。


モンちゃんはしばらく家の庭にいた後で、隣の庭でごろん。
左右の庭を散歩して、気がすんで戻った。

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Tカフェで、今月の群像。
松林と母の話、がまがえるについて行って、ミミズの死骸にアリがたかってる話。子供の頃は生命の誕生もふわっとしてるし、死もふわっとしてる、ということ。
がまがえるについてくとこで、ん?これ私のことだ!という友達が出て来て、嬉しくて何度も読み返した。

ぺぎお対談も面白かった。
対談中、ぺぎおさんがストローの紙をいじくってるのが気になって、失敗した、って言ってた気がするけど。

太平洋で泳ぐイワシ(外部としてのイワシ)の実在について。
○外部から押し寄せるイメージは、停止しません。一つの文脈にとどまらず、逸脱しつづけます。イメージからイメージへと、変遷し続け、生きてるイワシのイメージを生成し続ける。それがイワシの理解となる。イワシを絶えずたずさえ、イワシを思い続けることになる。それが、無際限な文脈の召喚によって実現される、天然知能によるイワシの理解なのです。

私には泳ぐイワシのイメージがたくさんある。大きさも様々、色合い、光り方、泳ぎ方も様々に広がり続けるイメージは、すごい財産だ。
ふだん海では「すごい財産」とか考えないけどね。


帰り道

河原に出たら風が冷たくて、家に戻り、夕方に殿の定期検診。血液検査はなし、体重は3.38。
微減だけど、今年入って3.3~調子よくて3.5なので想定内。
前回指摘されてた心音からの肥大型心筋症の疑いについては、「今回はさほど気にならない」とのこと。
そんなもんなのね!?
びびらすよねー!
この症状は、わりと最近になって見つけられたそうで、それまではあまり気にされてたなかったそうで。
ネットで調べると純血種によくみられるとのことだけど、高齢になるとわりと多いとのこと。
春のうちに一度エコー検査しますかねー、という話だけ。
ほかに問題もなく、このまま19歳の誕生日をぶじに迎えられそう。迎える。

殿は落ち着いていて、待合室でも診察室でもニャーともいわなかった。

食欲は日によってばらつきがあるけど、この寒、この風、この気圧(3K)じゃあねぇ、というこの頃なので、足りない分を軽く補助しながら好きなものを食べてもらえばいい。

最近はよく食べる銀スプと懐石のカリカリばかりで、療法食の出番があまりない。

ウエットはインテグラをよく食べてる。

今日、金曜は、家に帰ったら猫缶置き場にまぎれてたプラスチック容器のご飯2つと、ちゅーる4本が台所に転がって祭りの後だった。

誰がやったんだろう?
ちゅーるのセンスのないぐちゃぐちゃな破り方は、十中八九モンちゃんだと思うけど。
ビーや殿は無駄なくピシッと破るからね。

残ってたちゅーるをまとめてお皿に出したら、殿が全部食べた。

タコの本は、意識の前段階ともいえる、主観的経験の話まできた。主体的に感じる能力は、感覚器や運動能力が時間をかけて進化する中で生まれた。

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最近行ってない弁慶に行く夢。
Cが、まさかの「油多め麺なし」を注文。
背油で真っ白なスープだけ運ばれてきた。
なぜか、私とCのほかに、芸人のさらば青春の、のうるさい方がいて、Cといちゃつき始めた。
私のラーメンがやっと来て、食べたら、弁慶の味じゃない!
ふだん家で作るラーメンだった。

変な夢のせいでラーメンがちらちら脳裏をかすめるので、会社の帰りにラーメン屋に寄って、油多めにしてもらったけど、全然すまし汁。
浅草は遠い。

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