広告/従軍慰安婦の〝事実〟の薄汚いゴマカシ

2007-06-17 12:21:34 | Weblog

 安倍晋三の名前がないのは淋しい。有志先頭に名前を連ねるべきではなかったか

 ≪「慰安婦強制の文書ない」日本の国会議員ら米紙に広告≫((07.06.15『朝日』夕刊)

 <【ワシントン=鵜飼啓】従軍慰安婦問題をめぐり、日本の国会議員有志や言論人らが14日付の米紙ワシントン・ポストに「旧日本軍によって強制的に従軍慰安婦にされたことを示す文書は見つかっていない」と訴える全面広告を出した。
 島村宜伸元農水相、河村たかし氏ら自民、民主両党の国会議員ら計44人のほか、ジャーナリストの桜井よしこ氏、岡崎久彦・元駐タイ大使らが名を連ねている。
 4月下旬の安倍首相の訪米に合わせ、韓国人団体が同紙に「従軍慰安婦の真実」と題した全面広告を出したのに対抗し、「事実」という見出しをつけた。
 広告では、旧日本軍の強制を示す文書がないと主張し、逆に「強制しないよう民間業者に警告する文書が多く見つかっている」と訴えた。
 インドネシアで一部の部隊が強制的にオランダ人女性を集めるなど「規律が崩れていたケースがある」ことは認めたが、責任者の将校は厳しく処罰されたと説明している。
 そのうえで「慰安婦はセックス・スレーブ(性奴隷)ではなかった」と主張。公娼(こうしょう)制度は「当時の世界では普通のこと」として「事実無根の中傷に謝罪すれば、人々に間違った印象を残し、日米の友好にも悪影響を与えかねない」としている。
 米下院では、日本政府に謝罪を求める決議案が提出され、共同提案者が130人に達しているが、外交委員会や本会議の採決には至っていない。>

 「旧日本軍によって強制的に従軍慰安婦にされたことを示す文書は見つかっていない」

 「文書は見つかっていない」からといって、「旧日本軍によって強制的に従軍慰安婦にされた」「事実(THE FACTS)」(広告名/≪日議員たち「慰安婦強圧なかった」WP全面広告≫中央日報/2007.06.15)は存在しなかったとは必ずしも言えない。占領したインドネシアでは日本軍のトラックに乗ってやってきた日本兵によって4カ所のオランダ人抑留所から未成年を含む35人のオランダ人女性を強行拉致し、強制的に慰安婦に仕立てて「セックス・スレーブ(性奴隷)」に貶める強姦行為を行っている。

 オランダ人女性の日記。

  「モドー
1944年2月23日
今日の午後3時一杯の日本兵を乗せて二台の車がやって来た。全バラックリーダー達が歩哨の所に来させられ、そこで18歳から28歳までの全女子と女性は即申し出なければならいと聞いた。この人達に質問されたのは、何歳か、そして結婚しているか子供達は居るかという事だった。その間彼女達は大変きわどく見られた。今又それはどういう意味を持つのだろう?又17歳の二人の女子達が紳士達のリストの中に18歳として記述されていた為率いられた。私達は忌まわしい憶測をしている」――

 広告「事実(THE FACTS)」は<インドネシアで一部の部隊が強制的にオランダ人女性を集めるなど「規律が崩れていたケースがある」ことは認めたが、責任者の将校は厳しく処罰されたと説明している。>としているが、日本はこれまでインドネシアに於けるオランダ人女性の強制従軍慰安婦問題を認めてこなかった。最初は中国人強制連行労働を認めなかったが、その証拠となる文書の存在が確認されてから認めざるを得なかったからだろう、後になって認めたように、オランダ人女性慰安婦の事実を認めざるを得ない文書がオランダ側に存在することが分かったから、認めることにしたに違いない。それでも「規律が崩れていたケース」と巧妙な事実輪歪曲、あるいは事実捏造を行っている。

 このオランダ人女性強行拉致、強制慰安婦行為は2カ月後に軍の中央の知るところとなり、慰安所は直ちに閉鎖されたということだから、オランダ人女性慰安婦問題はオランダ側の文書を待たずとも戦後知られていていいはずだが、それを認めなかったのは日本側にとって不都合なことは臭い物には蓋と処していたからなのか、軍が〝文書〟で経緯・顛末を残さなかったから、残したが敗戦の混乱で散失してしまったから、あるいは敗戦直前後に軍が証拠隠滅を図るために廃棄処分、焼却処分を行ったからといったいずれかの理由で、戦後政府の知るところとならなかったということなのだろうか。

 と言うことは、〝文書〟の存在が必ずしも〝事実〟と連動していないことを証明することになる。文書の存在=事実ではないということである。そのことを無視した「旧日本軍によって強制的に従軍慰安婦にされたことを示す文書は見つかっていない」となっている。

 オランダは日本の敗戦後、日本軍人をBC級戦犯として逮捕、裁判にかけ、1948年に大日本帝国軍隊元陸軍少佐に死刑を課し、元軍人及び民間人9名に7年から20年の有期刑の判決を下しているという。1951年9月締結、翌年4月発効のサンフランシスコ講和条約・第11条【戦争犯罪 】の 「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し――」とする規定を受けて、その時点で日本はインドネシアに於けるオランダの軍事裁判を内心はどうであれ、「受諾」したはずである。どのような罪で裁かれ、その結果の判決であるかの〝事実〟を遅くともそのときに認識したはずだが、従軍慰安婦問題が持ち上がっても、政府側からオランダの〝事実〟は出てこなかった。

 事実が事実とされていなかった〝事実〟となっていた。如何に事実が巧妙に扱われ、事実でない〝事実〟とされてきたか。オランダ人女性従軍慰安婦問題は不都合なことは臭い物に蓋扱いしていた疑いが濃くなる。それを文書の存在に拘るのは、それしか否定のためにすがる材料がないからだろう。

 このようなご都合主義の事実の取扱いを今回の「広告」でも行っている。

 <インドネシアで一部の部隊が強制的にオランダ人女性を集めるなど「規律が崩れていたケースがある」ことは認めたが、責任者の将校は厳しく処罰されたと説明している。>――。

 断るまでもなく、<責任者の将校は厳しく処罰された>とする〝事実〟は日本軍自らによる事実ではなく、オランダの軍事裁判による事実である。また東京・三宅坂の軍参謀本部から見た場合はインドネシア占領日本軍によるオランダ人女性狩りは「規律が崩れていたケース」とすることができるが、現地占領日本軍が軍ぐるみで軍の行為として行った強行拉致・強制強姦、「セックス・スレーブ(性奴隷)」化だったのであり、そうすることを崩れのない「規律」としていたのである。たった2ヶ月の「規律」ではあったとしても。

 記事からだけでも、広告の「THE FACTS」が如何に事実を自分たちに都合がいいように巧妙にすり替えているか、その薄汚い小狡さが分かる。

 文書がすべてではないし、必ずしも文書=事実でもない。事実にしても、それが常に真正な事実であるとは限らない。

 「実際に起こったことに対する批判は謙虚に受け入れるべきだが、根拠のない中傷と名誉毀損に対する謝罪は大衆に歴史的事実に対する誤った印象を与えるのみならず、日米親善関係にも悪影響を及ぼす」(≪日議員たち「慰安婦強圧なかった」WP全面広告)中央日報/2007.06.15)。

 既に自分たちが「大衆に歴史的事実に対する誤った印象を与え」ておきながら、そのことを忠告する。このことの何よりの証拠として、文書によってではなく、誰もが否定できない客観的事実を挙げてみる。

 戦前の大日本帝国は表向きは天皇の国家(「大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」明治憲法)であった。一般兵士を含めた一般国民は誰しもそう受け止めていた。一般国民にとって、天皇・国家は絶対的存在であった。天皇は現人神ですらあったのである。天皇を少しでも批判し、そのことが世間に知れたなら、国賊・非国民として不敬罪で厳しく罰せられた。天皇は侵すべからざる神聖な存在、絶対的存在であった。

 大日本帝国軍隊はそのような絶対的存在である天皇と大日本帝国を常に体現していた。天皇の名に於いて命令を下し、自らの任務を天皇陛下のため・お国のためとしていた。いわば大日本帝国軍隊は天皇の絶対性をも体現していたのである。当然軍の命令・指示は絶対であった。このことは「戦陣訓」を読めば一目瞭然たる〝事実〟であることが理解できる。<「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ」の一条が太平戦争末期の数多くの悲劇的玉砕を生む一因となった>と日本史広辞典(山川出版社)が記しているが、如何に大日本帝国軍隊が一般兵士、一般国民にとって絶対的存在であったかを物語っている。

 絶対的存在である天皇の名に於いて大日本帝国軍隊自体が絶対性を体現し、絶対的存在として国民と向き合っていた。そのどのような命令・指示も絶対的性格を備えることによって、その絶対性は整合性を獲ち得ることができる。

 と言うことは、その命令・指示が「文書」の存在に関係なく、例え単なる口頭によって伝えられたものであっても、既に絶対的な強制性を備えていたのである。軍の存在自体が強制性を身につけていたと言える。

 天皇の絶対性、大日本帝国の絶対性は大日本帝国軍隊及びその軍人たちだけではなく、国家権力の末端を担うものとして街の巡査すらも体現し、国民はその「おいこら」に例え理不尽な叱責であったとしても、おとなしく従った。

 中国では駐屯日本軍が日本人業者や中国人売春業者に依頼して従軍慰安婦を募集させている文書が発見されているが、その依頼は軍の命令・指示として断ることのできない絶対性を備えていたはずである。その絶対性が遺憾なく力を発揮した顕著な一例が未成年者を含むオランダ人女性の収容所からの強行拉致・強制売春だろう。誰が軍の命令・指示を断り得ただろうか。例えそれが文書の形を取らず、口頭による〝依頼〟の形を取ったとしても、その絶対性から誰も免れることはできなかったに違いない。

 軍の依頼を受けて業者が強制的に女性を慰安婦に駆り立てたとしたら、その強制は軍の依頼が最初から備えている絶対性を受けた業者の強制発揮であって、安倍晋三が言うように「競技の強制性を示す文書が存在しない」からといって、軍の強制を直ちには否定することはできない。既に述べたように軍の存在自体が強制性を備えていたのである。

 日本の「事実(THE FACTS)」の著名な広告主たちは、この〝事実〟を無視し、この〝事実〟を前提としない〝事実〟を振り撒いて、「旧日本軍によって強制的に従軍慰安婦にされたことを示す文書は見つかっていない」とする巧妙・狡猾なゴマカシをやらかしているに過ぎない。

 広告主の先頭に安倍晋三の名前を記すべきだったろう。「広義の強制性はあったが、狭義の強制性はなかった」とする文言を広告内容に付け加えて、その〝事実〟を事実だとする補強材料に使うべきではなかったか。

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