自民党公務員改革に見る安倍大言壮語

2007-06-10 18:05:53 | Weblog

 相変らず学習能力なしの安倍晋三

 ≪公務員法案断念を撤回 自民、首相の意向を受け≫(07.6.6.『朝日』朝刊)

 内容は、成立を一旦は断念しかけた公務員制度改革関連法案を安倍首相の強い意向を受けて衆議院を通過させ、今国会で成立を目指すことにしたというものだが、その中に安倍首相が、<4日の自民党の役員会で「官製談合、天下りの問題は、私の内閣で終止符を打ちたい」と発言>したと出ている。

 国家公務員法改正案は翌7日の与党の賛成多数で可決され、めでたく衆院を通過したものの、当ブログ記事≪安倍首相みたいにバカではなかった昭和天皇≫で安倍晋三の学習能力のなさを批判したが、「官製談合、天下りの問題は、私の内閣で終止符を打ちたい」は相変わらずの学習能力の欠如をさらけ出している。

 本気で「終止符を打」てると思っているとしたら、誇大妄想人間が大言壮語を得意としている人間でなければできない至難の技と言わざるを得ない。まあ、誇大妄想的・大言壮語的気(け)がないわけではない我が日本の総理大臣、安倍晋三ではある。私自身のブログ07年3月6日の記事『安倍従軍慰安婦論/業者の強制は軍の強制』の中でも「安倍晋三という人間にある心性は名を残そうとする功名心だけで、真心とか優しさといったもの柔らかい感受性は彼の心の中には住み着いていないらしい。単純さだけは十分に感じ取ることができる」と批判したが、昭和史研究家であり作家でもある半藤一利氏も朝日記事(07.6.9.夕刊≪悩める首相どう見る≫)で<「祖父の岸信介氏や大叔父の佐藤栄作氏らのように、大きな仕事をして歴史に名を残したいと思い込んでいる」>、<半藤さんは採決の強行も辞さなかった最近の国会運営を見て、「名宰相になりたい一心からではないか」>とその功名心を衝いているが、半藤氏が言う「大きな仕事をして歴史に名を残したい」はその政治が国家というハコモノの中身たる国民の福祉・生活を出発点としているのではなく、国家なるハコモノそのものを出発点としていると言うことだろう。だから当初は改憲を今夏の参院選の争点に掲げたのであり、それが不人気と見て、国民の目下の最重要関心事である年金問題に切り替えるという豹変を君子に非ずだから簡単に見せることができた。

 マッカーサーが日本の政治家は13歳の少年だと喝破した洞察力に逆らって、祖父岸信介と叔父佐藤栄作を偉大な政治家だと頭から妄想しているのだろう、血を受けついだ者として二人の過去の功績に限りなく近づき(つまり半分以上は過去に目を向けている)、岸・佐藤の次に位置したい妄想もどきの願望を患っているのだろう。それが「戦後レジームからの脱却」という思い込みを取っているに違いない。

 政府与党が衆院を通過させた国家公務員法改正案に盛り込んでいる天下り規制と公務員に対する能力・実績主義の人事管理がどれ程の効力を有するのか、その判断はさて置いて、まずは言っておかなければならないことは、完璧な法律は存在しないということである。

 当然完璧でない法律からは「官製談合、天下りの問題は、私の内閣で終止符を打ちたい」などといった完璧さは望みようがない妄想となる。

 大体が人間社会に法律なるものが存在すること自体が人間が完璧でないことの証明であり、完璧でない人間が形成することとなる人間社会が完璧ではなく、常に矛盾を抱えた集合体であり続ける不備・欠陥は当然の因果性としてある。結果として、完璧な法律の手に入らないこと、永遠のものとなる。改正、改正の繰返しで社会を成り立たせるしか手はない。不備・欠陥の「終止符を打」つことはないと言うことでもある。

 例え新たな法律によって改めるべき矛盾を改めることができたとしても、そこからまた新たな矛盾が生じる。その延々たる繰返しが人間の社会であり、人間の歴史であろう。目指すべきは矛盾を少しでも解消していこうとする謙虚な努力であり、完璧・簡単に不備・欠陥に「終止符を打」てると人間、あるいは人間社会を把えること自体、そこで既に大言壮語の部類に堕する。

 談合罪が刑法に新たに設けられたのが日本敗戦の翌年の1941年で、それから2003年に官製談合防止法が施工され、大手ゼネコン4社が「脱談合宣言」を高らかに謳い上げたのは05年末のことである。1941年から66年も経過していながら、談合は「終止符を打」つことができなかった。談合一つとっても、歴史を経て悪質な企業慣習となっている。それを一内閣が「終止符を打」つなどと簡単にできるものではなく、人間という生きもの、その不完全さへの認識の甘さが許している大言壮語以外の何ものでもないだろう。

 お互いが謀り合って、自分たちにより多くの利益がまわるようにする。きっと人間が貨幣経済を成り立たせたときから発した、人間というしたたかな生きもののしたたかな営為としてあった〝談合〟に違いない。

 入札制度は豊臣秀吉の時代に導入されたということだが、談合は入札制度からのみ社会的慣習として発展したのではなく、安土・桃山・江戸の近世に制度化された、特に江戸時代に徹底化された「営業権・独占権を保証された同業・同種の共同組織」である「株仲間」(『日本史広辞典』山川出版社)が、お上から頂いたその独占的営業権を楯にカルテルの類の談合を可能とし、社会的正当性を獲ち得て日本人の営為となっていったのではないだろうか。

 『日本史広辞典』で株組織の変遷を簡単に見てみると、<18世紀になって、江戸では幕府が享保期に、奢侈禁止や物価引下げのため諸職人や諸問屋に仲間を結成させた。またおもに仲間の側から出願によって、大阪と京都では明和・安永期に、江戸では文化年間に多くの願い株(業者の方から願い出て幕府・藩の許可を得る株のこと)が成立した>。

 だが、<天保の改革で、株仲間・問屋・組合の解散」を命じ>る<「株仲間解散令」が幕府によって発せられる。<幕府は株仲間の独占権が物価騰貴の原因であるという認識から、1841年(天保12)に江戸十組問屋仲間を解散させ、翌年3月には、全国の商人・職人に対して適用した。これにより冥加金や無代納物・無賃人足などは免除されたが、営業上の独占が排され、新たに仲間・組合を結成したり問屋と称することも禁じられて、素人直売買(じかばいばい)などの自由な取引が奨励された。その結果流通上の混乱を招き、かえって物価が高騰したために51年(嘉永4)><「株仲間再興令」>が出された。そして明治に入り、<新政府は1868年(明治元)『商法大意』を布達し、株仲間の特権と諸株の廃止を宣言、商売仲間には新鑑札を下付して取り締まることにした>。ところが、<新鑑札は旧来の株と同様に扱われる悪影響を生じたため、70~73年に和歌山県・滋賀県・新潟・大阪・東京・神戸で仲間廃止令が出された。しかし、71・72年の華士族・農民の商業許可とあいまって取引混乱を引き起こし、株仲間的な性格を継承した同業組合が各地に設立された>

 かくかように一つの矛盾・欠陥を法律を新たに制定することによって正そうとしたとしても、新たな別の矛盾・欠陥が生じる。その繰返しが今日まで続いていて、あたかも歴史のルールのようになっている。このことをしっかりと認識して心して取り掛かろうと意志を働かせることのできる人間なら、「終止符を打ちたい」は大言壮語になると自ら気づき、簡単には言えない言葉となるだろう。

 「営業権・独占権」を幕府・藩によって公認された「株仲間」たちがそれを権力の道具としてひけらかし、自分たちの利益獲得に都合のよいように販売量や値段を調整する談合・カルテルに向かう。自然な流れであろう。それが米不作時の米の買占めだったり、売り惜しみだったりする。

 山陽新聞の4月24日のインターネット記事を利用して自民党の国家公務員法改正案の要旨を改めて列記すると、<
1.中央省庁の天下りあっせんは営利企業と全非営利法人と
  もに全面禁止し、2008年中に内閣府に設置する「官民人
  材交流センター」に一元化する。完全一元化時期はセン
  ター設置後3年以内。設置から5年経過後に体制見直し
1. 現職職員が自らの職務と利害関係がある一定の営利企業
  などに対し、求職活動を行うことを規制。
1.再就職したOBが退職後2年間、国の機関に対して、退
  職前5年間に担当していた職務に関する契約や処分につ
  いて働き掛けることを規制。
1.関係企業への天下りを退職後2年間禁止する事前規制は
  、センターに再就職あっせんを一元化後、撤廃する。
1.再就職監視委員会を内閣府に設置。再就職監察官が再就
  職に関する規制違反の調査を実施。
1.規制違反は懲戒、過料。不正行為は最高で懲役3年の刑
  事罰。
1.採用試験の種類や年次にとらわれず、人事評価に基づき
  適切に実施する能力・実績主義の導入。

【今後の基本方針】
▽基本認識
1.21世紀にふさわしい行政システムを支える公務員像を実
  現するため、押しつけ的あっせんや官製談合への批判を
  踏まえた改革が必要。
▽人材交流センター
1.センター職員は出身省庁職員の再就職あっせんを行わな
  い。人的情報把握のため省庁人事当局と必要に応じて協
  力。
1.センター設置後、随時、効率性、実効性の観点から見直
  しを行い、追加的措置を講ずる。
▽改革の全体像
1.首相の下に設置する有識者検討会で、定年延長や幹部職
  員の公募、官民交流の拡大、専門スタッフ職制の実現な
  ど人事制度を総合的に検討。基本方針を盛り込んだ国家
  公務員制度改革基本法案を立案、提出する。
1.地方公務員制度改革は、国家公務員法改正案の内容や地
  方の実態を踏まえて検討、必要な法案を速やかに提出す
  る。
1.公務員への労働基本権付与問題は、政府の専門調査会の
  審議を踏まえ引き続き検討。>――

 <中央省庁の天下りのあっせんは営利企業と全非営利法人ともに全面禁止>とするが、<「官民人材交流センター」に一元化>の衣替えによって天下りの斡旋そのものは行う。つまり、天下り制度は形を変えて維持する。

 その一方で、<首相の下に設置する有識者検討会で><定年延長>等の<人事制度を総合的に検討>するとしている。

 定年延長の見直しはいわゆる〝早期勧奨退職制度〟が天下りを蔓延化させているそもそもの原因なのだから、当然の措置だが、それを見直すことになる<定年延長>は上がつかえる人事停滞を引き起こして、そのことが優秀な人材確保を妨げることになると自民党が最も反対している人事案件であろう。

 その根拠を≪(3)天下り問題とキャリア制度( 1)なぜ癒着が起きるのか≫が次のように解説している。

 <国家公務員(霞ヶ関、以下同じ)の制度設計が、早期勧奨退職等、天下りを前提とした制度設計になってい>て、<「天下り禁止」で早期勧奨退職を完全に止めた場合は、キャリアの幹部は行き先がないというか、50歳課長補佐という今のノンキャリア並になってしまうわけで>、<このポスト問題を解決しなければ、いくら天下り禁止を叫んでも、制度がうまく立ちゆかない上、人事の停滞という組織を最も停滞(腐敗)させる現象が起こるとともに、キャリア組といいつつ実態は今のノンキャリア並というよく分からない状況を生み出すことになるのです。>と、先がつかえることの悪弊を説いている。

 上記悪弊を考慮に入れて考えると、天下りを維持しながら、一方で定年延長を見直すとすると、定年延長見直しの影が薄くなる可能性も出てくる。いわば<人事停滞>を防止するために、あるいは<人事停滞>防止を口実に天下りにのみ比重を置くことになり、定年延長見直しが疎かになって有名無実とな化して行く可能性が出てくる。

 逆に定年延長見直しが軌道に乗ったとしても、長年の慣行としてきた職務上の人間関係が新規まき直しになることで組織の運営そのものが機能するかどうかも考えなければならない。

 また、次のような問題も起きる可能性がある。迂回献金という隠れ制度が存在する。例えば国土交通省の高級官僚がその所管事務、あるいは自己の経歴とまったく関係のない、厚労省の所管特別法人である社会福祉・医療事業団に「官民人材交流センター」の斡旋を受けて再就職の天下りを行う。そして厚労省の高級官僚がこれまた自らの経歴に関係のない大手ゼネンコンに迎えられる。

 元国土交通省の元高級官僚は社会福祉・医療事業団を拠点として大手ゼネコンに天下った元厚労省の元高級官僚を通して密かに大手ゼネコンを指示・誘導して談合を操る。大手ゼネコンに天下った元厚労省の元高級官僚は厚労省が所管・監督する事業を展開している企業、もしくは公益法人に天下った、厚労省及びその関連機関とは無関係の省庁に所属しいた元高級官僚を通して、特別養護老人ホーム等の社会福祉施設や病院・診療所・老人福祉施設等の設置の許認可や資金貸付に特別便宜を図る口利きを迂回天下りによる迂回談合を手段に遠隔操作する。1996年に特別養護施設の設置に便宜を図って1600万円のゴルフ会員権と高級新車の利益供与を受け逮捕された岡光厚生次官がいるが、そういった直接的口利きを迂回形式に変える。

 迂回献金と同様のこのような迂回構図は決して不可能ではない。携帯電話・パソコンと通信手段は飛躍的に発達している。<自らの職務と利害関係がある一定の営利企業>に天下って、そこを活動拠点としなければならない必要性を絶対条件ではなくなっている。

昨06年の防衛施設省の空調設備工事や岩国基地滑走路移転工事の官製談合事件に関わった官僚は自衛隊法では退職後2年間は施設庁の工事を受注するなどした営利企業への天下りを禁じられていたが、防衛施設庁所管の公益法人「防衛施設技術協会」に一旦2年間天下って、そこから禁止事項対象の営利企業、大手ゼネコンへと天下り、受け入れ企業の天下り実績を基準に工事入札を決定する迂回手口を既に見せている。これをさらに発展させて、非関係営利企業に天下る迂回を行い、そこから口利き・談合等の遠隔操作を行う。

 振込め詐欺にしても、最初は自動車事故の示談金から痴漢の示談金、さらに喧嘩をして怪我を負わせた示談金、サラ金への返金、最近は社会保険庁職員を名乗り、年金を振り込むと騙して逆に振り込ませる手口へと進化している。天下りや談合・口利きの手口が進化していかない保証はどこにもない。

 天下りを完全に禁止して〝早期勧奨退職制度〟を見直すことにしたら、上がつかえる人事停滞を引き起こし、そのことが優秀な人材確保を妨げるとする主張を検証してみる。

〝早期勧奨退職制度〟なるものがどのようなものか、HP『NAGURICOM [殴り込む]/北沢栄(2002年8月29日)更新』から見てみる。

 <「早期勧奨退職慣行」というのがある。幹部職員の大半が、50歳代前半で肩たたきにより退職していく慣行である。
I 種採用のキャリア官僚は、50歳前後から所属省庁から再就職先(天下り先)をあっせんされ、間引きされるように退職していく。同期入省組で最後に残るのは事務次官1人となる。次官を頂点にピラミッド組織に維持するための長年の人事慣行である。 
 この慣行は、何をもたらすか。一つは、大量の天下りだ。
  役所はこの慣行のせいで、早期退職する働き盛りの職員に天下り先の受け皿を常時つくっておかなければならなくなる。それも、高官には高官にふさわしい待遇を、中堅幹部にも安心して「第二の人生」を送れる待遇を、というふうに、安定して厚遇が保証された受け皿でなければ、となる。すると「受け皿」の容量と質を一定以上に保つ必要が生じる。
  こうして天下りの受け皿のメンテナンスと拡大再生産が早期退職慣行を維持するための必要不可欠の条件となる。
  慣行のもう一つの産物は、高額の退職金である。肩たたきして定年前の働き盛りに辞めていってもらうには、それなりの待遇が必要だ、という考え方が背景にある。退職手当制度を企画立案する総務省人事恩給局は、肩たたきで早期退職していく職員のために巧妙な仕掛けを考案した。退職金の特例的な割増手当だ。早めに辞めて再出発したほうが有利、と思わせるようにする制度である。
 だが、その割増手当も「国民の税金」によって賄われているのだ。

 9500万円の退職金

外務省が引き起こした前代未聞の一連の公費詐取・流用事件と外交の機能喪失。その責任を問われる形で辞任・退官した元事務次官三人の退職金がことし5月、明らかになる。川口順子外相が受給者を匿名で明かした退職金は、勤続年数、キャリアなどから推定すると、林貞行・前駐英大使が約9500万円、川島裕・元事務次官が約9100万円、柳井俊二・前駐米大使が約8900万円である。一月に退官したBSE(狂牛病)問題発生時の熊澤英昭・前農水省事務次官も、8900万円近い退職金が支給された。重大な不祥事、失政に関わった最高責任者なのに、この超高額の退職金なのである・・・ >

 まず高額の退職金支払い制度の裏を返すと、<早めに辞めて再出発したほうが有利、と思わせる>ためだけではなく、政治家が官僚を高く買っていることの報償としての金額であろう。大リーグのレッドソックスが松阪に60億もの金額をつけたのは彼の才能を60億の金額で買ったということで、それと同じ原理が働いた高額退職金であろう。

 官僚の才能を高く買わざるを得ない状況とは、政治家が政策作りに関しても国会答弁にしても、そのことに必要とする才能を官僚の才能に頼っている、依存していて、ケチを働いて退職金に高い値をつけなければ、政策作りや国会答弁に応えてくれる必要な人材が集まらないこととなって、ケチのツケは最終的には政治家に回ってきて、自分たちが困難な立場に追いやられる状況のことであろう。幸いにも退職金は国民の税金で賄っているから、政治家自身の懐は痛まない。安心して高額の退職金を大盤振舞いできる。

 政治家自身が優秀になって官僚を単なる情報集めの事務屋に変え、情報の分析・検証、そしてそれらを組み立た政策の創造は政策秘書等のスタッフの協力を得て自らの頭脳に恃(たの)むようにすれば、退職金に高額の値をつける必要もなければ、上がつかえるからと〝早期勧奨退職制度〟を維持して人事の入れ替わりを円滑にする必要も生じないはずだが、官僚におんぶに抱っこの楽チンからいつまでも脱け出れないでいる。その怠慢さは社会保険庁職員の怠慢さの比ではない。

 しかし何よりも問題なのは、<同期入省組で最後に残るのは事務次官1人となる。次官を頂点にピラミッド組織に維持するための長年の人事慣行>であろう。

 <同期入省組で最後に残るのは事務次官1人>の〝1人〟は、前年度も同じ人事構図が働いているから、事務次官を譲って〝元〟となった事務次官も天下っていけば、同期及び先輩はすべて存在しない〝1人〟――いわばすべての意味に於いて目の上のタンコブが一切存在しない完璧にお山の大将となった<次官を頂点>とした<ピラミッド組織>ということで、そういった構造を取ることで初めて機能する組織とは、<同期入省組>の同輩や先輩が目の上のタンコブの邪魔な存在となるからそれを排除することで自らを最上位権威に位置づけ、結果としてすべての他を後輩として下位権威に置く権威主義の階級性をつくり上げることで力を持ち、機能する組織と言うことだろう。

 譬えて言うなら、中学・高校・大学の部活によく見られる先輩・後輩の権威主義的階級性の支配によって機能させている組織と構造的に共通項をなしていると言える。先輩に絶対権力があり、後輩は先輩に対して絶対服従を強いられる。1年生部員が如何に優秀でも、自分が思い通りに振舞うにはすべての先輩が卒業して、自分が最上級の3年になるまで待たなければならない。官庁に於いて次官を除いて同期入省組とそれ以上がすべて天下り、自分が最上級者となることによって思い通りに振舞うことができるようになるようにである。

 同輩や先輩が存在したならトップが力を発揮できない権威主義の支配を受けていることから逆にトップだけを残す権威主義を恃んでその力を引き出す階級組織とは、自由と平等の民主主義の社会に於いてどのような意味をなしているのだろうか。少なくとも中学・高校・大学の部活から何ら発展・進化を見ていない組織であることを意味している。

 官僚たちが権威主義の階級性を恃まなければ力を発揮できない存在であるなら、「早期勧奨退職慣行」は組織にとって必要不可欠の制度であり、<定年延長>は組織機能の阻害要件となる。つまり天下りは永遠になくならない。
 
 「早期勧奨退職慣行」によって退職した官僚は既に権威主義の行動性と人間関係に慣らされていることによって、天下り先でも同様の振る舞いでしか自己存在証明を示し得なくなる。それが許される省庁所管法人が天下り先なら問題はないが、実力主義の営利企業に於いて過去の権威を恃まない実力を要求され、それを満たせない場合、元の職場で手に入れた省庁の先輩・後輩の権威主義の力を借りてそこから引き出す生半可ではない利益――談合や口利きで自己を権威付け、自己存在証明を図るこれまでどおりの振る舞いを繰返さない可能性はない。

 こう考えてくると、安倍首相の「官製談合、天下りの問題は、私の内閣で終止符を打ちたい」はますます大言壮語、あるいは誇大妄想に見えてくる。

コメント (1)
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