仙谷シナリオの日中首脳会談で中国から与えられたエサの外交成果

2010-10-07 05:47:06 | Weblog

 10月4日夜(日本時間5日未明)にASEM(アジア・ヨーロッパ首脳会議)開催国のブリュッセルで日本の菅首相が中国の温家宝首相と25分間の長きに亘って自国国益を一歩も譲らない激しい議論を戦わせた。この当初実現の可能性がなかった大会談は実は仙谷官房長官がシナリオを書き、レールを敷いて実現させた大会談だと昨日の「asahi.com」記事が伝えている。

 《日中首脳会談へ極秘交渉 仙谷ルート構築》(2010年10月6日13時8分)

 記事をほぼそっくりなぞる形の時系列で仙谷官房長官のシナリオを基に出来上がったストーリーの展開を追ってみる。

1.日中両国関係の早期改善を望む菅首相の強い意向を受け、尖閣諸島沖の漁船衝突事件でもつれた日中関
  係の修復のため、首相官邸は外務省ルートに頼らず、新たな政治家ルートの構築を探る。

2.9月24日、日中首脳会談開催に向けた活動を開始。日本側が中国人船長の釈放を決めた頃。仙谷官房
  長官は中国側に歩み寄りの意思があることを独自ルートで察知。

3.9月27日、菅首相は一旦見送りを決めていたASEM首脳会合に一転、出席を決断。

4.9月29日、先の民主党代表選で小沢一郎元幹事長を支持したものの、中国人脈を持つ細野豪志前幹事
  長代理を密使(とは仰々しい)として北京に派遣。

5.菅首相(細野氏の訪中をいぶかる周辺に電話で)「あれは仙谷がやっていることだから大丈夫なん
  だ」

 人間が目出度くできているから、黙ってはいられない。菅首相から伝え聞いた周辺が、「あれは影の総理大臣の仙谷がやっていることだから大丈夫なんだってさ」と次に伝え、その者がさらに次に伝えて、密使が密使でなくなり、テレビカメラが北京空港に降り立った細野氏を把えることとなる。

6.細野氏は中国外交を統括する戴秉国(タイ・ピンクオ)国務委員との会談に成功し、ASEMでの首脳
  会談の可能性を協議。

7.9月30日細野氏帰国。首相官邸に報告。

8.外務省は官邸のお墨付きを得た細野氏の動きを知り、日中外交の主導権が政治家側に奪われてしまうと
  慌てる。外務省は外交ルートを通じて中国側に日本政府高官と戴氏の電話会談を要請。

9.外務省と中国の動きを伝えられた仙谷官房長官は周辺に「そんな話は知らん」と不快感を示すが、細野
  氏の訪中で首脳会談まで漕ぎつけることができたわけではないため、戴氏との極秘の電話会談に臨む。

10.日中首脳会談の実現に向けた大枠の課題として、(1)戦略的互恵関係の重要性(2)日中交流の推進
  の2点を確認。

11.10月3日夜、菅首相ブリュッセル入り。

12.10月4日昼、温家宝首相ブリュッセル入り。

13.仙谷氏の腹心・福山哲郎官房副長官が首相外遊に同行して現地で水面下の交渉を続ける。

14.最後の調整として、ASEM全体会合で行う両首脳の演説内容が残る。

15.全体会合の演説で、「尖閣諸島問題はお互いに直接言及しない」を水面下の最後の確認事項として首
  脳大会談の実現が決定。

16.福山官房副長官が現地で演説案に筆を入れる。

17.10月4日夕、ASEM全体会合演説で菅首相、温首相共に尖閣諸島問題には触れずにスピーチを終え
  る。


18.約2時間かかったワーキングディナー終了後、両首脳は25分の長きに亘ってワーキングディナーと比較にならない双方の国益に関わる激しくも濃密な議論を戦わす。

 菅首相「割と自然に、普通に話ができました」――

 問題とすべきは議論の中身――何をどう話し合ったか、具体的成果が望める話し合いだったかどうかであり、会話の様子ではないが、菅首相は会話の様子により重要性を置く価値観を持った政治家らしい。

 記事には以下の解説がある。

 外務省を絡めまいとした官邸主導のシナリオだったために、〈ASEM首脳会合には中国の担当課長が同行せず、首相には中国語の通訳もつかなかった。首相側には「こちらから日中首脳会談を望むような姿勢は見せない」(周辺)との思いもあったが、自民党の外交部会幹部は「英語を介した通訳で、温首相の発言のニュアンスまでつかめたのか」と批判する。〉 ――

 要するに、「こちらから日中首脳会談を望むような姿勢は見せない」ために日本人の中国語通訳を同行させなかったことになる。だが、実際には日本側から求め、中国側が応じて与えたエサが25分間の大会談だった。

 しかも中国側が応じて日本に与えたエサである25分間は、日本のマスコミは「首脳会談」と言うものの、中国側に言わせると「交談」、中国側が会談の実体をばらした関係からだろう、菅首相は昨日の衆院本会議代表質問答弁で「懇談」と表現した両首脳の軽い話し合いであり、その中身は日本側がより必要としている(1)戦略的互恵関係の重要性(2)日中交流の推進の2点といったそう遠くない時期にいつかは戻る道であるゆえにある意味形式的に確認し合ったことと、尖閣諸島に対する領有権をそれぞれが主張し合い、日本が中国の主張を斥けることができなかったのだから(菅首相「温家宝さんの方から原則的な話が出たものですから、私の方からの尖閣諸島は我が国固有の領土だと原則的なことを申し上げました」)、結果として双方の領有権主張を併立させる内容を持たせることとなる確認をし合うこととなったことぐらいであった。(このことを昨日のブログでは、尖閣諸島領有権の二原則化だと書いた。)

 だが、後者の確認は日本にとってご馳走と言えるエサでは決してない。25分間の大会談で否定的エサも成果としたと言うことである。

 また、菅首相のASEM出席の当初の目的はASEM全体会合に集まるアジア・ヨーロッパの各国首脳に尖閣諸島が日本に領有権があることを説明することにあったはずだ。《漁船衝突事件 ASEMで説明へ》NHK/10年10月3日 4時9分)

 9月の衆議院予算委員会集中審議でのASEMへの出席について発言――

 菅首相「尖閣諸島沖で起きた中国漁船による衝突事件について、わが国の立場を説明していきたい」――

 全体会合で日本の立場を訴えることは各国からの日本支援の少なくとも心理的な保険の一つとなり得たはずだ。 

 だが、日中首脳大会談の実現の条件が「全体会合での両首脳の演説内容」は「尖閣諸島問題はお互いに直接言及しない」であったなら、その条件を飲んだということは各国首脳との個別会談でいくら説明したとしても、中国には直接伝わらない説明であり、肝心の全体会合で日本の立場を伝え、それを各国の共通認識に仕向ける折角の機会を菅首相自ら捨てたことになる。

 さらに言うなら、全体会合では尖閣問題に触れず、その代償として実現させた25分間の大会談で、「釣魚島(尖閣諸島)は中国固有の領土である」を残した。

 菅首相が自ら捨てた全体会合で見込むことができた成果から、仙谷官房長官がシナリオ書いてレールを敷き、官房長官からしたら大成功と鼻高々だったかもしれないが、中国から与えられたエサとして実現した25分間の日中首脳大会談の成果とも言えない中身の成果を差引きした場合、「釣魚島(尖閣諸島)は中国固有の領土である」を残している以上、失った外交成果の方が遥かに多いと見なければならないはずだ。

 菅首相にしたら、問題解決に向けた姿勢を見せるよりも、先送りしてその場を無事に過ごすことができればよかったのかもしれない。

 だから、「温家宝さんの方から原則的な話が出たものですから、私の方からの尖閣諸島は我が国固有の領土だと原則的なことを申し上げました」云々と双方の領有権主張を軽々と併立させることができたのだろう。

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