◆富士学校“OB”
明日は富士学校祭。しかし、最新装備に目が行きがちではあるものの、富士学校には各種退役装備が保存されている。本日は、これら富士学校“OB”の装備、ほんの一部ではあるが紹介したい。
M-4A3戦車。1954年に陸上自衛隊に供与された戦車で、1972年まで第一線で使用された。76.2㍉戦車砲を搭載、重量は33.6㌧。陸上自衛隊が師団編成に移行する前の管区隊編成を採用していた時代には、普通科連隊に戦車中隊を配置し、直接火力支援に充てており、旧陸軍時代には軍(現在で言う軍団、もしくは方面隊)直轄であった戦車部隊を第一線に配置したという点で陸上自衛隊の火力や編成の近代化を目指すという砲工を定めた装備。
当時としては、充分第一線での運用に耐える装備で稼働率、整備性などの面で陸上自衛隊の対戦車能力を大きく飛躍させた。ディーゼルエンジンではなく水冷ガソリンエンジンを採用しており、最高速度は42km/h、車体銃などを搭載し、乗員は五名という構造を採るなど、今日の戦車との相違点が非常に興味深い。また、車体が大きく、乗員は足が届かない、前が見えないなど苦労したとも伝えられる。
M-24戦車。偵察用軽戦車として米軍が開発した戦車で、正面装甲は車体部分で25㍉、砲塔正面でも37㍉と非常に薄いものの、駆動系や変速装置では自動車大国アメリカの戦車ということで、後に国産された61式戦車にも参考とされた部分が多い。重量は18.4㌧。主砲は軽量な76㍉低圧砲で、もともとB-25双発爆撃機の対地対水上掃討用に開発された軽量な砲だ。
偵察用ということで、最高速度は55km/h。朝鮮戦争では北朝鮮軍のT-34に対して苦戦を強いられたが、旧軍OBの方の話では、チハでM-4に立ち向かったことを考えれば、装甲は薄いし、正面からでは76㍉低圧砲では歯が立たないものの、歩兵(普通科)と協同すればT-34くらいどうとでもできる、と意気軒昂な話を聞かせていただいたこともある。
M-32B1戦車回収車。M-4戦車を改造した戦車回収車で、エンジンの交換や牽引など、61式戦車の支援も可能であったことから1980年まで運用されていた。M-4に比べると、61式戦車は35㌧と重量はあったものの、二両の回収車が協同する訓練により、その任務を可能としていたという。回収車を十分に配備出来ないなど、日本がまだまだ貧しかった時代の装備だ。
75㍉榴弾砲M-1A1.米陸軍の空挺部隊用に開発された軽量砲で、当時の搭載能力が少ない空輸手段でも運搬できるよう、重量は0.72㌧。砲身、砲架、脚部に三分割でき、C-46輸送機からのパラシュート投下が可能。最大射程は7.5kmで、射撃開始から最初の十分間で48発を射撃することが可能だ。
155㍉榴弾砲M-1、陸上自衛隊師団特科連隊は、105㍉榴弾砲を運用し直接火力支援にあたる特科大隊を普通科連隊の連隊戦闘団に編入し、師団特科連隊第五大隊に155㍉榴弾砲を装備させ全般火力支援に充てていた。今日の師団特科連隊は、第一から第四大隊までは二個中隊基幹、第五大隊は四個中隊基幹となっているのはこの名残である。重量は5.7㌧あり、トラックや装軌式の砲牽引車で機動した。
有効射程は14.9km、砲員は12名を要し発射速度は毎分最大で4発射撃することが可能だ。省力化と長射程化が進んだ現用のFH-70と比べると過去の砲であるが、ゴムタイヤを採用し、旧陸軍では機動砲を除けば長距離の移動には分解を要したことを考えると、かなり進んだ装備であった。1991年を最後に自衛隊装備から除籍されている。
155㍉カノン砲M2、第一次大戦期に米軍で採用されたもので、信じがたいことに、陸上自衛隊では1994年まで現役にあった砲である、冷戦時代、万日ソ連軍と一朝事あったならば使われただろう旧式砲、しかし、NATO軍の一部では、まだ使われているようだが。方面特科部隊に装備された長距離砲で、最大射程は23.5km。
射程では旧陸軍の96式15糎加農砲の26.2kmよりは劣るものの、M2カノン砲は18㌧牽引車で機動が可能である。このM-2は、FH-70や203㍉自走榴弾砲が配備されるまでの間、長らく陸上自衛隊最大の射程を誇る火砲であった。操作だけでも18名の特科隊員を要し、発射速度は毎分1.5発となっている。
75式130㍉多連装ロケット弾発射器。北部方面隊の第2師団、第5師団、第11師団隷下の特科連隊に全般支援用として装備されていたロケット弾発射器で、75式自走榴弾砲が直接火力支援、という運用区分で用いられていた。66両が生産、30発の130㍉ロケット弾を0.4秒間隔で射撃、圧倒的火力を集中させ、突撃破砕射撃や撹乱射撃に用いた。
最大射程14.5km、通常、この種のロケット弾発射器はチューブ式の簡易な設計を採用し経済性を重視していたが、レールを組み合わせ、集弾性を高めた設計を採用するとともに、ジャイロコンパス、傾斜検知器などを複合した射撃統制システムを搭載、命中精度を高めているとともに、装軌式車体を採用、不整地突破能力を高めている。この種の装備は経済性が重視されるのだが、国土での専守防衛を念頭に置く自衛隊では、やたらめったら面制圧を行うと、民生被害も著しく、一応一理ある設計ともいえる。
67式30型ロケット発射機。口径は307㍉の連装式で陸上自衛隊最大のロケット弾。48両が北部方面隊の第1特科団に集中配備され、第125・126ロケット大隊を編成した。射程は30kmとされ、着上陸地点に一大打撃を加えるとともに、野戦部隊の後方策源地をも射程に収める装備として運用された。
発射後の再装てんは弾薬運搬車により迅速に行われたものの、なんとなれ無誘導方式のロケット弾であり、二発の連射では命中精度の関係上、充分な効果は難しかったのではないかとも言える。本来は、オネストジョンなとを調達するべきだったのかもしれないが、こちらは政治的理由から難しかったのだろうか。
HARUNA
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