◆情勢悪化理由にサービス停止という事例
防衛産業は国内基盤を有している場合、有事の切迫した状況下においても海外企業よりもサービス維持の余地が大きい、この点を一つ示してみましょう。
これは例えば、の話なのですが、我が国が将来引き輸出三原則を緩和し、防衛装備品が順調に海外へ展開できた、という仮定での話です。防衛装備品の本体以外に整備支援契約を締結することが、精密装備を含む場合多いのですが、販売したA国が近隣諸国との間で武力紛争に巻き込まれたとしましょう、A国国内がB国から爆撃に弾道弾攻撃から陸軍侵攻に海上封鎖と攻撃を受け被害が出ている中、当然外務省からは渡航中止勧告が出され、場合によっては自衛隊が邦人救出任務を実施するまで悪化したとします、防衛産業はA国での整備支援を維持することは現実的に可能なのでしょうか。
A国防衛軍は、今引き上げられては肝心な時に動かない、何とか留まってほしい、と嘆願し、しかし日本国政府は退避を勧告し輸送機をチャーターしている状況、こうなってしまっては、あらかじめ契約を締結する場合に非常時条項を明記しておき、これに従ってサービス要員を退去させるほかないでしょう。気合いのはいったブラック企業でも紛争地において人命が失われる可能性が高い中で、会社のために残り、そこで使命を果たせ、という事は出来ません。軍隊は命令に基づき動き、企業は契約に基づき活動する、その端的な事例と言えるもの。
この喩えですが、日本の防衛装備品を海外の防衛産業に依存した場合、そしてA国を我が国に置き換え、日本有事の際に我が国へ弾道ミサイル攻撃が行われ、実際に被害が出ている状況下において海外装備品の整備基盤を海外に依存している場合、情勢悪化を理由にサーボビス要員が引き上げてしまい、その装備品の稼働に影響が生じる可能性があるわけです。もちろん、莫大や違約金も支払われる余地が残るのですが、違約金ではなく防衛装備品は平時よりも有事に稼働が重視されるもの、補填は出来ません。
2004年10月、サウジアラビア国内でテロ事件が発生、二名の外国人が死亡し数名が重軽傷を負う事態となりました。犠牲者はBAEシステムズのサウジアラビア派遣社員で、サウジアラビア軍に納入された装備品の後方支援を担当したサービス要員で、このテロはBAEシステムズ社員を標的としたテロであったと後に判明しています。これによりBAEシステムズは必要な安全措置が採られない地域での支援を行う事への難色を示しましたが、これが戦時であればユーロファイタータイフーンを始めかなりの装備品の運用に影響が出た可能性があります。
実はこうした事例は他の場合にもありまして、メーカー名は伏せられていますが2003年にペルシャ湾で発生したイギリス海軍の航海用レーダー故障事案に対し、レーダーメーカーと整備支援を行う協力会社はペルシャ湾での修理は社員の派遣を含め不可能である、として拒否した事例がありますし、アフガニスタンでのISAF派遣国の航空機部隊に対し、実施される整備支援が制約されているという事例があるわけです。特に専守防衛を掲げ国土戦を想定する日本では、海外の整備支援を受けるという事は相当の勇気が必要ではないでしょうか。
国内企業ですと、まあ、工場がミサイル攻撃を受けて操業停止、という可能性は残るのですが、違約金を支払って従業員を海外退避、という可能性はかなり低いでしょう。自国政府から海外退避命令、というのも、まあ、小説の日本沈没のような状態でも想定しなければ中々現実的には考えられません。特に日本有事、という事なのですから、日本企業であれば、今後日本での営業を継続するという意思があるならば、契約以上の、勿論軍隊のような命令というようなところまでは法的強制力を欠いているとしても、一定の水準での支援は期待できる。
まあ、更に実感できる事例を出せば福島第一原発事故と東京電力の関係です。電力自由化が求められている中で、もし福島第一原発事故が発生した際に原発を管理している企業が東京電力ではなく海外の企業だった場合はどうなるでしょうか、その企業の母国政府が退避勧告を出し、メルトダウンが高い確率で発生するとした場合に、東京電力ほど必死に作業を行っただろうか、という可能性の話です。やっただろう、という視点に賛同するには2010年メキシコ湾原油流出事故とその原因となったイギリスBP社の対応を考えてしまいます。
それならば、有事の際に故障しても必要な数を確保できるように予備の装備を大量に備蓄しておけばよい、という論点はいただけません。海外製装備が国産装備よりも安価であるのだから導入する、という視点で物事を考えているという事なのです、安いのだ、しかし稼働率が有事の際に国産装備品の半分程度になってしまうので、二倍の数を導入します、となっては、例えその海外装備品が国産装備の半額以下であったとしても、維持費も必要となりますし、平時には運用要員も必要、結局は高くついてしまう、これでは意味が無い。
南アフリカ共和国がこの視点を考える上で非常に明快な事例を提示してくれています。人種隔離を行うアパルトヘイト政策により海外からの装備品の供給を絶たれると共に整備支援も受けることが出来なくなった南アフリカですが、周辺国との緊張関係が続いており各種装備品の稼働率を低めることはできません。そこで独自の装備体系を自力により整備することとし、今では世界有数の装備を国産開発するに至っています。イスラエルも一部に似た経緯で国産率を高めています。この点で我が国も考えるところがあるのではないでしょうか。
我が国は専守防衛と日米同盟を除く他国との同盟条約を排する独自の防衛政策を採っています。専守防衛は必然的に国土が戦場となる前提を有しているわけであり、同盟条約を制限する政策は共通運用基盤のような防衛装備品の海外での整備の可能性を排除してしまっているわけなのですから、独自の政策を採る以上、有事における装備品の稼働率を維持するためには、やはり独自の整備基盤を有して防衛力を維持する必要が出てきてしまうということ。有事の際に、国土が戦場となる想定下において、国内防衛産業とは防衛力の一部に他ならないという事がわかるでしょう。
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