2015年から2016年にかけて生まれて初めて本格的な小説を書いた。「縄文小説 森と海と月 五千年前の愛と魂」である。あれから随分たつが第二作も育てつつある。
私にとって縄文小説は昨日の話の続きでもあるが、幸福曲線を平安感から友好的感情、健康感、幸福感、を経て統御感に育てていく場でもあるようだ。
昨日の「苦海浄土」の美しい不知火の魂の世界から、私は平安感を感じたように思う。愛そのものの魂の力は凄いものである。50年前のブドウ畑での祖父との語らいから感じた違和感は受容され、その底に魂を感じ平安感を覚えたのだろうか。
小説は理科系出身の私にとっては縁遠いものだったが、幸福曲線で育てるという視点から考えると、意外にもシンプルでそう難しいものでもなかった。
平安感をベースにまず小説の初期条件を揃える。ロケットであれば、発射時刻や天候、場所、ロケットの特性や発射角度などを揃えることのようだ。小説では時代や場所、時刻、登場人物(系図、名前、性格・・・)が具体的にイメージされてくると、不思議に登場人物が友好的感情の下で息づきだす。そして、五感や喜怒哀楽のもとに話が展開しだす。それは、筆者が作るというより勝手に登場人物が動き出すというのが本当かもしれない。やがて、身体的症状と交錯する中で健康感が得られ、ウツ感情と交錯する中で幸福感。そして錯乱と交錯する中で統御感が得られていくのだ。現代の小説はストレス曲線の話が万とあるが、幸福曲線の小説は意外に少ない。
さて、幸福曲線で育てていくには生き甲斐の心理学では3つの要素が重要視されている。一つめはアイデンティティの統合。私の場合はカトリックの信仰が縄文小説といえども要になる。信じて見える世界は縄文の宗教であろうと、現代のキリスト教であろうと共通のところがある。二つ目は自然体で防衛機制をうまく開放していること。これは簡単なようで難しい。初期設定を間違えているとすぐに墜落するようなものだ。また、自然体が崩れ知性化が進むと、魂が見えなくなり退屈な小説になってしまう。そして三つめは現実吟味力。小説といえどもそれなりの論理性というか世の常識も必要。
私の場合は縄文小説で夢を育てるわけだが、皆さんの場合はどうだろうか。自然体で自分の傾向や渇望。そして希望を感じること。さらに自分のバックボーンの確認をし、緊張ではなくリラックスして自分を制御し、現実吟味力も発揮していく。それらが備わっていれば統御感の世界に導いてくれるのではないだろうか。
4/10 愛の孤独から
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縄文中期の関東・中部地方を中心にした愛と魂の物語です。
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縄文小説 森と海と月 五千年前の祖先の愛と魂
森 裕行
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