物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

「数学・物理通信」9巻8号

2019-12-20 13:22:00 | 数学

「数学・物理通信」9巻8号の発行準備がようやくできた。

これは影の編集者と目されている S 氏のおかげである。もっとも S 氏が緻密に読んでくれたおかげでもう一度私も自分の書いたところを読み直した。

それでもポカをしたらいけないから、来週はじめの発行と決めている。一刻もはやく手元から放したいという気持はあるけれども、じっと我慢している。

それに9巻9号に掲載予定だった「Pauli行列の導出」の原稿がまだ不備であることがわかったので、それに代わる原稿の入力をしなくてはいけなくなった。「Pauli行列の導出」の代替はエルミート行列のエッセイかLevi-Civita記号のエッセイかどちらかにしたい。

いまのところ、Levi-Civita記号のエッセイにするつもりである。というのは、このテーマについては誰かが書いていてもいいはずだが、まだ私自身は読んだことがないような追究をしてみた。

もっとも新しいのはその提示のしかただけであって、内容そのものは別に新しいものではない。


今日は金曜日

2019-12-20 09:48:19 | 物理学

今日は金曜日だからといって変わったことがあるわけではない。

大分以前から編集をしている、「数学・物理通信」9巻8号を再度見直しして、来週早々には発行したいと考えている。意外と今回はてこずった。しかし、有能な影の編集者の助けを借りて、なんとか発行にこぎつけそうである。

意外と12月の発行が遅れているのは突然のパソコンの故障である。昨年の6月に購入した、まだ新しいパソコンであるが、突然の故障であった。もちろん、保証期間内であるので、無料で修理をしてもらった。

それに9巻9号の編集にもとりかかる必要がある。もっともこれには掲載を予定していた「Pauli行列の導出」の原稿がまだ十分でないことが読み返していてわかったので、他の原稿に差し替えをしなくてはならない。もちろんその候補はある。

それにいまのところ9巻10号までを今年の発行予定にしている。この号はたぶん発行は2020年1月になるだろうが、これは2019年12月発行分の積み残しである。

 


ドイツ語のクラスの忘年会

2019-12-19 16:51:50 | 日記
今晩はドイツ語のクラスの忘年会である。

R氏はドイツ人であるから、ヨーロッパ的であり、忘年会の始まる時間も7時半と遅い。

これが日本的の忘年会ならば、少なくとも6時前後には忘年会が始まるであろう。そういうところがやはりちがう。

とはいってもR氏ももう在日が40年近いからある意味では日本的にもなっている。彼と知り合ったのは私が43歳のときであったから、37年も前のことである。

そのころは私のまわりにはあまりドイツ語を話す日本人は1人,2人を除いてはいなかった。木曜日の午後だったかが面会日となっていたので、彼に会いに行ってカタコトのドイツ語を話した。

そのときよりは私のドイツ語の語彙は確実増えてはいるが、カタコトであることはあまり変わらない。

もちろん、短い文でならば、たくさん言えることが増えている。それは間違いがない。それでも常にドイツ語を話しているわけではないから、カタコトであるという性格はかわらない。

最近ではカタコトで話すことに変な話だが、誇りを持つようにまでなった。しかし、こういう心構えだから上達しないのだろう。

エルミート行列2

2019-12-19 12:14:15 | 数学

エルミート行列について書いておきたいと思うようになった。

これはきっかけは「Pauli行列の導出」のエッセイを書いていることに関係がある。それをはじめ「Pauli行列の導出」の付録2として書き始めたが、これを独立したエッセイにしたいと考えている。付録にしては意外に長くなりそうだからである。

それに「Pauli行列の導出」を昨晩読み直してみたら、やはりあまりよくわからないところがいくつかあることに気がついた。やはりある時間をおいて、再度見直すことが有効であることの証でもある。

それとパソコンが壊れている間に、Levi-Civita記号の短い解説の原稿を書いた。これは将来私がベクトル解析の本を書くときの一部になるであろう。

「数学・物理通信」の共同編集者の N さんが久しぶりに原稿を書いているから期待をしているが、それが今年中にできあがるのかどうかわからないので、9巻9号の原稿として「Pauli行列の導出」も用意している。

9巻9号も9巻10号も今年の発行予定である。これはいくつかの投稿原稿があるからだ。

 


手足がもがれた感じ

2019-12-18 12:16:09 | 日記

パソコンが壊れて、動かなくなって、修理に出していたときには、いわば手足がもがれた感じであった。

それくらいパソコンに依存した生活をしていたことを今回は痛切に感じさせられた。第一、「数学・物理通信」の編集も発行もできないのだから当然でもあろう。

それにこのブログも書けない。そのうえに何かを検索したくてもできない。それでしかたなく、本屋を二軒ほど回ってみたりしたが、あまり成果はなかった。

どちらも規模的にはそれほど小さい本屋ではないのだが、やはり店舗においてある書はやはり店舗の広さの制限があるのと、売れ行き優先だと知らされた。私の探しているような本はおいてなかった。

実は購入すべきかどうかは実物を見て決めたいと思ったのだが、中身を見る機会はなかった。1500円くらいを投資して買ってみなければならないのだろうか。


Stokesの定理とGaussの定理

2019-12-17 18:12:37 | 数学

Stokesの定理とGaussの定理をパソコンがつかえない間にいくつかの本で読んだ。

前にはその証明を読んでもまったく頭が受け付けなかったが、今度読んでみるといくつかの証明は頭が少し受け付けるようになっている。だが、本によって証明はいろいろである。

しかし、それでもそれら中にはまだ私の頭では受け付けられないものもある。また、いろいろ工夫した説明があることもすこしづつわかるようになってきている。

でも、まだまだまだその証明がよくはわからないものも多い。こんなことをいうのはベクトル解析の内容を分かりやすく書いてみたいという考えが私にあるからである。

テンソル解析とかの難しいことにあまり頭を突っ込まないで、わかりやすく書けないものかと思っている。たぶん以前にもStokesの定理とGaussの定理という同じタイトルでブログを書いたことがある。

それはときどきそういう思いを強くする時期があるからだ。ベクトル代数の方は自分の中ではカタがついていると思っているが、やはりStokesの定理とGaussの定理がベクトル解析の中で最重要のテーマだと思う。

そこをどうクリアするかまだわかっていない。数学者は微分形式で一貫して話をする人も多いが、そこまで踏み込まないでもなんとかできないかという考えをもっている。


10日ほどブログを書けなかった

2019-12-17 18:00:51 | 日記

12月6日に突如パソコンでの文字の入力ができなくなり、それで仕方なく再起動をかけたのだが、今度は画面が黒くなって何も現れない。電源を切ろうとしたのだが、電源もきれない。

しかたなく、パソコンを購入したEdionに持って行って修理となった。10日ほどかかると聞いたので、昨日電話して見たらよかったのだが、今日電話して見たらようやく帰ってきていた。これは1年半ほど前の購入だったから、保証期間内であり、修理費はかからなかった。

こういうことは、はじめての経験である。それでさっきから接続をしてメールのたまったものの返事を書いたりしたが、それも急ぐのは終わったので、ブログを書いている。

いやあ、パソコンに依存した生活を送っていたので、パソコンのない環境で10日ほどを過ごしたことになる。はじめの数日はどう過ごしていいのかわからなかった。

ここ数日はそれでもようやくパソコンのない生活に慣れてきていたのだが、また元の生活にもどった。


『四元数の発見』から

2019-12-05 12:44:59 | 数学
小著『四元数の発見』(海鳴社)を読んで、『物理数学散歩』(国土社)を読んでみたいという人がぼつぼつ出て来た。

四元数の本はいまでは日本でも6冊よりは多くなっている。しかし、たぶんできるだけ発見的方法で四元数の本を書こうとしたのはあまりないだろう。

これは数学全体がそういう風ではないので、しかたがない。私の意見ではたぶん日本人は私以外はみんな頭がいい人たちであるので、別に発見法的に書かなくても楽々とわかるからなのであろう。

私は中学校の数学くらいまではそれほど苦労した覚えがないが、高校数学くらいからつまずきどうしであった。

それだから、理解に苦労したから、他の人とちがった理解の仕方をするようになったのだろう。

大学で応用数学を専攻したある人から、発見的方法で書かれた数学の本をはじめて読んだと『物理数学散歩』を読んだ後でメールをもらった。

しかし、それにしても数学を学ぼうとする人はみんな私よりも頭のいい人が多い。いや、別に人のことをうらやむことはないかもしれない。 





Zum WohlとProst

2019-12-04 11:45:31 | 日記

Zum WohlとProstとはどちらも乾杯のときに使うドイツ語である。

先日、NHKのラジオドイツ語講座「まいにちドイツ語」でちらっと聞いたのだが、ビールを飲むときにはProstまたはPrositを使い、ワインを飲むときにはZum Wohlを使う傾向にあるという。

どちらももちろん知っている言い方である。だが、その使い分けは知っていなかった。初心者はProstの方をよく知っているのではなかろうか。

Zum Wohlを知っている人はやはりちょっと高尚なドイツ語を知っている人と言えるのではあるまいか。Zum Wohlは「健康を祝して」とか「健康を祈って」とでもいうのであろう。

それに対してProstもPrositも同じように「健康を祝して」という意味だという。ラテン語起源の言葉らしい。もちろん、いまでは単に乾杯という意味だととってもよい。

そういう違いがあるとは思ってもいなかった。


エルミート行列1

2019-12-04 11:20:24 | 数学
「Pauli行列の導出」のエッセイにエルミート行列についての付録をつけようとしている。

これは昨日急に思いついたことなので、つけ刃というか、にわか勉強というか行列とか線形代数とかまたは物理数学の本を読んでエルミート行列についてまとめている。

物理学、特に量子力学ではエルミート行列は欠かすことができない。もっとも線形代数ではこれは学ぶべきテーマの一つにしかすぎない。

量子力学でエルミート演算子が大切なのは「物理量はすべてエルミート演算子で表される」からだ。そしてエルミート行列の固有値は実数である。

これは物理量の観測値は実数であることと対応している。



堂寒し

2019-12-03 13:29:00 | 日記
  堂寒し羅漢五百の眼の光      子規 (1896)
  chill of the temple hall
       the shining eyes of
       five hundred arhats
いつものように12月になったので、E大学校友会のカレンダーにある子規の句である。

arhatとははじめて見た英語である。今英和辞典を引いてみたが、小型の辞書には載っていなかった。羅漢にあたる英語なのであろう。
 
写真は徳島の雲辺寺の五百羅漢である。ここへは行ったことがない。お遍路さんが一人道を登って来ている。

arhatをインターネット調べてみた。

仏教用語の阿羅漢(あらかん)とは、サンスクリット語: अर्हत् , arhat(アルハット)、パーリ語: arahant(アラハント)に由来し、仏教において最高の悟りを得た、尊敬や施しを受けるに相応しい聖者のこと。

だとのことで最近ではTOEICでの頻出語彙とあったが、ほんとうだろうか。

NHKの「首都直下地震番組」

2019-12-03 10:44:34 | 日記

一昨日から夜に「首都直下地震番組」の放映がされている。

私もこどもやその家族が東京に住んでいるので、無関心ではおられない。ところが子どもたちやその家族がその番組を見ているのかどうか心配である。たぶん見る機会はないに違いない。

想定では火事が首都直下地震の後には世田谷区、杉並区とかにも火災が広がるとある。ここには親戚とか友人・知人も住んでいる。

この被害状況は想定ではあるが、とても想像を絶している。しかし、これは本当に将来起こりうる想定である。

今後30年以内に、70%の確率で首都直下地震が起こるという。いまはまだ小さい孫の運命やいかにということを考えたりする。

まだ今日、明日の4日シリーズの放送があるので、できるだけ多くの人に機会をとってみてほしいと願っている。これは東京に住んでいるとか住んでいないとかにはかかわらず。

松山では防災士の資格をもった人が他の自治体に比べて多いのだという。それは自治体が防災士の資格を受ける費用を給付してくれることが大きな理由となっているらしい。

知人もこの防災士の資格をとったと聞いた。

 


(\sigma _{x}\sigma _[y}+\sigma _[y}\sigma _{x})^{2}=0なら

2019-12-02 16:46:01 | 物理学
「(\sigma _{x}\sigma _[y}+\sigma _[y}\sigma _{x})^{2}=0なら\sigma _{x}\sigma _[y}+\sigma _[y}\sigma _{x})=0か」

これが私の以前からもっていた疑問である。

もし普通の実数ならば、A^{2}=0ならば、A=0であるのは何の疑問もおこらない自明のことであろう。

ところが、これがAが演算子とかマトリックスならば、A^{2}=0でもA=0とはいえないかもしれない。

そのことをPauli行列の積の和の2乗について示す必要があることが起こった。それが1行目に示した式である。

これは朝永振一郎『角運動量とスピン』(みすず書房)に出てくる。ここに原康夫さんが注をつけてくれている。ところがこれがなかなかわからなかった。

愚鈍な私にはこの注を読んでもよくわからないので、いつも質問があったら、メールをして聞く K さんにメールをしようと思って今朝は来た。

だが、それもちょっとあまりに能がなさすぎるかなと思って自分で考えてみることにした。それでちょっと数冊の本を読んで考えたら、あまりいい考えではなかろうが、このことは解決した。

もっとも、もっとエレガントな解決法があるかとも思うので、 K さんにメールをしてみるつもりである。

(2020.1.14付記) 「数学・物理通信」9巻9号の発行を昨日したので、ちょっと時間ができてきたので、「Pauli行列の導出」のエッセイを見直し始めた。9巻10号にこの原稿を載せることはできないかもしれないが、10巻のわりと始めの号には掲載できるであろう。タイトルになった式の検討もこのエッセイに付録として載せるつもりである。



スタンプラリー

2019-12-02 16:24:04 | 日記

スタンプラリーに昨日夫婦で出かけた。

有名な道後温泉を巡る散策である。10か所の展示場所をめぐる1時間とちょっとの散策である。これは松山市の広報に出ていたのだが、タオルを先着2000名様に進呈するとのことだった。

しかし、タオルをもらえるとは思っていなかったが、たまたま天気も昨日はよかったので、出かけた。道後公園のそばの駐車場に駐車をして、足湯のそばの観光案内所から歩き始めた。

 

まずは道後の「飛鳥の湯」からはじまり、ホテルの横の坂を上がっていった。1か所だけ行き損ねたが、他の箇所は先行した2人組の人の案内もあって、ほぼ歩けた。

これは郵便はがきに7か所のところでスタンプを押して行くのである。いろいろカラーのスタンプがおなじハガキの上に押されていくのだが、その箇所でカラーの色がちがっていて、いろいろのカラーの一つの絵に色がついていくという仕組みである。

7か所以上のスタンプがあれば、それを見せてさらにアンケートに答えれば、タオルをくれるという仕組みになっていたらしい。妻も私もそれぞれ1枚づつタオルをもらった。もっともそれほど上等のタオルではなかった。

もっとも妻のいうところでは、付近とか雑巾にするにはこれくらいのタオルの方がかえって都合がいいのだという。

私たちは多くの市民がスタンプラリーに押し寄せて、タオルなどもらえないだろうとの予想をして出かけたのだが、予想に反してそういう人は少なかったようだ。

ということで松山市民としての久しぶりの道後界隈の散策のひと時を過ごしたのだった。駐車料金は100円/30分のところだったが、300円で済んだから、1時間30分とはかからなかったということだろう。