物理と数学:老人のつぶやき

物理とか数学とかに関した、気ままな話題とか日常の生活で思ったことや感じたこと、自分がおもしろく思ったことを綴る。

ちょいそこタクシー

2021-07-09 13:27:54 | 本と雑誌
「ちょいそこタクシー」構想が私たちの住んでいる地域にも広がろうとしている。

「ちょいそこタクシー」って何と言われると思うが、「ちょいとそこまでタクシーで」という構想である。

小学校の一つ、ないし二つくらいの校区にしか走行しないタクシーということである。

だから、私の住んでいるのは松山市の郊外区域であるが、その校区の範囲だけで走り回るタクシーで松山市の中心部には行かない。だから、市の中心部に行くには近くのバスの停留所までとか、私鉄の駅まで乗せて行ってくれるタクシーだという。

これは人口の老齢化で車に乗っていた人も自家用車を手放す時代が来て、その代わりに近くの病院とかスーパーとかまで運んでくれるサービスタクシーだという。会員は150人を目指しているという。月に3、000円くらいの会費で乗り放題だという。

なかなか頭のいい人がいるものだという気がしている。もっともすぐに150人の人が集まるのかはまだわからない。

しかし、地区のスーパーとかはそういう組織に補助金を出してもいいと考えているらしい。そういう組織がその地区にできれば、その地区の病院もスーパーもレストランもカフェーもそれ以前よりは客が来てくれるのではないかという希望を持っているからだという。

いま、この運動を促進している方々は愛媛医療生協という組織に属している人々であるが、どれくらいの広がり獲得できるのか。それが問題である。



イタリア語の視聴の2回目

2021-07-08 10:53:08 | 本と雑誌
水曜の夜11時半からはNHKのEテレの「旅するためのイタリア語」の放送があった。

posso assagiareとかposso provareとか出て来た。こういう語を覚えて行って、「旅するためのイタリア語」を身につけるのは多分それほど難しくはないだろう。それ以上になるのはもちろん死ぬほどの苦しみを経ないと身につかないのだろうが、もうこの歳ではそういう希望はもっていない。


このブログも書いているが、

2021-07-07 11:51:26 | 本と雑誌
このブログも書いているが、他にも活動として、していることがある。

それは「数学・物理通信」の編集と発行である。これは3の倍数の月に発行している。6月中に通巻で99号まで発行した。来る9月には100号を発行することになるだろう(注)。

それ以外には自宅で月に1回雑談会という集まりをもっている。こちらは8月はお休みにしているとか、12月はレポートなしでの懇親会としている。

普通はレポーターがいてあるテーマについての話を1時間あまりするというふうである。

個人的にはいま昔書いた数学エッセイを改訂していたりする。最近もむかし書いた「分数式の練習問題?」という数学エッセイを書き換えていたのが、ほぼ完成した。

これにはLagrangeの補間法の説明を新たにつけた。これは私の参考にした遠山啓『微分と積分』(日本評論社)には説明があったのだが、私のエッセイからは省いていたものを、今回付録として付け加えた。もっとも説明の仕方は私の前の別のところでの説明と融合させた。以前の私の説明よりはわかりやすくなったと思う。

今週の月曜日には「R先生退職記念文集」を発行した。とはいってもできあがった文集をメールで送るだけである。

幸いにも、各寄稿者からもいい出来上がりだとのお褒めのメールをもらっている。もっともこれは共同編集者のUさんのご尽力によるところが大きい。

(注)「数学・物理通信」は基本的にはメール配布の無料購読の雑誌であるが、インターネットでも検索すると名古屋大学の谷村先生のサイトにすべてのバックナンバーがあり、そこで読むことができる。

いつもご尽力頂いている谷村先生、ありがとうございます。

記事の個数は5846

2021-07-06 15:50:18 | 本と雑誌
このブログの記事の累積個数は5846である。これを一日1回の記事を書いたとして、5846を365で割ると、およそ16.02となり、ブログを書いてきた年数がでる。およそ16年とちょっとということになる。

このgooに移ってきてからは2497日となるというから、これも365でわると6.84年となるから、gooに移籍してからが、およそ7年近くなるということらしい。

Sch"one Spr"uche

2021-07-06 11:50:49 | 本と雑誌
昨夜は月曜の夜ということでNHKのEテレで「旅するためのドイツ語」の放送があった。

いつものごとくサッカー選手の名言を書いておく。

 Wir d"urfen jetzt nur nicht den Kopf in den Sand stecken.
                                                         (Lothar Matthaues)

    (目の前の現実から目をそらしてはいけない)
ヴ ィア デュルフェン エッツト ヌア 二ヒット デン コップフ
 イン デン ザント シュテッケン

選手の名前の綴りが間違っているかもしれない。

直訳すれば、「砂の中に頭を突っ込んではいけない」とでもなろうか。

d"urfenは普通には許可を意味するが、否定の語nichtと一緒に使われると禁止の意味となるとは、ドイツ語の先生からいつも聞かされる注意である。



7月になって暑くなってきた

2021-07-05 11:46:21 | 本と雑誌
7月になって暑くなってきた。さすがに7月である。昨夜はエアコンなしには眠ることができなかった。

もっともはじめエアコンからの風の音がえらく高くて眠れそうにないので、静かにしたら、いつの間にか寝入っていた。

朝方になって妻がエアコンを切って窓を開けて外気を入れていた。それでも6時過ぎに目を覚まして、新聞を読んだのちに朝食の準備をした。

朝食の用意をするのは私の役目となっている。

昨夜のEテレのサイエンス0では昨年の11月1日だったかの再放送で、藍の効用についてであった。これを見た覚えがなかった。

藍は染料として人類最古のものだが、それだけではなくて、抗菌、抗ウイルス効果があるとのことが知られてきた。

それでそれらが医薬として使えないかとその適用性を探しているということだった。

書こうと思って忘れていた

2021-07-03 16:34:14 | 本と雑誌
書こうと思って忘れていたのは、実は前半と後半という言い方だった。

英語では前半はfirst halfで、後半はsecond halfであろう。もちろんだからthird halfという語はないはずである。

サッカーとかラグビーの試合ならば、前半戦と後半戦とがある。野球ならば、攻撃の表と裏がある。ところがこの語も英和辞書とかで探してみたのだが、なかなかでて来ない。

もっとも探した英和辞典は子どもが中学と高校で使っていた学習英和辞典なので載っていないのもしかたがないかもしれない。

ここまで書いて、大修館のProgressive English-Japanese Dictionaryを引いてみたら、 ちゃんとそういう用例が出ていた。

ドイツ語の辞書にも用例としてin der ersten (zweiten) H"alfte des Jahrhunderts「世紀の前半(後半)に」があった。die H"alfte半分は女性名詞である。

「波紋」という語

2021-07-03 10:25:15 | 本と雑誌
昨夜、岩波書店の雑誌『図書』7月号を読んでいたら、ある方が「波紋」という小説のことを書かれていた。

私の問題にしたいのは、そこに書かれた内容ではない。私が気がついたのは実は「波紋」という英語とかドイツ語とかを知らないということだった。

辞書を調べて見たのだが、英語のwaveのところにもドイツ語のWelleのところにも波紋にあたる語を見つけることはできなかった。

waveにもそれに対応したWelleにも日本語訳として「波紋」という訳語は3番目か4番目に出ている辞書もあるが、「波紋」のそのものずばりのドイツ語とか英語を独和辞典または英和辞典の該当箇所には見つけられないということであった。

実は「波紋」いうタイトルの小説は原文はドイツ語であるらしい。それだとそれに対応したドイツ語があるのであろう。それがどういう語か不思議に思ってしまったという次第である。

和英辞典とか和独辞典にどう書かれているのか関心が起きた。

研究社のNew Japanese-English Dictinonaryによれば、波紋は英語でa ripple, a water ring, a wave ring in the water等の訳が出ている。また、ある和独辞典ではdie Wasserkr"auselung, das Wellengekr"ausel, der Wasserring, Wasserwirbelとかの訳が出ている。

k"aruselungとかWellengekr"auselとかのドイツ語には今まで出くわしたことがなかった。本当のその本のタイトルはどうなっているのだろうか。

タイトルとしては、der Wasserringなのだろうか。興味津々である。

  



子規の俳句(7月)

2021-07-02 15:00:02 | 本と雑誌
昨日から7月になった。

さっそく7月の子規の俳句を紹介しよう。

  夏山の骨とも見ゆる巌かな     (子規)
       the rocks
       looking like the bones of
       the summer mountain                 (Shiki   1901)

夏山の岩石を人とか生き物の骨格の骨と見えると感じた子規の感性はおもしろい。なるほどそういわれて見れば、そのようにも思えますね。

                                          

竹は草か木か

2021-07-01 10:47:32 | 本と雑誌
先日のこのコラムの表示が変なのでこちらに変更しました。

昔、学生のころ友人からの聞いた与太話の一つ。

あるとき、ある学生が生物の先生に尋ねた。

「先生、竹は草ですか、木ですか」こういう2分法はよく聞かれるかもしれないが、なかなか答えにくいものがある。皆さんはどうお答えになるだろうか。

先生曰く「竹は竹であって草でも木でもありません」

そういう話を聞いていたから、以前に大学の講義の冒頭だったかに話したら、学生の一人から竹はイネ科だと聞いたことがあるという話が出た。そうするとイネは草か木かという話に発展していくのだが、「イネは草でもないし、もちろん木でもなかろう」ということに落ち着くのだろうか。





イタリア語をもう一度学ぶか

2021-07-01 10:29:18 | 本と雑誌
イタリア語をもう一度学ぶか。ちょっと決めかねている。

先日たまたまNHKのEテレのイタリア語を見る機会があった。マッテオさんがイタリア人のゲストであり、簡単なイタリア語を主演のゲストと話をしていて、聞くのが心地よかった。

あるイタリア人からイタリア語を半年だったか1年だったか、学んだのはもう半世紀近くも前のことである。たぶん半年ではなくて1年だったと思う。

その彼がイタリアに帰るときには送別会にも出席したと思う。大学院の学生だったころである。

もう何回もここで書いたが、英語を別にすれば、音声としての外国語に最初に触れたのはフランス語、イタリア語であり、ドイツ語はそのつぎくらいである。だから第4外国語くらいかな。