お一方はスペインで修業した経験を活かし、函館の西洋料理界を、さらには国内の料理界を牽引しようと活躍されている方だった。そしてもうお一人は、日本の郷土料理の素晴らしさを世界に喧伝しようと活躍されている人だった。
※ セミナー前に主催者のご好意でSLを模した遊覧バスでさとらんど構内を一周させていただきました。
何にでも興味関心を抱く田舎おやじである。今度は料理の世界を垣間見てみたいと思った。昨日19日(月)午後、サッポロさとらんど交流館で開催された北海道ガストロミックサイエンス研究会主催のセミナーに参加させてもらった。
そもそも「ガストロミック」とは、一般人にはまだ耳慣れない言葉であり、私も初耳だった。そこで調べてみると、ガストロミックとは、料理を中心として様々な文化的要素を総合的に考察する、すなわち食や食文化に関する総合的学問体系を指す言葉だそうだ。したがって「ガストロミックサイエンス」とは「食を総合的に科学する」とでも訳することができそうだ。う~ん。何とも難しそうである。
セミナーは二つの講演とパネルディスカッションで構成されていた。
講演Ⅰでは函館市でレストランバスクを経営し、シェフを務める深谷宏治氏が「料理人にできること」と題して講演された。
講演Ⅱではクリエィティブオフィスキュー所属のシェフ塚田宏幸氏が「北海道の素材 オムレツと私」と題して講演された。
その後のパネルディスカッションの方は、私に所要があり参加できなかったので講演についてのみレポートすることにする。
※ 講演をする深谷宏治氏です。
講演Ⅰでお話された深谷氏は大学卒業後に定職には就かずにフランスへ調理修行に向かったが、思うようにはいかなかく呻吟していたところ、偶然にもスペインのセバスチャン市において某レストランに紹介され、そこで2年半に及び料理人として修業に励んだという。
セバスチャン市はスペインバスク地方で最も有名な観光地で、バスク料理と美食の文化で知られた地方都市だそうだ。そこで出会ったレストランのシェフが深谷氏にとっては生涯の師となったという。かなり幸運に恵まれた深谷氏であるが、修行から帰国して師の教えに従い首都圏ではなく深谷氏の故郷である函館市において「レストランバスク」を開業したそうだ。
やがてレストランは軌道に乗ったそうだが、それで終わらないのが深谷氏の真骨頂のようだ。深谷氏は仲間を募り「食に関するプロ同業異種の会」を構成し、その発展として「スペイン料理フォーラム in HAKODATE」を開催し、前夜祭として一夜のバル街を市内の飲食店を巻き込んで実施したという。さらには、諸外国からも料理関係者を招聘し、「世界料理学会 in HAKODATE」を10回も開催し、昨年は関東でも開催したそうだ。それらの開催に当たって行政の支援は一切受けずに開催してきたという凄腕の方のようだ。
※ 講演をする塚田宏幸氏です。
続いて講演Ⅱを担った塚田宏幸氏であるが、塚田氏はレストランを経営するのではなく、クリエィティブオフィスキューというプロダクションに所属し、北海道、さらには我が国の豊かな食文化の発信に努めている方のようだ。演題の「オムレツと私」というのは非常に比喩的な表現のようだ。塚田氏はモン・サン・ミッシェルの有名なオムレツを食したが特別美味しいとは感じなかったという。むしろ卵料理では日本料理の卵焼き(ジャパニーズ・オムレツ)の方が恋しかったという。このことで諸外国の料理を数多く試食を重ねた塚田氏にとって、もっと日本の料理、特に日本の郷土料理を諸外国に紹介していくべきではないかとの感触をもったということだ。塚田氏は「日本の郷土料理を諸外国にもっていくことによって思わぬ価値を生む」と強調された。そして塚田氏自身そうした働きかけをあらゆる媒体を使って広めているとのことだった。
塚田氏は強調する。「この50~100年の間に食の多様性が失われつつある」と…。効率性が重視され、歴史上家庭で料理をもっともしない時代になったと嘆いた。
※ さとらんど構内に一角は「市民農園」として市民に開放されていました。
全てのメモすることはできなかったが、塚田氏は今松前町の「三平汁」、石狩市の「石狩鍋」、遠軽町の「ばたばた焼き」、小樽市の「カジカ汁」などなど、郷土料理を伝承するとともに、それらをアップデートすることによって郷土料理の価値を高めたいと語った。
お二人のお話を十分に咀嚼したものにはなっていないけれど、二人のシェフのお話からシェフがただ美味しい料理を提供するだけではなく、「ガストロミックサイエンス」の担い手として食文化を発信していこうとする強い意志を感じさせられたお二人の講演だった。
※ さとらんど構内ではさまざまな作物が栽培され、市民の収穫体験に供しているようです。
なお、フォーラムの前に主催者のご好意で「サッポロさとらんど」内の広い敷地をSLを模した構内遊覧バスで一周していただき、その広さを実感するとともに、農業王国北海道を広く広報する役割を「サッポロさとらんど」が担っていることを知る貴重な機会となった。