今回は時系列的には全く逆からレポートしている。ツーデーマーチ初日、私は洞爺湖畔から噴火湾沿いの町豊浦町までのワンウェイ20キロのコースに挑んだ。コース上に配備された警備陣、各ポイントで待ってくれていたサービス陣など、運営の充実ぶりを感じたウォーキング大会だった。
※ 洞爺湖畔に設置されている安田侃さんの作品を横目にスタートです。
大会初日の20キロコースは最初の5キロは洞爺湖畔沿いを、そこから約4キロに及ぶ激しい上りが待っていた。
そこからは淡々とした田舎道をウィンザーホテルを巻くようにして進み、最後は噴火湾沿いの豊浦町に向かい長い下り道を経てゴールするという20キロだった。
昨日同様、ウォーキングの様子については写真レポに委ねるとして、参加者の一人として感じたことをレポートすることにする。
※ 風光明媚な洞爺湖を眺めながら前半は快調です。
私がこの手のウォーキング大会に参加し始めたのは3年前からである。
以来、出場した大会は札幌、函館、旭川、そしてこの洞爺湖畔の大会である。
私は良く分かってはいないのだが、これらの大会は日本ウォーキング協会と連携、あるいは承認されている大会のようである。北海道では前述の大会のほか網走・北見大会がある。(皮肉なことに私が人生の大半を過ごした地の大会だけが未出場である)
※ 歩道のない上り道、コーナーコーンを置いて安全に配慮してくれています。
それらの大会に参加してみて、今回の北海道ツーデーウォークの大会運営の素晴らしさが際立つのだ。
最もそのことを感じさせてくれたのが交通の要衝に必ずと言って良いほど配置されていた交通指導員である。交通指導員は確かボランティアのはずだが、私たち参加者を安全に優しく導いてくれた。交通指導員ばかりでなく、交通の激しいところには関係者が配置されていて参加者に声を掛けてくれていた。
※ こうしたサービスステーションがおよそ5キロ毎に設けられていました。
次にサービスステーションの充実ぶりである。
基本的に5キロに一ヶ所ずつサービスステーションが配置され、トイレが準備され、給水が受けられるようになっていた。
20キロ、30キロのコースでは途中のサービスステーションでバナナの差し入れがあり、20キロでは最後に、30キロでは途中のステーションでブタ汁のサービスもあった。
※ 秋の訪れを感じさせるようにススキがたくさん目立ちました。
ゴール後も初日は地元産牛乳が、二日目は取れたて・茹でたてのとうきびが振舞われ疲れを癒してくれた。その他にも地元関係者の参加者を歓迎する心配りが伝わってきた。
※ 写真のように交通の要衝には必ず交通指導員の方がいました。
他の大会でも大会関係者は懸命に準備され運営していることが伝わってくるのだが、残念ながら北海道ツーテーマーチのようにはいかないのが現状のようだ。
その要因は、私の見るところ他の都市開催の場合は地元のウォーキング協会とか、歩こう会が中心となっての開催である。それに対して北海道ツーデーウォークは官民が一体となって運営している点が大きな違いのような気がする。それも洞爺湖町だけではなく、壮瞥町、豊浦町(伊達市が関わっていないのは何故か?)が揃って実行委員会に名を連ねているのだ。
※ 丘の下に豊浦の街が見えてゴール間近しです。
都市においてはたかがウォーキング大会くらいに行政が主体的に関わるなどということは難しいことなのかもしれない。
しかし、参加者からみて交差点や横断歩道で交通指導員の方が安全に導いてくれるのは何より安心だった。
他都市においても、関係当局に働きかけて協力を得られるような大会運営を目ざしてほしいと思ったのだが…。
たかがウォーキング大会かもしれないが、人々の健康維持に果たす役割はけっして小さくはないのだから…。
※ ゴールではブタ汁、そしてスイカが振舞われました。
来年、残っている網走・北見の大会に出場しようと思っている。はたしてどのような大会運営がなされているのだろうか?
北海道ツーデーマーチ第二日目、30キロの部を歩き終え帰宅しました。妻を同行したことで「雨が降らないか心配です」と記したが、その心配が的中してしまった。その雨の用具のことで一つ学ぶことがあった。
※ 朝7時、スタート地点に集まった20キロ、30キロの参加者約300名です。
今朝起きると、洞爺湖畔は気にならないほどの霧雨が降っていた。
午前7時スタートした30キロの部は、洞爺湖畔→昭和新山→伊達市上長和地区→伊達市有珠地区→洞爺湖町虻田地区→洞爺湖町泉地区(有珠山西山火口散策路)→洞爺湖畔という経路を辿るものだった。
特に前半と後半はジェットコースターに乗ったかのように激しく上下するタフなコースだったが、周りにも刺激され想定した時間より早くゴールすることができた。
※ コースは洞爺湖畔を離れて山中に入っていきます。
ウォーク全体のことは写真レポからその様子を汲み取っていただき、本レポートではウォーク中に起こった一つの出来事について記したい。
※ コースは下り、やがて長い上りが続きます。
気にならないほどの霧雨が10キロを過ぎたあたりからは少し本格的な降りに移るかと思える雨足になってきた。
最初、私は持参の傘をさしていたが一向に止まぬために本格的に雨に備えてレインウェアを着込むことにした。
私は上半身だけレインウェアを着込み、下半身は反対にジッパーで離脱するパンツだったのでハーフパンツすることにした。レインウェアで蒸れる上半身を、下半身をハーフパンツにすることで熱を逃がしたいという思いだったのだ。
※ 左手に昭和新山を望みながらウォークは続きます。
ところが…。
しばらく往くと、一人のウォーカーに出会った。(私よりちょっと上の年代に見えた)
その方の雨具を拝見すると自分とはまったく逆なのだ。
つまり、上半身は何も雨に備えたところがないのだが、下半身を見るとレイン用のパンツを身に付けている。その上、シューズのところにも雨に備えた装備を施していた。
※ 激しい雨は降らなかったものの絶えず小雨が降り続けました。
アチャ~、と思った。
膝をはじめ下半身を冷やすことは長距離を歩く場合には拙いことなのではないか。
特に雨の場合は膝などに故障が出る場合もあるのでは?
そう思いながらも、それほど雨足が強くならなかったのでそのまま歩きとおした。
※ 予想もしていなかった古刹「有珠善光寺」の茅葺の寺院です。
コースも後半、20キロを過ぎたあたりで先に出会ったウォーカーと再び出会った。
私は出会った幸運を掴まなきゃと思い、思い切って質問した。
「下半身を重点的に雨対策を施しているようですが、そのわけを教えてくれませんか」と…。
すると彼は「この程度の雨では上半身は速乾性のウェアを使用しているので特に雨対策はとりません。下半身は上半身ほど熱も帯びないし、特にシューズの雨対策だけは雨がシューズに染み込まないように対策をとっています」ということだった。
※ 2000年の有珠噴火で傾いた菓子工場跡です。
なるほど、理に適っている。
一つ勉強になった。特にシューズの雨対策については、専門店などで用具を探してみようと思った。
※ 文章と写真が連動しておりませんが、了承ください。
北海道ツーデーマーチのことをまだ一行も書いていないのに、いきなり余話から入るとは順序が全く逆である。ちょっと趣向を変えるのも面白いかと…。
北海道ツーデーマーチの第一日、好天の中で21kmを歩いてきました。
洞爺湖畔から噴火湾沿いの町豊浦町まで峠越えの山岳コースはなかなかタフなコースでした。詳しくは後日レポートできたらと思います。本日は別の話題を…。
日本ウォーキング協会が所轄する大会では、参加者は必ずゼッケンをザックなどに表示することになっています。そのゼッケンに数字などの表記はなく、氏名や所属都道府県などを自ら書き込む形式のゼッケンです。そのゼッケンのひと隅に参加者自身がメッセージを書き込む欄があります。
参加者はそのウォーキング大会への思いをさまざまに書き込みます。「楽しく歩く!」とか、「完歩を目ざして」「完歩!観歩!感歩!」などなど…。
私は今回、何と書こうかちょっと頭をひねりました。
思いついた言葉を頭に浮かべながら、私の一方の頭の中では拙ブログにしばしばコメントをいただく某氏から「ダサい」「クサい」「ニオう」などと揶揄されるだろうなぁ、と思いつつ敢えて揶揄される道を選択しました。
その思いついた言葉とは…。
今、生きている。生かされている。そのことをかみしめながら…。
ああ、ダサいですねぇ。クサいですねぇ…。
どこかで聞いたことのあるセリフのようですが、一応オリジナルと思っています。
最近、なぜ登山とか、ウォーキングなどに自分の趣向が向かうんだろうかと考えた時に、これまで病気や怪我にも遭遇せずに生きてこれたからこそ、と思うのです。
同世代の人たちの中には私のようにやりたくともできない人たちがたくさんいるに違いないと思うと、その人たちの思いもどこかで感じながらウォーキングを楽しみたい、という思いが前述のようなダサい言葉となって浮かび上がってきたのでした。
実はつい先日、私と同世代の方が今年の北海道マラソンを完走したことをお祝いする会を開きました。彼の場合は自らの健康を謳歌するだけではなく、自らの可能性を引き上げようと日々努力しています。
そんな彼も自らの健康体を感謝していました。そして彼は70代、80代になってもフルマラソンを完走したいと言う。
自らの生きている証を求めて…。生かされていることに感謝しながら…。
それぞれの手段と方法でこれからも生きていきたいなぁ、と思いながら今日21キロを歩いてきたのでありました…。

今回の私的プロジェクト「Café紀行」で初めて店名に「喫茶」と名付けたところを訪れた。しかし内実はこれまで数多く訪れたカフェとどこも変わらない。
機会があったら「喫茶」を名乗る理由を確かめてみたい。

「喫茶 いまぁじゅ」には明大マンドリン倶楽部の演奏会の後、友人と二人で開いてるカフェを探した末に見つけたカフェです。
他に客は無く、私たちが行かなければ閉店しようとしていたようです。
例によって「ブレンドコーヒー」(500円)をオーダーした後、店内を見回してみると、特徴のある木彫の作品がたくさん展示されています。
オーナーに声をかけて尋ねてみると、小さなパンフを持ってきてくれ説明してくれました。

西区に在住する「小笠原 み蔵」という人の作品ということでした。
作品集を出版していたりして、その道ではかなり有名な方のようですが、私にはその作品に付けられていた値段の方が気になりました。どの作品も一つウン十万円の値札が付けられていました。
ウェブ上で調べてみると、札幌市内で盛んに個展も開催しているようです。

さて肝心のコーヒーの味ですが、ほど良い苦味を伴ったブレンドコーヒーを美味しくいただきました。

夜のカフェなんて何時以来でしょうか?
更け往く夜に美術作品に囲まれながら、男二人がコーヒーをすすっていたという図でした。
【喫茶 いまぁじゅ データ】
札幌市中央区北1条西18丁目1-31
電 話 011-612-6228
営業時間 月~金 9:00~22:00 土 12:00~17:00
定休日 日・祝日
座 席 21席
駐車場 なし
入店日 ‘10/09/10
※ 今夜、明日の夜と久しぶりに札幌を脱出し、洞爺湖畔に宿泊です。というのも、明日・明後日の二日間、洞爺湖畔で開催される「北海道ツーデーマーチ」に参加するためです。
今回は珍しく妻も参加するということで同道しています。雨が降らないか心配です。
今日は午前中に洞爺湖に着いて、2000年の有珠岳噴火の爪痕をそのまま残した洞爺湖有珠山ジオパークの一部と、有珠山外輪山を踏破してきました。(もっとも有珠山はロープウェイを利用しちゃいましたけどね)そのレポートは後日に。
この大会、昨年40キロの洞爺湖畔一周コースを体験したので、今年は明日が20キロ、明後日が30キロの部に参加予定です。今年は携帯でのライブレポートを止め、終わったその日にレポートしたいと思っています。
「朝日岳」に続いて、定山渓温泉街を挟んで反対側に位置する「夕日岳」に登った。二つの山はどちらも600m足らずと典型的な低山である。適度なハイキングコースとはいえしっかりと汗をかかせてもらいました。
朝日岳を終え、車を温泉街の公共駐車場からまちづくりセンター裏の駐車場に移して直ちに出発です。
駐車場横の定山渓神社の鳥居の横に「夕日岳登山口」という立派な看板がかかっています。

そこから神社の境内を通って左手奥に登山路が続いていました。

初めは沢コースで砂防ダムが次から次と現れてきました。沢コースは水でぬかるんでいました。近日中に雨が降った記憶はありませんでしたから、もし雨が降ると相当難儀しそうな沢コースです。

沢コースから山腹を巻いていくコースに出ると、ずいぶん歩きやすくなりました。朝日岳の岩戸公園コースよりはずっと整備されているように思われました。
ところどころには手作りの案内板もあって、まったく迷う心配もありません。

木の種類にも、植物の種類にも疎い私にはそれらのことについてレポートできないのが残念ですが、9月に入ったばかりというのに気の早い木の葉たちが落葉しているのを見て、秋の到来間近し!と悟らされました。

やがて見晴らしの良い尾根に出ますが、そこが「見晴らし台」といって唯一林が途切れ、定山渓温泉街が見渡すことができます。近くにはNHKのテレビアンテナ塔もありました。


ここから頂上までは尾根コースで、尾根を渡る風を感ずることができ、湿度の高い中を登山してきた身としては気持ち良く頂上を目ざしました。
登山は突然終わりを迎えました。何の予兆もなく、登山路の前に「夕日岳頂上」という看板が見えたのです。周りは高い木に囲まれ、周囲は何も見えません。なんだかあっけない頂上到達でした。

その頂上のところで面白いものを発見!
写真のような糞です。糞の横に大きさの比較のためにミニティッシュを置いていますが、どうやら小動物のようです。いったい何の糞でしょうね?

周囲が木に囲まれたところでの昼食もつまらないと考え、見晴らし台まで下りて午後2
時、定山渓温泉街を眺めながら遅い昼食を摂りました。汗をかいた後、山の中で頬張るおにぎりは最高です!
昼食を終え、上ったコースを一気に下山しました。
ところで「夕日岳」の命名由来ですが、ガイドブックによると夕日が落ちる山ではなくて、温泉街の日が暮れても夕日の残照に染まった温泉街の様子を見晴らし台から眺めることができるだろう、というのが命名理由のようです。(私の解釈が少し入っています)
およそ一か月ぶりの山行でしたが、汗をたっぷりかいて体内の毒素が全部出ていったような気分(気分だけですよ)になりました。汗の量は半端ではありません。持参した二枚のタオルは汗でびっしょりです。これからは倍の数のタオルを持参しなければ…。
【夕日岳 登山データー】
標 高 594m
駐車場 登山口にある定山渓まちづくりセンターの駐車場を利用させてもらう
行 程 定山渓神社登山口→(35分)→見晴らし台→(20分)→夕日岳頂上→(15分)→見晴らし台→(25分)→ 登山口
時 間 登山(約55分)、下山(約40分)
登山日 ‘10/09/11
約一カ月ぶりの低山紀行です。ずーっと以前から定山渓の街を挟んで並び立つ朝日岳と夕日岳に登りたいと思っていましたが、このほどようやくその思いを達することができました。
ガイドブックによると朝日岳には岩戸公園コースと旧豊林荘コースがあると記されていました。
私は少しだけ速く登れるという旧豊林荘コースの登山口を探しました。しかしそれらしき案内や標識を見つけることができず、街中にある岩戸公園口から登ることにしました。

※ 定山渓温泉街の街中にある「岩戸観音堂」です。観音堂の
横に階段が見えますが、そこを上がると登山口があります。
登山口は岩戸観音のところから石造りの急な階段を上ったところにあ岩戸公園の端にありました。蒸し暑かったこともあり、当初はTシャツにベストで登ろうと考えていましたが、登山口で蚊の襲来に遭い急いで登山用のシャツを着込み、蚊取り線香に火を入れたのでした。

※ 岩戸公園コースの登山口です。ここで蚊の襲来に遭いました。
コースはあまり整備されているとはいえず、登り始めは、ところによって僅かな足跡を見つけながら藪をこぐように進むところもありました。
途中から急斜面をジグザグに登り始めますが、細い通路で足を踏み外すと転落しそうなところもありました。もし間違って転落しても岩などは見えなかったので、かすり傷程度で済むでしょうが…。

※ ご覧のような一見道なき道を往き…

※ そうかと思えば、ご覧のように踏み均された登山路があり…
コースには案内板のようなものは一切ありません。途中何か所かに赤いテープが木に巻かれていた程度でした。
そのために私は一度コースを外れてしまうアクシデントに遭いました。
というのも、コース後半に「旧豊林荘コースと合流すると右に折れる」とありました。登山口をスタートして30分後T字路にぶつかりました。私は迷いなく右折して進みました。
そこを進んでいくと間もなく頂上のような台地に出ました。しかし。そこには建物が建っています。建物の説明もなく、どうも頂上らしくありません。時間的にも30分で合流点とは早すぎます。
T字路まで引き返すことにして建物の上部を見ると、どうやら携帯電話か何かの無線中継基地のようで、屋根の上にアンテナが立っていました。
コースが二手に分かれているだけに説明板のようなものがぜひ欲しいものです。

※ 山中でご覧のような無線の中継基地が…
気を取り直し、T字路を反対方向に進み始めました。本当の分岐点はどこかと思いながら、斜面をジグザグに進みます。
そうしているうちに頂上から降りてきた人に出会いました。分岐点のことを聞くと、どうやら私はその時点で通り過ぎてきていたようです。これまでこれほど不案内な山には出会っていなかったので少々不安ですし、不満です。

※ 頂上近くでは写真のような岩場も…
間もなく、「朝日岳頂上」と書かれた看板があり頂上到達を知りました。しかし、周りにはたくさんの木がありほとんど眺望はありません。

※ 頂上は立木に囲まれ、眺望は利きませんでした…
下山は上りと違い、旧豊林荘口の方へ下りることにしました。こちらのほうがコースとしては幅も広く登山路としても岩戸公園口よりは良くおよそ35分程度で下山することができました。

※ 旧豊林荘コースの登山口です。
ところで「朝日岳」の命名の由来ですが、ガイドブックでは定山渓の温泉街から見て最初に朝日が当たる山なのだろう、と推測している。これに対して夕日岳は? そのことは明日のブログに譲ります。

※ 旧豊林荘とは営林署の保養所だったようです。既に閉鎖されていました。
【朝日岳 登山データー】
標 高 598.2m
駐車場 登山口の岩戸公園のところにはなく、定山渓の公共駐車場を利用
行 程 岩戸公園登山口→(50分)→旧豊林荘コース分岐点→(10分)→朝日岳頂上→(30分)→旧豊林荘登山口
時 間 登山(約1時間)、下山(約35分)
登山日 ‘10/09/11
詰襟の学生服姿での演奏会は珍しいなぁ…。
選曲は聴衆のOBを意識して大人しい選曲になったのだろうか?
マンドリンに合う曲とそうでない曲があるなぁ…。

明大OBの知人からチケットを譲っていただき、思わぬ形で演奏会を聴く機会を得た。
9月10日(金)夕刻、ニトリ文化ホールを満杯に埋めた客の多くは私と同じようにかなり年齢が高い年代のようだった。
演奏会は、第1部「マンドリンとギターが奏でるクラシックの世界」、第2部「抒情あふれる珠玉のメロディー」、第3部「ザッツ・マンクラワールド」の三部構成だった。
倶楽部員は指揮者・司会者を含めて36名、それに数名の賛助出演があったようだ。
明大マンドリン倶楽部の創設は大正12年に遡るそうである。その当時は各大学にマンドリンのオーケストラができるなど一種のブームであったようだ。そうした数ある大学のマンドリンオーケストラの中で今日まで長く全国に名を轟かせているのは明大マンドリン倶楽部くらいしかないのではないだろうか。
その要因は倶楽部創設当初からクラッシックだけの選曲ではなく、童謡・民謡・歌謡曲、はてはラテンやジャズなどあらゆるジャンルの音楽を取り入れて演奏してきたことが多く方々から支持を得、今日に繋がっているのではないだろうか。

※ 真面目な指揮ぶりだけでなく、コミカルなパフォーマンス
が人気だった指揮者の前崎さん。
今回の演奏会でも1部・2部でクラッシックから、古賀メロディーや歌謡曲、民謡と多彩なメロディーを披露してくれた。そして第3部ではマンクラワールド?「なんじゃい、これは?」と思いましたが、どうやら明大マンドリンが得意とするラテンのメロディー溢れるステージを、明大マンドリンクラブワールドと称したようだ。
しかし、私が今回の演奏会で最もマンドリンの音色の良さを感じたのは、さだまさし作曲の「秋桜」だった。抒情あふれるこの曲が、マンドリンの繊細な音色とともに私の耳に届いたとき、私の中の琴線が激しくふるえるのを感じた。

※ 抜群の技量を披露した第一マンドリンでコンサートマスターの篠山さん。
さて、ここからは私の単なる感想なのだが…。
まずクラブの人数が少ないのではないかと気になった。
学生のクラブであるから、その年度によって構成人数が変わってくるのはしかたないとしても、指揮者・司会者を入れても36名とはオーケストラとしてはいかにも寂しい。
音楽性の問題、学業との両立、個人主義の世相など、伝統あるクラブを維持していくことが難しい時代になっているのだろうか。関係者の勧誘活動の一層の奮闘を期待したい。
次に素人が音楽的なことに口を挟んでみたい。
あらゆるジャンルの音楽に挑戦するという姿勢は賛成なのだが、そのためにマンドリン以外の楽器が多くなっているキライはないだろうか。特に電気楽器や管楽器などにマンドリンの音がかき消されてしまう場面が何度かあったように思う。全体の人数の寂しさがここにも影響しているのか。
次に、選曲、編曲のことであるが、やはりマンドリンに合う曲、合わない曲があるように思う。もちろんクラブ関係者はそのことを常に意識されていると思うが、なお一層留意してほしいと思う。特に、優れた先輩がたくさんいるということなので、選定した曲を明大マンドリンにぴったりとくるような編曲に意を注いでほしいと思う。

※ 楽しそうに演奏している姿が印象的だったマンドラのパートトップの山本さん。
以上、勝手なことを書いてきたが、倶楽部員一人ひとりが心からマンドリンの演奏を楽しんでいることが伝わってきたし、聴衆の多くも心から演奏を楽しんでいた(もちろん私も)素晴らしい演奏会だった。

Café Lon(カフェ ロン)は市電の「ロープウェイ入口」停留所近くにあり、写真で見るように民家を改装してオープンしたカフェのようでした。
その日は一日、藻岩山麓で植物に関する講習会があり、その帰りに同じく受講した友人3人と立ち寄りました。友人は私のCafé紀行にいつも付き合ってくれています。
店は車の多い通りに面しているのですが、ちょっと奥まっていることもあり、店内に入ると外の喧騒はまったく聞こえず静かに音楽が流れ、お客さんたちが静かに語り合っているといった感じでした。
店内のテーブルや椅子も落ち着いた大人の色合いです。

私がオーダーしたのは、例によって「ブレンドコーヒー」(500円)、友人の一人は「どこかの国のコーヒー」(600円)というのに興味を抱いてオーダーしました。この日のどこかの国はエチオピアのコーヒーで、「少し酸味がある」とのオーナーの案内でした。

ガイドブックにあったとおり、直ぐにコーヒーは出てきません。オーダーを受けてから一杯ずつ豆を挽いて淹れるそうなのです。
しばらく待って出てきたブレンドコーヒーは、私にはやや苦味が強いかなとも感じましたが、なかなか味わいのある味でした。
エチオピアのコーヒーの味を聞くと、「自分に合っていて美味しい」とのことでした。
渋い味のコーヒーをいただきながら、その日の講習の感想を語り合った三人のおじさんたちでした。

なお、店名の「Lon」は「特別な意味はなく、犬の名前を拝借したものです」と静かで優しそうな雰囲気のオーナーが教えてくれました。
【café Lon データ】
札幌市中央区南19西15-3-11
電 話 011-596-0655
営業時間 9:00~22:00
定休日 月曜日(祝日の場合は営業)
座 席 20席
駐車場 あり(2台)
入店日 ‘10/09/05

新聞に小さな告知記事が載った。
「◆路面電車はまちづくりの主役 札幌の市電延長を考えるシンポジウム 7日午後1時30分、札幌市教育文化会館(中央区北1西13)。札幌市市民まちづくり局公共交通担当の岸光右部長と、市電を守り再配置をすすめるプロジェクトの荒川尚次体表が、延伸に関する現状や取り組みについて報告と質疑応答を行う。参加無料。(後略)」
という内容に興味を持ち足を運んだ。
シンポジウムは、札幌市の岸部長から「環境負荷を抑えたまちづくりと市電の在り方」、「市電事業の現況」、「市電を延伸する場合の事業費」、「延伸した場合の事業見通し」、「諸外国・他都市の市電の状況」などについて説明があり、札幌市は平成22年3月に市電を延伸する方針としたが、その規模、延伸する方面などの基本計画はこれからの課題であるとした。
市としては延伸の方針は明言しつつも、採算を重視し「事業として成り立つ市電」を模索していると受け止めた。
これに対して、プロジェクトの代表の荒川氏は過去に市電の完全廃止をストップさせた実績と、今後環境負荷の小さい市電の延伸を現在考えられている3方向に採算を度外視しても速やかに実現すべきであり、不採算路線は社会福祉政策として税金で補填すべきだと主張した。
聞いていた私には、まるで「市電」を公共交通の主役とすべきであるかのような主張に映った。

休憩を挟んで、参加者から意見を募った。
10名の方々が発言したが、そのほとんどは荒川氏の発言に同調するものであり、事業者である市に対してさまざまな要求を突きつけるものだった。
とても市電の延伸について疑問を呈するような意見を言える雰囲気ではなかった。
私はこの問題について、現段階では次のように考えている。
現在ある市電の路線を延長することは交通機関の選択肢が増えることから、一利用者としては歓迎すべきことなのだろう。
しかし、延長するための事業費見込みが3方向全て整備するとなると約150億円の費用が必要ということだ。そのために税金の投入は避けられないという。しかも確実に採算が取れるという見込みも立っていないということだ。
こうした状況下で市は延伸を決断したという。それは多分に政治的な判断であったのだろう。

※ 「路面電車と札幌の未来をみんなで考えてみませんか」
と題する札幌市が発行したパンフレットの表紙です。
この後、この問題がどのような経過を辿り、どのような結論を見出すのか…。
関係者にはぜひとも市政全般にわたって総合的に考え、判断してほしいと思う。
財政が逼迫している札幌市にとって解決すべき課題は数多い。
私には「市電の延長問題」が市の最優先課題だとは思えないし、市電が札幌市の公共交通の主役だとも思えないのだが…。
「平和の滝」に到着して早速滝を見に行きました。二段になって高さ20mの落差を流れ落ちる姿は小規模ながらなかなか見応えのある滝でした。

※ 前編に載せた写真とは違い少し離れたところから撮ってみました。
滝を見終えた後、駐車場になっている広場を見渡したところさまざまな建造物や石碑があることに気付きました。
その一つが「韓国人殉難者之慰霊碑」という大きな石碑です。戦時中に強制連行によって連れられてきて命を亡くした人たちを慰霊する石碑です。

また、近くには「北海身延奥之院 平和の滝道場」という寺院も見られました。現在道場として使用されているか否かは不明です。

さらに「相沢良」という女性の小さな顕彰碑も建てられていました。相沢良なる女性について私は恥ずかしながら不明でしたが、戦時中に反戦運動に投じ札幌で治安維持法違反で逮捕監禁され命を落とした反戦活動家ということです。
ところで「平和の滝」と印象的なネーミングの滝ですが、これは滝のある地帯の名「平和地区」からきています。この地帯は開拓時代に開墾に相当困難が伴ったとから願望をこめて「平和」という名を地名に付けたと資料は語っています。
「平和の滝」を後にし、平和地区の住宅街まで戻ると、そこにユニークな形をした事務所を発見しました。事務所部分が4本の柱に支えられて2階にあり、1階部分は事務所の床を天井とした駐車場になっている構造でした。冬の事務所は上下左右から冷やされ、さぞかし寒いのではと想像するのですが、いらぬお節介ですかね?

平和地区と福井地区を結ぶ「平福トンネル」に向かう途中に「平和幼稚園」がありました。この幼稚園は2年前に全国ビオトープコンテストの幼稚園の部で金賞を獲得した幼稚園です。その時、私は幼稚園に連絡を取りそのビオトープを見せていただいたことがあります。幼稚園児が喜びそうな水場が上手に演出されていたビオトープでした。

その後、「平福トンネル」を抜けると、そこはたくさんの家族が憩う「五天山公園」でした。好天も相まって芝生の空き地が見つからないほど込み合っていました。


五天山公園を抜け、住宅街を歩いているとまたまた変わった住宅が目に入りました。どうも入り口のドアにわざわざ錆びついた鉄板を利用しているようでした。家のエントランス全体もなかなかユニークです。

※ 中央部の茶色のドアは鉄が錆びたままのものです。
福井地区を少し行くと、やがて先日も歩いた小別沢トンネルに向かう道路にぶつかり、ここからは先日と全く同じコースとなります。
小別沢トンネルに向かう坂道に何軒かの野菜直売所が写真のようにありました。

先日は小別沢トンネルの外から撮ったので、今回は中から外を覗いたところを撮ってみることにしました。

最後の写真は宮の森地区にある某宗教団体の研修施設に通ずる私道なのですが、あまりに立派にために写真に収めてみました。

そうして18kmを無事歩き終え、ウォーキングステーションのある「ボアネージュ」に還ってきました。

途中の小休憩、平和の滝での昼食休憩を除いた実質所要時間は約4時間弱といったところでしょうか…。
後半に上り下りが多いけっこうタフな18Kmでした。
《ウォーク実施日 ‘10/09/04》