(元和十年四月)十八日
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|一、十八日 助二郎 甚左衛門〇 当番 曇
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びいどろ青白ヲ下 |一、下関へ、びいどろかいに、森次兵衛・栗田與兵衛、両人遣候、但し、ひいとろハ六斤、内三斤ハ青キ・三斤ハ白キ
関ニ購ハシム | (財津)
宇佐郡惣庄屋入牢 |一、財津久七登城、宇佐郡山本少左衛門籠者被 仰付候、■■■右衛門尉・惣左衛門知行之内、少左衛
未進 | 門作仕候、此未進大分有之ニ付、久七書物持参仕候へ共、理立申間敷通被申候
入牢中ノ病人ニ投 |一、不破忠左衛門者、籠ニ而相煩候ニ付、寿閑薬用させ候事
薬 |
| (須古)現・杵島郡白石町 (黒崎口) (西村)
肥前ヨリ走来ル者 |一、ひぜんノ国すこの村ゟはしり参候三吉と申者、くろさき口ノ御番善兵衛登城ニ而申候、則、民ア
| 殿へ召連参候事
| (由布院)
由布院幕府蔵米 |一、ゆのゐん上殿御蔵納御米ノ儀ニ付、民ア殿ゟ、井上十右衛門と申御舟頭ニ、状持被下候事
郡役ノ麦ハ三斎領 |一、御郡へ御かけ被成候麦之儀、 三斎様御蔵納御百性出作仕候者ニハ、少之儀ニ候間、懸ケ申間敷
ノ出作百姓ニハ課 | 惣談候事
セズ |
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