東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

ニンニクの生育状況

2019年11月30日 | 野菜:根菜

 先日コットンクラブ数人の方に植えていただいた普通ニンニク、5cm位芽が出てきました。植え付けが遅れたため、ちゃんと芽が出るか心配でしたが杞憂でした。同じニンニクでもジャンボニンニクは、先植えしたものは20cm以上に伸びましたが、みなさんに植えていただいたものは芽は出たもののまだ2cm位しか出ていません。どちらにしても、冬越しして春にはちゃんと葉が茂り、夏には美味しいニンニクを収穫できると思います。

             5cm位芽が出た普通ニンニク


 普通のニンニクは春先に花芽が伸びてきます。その花芽を美味しい料理に使用することができます。かつてニンニクの用途は限られていたように思いますが、今は黒ニンニクにしたり、醤油に漬けたり、花芽を食べたりと、いろいろな調理方法が出てきました。米や麦のように主食にはなりませんが、味付けなどに欠かせない食材になってきました。

 芽が出た普通ニンニク  先植えジャンボニンニク  Sさんにいただいたニンニク
  

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放課後学習 成器塾用に、壊れた手回しミシン修理

2019年11月29日 | 子供の育成関連

 激安の壊れた手回しミシンが我家にやって来ました。もし直すことができれば、成器塾の子供達に使ってもらおうと思います。どんな故障か調べることから始めました。最初に気が付いたのは、かちかちに固まって動かないことです。手で回そうとしても、まったく動きません。どこかが固着しているのではないかと思い、各部署を分解しました。そして、油を差すことから修理を始めました。

        かちかちに固着してまったく動かない手回しミシン


 届いた時には立派なケースに入って来ましたが、修理することができなければただの燃えないゴミになってしまいます。最初に糸を縫う箇所を外しました。機構部には壊れている個所は見当たりません。とにかく動きそうな箇所すべてに油を差しました。手で回す箇所に油を差すと、わずかに動くようになりました。ミシンの下部のカム部にも油を差しました。ほぼ全ての個所に油を差すと、だんだん動くようになりました。手回しミシンが生き返りました。

  収納する立派なケース   針が上下する機構   ボビンと思われる箇所
  

 油を差すなど修理していると、見たことがない部品がありました。どうもボビンのようです。砲弾型のボビンで中には糸巻きが入っていました。この手回しミシンは、今のミシンのように上糸と下糸があるようです。私が持っている他の手回しミシンは1本糸ですが、それよりも改良された手回しミシンのようです。次は、ボビンの調整をして上糸と下糸の張り具合を調整してみようと思います。このタイプのボビンはもう無いので大切に扱わなければなりません。

 ※東京に行ってきます(11/29~12/2)。田布施町少年少女発明クラブのチームの一つが山口県代表になりました。その全国大会(チャレンジ創造コンテスト)で競うため行ってきます。

  砲弾型のボビンと内蔵する糸巻き     ほぼ全ての機構に油を差す
 

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帝国電波(現クラリオン)製カーラジオRM-107(三菱キャブトラック搭載)の修理(1/6)

2019年11月28日 | 古ラジオ修理工房

 先日岡山から修理のため我家にやって来たラジオ(カーラジオRM-107)、仕事などの合間をみて修理をしています。私の流儀に従って、まずはラジオの調査から始めました。このラジオの銘板を見ると、帝国電波製と書かれていました。帝国電波は今のクラリオンで、今でもカーラジオメーカーとして有名です。早速ラジオの筐体を止めるネジをドライバーで回して中を開けてみました。すると、メカニカルなチューナーが目に入りました。今は全て電子チューナーですが、昭和40年代までは全てメカニカルなチューナーでした。

       メカニカルな選局部を持つ帝国電波製カーラジオ


  このメカニカルな機構を見て、とても懐かしい気持ちになりました。選局した上に、その選局した放送局を覚えるプリセット機構はとても精巧です。通常のラジオの選局はバリコンで行いますが、カーラジオの場合はプリセット実現のためμ同調コイルを使っています。これから回路を調べます。回路内に故障があると分かった場合は、手順に沿って故障個所を特定します。もし素子が故障していると分かると、その素子を交換します。

   送られてきた箱    カーラジオの銘板    ドライバーで筐体開封
  

 さて、回路には次のような能動素子であるトランジスタが使われていました。シリコントランジスタが一つだけ使われていました。ゲルマニウムからシリコンへの移行期のカーラジオのようです。下図で、1:2SA354,2:2SA353,3:2SA355,4:2SC458,5:2SB77のトランジスタが使われていました。2SC458がシリコントランジスタです。全体的に性能の良い日立製作所製のトランジスタが使われてました。東京から帰ったら、回路を調査しようと思います。

    このカーラジオの電子回路、比較的性能の良いトランジスタを搭載

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久留米市に、大量の柿をもぎに行く

2019年11月27日 | 樹木,果樹

 去年までは、久留米から渋柿をいただいては干柿にしていました。ところが、柿をもぐ方がご高齢になられたとのお話をきいたので有志で柿もぎに行きました。朝7:30に田布施を出発して11時過ぎに久留米に着きました。その後、地元の方に案内されて柿畑に向かいました。すると、ブドウの房のようにぶら下がった大量の渋柿を見て圧倒されました。段ボール数箱に渋柿を収穫しては詰め込みました。こんな大量の渋柿を見たのは初めてのことです。

          収穫した渋柿を手際よく段ボール箱に詰め込む


 とにかく大量過ぎるため、渋柿は収穫しきれませんでした。続いて甘柿の畑に向かいました。これまた、ブドウの房のように大量の甘柿がぶら下がっていました。枝から柿を切り落としながら、次々に段ボール箱に詰め込みました。段ボール箱7箱位、収穫したでしょうか。

大量にぶらさがる柿また柿   段ボール箱を用意    次々に柿を詰め込む
  

 渋柿と甘柿を収穫し終わった時、渋柿と甘柿を紹介していただいた方に太刀洗平和記念館の入場券をいただきました。この機会なので太刀洗平和記念館に寄って帰りました。そして、せっかくなので記念館館長さんに会って、田布施町にあった陸軍太刀洗飛行場施設のお話をしました。田布施町に太刀洗飛行場関連の施設があったことは初耳とのことでした。そのため後日、私が調べたその資料を太刀洗平和記念館に送ることにしました。

    脚立に乗って柿を収穫     太刀洗平和記念館内に展示のゼロ戦
 

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田布施町 波野 木地 史跡巡りウォーキング(1/2)

2019年11月26日 | 歴史探訪他ウォーキング



  田布施町波野地区の木地の史跡巡りウォーキングをしてきました。私は麻郷に住んでいるためか、また木地に同級生がいないこともあって、これまで木地へ行く機会がなかなかありませんでした。11月初旬の移動郷土館で、木地の歴史について木地の方々にお話をさせていただきました。移動郷土館でお話しした史跡を今回、皆さんと実際に回ってみました。

         自然と史跡がいっぱいの波野地区の木地


 10:00に田布施町交流館をスタートして、40分後に木地公会堂に着きました。公会堂で木地在住の方2人と合流しました。計14人が木地の史跡巡りをしました。最初に行ったのは江戸時代に作られた溜池である妙法寺池です。続いて、牛墓地の石柱に行きました。昭和初期以前、牛は農工に欠かせませんでした。そのため、家族のように大切に飼いました。そのため、牛が死ぬと丁寧に葬りました。それが牛墓地なのです。各地にその墓地が残されています。

  牛墓地の石柱を見学   墓地しかない妙法寺跡    お別れ石に向かう
  

 次に30年位前に廃寺となった妙法寺跡に行きました。敷地の周り古い墓地があり、代々のご住職の墓所もありました。続いて祇園社、そしてお別れ石に行きました。60年位前に焼場が無くなると同時にお別れ石も使われなくなったそうです。お別れ石は野辺送り時代の遺物です。私が最後に野辺送りに参加したのは高校生の葬儀の時です。最後のお別れ時、同級生が何人も泣いていました。

    お別れ石からの荒れた道      木地公会堂で袖引き観音を見学
 

 お別れ石を見学し終わると、木地の中心部を流れる御蔵戸川支流に行きました。そして、川で見つかったとされる袖引き観音の伝承をお話ししました。昼食のため木地公会堂に入ると、安置されている袖引き観音を見学させていただきました。公会堂で、1時間程度昼食休憩を取りました。木地の方のご厚意で飲物を用意していただきました。ありがとうございました。

     ウォーキングした田布施町波野地区の木地の史跡巡りコース

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平生町 第5回ヴォーカルアンサンブルWish & フリーマーケット

2019年11月25日 | イベント,行事

  1年ぶりのヴォーカルアンサンブルWish & フリーマーケットに参加してきました。朝8時過ぎに行って、テーブルをセットするなどお店の準備をしました。前日までに野菜を収穫しておき、早朝にテーブル上で袋詰めしました。おかげさまで、今年は野菜を完売しました。手に取りやすいように袋詰めしたことと、100円均一にしたことが良かったようです。いつもの皆さんと談笑しながらの楽しい催しでした。

          素敵なコーラス、観客の背中越しに拝聴


 午後から天気が怪しくなり、雨がちらちら降ってきました。しかし、今年はテントを準備していたことが大正解でした。みなさんテント内に集まって、コーヒーを飲んだりしながら楽しい話題が舞いました。雨のため、用意していたミシン,紡ぎ機などを使う機会がありませんでしたがとても楽しい催しでした。お世話された方々、ありがとうございました。

  役に立ったテント     屋内のマーケット    美味しかったピザ
  

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楽しかった山陰(島根県)史跡巡り旅行(2/7)

2019年11月24日 | 歴史探訪他ウォーキング

 JR出雲三成駅でソバを食べ終わると、松江市の湯町窯に向かいました。山並みをしばらく走っていると、松江市の平野部に出ました。そして、宍道湖に流れ込む玉湯川沿いにある湯町窯に着きました。当初、湯町窯の場所が分からなくて玉湯川近くを少しうろうろしました。それで分かったのは、湯町窯は玉造温泉の近くだったのですね。

          ホテル隣の居酒屋で夕食兼楽しいお酒


 湯町窯に着くと、私は小さなお皿を探しました。食事に使うのではなく、スピンドルを回る台にします。ポケットに入るような小さな小皿です。いくつか小皿が展示してありました。その中で自分なりに気に入った小皿を購入しました。600円でした。以前、田布施の土を使ってスピンドル用の素焼きの小皿を作りました。小皿はできたのですが、本焼きのための良い窯がないので諦めた経緯がありました。

 松江市の湯町窯に到着   どれを買おうか迷う  購入したスピンドル用小皿
  

 湯町窯で楽しい時間を過ごすと、次の日に行く予定だった神魂(かもす)神社と熊野大社に行きました。神魂神社は、現存する最も古い大社造り(室町時代の1346年に再建)とのこと。この時代は鎌倉幕府が滅び室町幕府ができた頃です。騒がしい時代によく再建できたと思います。できたばかりの室町幕府が再建したのでしょうか。

   現存最古の大社造り、神魂神社     注連縄が立派な熊野神社
 

 続いて熊野大社に行きました。去年行った紀伊半島の熊野速玉大社,熊野本宮大社,そして熊野那智大社と何か関係があるのでしょうか。ちなみに、熊野玉置神社に出雲大社玉置教会があります。熊野大社の広い境内を見学し終わると、宿泊するホテル(α-1第2松江)に向かいました。ホテルは山陰本線JR松江駅裏手にあり、居酒屋にはホテル内のドアを通じて入ることができます。18:00からその居酒屋で楽しい飲食タイムを過ごしました。

        今回訪れた山陰(島根方面)史跡巡りのコース

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田布施コットンクラブ 羊の毛を紡いで毛糸に、他

2019年11月23日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 来月から、子供に糸紡ぎ,織り物,編み物を教える予定です。せっかくならば、地元で育った羊の毛を紡いだ毛糸を使いたいと思います。そのため、田布施農工高校でいただいた羊の毛を紡いで毛糸作りを始めました。以前はスピンドルで毛糸を紡いでいましたが、とても時間がかかります。そのため、足踏み紡ぎ器を使うことにしました。

       恥ずかしながら、羊の毛を紡いで毛糸を作っている私


 私が使っている足踏み糸紡ぎ器は、去年の秋に購入して組み立てました。色がまったく塗られていません。木材の地肌そのままです。そのため、模様を書いたりニスを塗ろうかと考えていました。すると、Kさんから「蝋を塗るといい」との話を伺いました。Kさんの持っている蝋を少し分けていただきました。平生町の養蜂家が蝋にしているそうです。毛糸を紡ぐ手を休めて、蝋を糸紡ぎ器に塗りました。ドライヤーで温めると、蝋が木によく浸み込むそうです。

  紡いだ糸を玉巻き    紡いでいる途中の毛糸   Kさんの蝋の小箱
  

 私以外の方々も各自、楽しそうに玉巻きをしたり、織物をしたり、綿繰りなどをしていました。楽しいコットンクラブが終わると、一部の方に私の畑に来ていただきました。最初、インド藍と紙漉き用の楮の木を見ていただきました。続いて、小麦,紅花,紫麦の種まきを手伝っていただきました。最後に、洋綿(バルバゼンセ)の収穫、ニラの収穫、甘柿の収穫を楽しんでいただきました。いろいろ手伝っていただき、ありがとうございました。

   楽しいコットンタイム       小麦の種まきと土被覆、左隣は棉畑
 

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第5回ヴォーカルアンサンブル & フリーマーケット用に里芋を収穫

2019年11月22日 | イベント,行事

 平生町で第5回ヴォーカルアンサンブルWish & フリーマーケットがあります。今年も参加して、野菜を売るなどして楽しもうと思います。去年は野菜の値付けや売り方が分からなかったため大分売れ残ってしまいました(シイタケだけ売り切れ)。最後には、友達に持って帰ってもらいました。特に、サトウキビは全く売れませんでした。お母さん自身がかじったことがないので、子供も興味はあるものの手が出ません。そのため、今年はサトウキビ販売は止めました。野菜も、ネギと里芋だけにしようと思います。その里芋を今日収穫しました。

         収穫した里芋、袋に入れる前に根を取る


 野菜を売るだけでは暇ですので、手回しミシンでティッシュケースを作ろうと思います。また、この秋に収穫した綿を使って糸紡ぎしようと思います。あるいは、田布施農工高校でいただいた羊の毛を紡いで毛糸を作ろうかと思います。とにかく、参加した皆さんと楽しく過ごそうと思います。

 フォークを突き刺し里芋を掘り起こす     掘り取った里芋を水で洗う
 

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楽しかった山陰(島根県)史跡巡り旅行(1/7)

2019年11月21日 | 歴史探訪他ウォーキング

 前回は九州の長崎県方面の史跡巡りをしましたが、今回は隣県の島根県方面の史跡巡りを楽しみました。2台の車に分乗し、朝8:00頃出発して島根県に向かいました。私が島根県に行ったのは中学生の頃以来です。我家で初めて自家用車(初代ファミリア)を購入した時でした。当時出雲大社や日御碕などに行きました。当時は舗装道路がほとんどなく、砂利道を砂ぼこりを建てながら中国山地を横断して行きました。

          絲原記念館を囲む山裾の小道「洗心乃道」


 田布施を出ると高速道路に入りました。最初に休憩したのが安佐SAです。休憩後再び高速道路に入ると、最初の目的地である絲原記念館に向かいました。絲原記念館近くでソバを食べようと思いましたが、混んでいて残念。先に絲原記念館を見学することになりました。

 ちょい休憩した安佐SA   絲原記念館の中心通り    受付がある管理棟
  

 駐車場に車を停めると絲原記念館敷地に入りました。絲原記念館は砂鉄を利用したたたらによる製鉄をしていた敷地を記念館にしたものです。ちなみに現代の製鉄は、溶鉱炉を利用して鉄を作っています。しかし、古代より砂鉄を利用するたたらは人力による製鉄でした。人がふいごを押して、空気をたたら内に送り込んでいました。以前、たたらによる製鉄をテレビ放送を見たことがあります。少なくなったとはいえ、たたらは貴重な日本の伝統技術です。日本刀はたたらによって作られた鉄を使っていると聞きます。

    たたらの模型(人形が動く)    たたら製鉄で使われていた各種道具
 

  絲原記念館のたたら製鉄は、400年位前から絲原家が代々継いできました。その絲原家敷地内のたたら製鉄場と絲原家屋敷や庭などを記念館として残したとのこと。たたら製鉄を見終わると、絲原家の宝物や庭を見学しました。山裾の道「洗心乃道」はツツジが真っ赤で綺麗でした。この道をみなさんとのんびり散策しました。

   絲原記念館の庭    山裾の小道「洗心乃道」  お昼休憩でソバ
  

 絲原記念館を出るとソバを食べることにしました。しかし絲原記念館近くのソバ屋さん、用意したソバがきれたのでしょう閉店になっていました。そこで、奥出雲町の出雲三成駅近くのソバ屋さん(吾妻そば本店)で食べました。ソバを食べ終わると、次の目的地である松江市の湯町窯に向かいました。

           今回訪れた山陰(島根方面)史跡巡りのコース

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種まきが遅れたリネン

2019年11月20日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 数年前からリネンを育てています。育てている割には、繊維を取る時間的余裕がありません。そのため、布になったリネンは分かりますが、糸に紡ぐ前どんな繊維なのか分かっていません。今年の夏に刈り取ったリネンを脱穀して種を取りました。そして、すぐにでも種を蒔こうと思っています。紅花もそうですがリネンは、この田布施町では秋に種をまいて冬を越してから初夏に収穫した方が良いようです。

         この初夏に収穫して天日干ししていたリネン


 天日干ししていたリネンを木槌で叩いて実をくだきました。実を砕くと茶色の種が出てきます。一つの実に6個位の実が入っています。すべての実を砕くと、網を通して大きめのゴミを取り除きます。次に、唐箕を使って小さなゴミを取り除きます。このようにして選別した種、その粒をよく見ると、表面が光っています。来年は繊維を取る時間的余裕はあるでしょうか。繊維を取ることができたとしても、糸に紡ぐ時間が取れるでしょうか。

     木槌で叩いて脱穀        脱穀後、選別したリネンの種子
 

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麻郷小学校 放課後学習 成器塾 綿の収穫と小麦の種まき体験

2019年11月19日 | 子供の育成関連

 先日、11月初めの麻郷小学校 放課後学習 成器塾がありました。いつもは小学校の家庭科室で子供相手にいろいろ教えています。今回は、最初に前回作ったフェルト飾りを完成させました。それが終わると、小学校を離れて畑に行きました。畑に行く理由は、綿摘み体験と麦の種まき体験をするためです。畑に到着すると、さっそく長靴に履き替えて綿摘み体験です。白い和綿と茶色の綿を摘み取りました。

           ふわふわの白い綿を手で摘まむようにして収穫


 収穫した綿は、次回の成器塾で綿繰り体験して種を取ります。そして、種を取った綿をカーディングして糸に紡ぐ体験をします。その紡いだ糸を使って、織物をしたり編み物をする予定でいます。今回白い綿と茶色の綿の二種類の綿を収穫しました。そのため、二色の布又はコースターができればと思います。ただ、小学生には糸紡ぎは難しいかな。

 フェルト飾りの完成     白い綿の綿摘み     茶色い綿の綿摘み
  

 綿畑の綿をすべて収穫し終わると、次に麦の種まき体験をしました。あらかじめ種まきしやすいように丁寧に耕耘しておきました。そのため、手押し式種まき器を押すだけで自動的に種をまいてくれます。1kgの小麦を四つの列に蒔くことができました。種を蒔き終わると、両足で寄せるようにしながら土を被せて行きます。来月上旬には芽が出ると思います。そして1月の成器塾では、再びこの畑にやって来て麦踏み体験をしようと思っています。

   種まき器を押しながら前進       種まき後、両足で土を被覆
 

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種まき用に紫裸麦を脱穀

2019年11月18日 | 麦,穀類,雑穀

 10年位前いろんな種類の麦を植えていました。大麦,小麦,紫麦,裸麦,二条大麦,オートミール,ライ麦,燕麦などです。変わった麦ではライ小麦も栽培していました。しかし今、1日たっぷり農作業できる日がほとんどありません。そのため今は、小麦,紫麦,そしてオートミールだけしか栽培していません。後者の2種類はもっぱら種継ぎのためです。

            木槌で叩いて脱穀した紫麦の種


 小麦はパン,ホットケーキ,うどんなどにして食べることができます。そこで、今年はパスタにも使える中力粉の小麦の種を蒔こうと思っています。パンにしてもかまいませんが、やや硬めのパンに仕上がると思います。成器塾の子供にこの小麦の種をまいてもらいます。そして来年、子供達と一緒に生パスタを作って食べようかと計画しています。

     木槌で叩いて脱穀          網を使ってゴミと麦を分ける
 

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ど素人ながら、なんとか編み物

2019年11月17日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 先日から編み物を自習しているのですが、鉤編みは難しくて諦めました。そこで、古書店で購入した中古参考書を見ながら編み物を学習しています。この参考書では、片方が鉤になっている編み棒を使います。棒編みと鉤編みを組み合わせた編み物ではないかと思います。たまたま我家に、竹ひご製のその編み棒が1本あったでトライしました。知人にその参考書を見せると、この編み方は「アフガン編み」と呼ぶようです。

        片方が鉤になった編み棒で、編んでいる途中

 編み始めは、鉤編みと同じでくさり編みです。鉤編みと比べて面白いのは、往路では網目の数だけ毛糸を編み棒に背負います。そして復路では、毛糸を編みながら背負った毛糸を編み棒から外していきます。鉤編みのようであり棒編みのようでもあります。「アフガン・・」と言うくらいですので、中東が起源なのでしょうか。

  くさり編みが終わると往路        復路では、編みながら後退
 

 ところで知人の指摘で、参考にした中古本はとんでもなく古い本であることが分かりました。出版が昭和30年でした。私がまだ赤ちゃんでハイハイしている頃です。薄茶色に色あせていたので古い事は承知していましたが、これほど古いとは驚きでした。出ているモデルさんの名前に覚えがあります。松島トモ子(5歳位?)が子供服のモデルで出ていました。表紙は南田洋子でした。その他にも覚えがある女優さんがたくさん。

  編んでいる途中     表紙は南田洋子    子役モデルは松島トモ子
  

 なんだかんだと言いながら、コースターに使える大きさの編み物ができました。正方形のはずが多少変形していますが、編み物ど素人の私としては上出来です。手や指がまだ硬いのでしょうか、右手の中指が痛くなりました。その中指をよく見ると棒の跡が付いてしまいました。次に編む時は絆創膏を貼ると良いかも知れません。なんとか第一作が出来上がりました。これで、織物に加えて編み物を子供に教えることができそうです。
 ※明日から三日間、いつもの皆さんと山陰の史跡巡り旅行をします。

   あざが付いて痛い右手中指      第1作コースターの出来上がり
 

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我家の畑にも初霜

2019年11月16日 | 田舎暮らし

 昨日から急に寒くなりました。私はふだん2階で生活しているのですが、朝起きるとベランダに出て2階から畑などの様子をみることから一日が始まります。早朝畑を見下ろすと、畑の約半分が白くなっているではありませんか。外に出てみると、やはり初霜でした。

            初霜で葉全体が白くお化粧


 本当に初霜かと思って白くなった葉を摘まんでみました。霜ならば摘まんだ部分が溶けて緑色になるはずです。摘まんだ指を外すと、霜が溶けて地肌の緑がみえました。毎年の事ですが、初霜を見ると、冬が遠くないことを感じます。そして、もう種まきの季節が過ぎたことを悟ります。麦類は12月上旬でもなんとか間に合いますが、葉物野菜はビニールや寒冷紗などで覆わないともう育ちません。

     白い葉を指で摘まむ        摘まんだ所の霜か溶けて緑に
 

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