畑や山を綺麗に伐採していると不要な雑木がたくさん溜まります。それらをゴミに出すことも考えましたが、何袋あっても足りません。そこで、いつものように畑に置いたドラム缶で焼却処分しました。
最初に乾いた落葉をドラム缶の中に敷き詰めました。そして点火しました。すると乾いているのか数秒で燃え盛りました。その燃え盛る落葉の上に樹切れを次々に放り込んで燃やしました。夕方になると急に冷え込んできますが、炎から出る暖かさで体が温まります。
落葉からだんだん大きな枯れ木を入れて燃やす
落葉は畑に入れで肥料にしても良いのですが、あまりに多くあるので燃やしました。たくさんあった落葉は燃えるとほんのわずかな灰になります。灰も良い肥料になります。
一番大きな木切れは乾いた樹の根を含む幹です。直径15cm以上にはなるかと思います。少しずつ燃えて朝には灰になっています。
落葉をドラム缶に詰める 燃え広がる炎 乾いた樹の幹を焼却
相変わらずわら細工でほぼろを作っていますが、今回新しい編み台を一つ作りました。これまで使ってきた編み台は車に入れやすい折りたたみ式でした。それをより簡単にしたもので、折りたたみ式ではなくはめ込み立て式です。部品点数も少ないです。ただ作り方はドリルを使ったりノミを使って穴を開けるなどやや面倒です。
講習会などで大勢が使う場合は前者のような折りたたみ式で良いですが、一人で使う場合はこの簡単にはめ込みできる編み台が良いように思います。今回試しに作ってみました。
部品点数が少なく省スペースなはめ込み式編み台
背板は従来ある折りたたみ式編み台の背板を流用できます。厚さ3cm幅20cm長さ1m程度の板を加工して作ります。日曜大工で加工できます。その板をノコギリで30cmで二枚切り出し、板の上部の左右の肩を切ります。そして、径12mmドリルを使って穴を開けます。
板を30cmで切り落とす 上部の左右肩を切る 径12mmのドリルで穴あけ
ドリルで開けた穴は円形です。この穴では背板を通すことができません。そこで、背板の左右端に合わせてノミで削りました。幅12mm x 長さ3cm x 深さ3cmの穴です。背板がするする通るようではすぐに外れてしまいます。木槌で叩いて通せるようにやや狭く開けます。時々背板を通しながらノミを掘り進めました。同じ穴を二枚の板に開けて出来上がりです。
径12mmのドリルで開けた穴 背板を通す穴をノミで削る
4年ぶりの田布施町議会議員選挙の初日、私が住む地区から同級生が立候補しました。10年以上に渡り史跡巡りウォーキングをしたり福祉活動をした仲間の一人です。そのため出陣式に出席しました。
出陣式を見ながら、私の亡き父親が50年以上前に立候補して3期ばかり町議会議員をしていたことを思い出しました。当時は今とは違って、裏で票が売られていたとの話を聞きました。また票を集めるとのことで小銭をせびられたこともあったようです。今は法律が厳格になりそのようなことできません。
懐かしく思いながら宣伝カーを見送りました。
選挙の宣伝カーを見送った後、急遽タイヤを冬用に交換
出陣式の最中、雲行きが怪しくなりアラレや雪が大量に降り始めました。出陣式が終わるとすぐに我家に帰り、急遽車のタイヤを冬用のスタッドレスタイヤに交換しました。アラレや雪が降りしきる中、かじかむ手で車を持ち上げたり、タイヤを取り外ししたり、タイヤを運んだりしました。
今年も雪が積もることはなさそうですが、タイヤを交換したことによってこの冬も安心して車を運転できます。いつタイヤ交換しようかと迷っていましたが、これで気持が楽になりました。
雨とアラレの中で出陣式 車をジャッキで持ち上げ ナットを締め付ける
普通の渋柿は10月に収穫して干柿にします。今回食べ頃になった干柿は12月に収穫して皮を剥いて干柿にしました。12月に干すためお酒をかけたりするような消毒が必要ありません。干してから一ヶ月半美味しそうな干柿に仕上がりました。
晩生渋柿の皮を剥いて干し、ようやく食べ頃になった干柿
元々は大きく丸い渋柿でしたが、干すにつれて萎れました。そして、細長くなって食べ頃になりました。食べてみると甘くとても美味しいのです。この干し柿は我家のヒットです。
柔らかく干し上がった干柿 食べてみると絶品の味
去年の春に我家に住み始めた日本ミツバチ、初めての冬越しです。真冬は巣箱の中でじっとしているのかと思っていたら違いました。日差しが強い日は巣箱が温まるのか、たくさんのミツバチ達が巣門を出入りしています。
帰って来るミツバチの足には黄色の花粉がたくさん付いています。冬に咲く山茶花や椿などの花を訪れているのでしょう。3月に分蜂するとのことです。ミツバチをもう2箱位飼ってみたいと思います。その2箱の巣箱を作ってみようと思います。
日差しが強く暖かい日、せっせと花粉や蜜集めをしているミツバチ
大岩の場所で30分位でしょうか、昼食兼休憩をとりました。日差しが柔らかくしかも風も吹かなかったため、大岩を背後にして穏やかに過ごせました。休憩をとりながら皆さんと近況について談笑しました。私の同級生が多く参加していたため、年齢的にどうしても親の介護や健康寿命などの話題が多くなります。健康寿命に達している私としては、こうして元気に歩くことができしかも楽しく会話ができる仲間がいることに感謝しています。
大岩を背後にして談笑しながら昼食兼休憩
大岩での楽しい休憩が終わると、次の史跡に向かって歩きました。まず竹重地区の道路わきにあるお地蔵様を訪れました。以前訪れた時には背後に稲が植えてあったのに、今はその田んぼが地面になっていました。いずれ宅地になるのでしょうか。
続いて奈良地区に入り西法寺に行きました。このお寺は元々は庵だったようです。その昔尼さんでも住んでいたのかも知れません。南平和霊場六番箇所札所でしたので、かつては巡礼者が多かったに違いありません。そして、地元の方々がその巡礼者をもてなしたと思われます。
竹重地区のお地蔵様 奈良地区の西方寺 立ち寄った麻郷公民館
西法寺を参拝し終わると麻郷公民館に向かって歩きました。麻郷小学校が見え始めた時、同級生N君が焚火をしているのが見えました。少しの間立ち寄って談笑しました。
その後麻郷公民館に立ち寄り少しの間休憩を取りました。麻郷公民館からはひたすらスタート地点の交流館に向かって歩きました。一部を除いて歩道を歩きました。ここ10年位の間にずいぶんと歩道が整備されました。車に気を使わずのんびり歩くことができます。30分位歩いて交流館に着きました。参加された方々お疲れ様でした。程よい疲れで夜はぐっすり寝ることができました。
田布施町麻郷奥周辺の史跡巡りウォーキングコース
芭蕉(バナナとも言う?)が冬の寒さですっかり枯れていました。実は、冬枯れする前に葉を採集して干すのをすっかり忘れていたのです。干した芭蕉の葉軸は、ほぼろや買物籠の手さげ紐などに使えます。実際、去年の今頃三つ編みして手提げ紐にしました。
沖縄では芭蕉の繊維を取り出して芭蕉布にするそうです。布にすることはできなくても撚れば手触りの良い紐になります。太めの紐として重宝します。
枯れた芭蕉の茎を切り倒して葉軸を取り出す
遅くなってしまいましたが枯れた葉を採集しました。芭蕉の茎をぼんぼん切り倒した後、枯れた葉だけを採集しました。そして、紐にできる葉軸だけを取り出しました。折れた箇所の葉軸は使えませんが残りの葉軸を紐にできます。取り出した葉軸を軒下に置いて乾燥しています。
倒した芭蕉の茎を並べる 枯れた葉から取り出した葉軸
薪(たきぎ)を集めに行きました。木の下にはいろんな枝が落ちています。細い枝や太い枝を集めました。焚火や薪ストーブで燃やす時、最初は細い枝を燃やしてだんだんと太い枝を燃やします。最後に斧で割った 樹の幹を燃やします。太い枝や薪を燃やすと火力が持続するのです。
拾った薪は大き目の布袋に入れて我家に運びました。天気が良い日はで薪ストーブを燃やさなくても日差しだけで暖かいです。曇り空や雪になった時、集めた薪を燃やして暖を取ろうと思います。ついでにお湯を沸かしたりピザでも焼こうかと思っています。
焚火や薪ストーブで燃やすための薪(たきぎ)を拾う
たきぎを拾うのにはもう一つ目的があります。木の下に枝が落ちたままだと耕運機で耕せません。木の枝がロータリーに絡まってしまうのです。樹の下をスムーズに耕すためにも薪拾いは欠かせないのです。
落ちていた枝は雨風に当たっています。そのため、半ば朽ちた枝も少なくありません。それらをまとめてチェーンソーで30cm位の長さに切りました。30cm位が薪として使いやすいのです。山にはまだまだたくさんの木が生えています。この冬の間にできるだけ薪を拾うつもりです。
樹から落ちた枝を集める 切った枝を大き目の袋に入れる
今年最初の史跡巡りウォーキングをしてきました。12月に下見ウォーキングをしましたが、ほぼ同じコースをたどりました。久しぶりに田布施町交流館に集合して10:00きっかりに歩きだしました。最初に訪れたのは西条稲荷神社です。私は何度かこの神社を訪れましたが、皆さんを案内したのは初めてです。城電気に接する山の頂上に鎮座しています。参道は落葉が少しあるだけで綺麗に掃除されていました。お社は何年か前に建て替えられたとのことです。地元の方々に大事にされているのでしょう。
今年最初に訪れた西条稲荷神社、綺麗に管理されている
西条稲荷神社を過ぎると奈良の大岩に向かって歩きました。途中、古い街道記念碑が建っていました。石の記念碑は風化しており建立した人々の名前は読めました。しかし、建立年月は読めませんでした。おそらく明治時代に建てられたのではないかと思います。
田布施町交流館 古い街道記念碑 やっと着いた奈良の大岩
街道記念碑を過ぎて山の間の道に入りました。しばらく歩くと奈良の大岩に到着しました。この大岩について、地元の小学校で由来や伝説をお話しをたことがあります。また、この大岩の鉱物名やなぜ丸いのかなども含めて2時間位お話をしました。
大岩の周りを見回った後に腰を下ろして昼食兼休憩をとりました。
田布施町麻郷奥周辺の史跡巡りウォーキングコース
久し振りに竹を伐採して細い竹杭やU字支柱の材料を作りました。目的は二つあります。一つは主に夏なのですが、生い茂った草に隠れた幹などの場所を示す杭です。草刈り時に刈刃を当てないためです。もう一つは、畑の畝に寒冷紗などを掛ける時のU字支柱です。
竹林に行って使えそうな竹を選びます。あまりに太い竹は割るのが大変です。そのため、細からず太からずの竹で、しかも枝が多く生えていない竹を選びます。伐採する竹を選ぶとノコギリで根元を切ります。
竹杭やU字支柱にするため、割った竹を加工中
竹の根元を切るのですが、倒す方向を考えながら切ります。実際には周りの竹に支えられて倒れることはまずありません。引っ張り出しやすい方向を考えながら切ります。切れると根元を引っ張りながら広場に引っ張っていきます。そして、1,5m位の長さに切ります。枝も切り払います。
根元をノコギリで切る 1.5mごとに切り揃える 竹割り器で割る
次に1.5m位に切りそろえた竹を竹割り器で割ります。竹の根元側は厚いため力を入れないとスムーズに割れません。最初は木槌を竹割り器に叩き込んで割り進みます。続いて竹割り器を押さえ込むようにして割ります。細い竹杭の出来上がりです。
その細い竹杭の先端を鉈で尖らせます。地中に差し込みやすくするためです。尖らせるついでに節を鉈で切り落とします。今回はできませんでしたが、、草刈り中に見つけやすいように細い竹杭に赤いリボンを取り付けます。リボンでなくても赤い塗料を塗ってもかまいません。
竹割り器で12分割 割り終わった竹 鉈で先端を尖らせる
真夏は猛暑で草刈りがほとんどできません、そのため、夏放置した草場を冬に刈ることが増えました。今回は麦畑脇を草刈機で刈りました。冬なので草は枯れています。その枯れた草をどんどん刈っていきました。冬なので寒いはずですが体を動かしていると快適です。真夏と大違いです。しかし、夏に伸び切った草は背が高いため一度には刈れません。二段か三段刈りをします。
背が伸びた枯草を次々に草刈機で刈り取る
ところで、枯草だけならば容易に刈ることができます。しかし、実際には枯草に絡みついた蔓があるので大変です。蔓が草刈機に巻き付いたりします。その蔓を外すのに手間がかかりました。あともう一つ厄介なのは枯草の下に枯れた幹や枯れ枝が忍んでいることです。草刈機の回転刃が突き刺さることがあります。こうなると草刈機のエンジンを止めて枯れ枝から回転刃を取り外さなければなりません。気候は快適なのですが草刈り作業そのものは楽ではないのです。
木の幹近くは注意しながら刈る 枯草をほぼ完全に刈り終わる
去年、暖竹が籠作りに使えることを初めて知りました。その後、お粗末ながら簡単な籠を試作してみました。今回、穂がまだ残っている暖竹を少し採集してきました。
暖竹は海岸沿いの崖に多く生えています。潮風に強いのでしょう。もともとは海岸のどこにでも生えていたようですが、道路などを作る過程で伐採されてしまったようです。そのため、開発がされていない過疎な海岸に残っています。
暖竹を調べていて気が付いたのは、暖竹に多少の品種的な違いがあることです。暇を見ては籠細工に適した品種の暖竹を探そうと思います。
十字状に交差した釘を使って四等分に裂いている暖竹
暖竹にはいろいろな太さがあります。細めの暖竹は私が持っている笹割り機が使えます。しかし、太い暖竹はナイフを使うか十字にした釘を使ってでしか裂くことができないようです。裂き方を覚えた上で、効率的に薄く皮を剥ぐ方法を考えたいものです。もちろんナイフ一本で地道に裂いて剥ぐのもいいです。
笹を六等分する治具 釘を十字に交差 ナイフで暖竹を裂く
以前笹を加工したことがありますが、暖竹は段違いに柔らかいです。そのため裂いたり剥いだりの加工が比較的容易です。今後は籠に加工しやすい暖竹の品種を見つけることと、効率的に裂いたり剥いだりする方法を見つけたいと思っています。
ほぼろなどのわら細工を主に、時間が空いた時に暖竹細工などもしたいと思っています。欲張りですが。
十字にした釘で暖竹を裂く 四等分に裂かれた暖竹
クラッチワイヤーを交換した後に耕運機の動作確認をしました。しばらくぶりに燃料タンクにガソリンを給油しました。そして、エンジンスイッチをONして、チョークを入れて、そして始動ロープを引きました。すると二回目にエンジンがすんなりとかかりました。これで耕運機が治ったと思ったら大間違いでした。
なんと、エンジンスイッチを切ってもエンジンが止まらないのです。今度はスイッチが故障したのかと思いました。そこでスイッチ周りを調べると原因は私でした。クラッチレバーを交換する時にスイッチカバーが邪魔でした。その時にアースを外したままだったのです。初心者的な間違いです。
クラッチレバー交換後にベルトを元の位置に戻す
今度はエンジンスイッチの修繕です。スイッチから伸びるアース線を元のようにネジに取り付けました。しかしながら、アース線が錆びていたのか、なかなかアースが取れません。アースしたと思ってエンジンをかけると、やはりエンジンが止まらないのです。仕方がないのでアース線の先端をヤスリで磨いて金属面を出しました。そうすることによってようやく、アース線が繋がりました。その結果、エンジンを止めることができるようになりました。
元に戻したベルト ガソリンをタンクに入れる クラッチ動作の確認
これで耕運機の修理が終わりました。これで、動かせる耕運機は二台となりました。そのため、一台が故障してももう一台があるので心配ありません。今回修理した耕運機で、春に種まきをする予定の畑を耕しておきました。広い畑ではトラクターが効率が良いのですが、我家前の狭い畑は耕運機の方が使いやすいです。
アースをし忘れたコードの終端 春に種をまく予定の畑を耕す
今年最初の小学校の放課後学習 成器塾がありました。今年度はあと三コマで終わります。その残り三コマを使ってクルミの皮細工をします。去年の夏にクルミの樹を剥いで採種した皮を使って籠を作ります。小学生が作るので簡単な籠にしました。去年試作したクルミのミニ籠です。ちゃんと作ることができるでしょうか。
三コマ目が今年度最後の放課後学習になりますが、その後に今年度作った刺し子や草木染めなどの作品を小学校に展示するそうです。絵手紙なども作品を展示するそうです。また人形劇などは練習の成果を発表するとか。
籠の底を編み終わると側面を立ち上げる
最初は前回の毛糸の段ボール織りの最後の仕上げをしました。それが終わると、クルミの皮を使ったミニ籠作りに入りました。ところで、クルミの皮は採集した時は柔らかいのですが、乾いてくるとカチカチに硬くなります。そのため、放課後学習が始まる前に水に浸して柔らかくしておきました。樹の皮なのですが獣の皮のように柔らかくなります。その皮に線を引いてハサミで切り、クルミの皮を帯状に加工します。
皮を事前に水に浸す 皮に2cmの筋を引く 線に沿ってハサミで切る
皮が帯状になるとその皮を互い違いになるように組みます。いわゆる平織り状に組み合わせます。途中解けないように押しピンで刺しておきます。正方形に編み終わると、余った皮の帯を上に立ち上げます。今回は立ち上げの途中で時間が来てしまいました。残り2コマでミニ籠を作ります。この様子では予定通り3コマ目で完成できそうです。
平織り状に皮を編み込む 隙間が無いように皮を詰める
11月下旬に種まきをした小麦の麦踏みをしました。鳩などに種を少し食べられていましたが、それほど大きな被害ではありませんでした。真冬のためか背は低いままです。その小麦をのんびりと日差しを浴びながら両足で踏みました。
麦畑の面積が広い場合は耕運機のタイヤで踏むことがあります。しかし、今年は狭く例年の2/3位なのでもっぱら足で麦踏みしました。ややぬかるんでいたため、靴の裏に土が重なって重くなりました。しかし、麦踏みに困るほどではありませでした。
暖かい日差しを浴びながらのんびりと麦踏み
よく子供達を呼んで麦踏みしてもらいましたが今年はまだです。2月下旬に5歳の孫が田布施にやってくるので初体験してもらおうと思います。うまく踏めるでしょうか。
ところで、昔はどこでも麦を作っていました。私が小学生時代、通学途中に麦踏みしている姿をよく見たものです。麦の他にナタネもたくさん栽培していました。そのナタネ、春になって枯れるとその実を取ります。そして、その実から菜種油を取っていたものです。今は麦踏みやナタネ栽培を見ることが無くなりました。昭和の時代は遠くになりました。
うっすらと見える小麦 よく茂った小麦 両足で交互に小麦を踏む