里芋,スイカ,マクワウリを栽培した畑は今、枯れた野菜の茎葉に加えて枯草が生い茂っています。春の野良仕事に備えて整理しました。この畑は日当たりは良くありませんが、雑草だけは元気に生えました。セイタカアワダチソウのような背が高い枯草がたくさん残っています。草刈機では時間がかかりますし細かく細断できません。そこで、ハンマーナイフモアを使って枯草を刈ると同時に細断しました。
ハンマーナイフモアを使って、枯草を刈ると同時に細断
蔓や紐やビニールが畑に残っていると、ハンマーナイフモアの回転刃にを巻き込むことがあります。そのため、草刈りする前に畑全体を歩いて蔓や紐が畑に残っていないか調べました。何もないことを確認して、ハンマーナイフモアで草刈りを始めました。
野良タケノコが生えた箇所は地面が凸凹しています。そのような場所は、ハンマーナイフモアが左右に大きく揺れて枯草がとても刈りにくいです。それでも1時間程度作業すると畑が綺麗になりました。後日、耕運機で耕そうと思います。
たくさん茂った雑草 ハンマーナイフモア もうすぐ草刈り完了
草刈りをしていると、カヤネズミが何匹か逃げるように飛び出てきました。そのカヤネズミを1匹捕まえてみました。カヤネズミは、野ネズミやハツカネズミのように大きくありません。親指位の大きさの可愛い小型ネズミです。飼おうかなと思いましたが、籠を持ってきていなかったため逃がしました。
我家の周りには、カヤネズミ以外にもイノシシ,タヌキ,イタチ,キツネなどの野生動物がたくさん住んでいます。これらの獣に加えて、野鳥や昆虫もたくさん住んでいます。木々に囲まれ、星空も綺麗です。自然にあふれている我家に乾杯!
1時間位で枯草を刈り取り完 愛くるしいカヤネズミ
もうすぐ3月になりますが、今の時期は冬野菜と春野菜が同じ畑に混在しています。冬野菜をどんどん食べつくしてから、春野菜を収穫できるのを待ちます。また、夏野菜の種まきをする野良仕事があります。今は、野菜の冬春夏の交代時期にあたると言えます。春野菜で今年一番期待しているのはとう(花芽)を食べる野菜です。野菜のとうを食べるのですが、次々にとうが立つためうっかり収穫を忘れているとすぐに花になります。同じような野菜に、山口県産品種の「はなっこりー」があります。
3月になると、とうを次々に収穫しては食べる
とうを食べる野菜を三種類栽培しています。その他の春野菜には、絹さやエンドウ、グリーンピースがあります。3月末には支柱を立てる必要があります。ソラマメも育っています。3月末には倒れないように支柱を立てるか紐を張っておく必要があります。ネギの仲間では、わけぎがだいぶ分げつしました。春になると、根茎を収穫して天日乾燥しておく必要があります。
とうが立ち始める 分げつが進んだわけぎ 大きくなったソラマメ
同じくネギの仲間では、ニンニクもだいぶ大きく育ちました。葉が地面に沿うように広がりました。今後さらに葉が広がり球根が大きくなります。初夏に収穫して天日乾燥します。その球根をニンニク料理として食べます。長ネギは今は葉が霜で傷んでいますが、3月になると新しい葉が次々に出てきます。また、茎がたくさん分げつします。そのまま収穫して食べてもいいですし、干しネギにして初夏に植えても良いかも知れません。
野菜をどう育てて、どう収穫して、どう食べて、どう保存しようか、など考えるのは楽しいものです。
葉が広がり始めたニンニク 3月には収穫ができそう長ネギ
次にシャーシの真空管を抜いてみました。そして、その真空管の型名を調べてみました。型名が分からないと、その真空管の規格が分からず修理もおぼつきませんので。まず、驚いたのはフィラメント電圧が2.5Vなのです。私が中学生時代に扱った真空管はどれも6.3Vでした。2.5Vで覚えているのは、2A3と呼ばれるオーディオ増幅用の著名な真空管ぐらいです。この真空管ラジオは、もしかして昭和20年以前に製造されたラジオではないかと思われます。そもそも真空管が4本しか使われてしませんし、中間周波トランスを使っておらずスーパー方式ではないラジオです。ちなみに、私は中学生時代の技術家庭科の授業で、ST管を使った再生方式の並三ラジオを組み立てたことがあります。それによく似ています。
同調コイルと真空管(UZ58A)グリッド間のコード外れ
まずは、使われている4本の真空管を調べてみました。すると、同調と高周波増幅は五極管UZ58A,同調再生と検波は五極管UZ57,低周波増幅は五極管3YP1,そして整流管として二極管KX12Fでした。これらの真空管は、私が中学生の頃に使っていた真空管6D6,6C6,6Z-DH3AそしてKX-12FKに相当するするのではないかと思います。違いはフィラメント電圧とカソードが直熱か傍熱かの違いです。
さて、初段の真空管UZ58Aの第一グリッド,バリコン,そして同調コイルを繋ぐ線が切れていました。原因は同調コイルのハトメが折れているか半田が外れているようでした。これは簡単に直せそうです。
使われていた真空管(ST管)5本 UZ58Aのソケットのピン配置
使われている真空管はST管です。この真空管はソケットのピンの数や配置がバラバラです。二極管KX12Fではピンの数は3本です。七極管6WC5ではピンの数は6本でさらにグリッドピンが頭頂に付いています。真空管の歴史で言えば、ナス管、ST管、GT管,ミニチュア管,サブミニチュア管と進歩しました。最後に作られた真空管はトランジスタに対抗して作られたニュービスタ管です。しかし、このニュービスタ管でさえトランジスタに負けてしまいました。真空管はフィラメントを使うため熱効率がトランジスタと比べて圧倒的に悪いのです。しかし、電子レンジなど限られた用途に今でも真空管が使われています。
昭和10~30年代に使われたST管の規格表
ちなみに、真空管UZ58Aは高周波増幅もしますが可変増幅管として使えます。可変増幅とはグリッドのバイアス電圧を変化させて増幅度を変える機能です。下図のBでは増幅率が低く、Aでは増幅率が高くなります。この例では、グリッドのバイアス電圧-6Vを-2Vにすると増幅率がぐっと上がります。下の左の真空管はそのようなできません。グリッドの形状を変えることによって可変増幅機能を持たせています。
ちなみに、トランジスタでも似たようなことができます。リバースAGCやフォワードAGCと呼ばれ、バイアス電流を増減させて増幅率を変えます。なお、真空管やFET(電界効果トランジスタ)は電圧がバイアスですが、通常のトランジスタは電流がバイアスです。
左は普通の増幅管の特性、右は可変増幅管の特性
春の種まきに備えて、各畑を次々に耕しています。今回は、この春に種をまく予定の綿や亜麻の畑を耕運機で耕しました。この畑は、4年ほど前に白綿(長毛種の洋綿バルバゼンセ)を栽培したことがあります。連作障害があるのではないかと、以降はこの畑で他の植物を栽培していました。ちなみに、去年はサトウキビを栽培していました。ところで、私が紡いでいる繊維のうち、羊毛は主に田布施農工高校の羊を使い、綿は自分で栽培している白綿,緑綿,茶綿です。なお、この春に4年ぶりに亜麻(リネン)も栽培してみようかと思っています。
軽く除草後、綿と亜麻を栽培する予定の畑を耕運
耕運機で耕す前に、低い雑草を草刈機で軽く除草しました。その上で、耕運機を農機具小屋から出してロータリーを回しながら耕しました。南北に長い畑ですので、車軸耕運ではなくロータリー耕運をしました。一部のサトウキビは、越冬するかも知れないので畑に残しておきました。ところで、綿を紡ぐのはまだ経験不足ですので、より細い糸を紡ぐことができません。上手に紡げるように、暇があれば練習しようと思います。
軽く除草後、耕運機で丁寧に耕運 数株ほどサトウキビを畑に残す
雪が横なぐりに降る中を、ぶるぶる震えながら史跡巡りウォーキングをしました。2月は1年で一番寒いシーズンなので仕方ありません。下見の時も寒かったですが、本番である今回の方がさらに寒かったです。さて、9:30にJR田布施駅に集合し、9:41発の電車に乗りました。そして、JR柳井駅で二人と合流しました。そして、9:53にJR大畠駅に着き10:00に9人で出発しました。
下見で入念に史跡の場所を確認しておいたため、予定より早く史跡を巡ることができました。休憩すると凍えるためほとんど休憩しないで歩いたことも、史跡巡りが早く終わった理由だと思います。14時までに予定の史跡を巡り終えました。
相撲場がある鳴門神社を参拝
JR大畠駅を出ると、かつて遮断機があった場所で線路を横断しました。私が子供の頃、この遮断機でよく渋滞が起きていました。遮断機があった場所は、今はとても静かです。かつては賑やかであっただろう商店街跡がありました。日曜日のため観光協会へは寄りませんでした。最初に線路脇にあるお地蔵様1を訪ねました。近くに住む方にお地蔵様について尋ねましたが、知らないとのことでした。お地蔵様1がある場所は、小さな踏切(瀬戸町踏切)が線路を横断しています。昔、事故でもあったのでしょうか。事故で亡くなった方を弔うお地蔵様のお話をよく聞きますので。
JR大畠駅を出発 踏切脇のお地蔵様1 石神港のトイレ兼展望台
続いて、大畠と大島小松港を結んでいた大島桟橋跡を見ました。昭和51年に大島大橋が開通した時に、この大島桟橋は廃止されたようです。大島大橋が開通した時、私は会社に入社して二年目でした。帰省した時に開通したばかりの大島大橋を歩いて渡ったことがあります。続いて石神港にあるトイレ兼展望台に行きました。展望台に上って大島大橋を望みました。
石神港近くの小さな神社 鳴門神社参拝のため石段を登る
その後、小さな神社を訪れてから鳴門神社に向かいました。この神社は俄祭りが有名とのことです。下見時に見たお神輿が拝殿に三基置いてありました。鳴門神社の周りを散策してみました。すると、拝殿の後に大師堂がありました。地元の方々が集まるのでしょう。そして、稲荷大明神もありました。興味を引いたのは、鳴門神社前広場に土俵があることです。今は使われていないようですが、お祭り時に神事として相撲大会が開催されていたと思われます。
柳井市大畠周辺の史跡巡りをしたウォーキングルート
使っている手回し式ミシンの調子が悪いので修繕しました。一番の問題はボビンに糸を巻きつける箇所です。長い間にゴムの輪が硬くなり摩擦が無くなったのか回りにくくなりました。手でぎゅっと押さえないと回らないのです。これまで、そのような時はゴムを紙やすりで擦って直していました。先日、地元のミシン修理屋さんに行って、そのゴム製品を購入することができました。ゴムを取り替えた後、ボビンがよく回るように微調整しておきました。そして、ミシンの何ヶ所かに油を差しておきました。
手回し式ミシンを修繕後にボビンに糸を巻く
そのゴム部品を購入したのは、柳井市のサンビーム柳井近くにある山崎ミシン商会です。来年の史跡巡りウォーキングの候補を調べている時に立ち寄りました。すると、店主が這いずりながら出て行きました。ご高齢のためか、転倒して足腰を痛めて歩けなくなったそうです。店内には分解したいろいろなミシンが置いてありました。探していたゴム部品がありましたので即購入しました。私が愛用しているのと同じ手回し式ミシンも展示してありました。店主がおっしゃるには「最近はミシンを売るばかりで責任もって修理する店がない」と不満を漏らしておられました。
立ち寄った山崎ミシン 交換前のゴム製品 交換のため取り外す
私も最近思うのですが、店主がおっしゃるように修理できる技術を持った店が無くなりました。修理するよりも新しく購入する使い捨ての社会になってしまいました。マイクロプラスチック公害もそのような社会が原因の一つだと思います。もったいない精神は死んだも同然です。何でも修理してしまう私のような人は、今や変わり者かも知れません。あまりの社会の変わりように、ため息をついてしまいます。
右が新しく購入したゴム製品 新しいゴムに取り替え後
その後、編機で座布団の表になる毛糸布を編みました。順調に編んでいると、最後5cm位残したところで突然毛糸が切れてしまいました。手紡ぎのために弱い箇所があり切れてしまったのしょう。切れたことに気が付いたのは、切れた箇所が編機から外れてしまい編めなくなったためです。修復の方法をまだよく知らないため、40cmの長さに編む予定のところを、35cmの長さで済ませることにしました。つまり、40cm x 40cmではなく、35cm x 35cmの座布団で済ませることにしました。
ようやく編むことができた座布団(35 x 35cm)の表側
もう一つ、間違えたことが明らかになりました。横幅を40cmに設定して編みましたが、編み上がって編機から取り外すと40cmから30cmに縮んでしまいました。友達に聞くと、縮みを考慮して編むのだそうです。つまり、40cmの横幅にしたければ52cm(40cm x 1.3 )で編めば良かったのだとか。もう編んでしまったので、30cmを35cmに引き伸ばして座布団にしようと思います。織りはそれほど縮みませんが、編みがこれほど縮むとは思いませんでした。
毛糸玉から毛糸を引出す 20cm位編み進む 30cm位編み進む
編み終わった毛糸布を取りだすと、末端がほつれないように末端処理として針を使ってほつれ止めの編込みをしました。その後、低温にセットしたアイロンとスプレーで伸ばしました。一種のスチームアイロン処理です。その結果、はからずも35cm x30cmの毛糸布が完成しました。今後は、再度毛糸を手紡ぎして,藍染めして,編んで,座布団の裏にする毛糸布を作ろうと思います。なかなか座布団完成までに至りませんが、空いた時間を利用しながら完成に近づけようと思います。
末端処理:ほつれ止め用の編み込み 完成した35cm x30cmの毛糸布
雪がちらちら風に舞って寒い日が続いています。しかし、どこかの地域で春一番が吹いたとのニュースが流れていました。山口県でももうすぐ春一番が吹くに違いありません。そうなれば、我家の畑も忙しくなります。一番最初に種ジャガイモを植え付けます。それから、まだビニールキャップを被せてになりますが春夏野菜の種をまき始めます。また、冬の間に静かにしている小麦やタマネギなどに追肥をやる作業もあります。それらの野良仕事に備えて、畑を整理したり耕したりしています。
寒い中、日差しをあびながら畑を耕す
野菜以外にも種をまいたり植えたりします。夏に花が咲く花や球根です。まだ早いですが、久しぶりに今年は大輪の花が咲くヒマワリの種をまきたいと思っています。以前、花が咲いた後に種を野鳥に食べられてしまったことがあります。それ以来、ヒマワリを育てていません。園芸店に行くと、春に種まきする花や野菜の種がたくさん売っています。どの種をまこうか悩むのも楽しいものです。もうすぐ、簡易温室でナスやピーマンの種をまいて育苗しようと思います。
うっすら草が生える畑 絹さやエンドウを避けて耕運
先日シルバー人材センターにお願いして、たくさんの樹を伐採してもらいました。しかしながら、たくさんの切株が残っています。その切株をどうしたのかと考えています。何もしないと、完全に腐るまでには5~7年はかかると思います。下手をすれば10年位かかるかも知れません。そのため、早く腐らせる方法を思案しています。試しに、切株に穴を開けてみました。その穴に、一つは塩を、二つ目は尿素を、三つめは何もしないで水が溜めてみます。もう一つは、斧でめったやたらに傷をつけてみました。そして、一年間の経過をみようと思います。
ドリルを使って、切株にたくさんの穴を開ける
塩を入れた理由は、塩分で木質部が枯死するのではないかと思いました。尿素を入れた理由は、腐敗菌が活発になるかと思いました。落葉を早く腐らせる時に尿素を混ぜることがあるためです。穴を空けたままにするのは、水が溜まって菌が湧くかと思いました。切株を早く腐らせる薬もをあるようですが、除草剤かも知れないので使わないことにしました。一年を経てどの方法が良いでしょうか。他に方法があるかも知れないので、インターネットでも調べてみようと思います。
空けた穴に尿素を詰め込む たくさんの穴を空けた切株
まだまだ寒い日々が続いていますが、日が当たる午後2時頃はのんびりと畑仕事ができます。今回は、冬春野菜の世話をしました。世話と言っても、主に野菜の間に生えた雑草を取り除きました。また、春が近づいてとうが立ちそうな小松菜などの食べ残した野菜を引き抜きました。一番こまめに作業したのはタマネギです。今年は3種類のタマネギを植えました。早生タマネギ、赤タマネギ、そして種まきから育てた普通のタマネギです。さすがに早生タマネギは成長が他よりも早いです。4月には美味しいタマネギを食べることができそうです。
日向ぼっこしながらタマネギ間の雑草を取る
タマネギは穴あき黒マルチで育てていますが、15年位前はマルチを使わないで育てていました。当時、大学の学生さん達に昔の米作り、古い道具の使い方、野菜作りなどを教えていました。今、40歳位になっているはずで、さぞや素敵なお父さんやお母さんになっていると思います。そう言えば、小学生、中学生、そして高校生達にも昔ながらの古い稲作などを教えました。みんなどんな大人になっているのでしょう。
ところで、タマネギ作りにマルチを使わないと、なんとまあ雑草が生えること!生えること!5月連休は連日草取りに追われていました。そこで、黒マルチを使用するようになってからは雑草を取るのがとても楽になりました。今年収穫する予定のタマネギ、ほとんどを子供や孫に贈ることになりそうです。
だいぶ大きくなった早生タマネギ 根元の雑草を引き抜く
2色の手紡ぎ毛糸が染めあがったため、作りたい座布団の寸法を測りました。私が仕事で使う椅子に合わて座布団を作るため、座る部分の寸法を測りました。すると、縦横で40cm x 40cmの座布団が収まりが良いことが分かりました。そこで、そのサイズで編めるように編機の位置決めをしました。編機の中央から右に20cm、左に20cmに編み針をセットしました。最初に茶色の毛糸から編み始めました。
編機の中央から右に20cm左に20cmで編み始める
編む前に毛糸の号数を編機にセットします。市販されている毛糸は5号(並太)が多いようでが、私が手紡ぎした毛糸の号数が分かりません。5号(並太)の市販毛糸と比較すると、私が紡いだ毛糸は中細のようで2号くらいではないかと思われます。編まれた布に隙間を持たせたいため、5号にセットして編むことにしました。編んだ結果が隙間が空きすぎるようでしたら、号数を3号にセットして編み直ししようかと思いました。
採寸した椅子幅40cm 中央から左右20cm 手紡ぎ号数は2号?
以前市販の毛糸5号で編んでみました。その時はスイスイとキャリッジを左右に動かすだけで編めました。今回は手紡ぎ毛糸のため、細さが均一ではありません。また、弱く切れやすい箇所もあるはずです。そのため、どこかで編み針がかからなくなり編めなくなるのではないかと思いました。さらに、どこかで切れるのではないかと思いました。編み始めてみると、ちゃんと編めるので少し安心しました。
右:私の手紡ぎ毛糸(双糸)、2号? 3段ほど編むが問題なし
2年前にTELEVIAN製の真空管ラジオの修理を始めました。ところが、私が経験したタイプの真空管ラジオではなかったため躊躇していました。そんな中、倉庫を整理していたら、タイプは違いますが同じTELEVIAN製の真空管ラジオが出てきました。10年位前に故障品として手に入れたように思います。同じ製造メーカーなので、これを先に修理してみることにしました。もしかして回路が似ているかも知れません。同じ並四型?真空管ラジオのように見えます。このラジオ、倉庫に10年位放置していたため埃が溜まっていました。この埃を取り除くことから修理を始めました。
TELEVIAN製真空管ラジオPM-8(並四型?)
このラジオを机の上に置いて内部を見ました。すると、電源コードが中に巻かれていました。外に取り出してみると懐かしい布巻線でした。スピーカーに繋げるコードも出てきました。スピーカーから外れていました。ネジが外れていたためスピーカーを取り出すことができました。これまた懐かしいマグネチックスピーカーでした。このスピーカーは音質は悪いのですが、出力トランスが不要です。次にシャーシを取り出しました。
コード類を取り出す マグネチックスピーカー シャーシを取り出す
シャシーも埃だらけでした。シャーシと言えばアルミですが、これは鉄板を折り曲げたものです。もしかして、物が不足していた昭和20年以前に製造されたラジオでしょうか。シャーシには真空管が4本並んでいました。二本は高周波用なのかアルミのシールドケースで覆われていました。1本は低周波増幅用で、1本は直熱型の整流管でした。真空管を丁寧に抜いて綺麗に吹きました。そして、鉾のだらけのシャーシを手帚などを使って綺麗にしました。
並四コイルから外れた線 高周波用の真空管
紡いだ毛糸を編んで座布団を作ろうと思っています。タマネギで染めた毛糸は濃かったのですが、もう片方の毛糸は染めが薄かったです。そのため、紅花で黄色に染め直しました。使った紅花は、畑で収穫した花弁に購入した花弁を加えました。最初、庭に植えてあるクチナシの実を潰して使おうかと思いました。しかし、紅花で黄色の色素で染めました。
この二種類に染めた毛糸で、座布団の表裏を編む
紅花は面白いことに、黄色の色素と紅色の色素を持っています。紅花と言うくらいですから、紅色の色素が古来より珍重されたようです。主産地が東北地方で、黄色の色素を抜いて団子のような形状に固めて京都などに送ったそうです。紅花には、硬く鋭い棘が葉にも茎にも付いています。東京都町田市で紅花から花弁を取り出すボランティア作業をしたことがありますが、軍手をしていても棘が指に刺さるのです。毎年我家で紅花を栽培していますが、今でも棘の扱いには往生しています。
黄色の色素に浸す 染色後に水で洗う 天日で自然乾燥
さて、毛糸を黄色に染めるために紅花の花弁を水に浸しました。数時間浸したままにとておくと、水は黄色の色素が溶け出ます。その黄色の色素が溶けた水に毛糸を浸しました。藍染めのように灰汁や還元剤を使う必要はありません。一番簡単な染色方法ではないかと思います。染色後は水洗いして、余分な色素を洗い流します。その後、天日乾燥すれば染色の完了です。その後、かせくりに掛けて玉巻き器で巻き取れば完成です。この玉巻きした毛糸を編みました。
かせくりに掛けて玉巻器で巻き取り 巻き取りした黄色の毛糸
園芸店に行くと、いろいろな品種の種ジャガイモが並んでいます。以前は男爵とメークインだけでしたが、今はいろいろな色,形,芽の窪み,硬さなどの品種があります。そのため、どれを買おうか迷ってしまいます。今回は細長くて煮崩れしにくく芽の窪みが少ないメークインと、皮の色が赤いシェリーを購入しました。メークインは毎年のように栽培していますが、シェリーは初めてです。カタログによるとサツマイモのような形と色だそうです。またジャガイモの害虫に抵抗性があるとのこと。芽の窪みも比較的少ないようです。
左は赤皮のシェリー、他はメークイン(中はカットせず、右はカット)
赤皮のシェリーは芋が小さかったためそのまま植えます。メークインは大小の芋が混在していました。そのため、大きな芋だけを包丁で二つにカットしました。この時に注意するのは、分割したそれぞれの芋に同じ数の芽を残すことです。一番良いのは芽が二つか三つになるように分割することです。植えた後に芽欠きしなくてよいからです。カットしたメークインは、切り口が乾くように風通しの良い場所に置きました。3月初めに植えようと思います。
メークインを包丁でカット 風通しの良い場所で切り口を乾燥
小麦を育てている畑を久しぶりに耕運機で耕しました。畑の東側は田んぼに面する急斜面の土手になっています。この土手に沿って植えてあるこならを、12月に友達に伐採してもらいました。その伐採後の幹や枝などを整理し終わったため、久しぶりに小麦の世話をすることができたのです。
雑草がうっすらと生えた畑を耕運機で耕しながら、ついでに麦間の除草をしておきました。この小麦、小学校の放課後学習 成器塾で子供達に教えるパスタ料理に使います。
耕運機で、麦畑の除草を兼ねて耕運する
今、我家周りの樹を自分でしたりシルバーに頼んだりして大量に伐採しています。伐採するのは地表ですが、地下に残った根はなかなか腐りません。9年前に自分で伐採した樹の根がようやく腐りました。ざっとみて完全に腐るのに10年はかかります。耕運機のロータリーで伐採跡を乗り越えると、腐った根がぼろぼろと散らかりました。これで畑が数m分広がりました。これまで、この切株が邪魔をして畑を有効に利用できなかったのです。
耕運を開始 切株付近の耕運 もうすぐ耕運終了
今回耕運した畑は、元々は日当たりが良い広々とした畑でした。30年位前でしょうか、亡き父親が干柿用の渋柿をたくさん植えました。近所の方々と協力して、収穫した渋柿を干柿に加工しようとしたようです。その時に植えた渋柿が、今も数本残っています。しかし、最近の温暖化によって渋柿の加工が難しくなりました。そもそも高齢化に伴って加工する人がいなくなったようです。
渋柿を伐採後、亡き父親は今度はシイタケ用のこならをたくさん植林しました。そのこならが育って大木になっています。そのこならを伐採し始めたのが私なのです。伐採したこなら跡に、寒い時期に実がなる渋柿を順次植えています。この渋柿が収穫できるようになれば、九州に行って渋柿を収穫しなくてもよくなります。
まだ背が低い麦のわきを、のんびりと耕運機で耕す