今年初めての精米をしました。精米されたお米(白米)は9分搗きです。このため、所々茶色のお米が混じっているため、販売されているようには真っ白くありません。これは、全くの無農薬のためにカメムシなどがお米を噛んで色が付いたお米が混じってしまったためです。むしろ安全な証明かも知れません。このお米は2月12日に別所小学校でおにぎりパーティーに使われます。
上から玄米を入れると、左下に白米が、右下に糠が分離
昨日までに精米機を修理完了し今日から本格的な精米です。精米機の上部にある大きな漏斗に玄米を投入します。そして、スイッチを入れで玄米を流し始めると、玄米はこすりあわされて白米と糠に分離されます。
上部の漏斗部分に玄米を投入 精米機の操作部(白度を9にセット)
白米ができると同時に糠がでます。この糠は今のところ使用する予定がないため、隣の方にさしあげました。ぬか漬けなどに使えると思います。おにぎりパーティー用には10Kgの白米が必要です。今日は3Kg程度しか精米できなかったため、来週中にはすべての玄米を精米しようと思います。そのうち10Kgを別所小学校に届けようと思います。
精米された右に袋に落ちる白米 たくさんの糠も箱に落ちる
修理中の精米機と工具類(駐車場にて)
まず初めに、玄米をこすり合わせる精米部分が見えるように扉をはずします。扉を固定しているネジを回します。ネジを回して扉を開けると、精米部分を見ることができます。
扉のネジを回す 扉を開けると精米部分が見える
扉を開けて精米部分を見ると玄米がたくさん詰まっていました。特に玄米を投入する入り口付近が硬く詰まっていました。この詰まりを直すには精米部分の網を外して詰まった玄米を去り除くほかありません。
玄米投入口である上部付近に玄米の詰まり
詰まりを直すためには網を外す必要があります。その網を固定しているナットを回していったん網を外します。そして、網を丁寧に小刻みに動かしながら詰まった籾を取り除きました。詰まりを直した後、ナットを元のように固定しました。そして、最後にブラシで周辺のゴミを取り除きました。
網を固定するナットを外す ブラシで精米部分を清掃
精米部分を直してきれいに清掃すると、元のように扉を固定して修理は終わりです。試しに少量の玄米を投入して電源を入れると玄米はきれいに精米されました。明日からは、小学校のおにぎりパーティー用のお米を本格的に精米しようと思います。
修理が終わった精米機(扉を閉める前)
借りた精米機の修理をしました。修理した所は、玄米をこすり合わせる箇所です。その箇所が固着しているため全く動きません。精米するときに米に湿度があったためこすり合わせているときに餅化したためです。よく乾燥させないで精米する時に不用意に電源を停止すると、時々このようなことになります。
もう一つ直したのは、糠を取り出す箱です。直したと言うよりも、汚れていたためにきれいにしました。去年の残りの糠を全部取り出して、石鹸できれいに磨きました。今日は糠を取り出すBOXをきれいに掃除しました。
汚れた糠を取り出す箱 きれいに掃除した箱
去年の12月6日に、古い木製アンカを暫定修理しました。今日は一昨日秋葉原で買ってきたアンカ用の部品を使って最終的な修理をしました。修理といってもネオン球や抵抗を正式な物に交換しただけですが。
今回再修理した木製のアンカ(昭和30年代のナショナル製)
最初、半田ごてを使って暫定的に繋げていたネオン球と抵抗を外しました。続いて買ってきたネオン球と100Kオームの抵抗を繋ぎました。
暫定的に繋いでいたネオン球 新調したネオン球やソケットなど
ネオン球はソケットにねじ込むタイプのため、そのソケットを初めに取り付けました。100ボルト電源のためショートしないように丁寧に交換しました。
交換中のネオン球、ソケット、抵抗など
交換後に100ボルトのコンセントに繋げると、新しいネオン球が橙色に光りました。暫定的に繋げていたものに比べて明るいような気がしました。ちらつきもなく良く光っています。これで、数十年間はこの古い木製アンカが使えます。古いものですが、暖かい木部はなでるほどに暖かく愛着が持てます。
暖かい橙色に光るネオン球
2年ぶりでしょうか秋葉原に行ってきました。目的はコタツを修理するための部品を買うためです。行って見るとJR秋葉原駅はだいぶ変わっていました。駅構内は広くなって、さながら日比谷線、総武線、山手線などの大きな中継駅の様相です。昔は狭苦しい構内でしたが、ずいぶんと広くなりました。券売機の位置も変り戸惑うばかりでした。
相変わらず高架下の電子部品街は賑やか
この街は私が学生だった30年ほど前からよく通っています。当時は電子部品の街でした。いつの間にかラジオ部品がパソコンに、プラモデルがフィギュアに、そして萌えの街になりました。ずいぶんと変りました。まずは学生時代からずっと通っているラジオデパートと秋月電子に行きました。
今もあるラジオデパート 電子部品の秋月電子
秋葉原で一番賑やかな九十九電機前の通り(九十九電機は倒産し経営再建中とか)。この通りはいつ行っても人ごみです。電子部品、パソコン、萌えのお姉さんもたくさん歩いていました。
九十九電機から石丸電器にかけての賑やかな通り
今年初めての籾摺りをしました。最初鈴木牧場でする予定でしたが、電源が落ちていたため籾摺り機が使えませんでした。ヒューズを直したりしましたが、どこが悪いのか電源の100Vが来ませんでした。やむなく軽トラックでY氏の家に籾摺り機を運んで籾摺りしました。
Y氏宅に置いた籾摺り機と、籾摺りするY氏
昼間とても天気が良かったため麦畑で麦ふみをしました。明るく暖かい日差しのなか、二人加わって楽しく麦ふみをしました。今年蒔いた麦の品種は、小麦と裸麦です。大麦、二条大麦、ライ麦は今年は作りませんでした。
楽しく麦むみをしているYさんとⅠさん
大規模な麦畑では、耕運機やトラクターのうしろに重いローラーを付けて麦を押し付けるようにします。しかし、この畑のような小規模な麦畑では昔ながらに足踏みしながら人の重さで麦を押し付けます。小刻みに足踏みするとちょっとした運動になります。
麦むみして倒れた麦、でもじきに起き上がります
田舎に帰ってからの二日目、午前中は大星山に登ってみました。去年の夏、2機だった風車がずいぶんと増えていました(6機かな)。山の尾根に沿って風車が並んでいました。風が弱かったので羽が回っていませでしたが、風車の真下から見上げるとその高さは圧巻です。
風車の向こうに見える田布施町の麻郷
あちこちを散策していると体が冷えてきたので、家に戻りました。戻ると、近くの山に行ってしいたけのほだ木作りをしました。原木である楢の木をチェーンソーを使って切り出しました。枝を落として幹を90cmごとに切りそろえました。
使ったチェーンソー 90cmごとに切った幹
ほだ木を作った後、山のふもとにでしいたけを収穫しました。この冬は雨や雪が降らないので成長が遅いとのこと。見ると、ほだ木の根元にあるしいたけは地中の水分を吸って大きく成長していました。しかし、上になるほど乾燥の影響か小さなものしかありませんでした。
収穫直前のしいたけ、乾燥の影響で小ぶり
冬の暖かい日差しが差し込む山の小道
午後、平生のレストランで小学校の2回目の同窓会の打ち合わせをしました。会議の結果、来年の8月に開催すること,打ち合わせのメンバーを2名追加することなどを決めました。打ち合わせしながら同級生達と歓談しました。
打ち合わせから帰ると、去年の夏に東京から持って帰ったトラクターを試運転してみました。最初バッテリーが弱っていましたが、充電すると一発エンジンがかかりました。私がこの田舎に帰った時に本格的に使うつもりの農機具の一つです。
去年の夏、トラックで東京から運搬したトラクター
約半年ぶりに山口県へ帰省しました。半年前の夏に帰ったときはトラックを運転して帰りましたが、その時は約1000km(15時間)も運転してとても疲れました。燃料費も高騰中だったため時間もお金もかかりました。
今回は新幹線で帰りました。正月勤務後の帰省ラッシュを避けての帰りのため混雑はありませんでした。運転することを考えると、とても楽チンな帰省でした。
新横浜から乗ったのぞみ号(13:55)
子供の頃に田舎から東京に行くためには、広島から東京まで特急こだまに乗りました。新幹線がない頃でしたので、片道12時間はかかったでしょうか。急行の場合で16時間位でしょうか。その後新幹線ができました。今回東京から広島まで4時間位でした。早くなったものです。
夕暮れ、もうすぐ広島駅 広島からレールスターに乗り換え