今の時期、山はどんどん変化しています。楢やクヌギのような落葉樹は葉が落ちて、太陽の日差しが地表に届くようになります。落葉が雪のようにはらはらと落ちている林、そのような地表に体を横たえることが子供のころから好きでした。落葉のかさかさ言う音を聞きながら、木々の間から見える空を見上げます。すると、青空をゆうゆうと動いている雲が生き物のようにみえます。
はらはら落ちる落葉に耳をすませ、木々の間の空を見上げる
静かに空を見上げていると、落葉の以外の音もどんどん耳に入ってきます。風の音、葉や枝が擦れる音、そして、キツツキが幹をつつく音や鳥の鳴き声なども聞こえ始めます。かつての人間は、自然の音に囲まれて生きていました。今は自動車,電車,モーターなどの人工の音に囲まれてしまいました。太古からの音に耳をすますと、何故だか心がいやされます。
葉が落ちた明るい林の中 ここに仰向けになり耳をすます
足踏み糸紡ぎ機の修理と調整が終わりました。古い機械でしたので、手に入らない部品がありました。そのような部品は、別の部品で代用したり自作しました。この紡ぎ機の特徴は、はずみ車と糸巻きボビンを二重の紐で回すことです。そのため、ちゃんと調整しないと紐が外れやすくなります。ところで、はずみ車に水で濡れた痕跡がありましたが、大きなひずみなどが無かったことが幸いでした。カーディングした羊毛をかろやかに紡ぐことができるようになりました。
試しに紡いで、紡ぎ機の調整や使い勝手確認
最初に修理した所は、はずみ車の中心軸を支える軸受けでした。二つの楔が抜けているようでした。楔のような部品はどこにも売っていません。そのため、ノコギリで板を切って適度な楔を作りました。できあがった楔を金槌で打ち込むと、うまい具合にはまりました。これで、はずみ車の中心軸がぐらつくことが無くなりました。
自作中の二つの楔 楔を金槌で打ち込む 二ヶ所に楔を打ち込む
次に直したのは、糸巻き部を支えるボルトナットです。錆びておりしかもワッシャが無くなっていたため、新たに購入して新調しておきました。続いて直したのは、足踏みの往復運動を、はずみ車の回転運動に変えるクランクシャフトです。ピンが無くなっていたため、針金で代用していましたが、ちゃんとしたピンに変えました。これで大きな修理は終わりました。糸が滑らないようにスリップ止めのワックスを塗っておきました。
新調ボルトナット類 支柱のピンも新調 スリップ止めワックス
その後、実際に糸を紡ぎながら各部を調整ししました。一番難しいのは、紐が外れない角度に糸巻ボビン部を置くことです。その角度は、糸巻ボビンの軸とはずみ車の中心軸が平行になり、かつ糸巻ボビンにかける二本の糸の中心が、はずみ車軸の中央に位置することです。ボルトナットを緩めながら、しじわじわ位置決めをします。これを綺麗に合わせると、紐が外れずにかろやかに糸紡ぎすることができます。この調整が、この足踏み糸紡ぎ機の一番のきもです。修理できて調整できたので、嬉しい気持ちになりました。
糸巻きボビンに紐を掛ける 何度も糸を紡いで調整
しばらく綿畑に行っていませんでした。今回、少しの時間ですが綿畑に行ってみました。すると、たくさんの綿がはじけていました。そして、風で飛んだ綿が少なくありませんでした。地上に落ちたり、近くの雑草に引っかかっていました。地上に落ちた綿は土で汚れているし、雑草に引っかかった綿の多くは雑草の種が付いていました。そのような汚れた綿は、種を取り出すだけにします。来年の種まき用です。残念ながら、綿そのものは使えません。
はじけた白綿(バルバゼンセ)を丁寧につまんで収穫
収穫したのは、白綿(バルバゼンセ),茶綿,緑綿です。多いのは白綿です。去年までは、和綿などの綿も栽培していました。しかし、すべての綿を世話する時間で取れませんでした。そのため、今年から上記3種だけにしました。このうち、緑綿は収穫したばかりの時は緑色をしているのですが、だんだん色あせて灰色になります。そのため、緑綿と言うよりは灰綿と言った方が正確かと思います。今後綿繰りをして種を取ります。そして、白綿、茶綿、緑綿をそのまま使って、チェック模様の手ぬぐいか何かを織れたらいいなと思っています。
白綿(バルバゼンセ) やや繊維が短い茶綿 灰色っぽい緑綿
郷土館は年三度(五月,八月,そして十月の今回)、駐車場や防火用水周辺などの草刈りをします。私は草刈機を持参して防火用水周辺の草刈りをしました。紐式の刃なので、チップソーでは草刈りしにくい角や窪みを中心に草刈りしました。今回は、多くの田布施町役場の方々が応援に来ていただいたため、いつもより早く草刈りが終わりました。ありがとうざいました。
刈り取った草をトラックに積んで運び出す
夏場は、刈り取った草を天日で乾燥して軽くしてから持ち出します。しかし、今回はすぐにトラックに刈った草を積んで持ち出しました。ついでに、溜まっていた燃えるゴミも一緒に運んでいただきました。草刈りして雑草が無くなったためか、郷土館がすっきり綺麗になりました。次に草刈りするのは来年の五月です。
綺麗になった駐車場 駐車場から見た郷土館
今年も、種をまいて育苗したタマネギの苗を本畑に植え付けしました。タマネギの品種名は忘れましたが晩生です。本畑は2週間ほど前に雑草をとり,石灰で中和し,耕運し,元肥料をまき、さらに穴あきの黒マルチを被覆しておきました。そのため、掘った苗をすぐに植え付けすることができました。来年6月上旬には、まるまると太ったタマネギを収穫することができると思います。今年は例年よりも多く苗を作ったため、苗をたくさんの方々に差し上げました。
堀ったタマネギの苗を、穴あき黒マルチに植え付け
我家は私と婆様の2人しか住んでいません。そのため、それほど多くのタマネギを必要とするわけではありません。去年100本程度作りましたが、今20個ほどのタマネギが食べないままぶら下げています。そのため、今年は80本のタマネギ苗を本畑に植えました。だいぶ苗が余りそうです。このまま子ネギとして育てて収穫しようと思います。そして、お味噌汁などに入れて食べようと思います。
育苗したタマネギ苗 苗をマルチの穴に移植 最後にジョロで水
今回は野外に出て藍葉の収穫をしました。今の時期は藍葉の最終収穫期です。今後は葉がどんどん枯れて収穫を見込めなくなります。さて、雑草が混じっている藍畑でしたが、雑草と一緒に刈り取りました。そして、皆さんと一緒に藍葉を一枚一枚収穫しました。収穫が終わると、Kさんが持ってきた貴重なドラムカーダーを使って羊毛をカーディングする体験をしました。ドラムカーダーが楽に効率よく羊毛をカーディングできるのには驚きました。これを欲しがる方が多い理由が分かりました。
雑草を選り分けながら藍葉を収穫
午後3時頃まで藍葉を収穫し続けましたが、だんだん日が傾き始めて肌寒くなりました。藍葉の収穫が終わったため、次にドラムカーダーを体験しました。綺麗に洗浄した羊毛を、手を使って極力ふんわりとほぐします。そして、ドラムカーダーのハンドルを回しながら、巻き込み口にほぐした羊毛を入れます。ハンドルを回してみると、あまりに軽いので驚きました。ハンドカーダーを使うよりはるかに楽にカーディングできるのです。これは便利です。私や皆さんにドラムカーダーを体験させていただいたKさん、ありがとうございました。なお、私がドラムカーダーを初めて知ったのは15年前のことです。その時はまだドラムカーダーの便利さに気が付いていませんでした。
葉を取る前の藍の茎葉 収穫したたくさんの藍葉 羊毛をふわふわにほぐす
ところで、今回来られた何人かの方にタマネギの苗を差し上げました。1ヶ月ほど前に種まきしたタマネギは、本畑に移植できるほど育っていました。晩生ですので、6月初旬には収穫できると思います。ところで収穫した2箱ほどの藍葉は、日が陰ってしまったため天日では乾燥できなくなりました。やむなく屋内に持ち込んで乾燥することにしました。藍葉収穫,ドラムカーダー体験,タマネギ苗掘り出しなど、今回も楽しい活動だったように思います。今回特に、私はドラムカーダーによるカーディングに感激しました。
カーディングした羊毛の取り出し カーディングした羊毛を再度入れる
9月から続けてきた少年少女発明クラブ、木工工作の最終日(3回目)です。全員が巣箱を作る予定でしたが、巣箱ではなく貯金箱に変更した子供達もいました。ほとんどの子は三日間かけて作り上げましたが、一人だけ事情により今回初めて参加した子がいました。その子は指導員がつきっきりで手伝い、無事に巣箱を完成しました。全員完成できるかどうか心配しました。しかし杞憂でした。最後に全員が前に出て、完成した巣箱を持って写真を撮りました。
切った板を組み立て中の巣箱、もうすぐ完成
3年前の巣箱作りで、私は板に線を引くためのマニュアル(図面)を用意しました。子供達はその図面の通りに板に線を引いて、後はノコギリで板を切るだけでした。つまり、何も考えないで板を切っていたのです。そこで今回は、最初に自分の考える巣箱の図面を書かせました。1枚の板の幅,長さ,そして厚さだけは教えておきました。予想はしていましたが、板の厚さを考える立体図はまだ小学生には難しいようでした。
工作前に注意事項 長短2種類の釘 指導員のアドバイス
今回、長(31mm),短(25mm)の釘を用意しました。長い釘は板と板がしっかり繋がりますが、板の割れや板の外に釘先が出るリスクがあります。短い釘は打ちやすく板の割れが少ないのですが、板と板の接続が弱くなります。どちらの釘を使うかは子供に任せました。釘が外に出た場合は、くぎ抜きで釘を抜きます。なお、貯金箱を作る子供達には蓋を開閉するための蝶番を渡しました。
雨をはじく塗料を屋根に塗る 貯金箱の蓋に蝶番を取り付け
私は野外に取り付ける巣箱を作って欲しいと思っていました。ところが、子供によっては室内で飼っているインコなどの小鳥の小部屋を作っていました。巣箱を「小鳥の家」と思ったようです。それもありかなと思って、子供達にはいっさい口出しをしませんでした。今の子供にとっては、巣箱は縁遠いものなのでしょう。全員が巣箱または貯金箱を完成して、最後にグループごとに写真を撮りました。来年はどんな木工工作にしようかな。
もうすぐ巣箱の完成 巣箱を綺麗に磨く グループごとに撮影
市営住宅を過ぎてしばらくすると海が見えてきました。室積海岸です。砂浜が延々と続いていました。かつて室積海岸は遠浅で砂浜がずっと沖まで続いていたそうです。おそらく、虹ケ浜のような砂浜があったのではないかと思います。ところが、武田薬品がある場所を埋め立てた後に、海の流れが変わったのだとか。その結果、それまでは島田川から来ていた砂が室積海岸に来なくなったそうです。そのため、もともとあった砂浜がどんどん侵食されていって、今のような姿になったそうです。
侵食除けの杭が延々と打たれた室積海岸の砂浜
室積海岸には日本有数の松林があります。戦後、計画的に植林された松林だそうです。この松林に沿うように延々と砂浜が続いています。侵食されたとは言え見事な砂浜が続きます。砂浜を歩く前に祇園神社とその隣の祠を参拝しました。
祇園神社の建物 見事な枝ぶりの木 祠がある建物
下見した時、見事な枝ぶりの上にカラスの巣がありました。そして、巣の持ち主のカラスがうるさかったのを覚えています。今回はカラスはいませんでしたが、その巣はまだ残っていました。祇園神社の隣には祠が安置された建物がありました。
防陽霊場52番札所西ノ口大師堂 室積海岸南端から砂浜を歩く
祇園神社から少し道を戻り、西ノ口大師堂に行きました。狭い道をすり抜けるようにして行きました。この大師堂は防陽霊場52番札所です。その昔はたくさんの巡礼者が訪れていたのでしょう。大師堂で少しばかり休憩すると海岸に向かって進みました。ほどなく室積海岸に到着しました。波打ち際に降りて、波打ち際を北に向かって歩きました。
室積海岸に沿う史跡巡りコース
年代物の古い足踏み紡ぎ機の修理を始めました。一見したところ壊れたところはないようにみえました。よく見ると、私が持っている紡ぎ機とは紡ぎの機構が異なっていました。まずは、故障個所を特定することから修理を始めることにしました。よく観察すると、あちこちに問題がありました。時間をみてはのんびりと修理しようと思います。
これから修理・調整する足踏み紡ぎ機(はずみ車に糸を巻く)
最初に気が付いたのは、はずみ車に糸を巻きつけて回していた時のことです。はずみ車を手で押すようにしていると、はずみ車を足で回すための棒が外れてしました。外れないようにするピンが無いのです。ピンをすぐには購入できないため、針金を通して代用しておきました。続いて、糸巻きを支える支柱を固定する細い竹棒が一ヶ所折れていました。反対側は折れておらず正常でした。
ピンが外れて無い 折れた細い竹棒 正常な細い竹棒
次に、紡ぎ部分を支えるボルトとナットが錆びており緩めることが困難でした。このボルトを使って、はずみ車から通された糸が外れないような位置決めするのです。その微調整をする重要なボルトです。ワッシャが無くなっていたため微調整が困難になっていました。ワッシャを新たに購入して、ボルトも新調しようと思います。続いて、はずみ車の中心軸を固定する部品がぐらぐらしていました。どうもくさびが無くなっているようでした。場合によってはそのくさびを作るしかないようです。
錆びたボルト、ワッシャが無い くさびが無く?中心軸がグラグラ
久しぶりに小学校 放課後学習 成器塾がありました。前回は、型紙を使ってお気に入りの布を切り抜き、縫い合わせる手前で終了しました。今回は布を縫い合わせるところから再開です。当初子供達に手回しミシンを使ってもらい、すべてを縫い合わせる予定でした。
ところが、手回しミシンの調子が悪く途中で手縫いに切り替えました。これをきっかけに、今後の手芸は基本手縫いにすることにしました。くせのある手回しミシンは私しか使いこなせないことが分かりました。
縫い目は荒いものの、子供達は一生懸命手縫いしていました。そして、何人かはポケットティッシュケースを完成しました。
ポケットティッシュケース(蓋と小物入れ付き)の完成
子供達の進捗状況は一人一人違います。早い子はどんどん縫っていました。遅い子は切り抜いた布を型紙通りに折り曲げていました。今回のポケットティッシュケースで一番難しいのは、切り抜いた布を山と谷に正確に折り曲げることです。教える私も、山折りと谷折りの場所を間違えてしまいそうになりました。ただし、折り目には余裕を持たせてあるため、数mmずれても問題はありません。
縫う前にプレス 手回しミシンで縫う チャコで線を引く
今回、どの手回しミシンも調子が良くありませんでした。これらのミシンは独特の癖があります。その兆候を知っている私は使いこなせます。しかし、癖を知らない指導員や子供達には使いこなせないことが分かりました。縫っている途中で糸が絡まったりするのです。この際、手回しミシンはやめて子供達には手縫いしてもらいました。今後の手芸も基本に戻って、すべて手縫いにすることにしました。まだ手縫いをしらない四年生には玉結びから教えました。
調子が良くない手回しミシン 裏表をひっくり返せば完成
早くポケットティッシュケースが完成した子には、いろんな色のフェルト布を渡しました。そして、「好きな形に切り抜いて、アップリケとして貼り付けたら?」とアドバイスしました。すると、いろいろな色の中からフェルト布を選んでアップリケを作っていました。ミッキーマウス型ボタンを取り付ける子もいました。開閉できるようにスナップを取り付けている子供もいました。スナップを知らない子供もいるようで指導員が縫いながら教えていました。次回でポケットティッシュケースを完成して、次の手芸テーマに進みます。
アイロンで形を整え アップリケ用フェルト スナップ取り付け
我家ではだいぶ前からサトウモロコシを栽培しています。一番の目的は、昔の甘みを忘れないためです。今の甘みはサトウキビやサトウ大根から抽出された甘みです。ほとんどは輸入されて甘みです。江戸時代以前の甘みは限られていました。砂糖は貴重品で高価でした。そのため、一般の人は手にすることができなかったようです。そのため、昔から伝わるサトウモロコシの汁が甘みとして使われたようです。上関では、このサトウモロコシをサトウキビと呼んでいました。20年位前までは、このサトウモロコシを作っていたお婆さんがいました。上関町の四代の上近くに住んでおられた方でした。亡くなって今はもうおられません。
天にそよぐサトウモロコシの穂
このサトウモロコシは甘い汁以外も利用価値があります。種は小さめのお米ほどの大きさです。脱穀して皮を取れば食べることができます。また、脱穀後の穂は束ねて箒にすることができます。茎や葉は牛馬の餌にすることができます。甘みがあるためよく食べるようです。牛馬のいない今は堆肥にできます。今年は収穫が期待できるため、実を食べてみようと思います。また、脱穀後の穂を束ねて箒を作ってみようと思います。
食用価値が高い実 太い茎はかつて牛馬の餌
快晴の中、光市の室積海岸を中心に史跡巡りウォーキングをしてきました。1ヶ月ぶりに会ったウォーキング仲間です。みなさん元気そうに参加されました。いつもは事前に下見ウォーキングをしますが、お休みだった半年の間に、候補となる史跡をあちこち回っておきました。そのため、今年残りの史跡巡りはすべて下見なしです。ところで、今回は田布施町交流館に9;30に集合して、数台の車に乗りあって普賢寺にいきました。そして、10;00に普賢寺スタートとしました。
これから歩く室積海岸の長い砂浜を見て
史跡巡りをスタートすると、すぐに選挙の嵐に巡り合いました。最初の交差点で、市長候補の宣伝カーと出会いました。また、市議会議員候補の宣伝カーにもあちこちで出会いました。宣伝カーの嵐を過ぎると、フィッシングパーク方面に向かい道脇にある地蔵様に最初行きました。そのお地蔵様は、少し小高い場所に安置されていました。元々は峨眉山の裾続きにあったのが、道路工事で峨眉山と切り離されたようです。
普賢寺を10:00スタート 木陰をのんびり歩く 最初お地蔵様
お地蔵様を見終わると、やはり道脇にある大師堂に行きました。かつては木造に建物のようでしたが、今はブロック製の建物となってました。お地蔵様をよく見ると、目口などが黒く描かれてていました。続いて室積小学校方面に向かっていると賑やかな音が聞こえてきました。今日は小学校で運動会が開催されているようでした。流行の歌が歌われていました。人混みで見えなかったのですが、歌に合わせてダンスでもしていたのでしょう。
ブロック屋根の大師堂 懐かしい市営住宅
賑やかな室積小学校を過ぎると、次第に静かになりました。じきに右手に市営住宅が見えてきました。建て替えが計画されているのでしょうか、どの建物も、数軒を除いて住んでいる気配がありませんでした。今回久しぶりに参加されたKさんは、室積が生まれ故郷とのこと。所々で立ち止まりながら、室積の昔と今の変遷を語っていただきました。
室積海岸に沿う史跡巡りコース
今回で、先月から続けてきた藍染め体験が終わりです。藍染め体験の最後は、平生町の山あいにあるこびとのおうちえんでした。おうちえんはこれまで何度か行きましたので、子供達のいる古民家周辺や子供たちの様子は知っていました。やんちゃな子供達ばかりなので、教えるのは大変かなあと思っていました。しかし、皆言いつけを守って楽しい藍染め体験となりました。まずは、生葉を数枚使った叩き染めです。子供達にタデ科の藍とインド藍から好きな葉を選んでもらいました。
作品を手に、こびとのおうちえんの元気な子供達とスタッフ
子供達の人数が多いので、いつもの仲間にスタッフとして手伝ってもらいました。金槌やサランラップそして藍の生葉など、いつもよりたくさん持って行きました。最初何をしていいのか不思議がる子供達でしたが、だんだん分かってきたのか要領よく藍染めしてくれました。叩き方にも個性がありますね。優しくたたいたり、板が壊れるほど叩いたりと。叩き染め体験が終わると、絞り染めを体験しました。
好きな葉を選ぶ 思い思いに叩く 並んでアイロンがけ
普通の幼稚園や小学校は堅牢な校舎で、近くには規格化された運動場やプールなどがあります。こびとのおうちえんは、古民家が中心となり、その周辺にプールの代わりとなる川が流れています。運動場は古民家の裏手にある深い山です。私が育った昭和30年代は、プールが無く近くを流れる小川で遊んでいました。こびとのおうちえんに来ると、私の子供時代を思い出します。
昔懐かしい古民家の庭で藍染め 子供達が作った藍染め作品
羊の毛刈りから約半年、ようやく羊毛の手紡ぎ布が完成しました。仕事や野良仕事などの合間をみてはのんびりと制作しました。紡ぎ,染色,そして織りなどの専門家ではない私でも、経糸も横糸もすべて自分で紡いだ布が完成しました。山口県産(田布施農工高校)の羊毛100%です。完成までの道のりは、下のそれぞれの作業工程をクリックしていただけたら分かるとと思います。
羊の毛刈り、原毛洗浄1、原毛洗浄2、カーディング、足踏み紡ぎ1、足踏み紡ぎ2、かせくり、
染色1、染色2、染色3、染色4、染色5、玉巻き、経糸径テスト、整経、経糸染色1、経糸染色2、
筬・綜絖通し1、筬・綜絖通し2、筬・綜絖通し3、筬・綜絖通し4、横糸追加1、横糸追加2、
デザイン、織り1、織り2、織り3、フリンジ加工、完成
ようやく完成した羊毛手紡ぎ布
前回フリンジ加工しましたが、私はフリンジについてあまり知りませんでした。そのため、ほとんどはKさんにやっていただきました。ありがとうございました。また、織機をお借りしたSさんもありがとうございました。今回は、手作り布をぶら下げる支柱を短く切ったり、その支柱に糸を付ける作業をしました。この糸を使うことによって、掛軸のように布をぶら下げることができます。この糸を支柱に取り付けてようやく、羊の毛刈りから約半年間かかって手紡ぎ布が完成しました。薄い彩雲のような柄にもみえるため、作品名をタペストリー「羊紡染彩」にしようかと思っています。とにかく山口ウール展に出せる作品が完成したので良かったです。
支柱に糸を付ける 掛軸のように吊るす 野外で完成布を鑑賞
仕事などで忙しく、今年は特に畑,土手,山などの草を刈る時間がとれませんでした。さらに近年の猛暑に加えて、蚊の大群に襲われるため草刈りする気力が出ませんでした。今回は、半ば放置していた桃園周辺の草刈りをしました。雑草は膝上まで伸び切っていたため、なかなか草刈りがはかどりません。7~8月の間に一度は草刈りしておくべきでした。伸び切った草が何度も草刈機に絡みついて往生しました。それでも夕方までに、なんとか草刈りを終えることができました。
膝上まで伸び切った雑草を刈り取り
なぜ今回桃園周辺の草刈りをしたかと言うと、次回のコットンクラブをこの桃園でするためです。4月にこの桃園でコットンクラブをしましたので、この場所は2回目と言うことになります。すぐ近くの畑にある藍を刈り取って、この桃園に持ち込みます。そして、皆さんに葉を取っていただこうと思っています。一人で作業するととても時間がかかりますが、大勢で作業すると早く済みます。去年は高塔公会堂近くの畑で藍の葉を採取しました。しかし。その場所で育てている藍は葉がだいぶ枯れています。そのため、今回は葉がまだ青々している藍畑に近いこの場所ですることにしました。
まずは周辺を草刈り 周辺から内側を刈り取り