今年も甘柿がたくさん実を付けました。一つの枝に数個の実がなっています。さすがに実が多すぎるのか、自然に実が摘果されて地面に落ちています。とは言え、このまま放置すると小さな実がたくさん残ります。実がお互いに栄養を取りあうのでしょうか、小さな実のままだったり、変形した実が多くなります。それを避けるため、摘果をしました。基本は、一つの枝に一つの実です。どんどん実を落としました。靴で踏むと、摘果した柿がごろごろと小石のように当たります。
一つの枝に一つの実を残すように摘果
去年時間がなくて、摘果するゆとりがありませんでした。そのため、しわしわの柿や色が悪い実がたくさんなりました。食べても一部の柿だけでしたが、スポンジ状の柿がありました。栄養を取り合った結果だと思います。リンゴにして、桃にしても、梨にしても、プロの果樹園農家は必ず摘果します。プロにはなれないけど、プロ農家に近づくように農作業したいものです。せっかく作るなら、人様にあげられるような美味しい甘柿を作りたいので。
X(2個の実)を摘果 残した一つの実
我家のブラックベリーは晩生のようです。ようやく実が黒くなりはじめ、遅ればせながら収穫を始めました。他の方が栽培しているブラックベリーは早生なのでしょう、3週間以上前から実を収穫しています。黒くなった実を指でもいで口の中に入れました。口内に甘酸っぱい味が広がります。酸っぱさが強いこの味は、今の子供には受けないと思います。私はそのままでも食べますが、昔からジュースにして飲んでします。少し甘みを加えて。
黒く熟し始めたブラックベリーの実
ブラックベリーは実が熟すのが緩慢です。たくさんの実が一斉に熟すのではなく、少しずつだんだん熟します。そのため、収穫も長期間にわたります。たくさんジャムを作りたいような場合は、収穫した実を冷凍庫に溜めておきます。必要な量が溜まったらジャム作りします。私の場合、収穫したらすぐにジュースにして飲みます。冷たい水は砂糖は溶けにくいのでシロップが良いでしょう。種は噛み潰してもよいですが、苦手の方は種を網などで濾しとると良いでしょう。
柵に這わしたブラックベリー 収穫した一粒の実 収穫したたくさんの実
ここ30年以上、各種の雑穀を作り続けています。と言っても、食べたりする訳ではありません。ほとんどは、種が絶えないように毎年更新しています。その種類は、ヒエ、シコクビエ、アマランサスなどです。以前、山梨県を中心に山間地域の古い作物を調査していたことがあります。その過程で、その土地の古老からいただいた貴重な種なのです。今、食用のヒエ(稗)を栽培している地域はないのではないかと思います。このヒエ、田んぼに生える雑草のヒエとよく間違えられます。シコクビエも古い作物です。一度食べたことがありますが、言わば飢饉用の作物で美味しくないです。子供が小さい頃、山奥でその収穫を手伝ったことがあります。今では幻と言っていい、古い作物だと思います。
30cm間隔で移植したヒエ(稗)の苗
その他、栽培している雑穀にはサトウモロコシがあります。甘みを楽しむために栽培していますが、種子を収穫して団子のようにして食べることができます。山梨県の奥深い山間地域に行った時に食べたことがあります。言わば、山間地域の郷土料理です。山間地域の古老が絶えた今、食べる人はいるでしょうか。アマランサスは炒るとプチプチと爆ぜます。みそ汁に入れると美味しかったことを覚えています。いつまで、これらの貴重な雑穀を維持できるか心配です。他に粟、黍、ソバなども栽培していましたが、栽培している方が比較的多いので今は止めています。
アマランサス シコクビエ サトウモロコシ
数年前、畑に沿う小さな土手にカンナを植えました。そのカンナが、今年も元気を真っ赤な花を咲かせるようになりました。他のカンナよりも花が真っ赤なため、散歩する方の話題に上ることがあるようです。時には「このカンナの球根が欲しい。」と言われることがあります。私が東京に住んでいた頃、ホームヘルプの仕事をしていて道端で偶然このカンナ見つけました。舗装道路の隙間にひ弱に生えていたカンナです。田布施に連れて帰ったカンナです。
今年も元気に真っ赤な花を咲かせるカンナ
この真っ赤なカンナは、私が精神障害をもっておられる方のホームヘルパーをしてい頃に偶然道端で発見しました。その方の家に1度/週訪れて、身の回りの生活介護をしていました。ホームヘルプが終わると、その方と一緒に所定の場所にゴミを捨てに行きました。その所定の場所の道端にひ弱に生えていたのが、このカンナだったのです。このカンナを見るたびに、私の過酷なホームヘルプ時代を思い出します。
元気いっぱいカンナの茎や葉 真っ赤で大きな花びら
真夏の花と言えば、ヒマワリや朝顔を連想します。我家では今、アメリカフヨウが次々に大型の花を咲かせています。直径は20cmはあるでしょうか。一昨年、各種色のアメリカフヨウの種をまきました。二度の冬を越しをして、ピンク色と白色の花を咲かせるアメリカフヨウだけが残りました。赤色はいつの間にか消えてしまいました。越冬できなかったようです。
大型の花を次々に咲かせているアメリカフヨウ
アメリカフヨウの花びらはとても大きいのですが、つぼみは花びらを巻き込むように畳んでいることが分かります。開花する前から動画を撮り続けていれば、早回しして、その開花の様子を見ることができると思います。今はピンクの花が咲いていますが、今後は白色の花も咲きます。大型でしかも色が濃いので、遠目にとても目立つ我家の花です。
ピンク色のつぼみ 開花したての花びら 白色のつぼみ
5月上旬に皆さんと楽しくサツマイモの苗を植え付けしました。そのサツマイモ畑、今回2度目の草取りに行きました。すると、あぜんとしました。すべての黒マルチが破られて根こそぎ荒らされていました。被害からすると、イノシシが群れでやってきたようです。去年まではまったく荒らされていなかったのに、ついに我家がある高塔地区にも現れたのです。秋の収穫は見込めません。毎年100個のサツマイモを麻郷公民館祭りに提供していました。今年はそれができなくなりました。麻郷公民館に行ってお詫びをしておきました。にっくきイノシシです。
黒マルチを破って、サツマイモ畑が全滅
和綿畑の隣に小豆と枝豆の種を蒔いておきました。小豆は冬に羊羹にしたりお汁粉にしたりします。枝豆は秋に収穫して友達にさしあげたり、畑で茹でてでて皆さんと食べたりします。晩秋に収穫するには今頃が種まきの適期です。遅くてもお盆までには種まきを済ませなければなりません。ただし、お盆に種まきすると十分に成長しないまま実がなります。そのため、かなり収量が減ることは覚悟しなければなりません。なお8月初め、時間があれば小豆と枝豆の隣にソバの種を蒔いてみようかと思います。
ビール箱に腰を下ろして小豆の種まき
最初に小豆の種を50cm間隔で、続いて枝豆を1m間隔で種を蒔きました。枝豆の間隔を空けたのは単に種の数が少ないからです。今後、草取りなどをして世話をします。小豆は豆の中に虫が入ります。また、枝豆はカメムシなどの害虫が飛来します。これら、害虫の退治をする仕事もあります。枝豆は元々は大豆です。一部を大豆として収穫して豆乳を作ってみるのも面白いかも知れません。さて、この秋、ちゃんと収穫できるでしょうか。
※25~31日まで東京に行きます。ついでに八ヶ岳に登ってきます(台風が心配)。
小豆の種 枝豆の種 そろそろ種まき終了
我家には手回しミシンが3台あるのですが、元はみんな故障品です。なんとか修理して、2台は成器塾などで使っています。残りの1台は上糸と下糸を使うミシンです。ボビンを使っているタイプです。これまた使えるように修理しています。しかし、ボビンに糸を巻き付ける機構が分からなく修理を見送っています。ただ、指で押さえればボビンに糸を巻くことができるため、致命的な故障ではありません。ボビンの糸巻き部分を除けば、かろやかに動くようになりました。最後、上糸と下糸のそれぞれの張りの強さを最適に調節して縫えるようにしました。
ボビンをの糸巻き部分を除けば、かろやかに使えるようになった手回しミシン
修理で一番困ったのは、ボビンに糸を巻き付ける箇所です。規定の個所に油を差しましたが、ボビンを回すゴム車輪が滑って回らないのです。そのため、今のところ指でゴム車輪を押して回しています。それでもボビンに糸を巻き付けるのにそれほど時間がかかりません。気長に調査してゴム車輪付近を直そうと思います。
ボロボロに錆びたボビン 既定の個所に油を差す ボビンに糸を巻き付け
ボビン式のミシンは過去に何度か使ったことがあります。体で覚えていたためか、糸巻きからミシン針への糸通しは簡単です。このミシンの道具箱には、たくさんの部品が付属していました。例えば、バイアステープを容易に襟などに縫える付属品です。Tシャツは前見頃、後見頃、そして両袖しか布が必要ありません。時間があれば、一度ニット布を使ってTシャツでも縫ってみようかと思っています。
ボビンに糸を巻き取り中 縫えるように、上糸と下糸を出す
さて、微妙な調節が必要だったのは上糸と下糸の張りの強さです。縫ってみると、あきらかに上糸の張りが強すぎです。下糸が上糸側に見えていました。長い間に上糸の張りを調整する箇所が錆びて抵抗が増したようです。ネジを回して上糸の張りを調整しました。緩くし過ぎると、今度は下糸が強く張ります。何度か試し縫いをして調整を完了しました。なお、1本糸ミシンは、この調整が不要です。
何度か試し縫い 上糸が強すぎ(下糸が見える) 上糸と下糸がちょうど良い
先月、田布施町 麻郷 蓮輪地区の生き生きサロンで移動郷土館を開催しました。今回は、同じ麻郷の麻郷公民館の生きがい教室で移動郷土館を開催しました。麻郷の各地区から来られた方で、どこかでお世話になった方ばかりです。中には、その地区の史跡や歴史をお尋ねした方もおられました。そのため、私が講話するのが少々は恥ずかしかったです。初めて開催した移動郷土館では歴史講座が30分しかありませんでした。しかし、今は内容が増えて約1時間半です。そのため、フィルム映画30分を上映すると、手回し蓄音機,電蓄,炭火アイロン,リンリン電話などを解説する時間が無くなりました。また最近は、来場者の方々との交流や意見交換が増えきたように思います。
麻郷公民館生きがい教室での移動郷土館、歴史講座開催
さて、今回の移動郷土館の内容は、最初に麻郷地区の歴史についてお話をしました。古代、弥生時代から現代までの歴史です。お話をしていて気が付きましたが、やはり弥生時代や古墳時代については実感できないようでした。ところが、幕末頃から昭和20年代あたりの時代のお話になると、みなさん親などから聞いたことがある話が多いためか熱心に聞いていただけたように思います。さらに昭和20~30年頃の歴史は、来場者の方々が実際に体験した話が多くなります。そのためか、自分の体験を皆さんに話される方もいました。
田布施町麻郷公民館 スクリーンや古い道具 最初に自己紹介
歴史講話に1時間半かかりました。残り30分何のお話をしようかと思いました。せっかく持ってきた、手回し蓄音機や電蓄で昔の歌を聞いていただこうかとも思いましたが、フィルム映画を上演することにしました。上演したのは「名犬ラッシー」(30分)です。次回麻郷公民館で移動郷土館を開催するようなことがあれば、幻燈機,手回し蓄音機など、来場者にとって懐かしい道具を中心に解説しようと思います。なお、郷土の歴史はお年寄りだけでなく、若い人や子供達にも知って欲しいと思っています。
郷土の歴史や史跡を解説 古い映画「名犬ラッシー」上映中
アークホテル熊本城前で朝食を食べると、2日目の目的地である天草に向かいました。天草は私が20歳代に来たことがあります。40年前とどう変わっているか興味がありました。天草五橋を渡る前に、道の駅・海の駅 宇土(うと)マリーナに寄って休憩しました。宇土の広域地図を見ると古墳や石棺遺跡などがたくさんあるようです。九州は古代の遺跡がたくさんあるのですね。時間があれば寄ってみたかったのですが残念!続いて天草五橋を渡りました。40年前、私はバスで通りました。たくさんの島や湾があったことは覚えていますが、橋の色や構造は全く覚えていません。しばらく走っていると天草市に着きました。
天草市での昼食休憩、美味しい魚料理に舌鼓
天草市は、私が覚えている40年前より発展してるように思いました。新しい家並みがここかしこにあります。古い民家はどこを探してもありません。そもそも廃家が見当たりません。漁業か観光資源しかないように思いますが、それ以外の産業があるに違いありません。さて、天草市に着いて最初に行ったのは、丘の上にある殉教公園です。40年前、バス停から殉教公園まで急坂を歩いて行きました。今の殉教公園、当時よりも木々か多くしかも高く茂っていました。
立ち寄った宇土マリーナ 天草キリシタン館 40年前の旧天草キリシタン館
40年前に撮影した写真を見ながら、今も残っている遺跡がないか探してみました。すると、1つだけありました。キリシタン墓地です。背景や小道はすっかり変わっていましたが、ある石碑が昔のまま静かに立っていました。その他にも史跡がないかどうか探したかったのですが、時間がないので諦めました。個人的に残念だったのは、40年前に建っていた旧天草キリシタン館が新しく建て替わっていたことです。
現在のキリシタン墓地 40年前のキリシタン墓地
40年も経つと、もどかしいほど断片しか覚えていません。40年前、確か旧天草キリシタン館前(現エスカレータ付近)にあった長椅子に座って、眼下の天草の街並みをスケッチブックに写生しました。そのため、当時の街並みを妙に覚えています。海や山は昔のままでしたが、街並みはすっかり高い建物ばかりになっていました。
館内を丹念に見学 天草キリシタン館からの市街 いけす料理 やまもと
天草キリシタン館に入館してしぱらく見学しました。40年前より館内は広く、内容がとても充実していました。もう少し時間があればじっくりと見ることができましたが、30分位で館外に出ました。天草キリシタン館を出ると丘を降りました。そして、昼食休憩をとる「いけす料理 やまもと」に向かいました。魚がそのまま入ったみそ汁がとても美味しかったです。
キリシタン史跡を中心に巡った天草・雲仙コース
4月に始まった少年少女発明クラブ、3ヶ月経ち子供達も雰囲気に慣れたようです。去年までは子供達は9:15頃に工作室に来ていました。ところが、今年は9:00にはすでに数人の子供が来ています。指導員の朝ミーティングを9:15頃に始めますが、すでに来ている子供達を背にミーティングしています。9:30になると、私と子供達で挨拶の号令をかけます。そして、この日の発明クラブをスタートします。号令と言うと古臭いですが、私は、気を引き締める意味でも、気持ちを切り替える意味でも、大きな声での挨拶は大切だと思っています。
各自楽しそうに工作をしている子供達と、その支援をしている指導員
今年は工作する子供が多いので、なかなか名前を覚えられません。そのため、1班から6班まで順番に見回りました。そして、子供達一人一人に声をかけて工作のテーマを見聞きしました。なかなか工作がはかどらない子供や悩んでいる子供に、できる範囲で傾聴しながらアドバイスしました。今年初めて発明クラブに入った子供の中には、自分の理想と現実のギャップに戸惑っている子供がいます。悩むことは一つの勉強です。失敗してもよいので、物おじしないでどんどんチャレンジして欲しいと思います。賞を取るための工作ではありませんので。
指導員に手伝ってもらい 好きな色を塗ってる? 1人で木に製図
ところで、7月からチャレンジコンテストも始まります。チャレンジコンテストは言わば、子供版ロボットコンテストです。今年は希望者が多く6チームになりそうです。女の子だけのチームが2チームできそうです。大人はいっさいチーム編成に関わりません。いつもの仲良しが同じチームになるようです。一昨年全国大会に出場することができましたが、今年はどうなるでしょうか。暑い暑い工作の季節の到来です。ぜひ頑張って欲しいものです。
複雑な動きを友達と考える チャレンジコンテストの相談中
修理した草刈機を使って、残っていた雑草をきれいに草刈りしました。草刈りが終わると、今度は根こそぎ雑草をはぎ取るように耕耘機のロータリーを回して耕耘除草しました。今の時期は雨が降るため、地上の草を刈ってもすぐに元のように茎や葉が伸びてきます。一番いいのは根ごとはぎ取ることです。和綿を誤ってはぎ取らないように注意しながら株の間を耕耘除草しました。
和綿と和綿の株間をすり抜けるようにロータリー耕耘除草
和綿はそれなりに成長していたので、葉が株間にせり出しています。そのため、和綿の間を耕耘していると、どうしても葉や茎が耕耘機に寄って触れてしまいます。そんな時は、耕耘機を微妙に左右に振りながら葉や茎が当たらないようにします。ところで、バックする時に和綿を1株誤って耕してしまいました。その株の場所には、別の株から和綿を1本抜いて移植しておきました。
ギリギリ踏まないように 株間を何度も耕耘除草 藍畑の間も耕耘除草
和綿の耕耘除草が終わると、同じように藍畑の耕耘除草をしました。藍畑は畝が1直線のため1往復で耕耘除草が終わりました。続いて、茶綿畑の除草もしておきました。茶綿畑は発芽時にネキリムシにあまり食害されませんでした。そのため、和綿よりも育っており和綿よりもつぼみがたくさん付いていました。和綿も茶綿も8月中旬以降、綿を次々に摘んで収穫できるようになると思います。
耕耘除草した、和綿,藍,そして茶綿
動かなくなった草刈機、草刈りが再開できるように緊急に修理することにしました。エンジンがかからなくなった故障です。以前起きた同様な故障を思い出すと、始動ロープの切断、微細なごみによるニードルの詰まりなどがあります。プライマリーポンプを押すと押した指先がガソリンで濡れるため、今回はプライマリーポンプの故障のようです。2年前にも同様な故障がありプライマリーポンプを交換したことがあります。まずは、キャブレターを分解してプライマリーポンプを取り外してみました。
茶色に変色して、ひびが入ったプライマリーポンプ
耕耘機のエンジンと比べて、草刈機のエンジンのキャブレターはとても小型です。プラスドライバーなどを使いながら、慎重にキャブレターを本体から取り出しました。そして、そのキャブレターに付いているプライマリーポンプを外しました。外したプライマリーポンプを指に挟んで空に透かして見ました。すると、頭頂部に無数のひびがあることが分かりました。そのひびからガソリンが漏れているのです。これはもう、交換しか修理の方法がありません。さっそく新品のプライマリーポンプを買いに行きました。値段は税込み516円でした。やれやれ、小さな部品なのに高価だこと。
取り出したキャブレター 外したプライマリーポンプ 購入した新品ポンプ
新品のプライマリーポンプを取り付けると、キャブレターを元のように草刈機本体に取り付けました。そして、プライマリーポンプをしこしこ指先で押すと、ガソリンが正常に入り始めました。始動ロープを2,3回引っ張るとエンジンがかかりました。修理完了です。中断していた草刈りを短い時間ですが続けました。ところで、農機具の修理を専門業者に出すと、とてもコストがかかります。耕耘機,稲刈機(バインダー),チェーンソー,草刈機程度は自分で直します。場合によってはトラクターも修理します。たまに修理を頼まれることがあります。
左:正常なポンプ,右:故障したポンプ 修理完了の草刈機
梅雨のシーズンですが、時々雨が止む日があります。そんな日は、仕事がない日ならばほとんど草刈りをしています。今のような時期は、刈っても刈っても雑草が生えてきます。そのため、雑草と草刈りの競争のようです。今回は、和綿畑の草刈りをしました。和綿には肥料をやっているのですが、雑草も肥料を吸って和綿の背を追い越すほどです。そのため、和綿の背が50cm位以上になるまでは草刈りを止めることができません。やれやれの汗だくの草刈り作業です。
梅雨のわずかの晴れ間をみて、和綿畑の草刈り
和綿は種まき後にずいぶんネキリムシにやられました。そのため、ネキリムシにやられた和綿とやられなかった和綿では倍ほどの背の高さが違います。ネキリムシにやられなかった和綿は50cm以上に伸びています。そして、よく見ると小さなつぼみができていました。綿は栄養成長するので、花を咲かせながらどんどん成長します。速ければ8月中旬には初の和綿を収穫できると思います。ところで、除草中に草刈機が故障してしまいました。いったん回転を止めた草刈機が始動しないのです。困ったことです。草刈りを諦めて草刈機修理することにしました。
草刈り中の和綿畑 成長中の和綿 小さな和綿のつぼみ
黄色と赤い色の紅花染め(絞り染め)が終わると、私の方から織機の種類についていくつかお話をしました。一番簡単なのは①段ボール織りです。そして、最近多くの方が織っているのは②リジット織りです。次に、③綜絖が木でできており経糸の数だけのマス目が切ってある織機、筬は櫛などを使います。次に、私が展示会などでデモ用に使っている④筬と綜絖から成る織機(高機など)の説明をしました。1番の違いは筬と綜絖の機構です。また、経糸や織った布を巻き取る機構が有るか無いかです。実際に織機③④をみていただきました。なお、柳井縞を織る高機は④です。足を交互に踏んで綜絖を操作します。私が今回持ってきたデモ用織機は手で綜絖を動かしますが④です。
Kさんによる双糸紡ぎのお話とデモ
ところで、Tさん自作の織機を見せていただきました。画期的なのは綜絖部です。籠の網目を再利用して綜絖にしたそうです。小さな穴はドリルで開けたとのこと。②に相当する織機です。織機のお話が終わった頃、楽しい楽しいおやつタイムです。おやつタイムが終わると、Kさんから双糸紡ぎのお話とデモがありました。双糸紡ぎとは、紡いだ糸2本を撚ることです。二つの糸を撚ることによって糸がより強くなります。世の中で売られているほとんどの糸は双糸と言っていいでしょう。インドで紡がれた単糸2本(ピンクと空色)をスピンドルで紡ぐデモをしていただきました。ありがとうございました。今回のコットンクラブは、染め物,各種織機の仕組み解説,双糸紡ぎ、と盛りだくさんだったように思います。
Tさん自作の織機 楽しいおやつタイム スピンドルによる双糸紡ぎ