秋まで花が咲いていたトゥルーシーの種子を採取しました。トゥルーシーはハーブの仲間でとてもいい香りがします。花や葉に鼻を近づけなくても畑全体からいい香りがするのです。
ところで、トゥルーシーはブルービーと呼ばれる青色の蜂を呼ぶことです。トゥルーシーとブルービーは愛想が良いのかも知れません。他にどんな虫がやって来るのか観察すると、アブ、蜜蜂、蝶などの昆虫もやってきました。匂いがするので、夜には蛾など夜行性の昆虫もやってくるのではないかと思います。
花が咲き終わった花列に、種が段々に実るトゥルーシー
種を素手で取っていたら、だんだんと指がヒリヒリするように痛くなりました。種には微妙に目に見えない棘があるようです。枯れた花列を鎌で刈り取り、シートの上で叩いた方が良かったようです。
ヒリヒリする指に消毒液を吹きかけて、絆創膏を巻いておきました。採取した種は来年の春に種まきしようと思います。そして、苗を育てた後に畑に植え替えようと思います。
枯れたトゥルーシー トゥルーシーの小さな種 紙筒に種を収納
白鳥古墳の大きさを体感するため、古墳の周りをぐるりと回りました。古墳の周りは民家が取り巻いています。この古墳、千三百年位以上前の古墳時代に作られたと思われますが、それ以降神社の領域として守られてきたのではないかと思います。巨大な古墳ほど頂上に神社や祠が建てられていることが少なくないです。この白鳥古墳の次に大きな柳井市の茶臼山古墳も、頂上に祠が建っていました。両者共に時を越えて聖域として守られてきたようです。
佐賀漁港に巨大な樽小屋が建ち並ぶ、新たな観光スポット?
白鳥古墳をぐるりと回ると、次に海岸に向かいました。まずは、県道を北にどんどんと歩きました。そして、道脇にある中川商店に寄りました。中川商店では昼食にするパンを購入しました。以前、遠い親戚である吉岡商店には行ったことがありますが、今は閉店しています。お店がだんだん無くなることは、近くで生活する人には不便なことだと思います。特に、運転免許証を返上したお年寄りには。
立ち寄った中川商店 田布施町の馬島 佐賀漁港と佐合島
海岸に出ると、目の前の馬島を望みました。そして、長い海岸を歩きました。田布施町の麻里府漁港近くの海岸はとても狭いですが、佐賀漁港付近の海岸はとても巨大です。魚見まで含めれば2km近くあるのではないかと思われます。埠頭がいくつもありました。佐賀漁港傍の道脇に変わった形の石を御神体にしている祠がありました。御神体になった祠は海に面した町によくあります。
変わった形の石が御神体の祠 佐賀漁港を見下ろす明神社
佐賀漁港近くの広場に巨大な樽状の休憩所が作られていました。家族単位で休憩できそうな大きさです。佐賀の新たな観光地にする予定なのでしょうか。近くに販売所か何かを作るようです。たくさんの木材が置かれており、大工さんが忙しそうに働いていました。来春にオープンするのでしょうか。その頃に来てみたいと思います。その漁港を見下ろす山に鎮座する明神社に登りました。海の展望が良い神社です。
平生町佐賀地区の史跡を巡って歩いたコース
もう30年以上になりますか、毎年注連縄を作っています。公民館講座などで作る豪華な注連縄ではありません。わら、ウラジロ、紐、そしてユズリハを使う我家だけの素朴な注連縄です。
作る前に、湿らせたわらを木槌で何度も叩いて柔らかくします。そして、左手の指を視点に右手で三重に巻いて作ります。以前は仲間と一緒に注連縄を作ることが多かったのですが、今年は一人静かに作っています。いつの日にか、孫達に我家流の注連縄の作り方を伝えようと思っています。
わらを三重に巻いた後、ユズリハとウラジロを取り付け
注連縄は三連ですが、私のように一度に三連にする方法、二連にした後にもう一連を巻き付ける方法があります。後者の方が多いようですが、私は昔から前者の方法で注連縄を編んでいます。友達にもこの方法を教えています。どちらが優位か分かりせんが、自分の得意な方法を一つ知っておけば良いと思います。
わらを叩いて柔らかく 三連を一度に蒔く ユズリハを採葉
毎年複数個作りますが、今年は三個にしました。たまたま友達のお店に行ったついでに、所望されたので差し上げました。橙かミカンを取り付けるとのことです。残りの二つは郷土館と我家に飾ろうと思います。もし、他の方に所望されれば、差し上げようと思います。さらに追加製作してもよいでしょう。
ユズリハに重ねてウラジロ 製作した三個の注連縄
もう数日で今年は終わりです。来年の史跡巡りウォーキングをどこにしようか思案しています。そこで来年1月、まだ歩いたことがない平生町の佐賀漁港周辺の史跡を訪れようと思っています。
本番当日は平生町MaxValueに集合してバスで佐賀に行きます。しかし、今回の下見は佐賀地域交流センターに駐車してスタートしました。最初、白鳥古墳周辺を歩いた後、広い海岸に出てから漁港周りの史跡を探して歩きました。
佐賀のほぼ中心部の小高い丘に鎮座する八幡社
佐賀地域交流センターは、以前平生町の佐賀出張所が置かれていました。今は地域交流センターとなっています。ただ、このセンター周辺は著名な縄文遺跡である岩田遺跡と重なっています。今から4500年前にこの地域に縄文人が居住していました。その出土物の一部がこのセンター内に展示されています。本番当日は日曜日のため見学できないのは残念です。
佐賀地域交流センター 浜田自治会集会所 ナギの大木と心光寺
佐賀地域交流センターをスタートすると、佐賀バス停から佐賀の町街に入りました。浜田自治会集会所や佐賀郵便局前を通って八幡社に向かいました。小高い丘に上に続く石階段を登りました。続いて、心光寺に向かいました。このお寺、8年前に訪問したことがあります。葉脈が一直線の珍しいナギの大木があります。
前方後円墳上の白鳥神社 前方後円墳の前方部斜面
心光寺を見終わると、隣の白鳥神社に行きました。この神社は、山口県で一番大きな前方後円墳の円墳上に鎮座しています。神社の改築時に古墳の宝物が出土したことで発見されました。縄文時代から集落があったほどです。弥生時代から古墳時代にかけてそれなりの有力者が住んでいたのでしょう。この古墳の全周を歩いてみることにしました。
平生町佐賀地区の史跡を巡って歩いたコース
わら細工等をするためのクラフト小屋に、薪暖炉を設置することにしました。先日、専門家のOさんに来ていただいて暖炉のサイズなどを決めました。鍋を置くなどして簡単な料理やお湯を沸かすことができる通称時計型暖炉です。
そして、どこに煙突をどのように付けるかなどを相談しました。この冬の間に設置してもらえば良いので、まずは見積もりをお願いしました。土間の南側土壁に近い場所に設置します。薪暖炉がやって来るまでの間、6年前に素焼き土器の製作に使った七輪で暖をとることにしました。
土間の南側土壁に近い場所に置く予定の薪暖炉
ところで、小屋内に数十年前の真空管アンプを置きましたが、小さな音しか出ません。修理する必要があるようです。修理が完了するまでの間、インターネットで購入した小型デジタルアンプ(¥3,399)を置くことにしました。極小のアンプですが、Bluetoothが付いているためスマホに溜めた音楽を聴くことができます。音量も十分です、低音が弱いですが音質はまあまあです。デジタルアンプなので極小で、手のひらサイズです。電子機器の進歩には驚きます。
プレーヤー上に置いたデジタルアンプ しばらくの間は七輪で我慢
去年、古代に布を織るために栽培されていた大麻に興味を持ちました。大麻と言うと、麻薬成分含まれるとのことで栽培は禁止です。しかし、古代の日本では麻薬成分がないものが栽培されており、紐や衣服に使われていました。
古代において大麻を栽培していたのでしょうか、私が住む地域は「麻郷」と呼ばれています。新潟県には「美麻」地区があり、今でも栽培しており30年位前に見学に行ったことがあります。
その大麻に一番近い栽培植物がケナフです。葉や背丈がそっくりです。ただし、つぼみや花は形は全く違います。そのケナフの種を取りました。
大麻によく似たケナフの実を採取
ケナフの実には小さな鋭い棘が無数にあります。気やすく指で握ると、その棘が皮膚に刺さるのです。とても厄介な実です。乾いた実を槌で叩くと、中から種がたくさん出てきます。その種を来年も蒔いてみようと思います。
ただ、ケナフからどのようにして繊維を取るのかよく分かりません。どうにかして乾いた茎から繊維をはぎ取るようです。布にはできなくても、紐などの繊維にできないか考えています。
たくさん付いた実 もぎ取った実 中から出てきた種
Xmasツリーとサンタの家を郷土館に飾っていました。今日12/24は今年最後の郷土館勤務日でした。私しかXmasツリーを仕舞うことができません。そのため、Xmas当日の今日、Xmasツリーとサンタの家を倉庫に仕舞いました。世の中、Xmasケーキを食べて祝うのでしょうが、婆様と二人暮らしの私にはケーキはありません。しくしく。
そう言えば、去年孫達とオンラインXmasを祝ったことを思い出しました。家族が国内国外と離れていると、オンラインで祝うそんな時代になりました。
郷土館に飾っていたXmasツリーとサンタの家
Xmasツリーを仕舞っていると、このツリーの購入日が1994.12.24と記述してありました。ピッタリ、今から29年前の今日のことです。小学生だった子供達と購入しに行ったように思います。レジ前がずいぶんと混んでいた記憶があります。今では、孫達がXmasを祝う年齢になってしまいました。やれやれ、時の経つのは早いものです。
購入日1994.12.24 仕舞う途中のサンタの家 仕舞われたツリーなど
8月に新しい車に買い替えたのですが、今度の車は気候を感知するのか「道が凍結している可能性があるため~~」と注意を促します。気温が0°以下になると警報を発するのでしょう。
車に催促された訳ではないのですが、車のタイヤ4本を全て冬用のスタッドレスタイヤに変えました。以前乗っていた車のスタッドレスタイヤと互換性があります。保管していたそのタイヤに交換しました。ジャッキで車を持ち上げたり、ネジを外したり、タイヤを取り替えたりするなど、多少の力仕事のため腕が疲れましたが、毎年冬の始まりの行事のようなものです。
車をジャッキで持ち上げて、スタッドレスタイヤに全交換
以前使っていたジャッキは手でぐるぐる回すタイプでした。車に備え付けの小さなジャッキでした。今年は、レバーを上下するタイプのジャッキを使いました。このジャッキは腕が疲れません。ジャッキを変えるだけでずいぶん楽になるものです。
車止めをタイヤにセット 交換する冬用タイヤ 車をジャッキアップ
スタッドレスタイヤを取り付けると、四つのネジをトルクレンチで締めました。既定の強さで回すとカチッと音がします。このようにして、すべてのタイヤを交換しました。
交換後のスタッドレスタイヤそれぞれの凹み具合を見ると、タイヤの空気が減っていることが分かりました。数ヵ月も使っていなかったので仕方ないことでしょう。そこで、懇意にしているガソリンスタンドに行きました。そして、ガソリンを給油するついでに、適正な空気圧になるようタイヤに空気を入れてもらいました。
これで、この冬も安心して車に乗ることができそうです。
トルクレンチで規定値に締める 後輪も同じようにタイヤ交換
畑を回っていたら、タマネギの苗が育っていました。本来ならば11月に苗を植え付けるべきでした。12月の今、苗を植えてもタマネギにはならないはずです。この苗をどうしようか考えました。
11月にすでに必要量のタマネギの苗を植え付けていました。そのため、苗を捨ててもよかったのです。しかし。せっかくの苗がもったいないため、急遽畝を作って植え付けることにしました。タマネギにはならなくても長ネギとして収穫できるはずですので。
育っていたタマネギの苗を、ダメ元で畝に植え付け
タマネギの苗作り、もう少し早めにしていればこのようなことにならなかったと思います。9月が暑かったため、苗づくりを10月に伸ばしてのがいけなかったのです。でも、春先に美味しい長ネギを新たに収穫できると思えば、気が楽になります。
育ったタマネギの苗 植え付けたタマネギ苗 植え付け完了の畝
以前作った猫ちぐら(ほぼろ版)、実際に猫達に使ってもらいました。すると、欠点が一つ見つかりました。猫が屋根に登ると、猫の重さで屋根が凹みます。何度も昇り降りしていると、屋根に凹み癖がついて凹んだままになるのです。
その凹みの具合が猫に良いのか、その凹みに入ってくつろぐようになりました。そこで、屋根に凹み癖がつかないように、薄く剥いだ竹皮を内側から取り付ける改良を施しました。おかげで、もう凹み癖が付かなくなりました。
屋根に凹み癖がつかないように、内側に竹皮を取り付け
なお、猫達は凹んだ屋根がお気に入りのようです。猫ちぐらの中に入る一方で、凹んだ屋根に乗ったりしていました。最初から凹みをつけた猫用お休みクッションとして製作してみるのみ良いかと思うようになりました。いろいろなタイプの猫グッズを作ってみるのも面白いかと。
凹み防止の薄い竹皮 猫ちぐらの円座を固定 凹み防止をした猫ちぐら
本来ならば11月にすべきだった、藍の採種をしました。約1ヶ月間経っていたためだいぶ種が落ちていました。葉は全て落ち去って、枝先にわずかに残った種を取りました。種が落ちてしまったとは言え、来年種まきする量の種子を取ることができました。
指で種を揉むと、黒光りするゴマほどの小さな種が出てきました。毎年の事ですが、3月下旬に種まきをして育苗します。そして、5月になると育った苗を畑に植え付けます。
枯れた枝先に残った種子を、摘まむようにして採種
昔、田布施は藍染めが盛んでした。その証拠に、江戸時代に紺屋(染物屋)がたくさんあったとの記録があります。郷土館に展示してある田布施の農業暦に、藍の種まき時期が3月とあります。
昭和初めまで紺屋が残っていたようで、染めた布を田布施川でさらしている写真が残っています。その後、その染物屋はクリーニング店に職を変えたと聞きます。
枝先に着いた藍の種子 指で揉むと黒光りした種子
ようやく冬らしい厳冬期に入りました。早朝、外を見ると一面霜が降って真っ白に染まっています。いつものように野菜を収穫するために畑に行きました。すると、小松菜をはじめ野菜はカチカチに凍り、葉の表面は棘のような霜に覆われていました。葉を曲げると折れてしまいました。
昼間、野菜の上に寒冷紗を掛けておきました。寒冷紗を掛けないでおくと、霜にやられてそのうち葉がボロボロに傷んできます。場合によっては葉が枯れてしまいます。これでは食べられません。
霜の棘で覆われた小松菜の葉
小松菜,大根葉,レタスなどに寒冷紗を掛けましたが、白菜は新聞紙を巻いておきました。春がやって来る3月下旬まで、野菜を美味しく食べることができるように霜対策しました。なお、ネギ類は寒さに強いので対策する必要はありません。
霜で白くなった小松菜 寒冷紗を被覆した小松菜
毎年の事ですが、12月になるとサトウキビは霜のためか茶色に変色してきます。そのままにしておくと、凍り付いて完全に枯れてしまいます。枯れる前に、暖かい部屋の中に移して越冬させます。茎を30cm位ごとにぶつぶつ切断して箱にいれるのです。そして、その箱ごと部屋の中に入れて保管します。窓際だと寒いので、私が寝る部屋で春になるまで保管します。そして、4月になって暖かくなると再び畑に植えます。毎年その繰り返しです。
切断したサトウキビを、箱の中に次々に入れる
畑のサトウキビを見ると、葉は全て枯れていました。一見枯れていないように見える葉は、霜が当たって黄土色に変色していました。じきに茶色に枯れます。
根を含む株は部屋に移せないため畑に残しておきます。その株元には厚く土を被せておきます。そうすると、地中で越冬して春に芽生える株が3割位あります。
サトウキビの根元を切り茎を取る 茎を30cm位ごとに切断して保存
夏以降開催していなかったほぼろ製作講習会を開催しました。季節柄寒いのに、子供を含め10人に参加していただきました。製作する品目が多種にわたったため、私はゆっくり腰をすえていられませんでした。普通のほぼろ、猫ちぐら、ポシェット、買物籠などです。
特に少ししか製作していないポシェットと買物籠は意外に難しいのです。しかも、子供が作るにはやや難しかったように思います。次回は2/18を予定しています。もっと作りやすい治具を考案する必要があることを感じた今日の講習会でした。疲れましたが無事に終えたため、安心して年越しができそうです。
暖房の効いた麻郷公民館ロビーでほぼろ講習会
今回は子供が三人参加してそれぞれポシェットと買物籠を作りました。ところで、今回はわらの品質が良くなかったようです。折れるわらが続出しました。編む前にしっかりと槌で叩いて、よりやわらかくしておく必要を感じました。次回への反省点です。参加された方々、お疲れさまでした。
編み台前に各自座る 猫ちぐらを手伝う子 ポシェットを下げる姉妹
今年最後の放課後学習 成器塾でした。今回は最も簡単な織りである段ボール織りをしました。四角にカットした段ボールは二つの角に刻みが入れてあります。その刻みに沿って経糸を張ります。それが終わると経糸に直行するように横糸を張ります。とても簡単です。
ただ、簡単とは言えバカにはできません。どんな色の糸をどの順番に張るかなどで、織られた毛糸布の見栄えががらりと変わるのです。子供達一人一人の感性が表出するように思います。
経糸を張った段ボールに横糸を張る
段ボール織りは去年もしました。そのため要領が分かっている子供が多く、それほど教える必要はありませんでした。今年初めて成器塾に入った四年生には詳しく教えました。みんなワイワイ楽し気に段ボール織りをしていました。一人だけ完成しました。もう一コマで全員完成できると思います。
たくさんの毛糸から選ぶ 経糸を段ボールに張る 続いて横糸を張る