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桜と絵本と豆乳と

楽園を目指す布石の結果は…

2019年04月19日 | 読書
 吉田修一の文章の持つ独特の雰囲気は、例えば臭いのきついチーズのような感じだろうか。『悪人』『さよなら渓谷』『怒り』といった有名な小説にもそういった箇所はあった。リアルな情景描写、それは人間の汚れとか醜さを象徴することが多く、顔をしかめる場合さえある。そう言いつつ、その世界にハマっていく。


2019読了37
 『犯罪小説集』(吉田修一 角川文庫)



 5編の短編集。幼女誘拐、山村の連続殺人、青年社長やプロ野球選手の破滅など、実際の事件がモデルになっている話もあるようだ。人間の「性」を描く作家の筆がシャープで、立ち止まることなくその世界に入り込むことが出来た。当然ながら、犯罪や事件には背景があり、何か「布石」になるものが必ず存在する。


 作家は、犯罪が起こることを前提に書き進めるだろうが、不幸を引き寄せていく過程をBGMが鳴るような感じで描く手練れ感がある。まるでワイドショーのようにあの時こうだったらどうなっていたかと、その石の置き方を考えざるを得ない。当然、映像的でもある。映画化も決まって『楽園』と名づけられたと言う。


 あとがきをその映画監督が書いていて、題名について触れている。直接的な言い方をすれば、犯罪者の多くが求めるのは「楽園」なのだろう。その意味では誰であれその要素があるわけで、犯罪という非日常は、日常の布石の結果において姿を現わすと言ってよい。どんな楽園を目指して石を打っていくかが全てである。


 自分の内にある欲や外部が仕掛ける罠に気づくことが肝心か。さて、この小説集に気に入った独白と台詞があった。この二つが映画でも使われたら嬉しい。「(進路相談を気にしない男子高校生)こういう男の子の無防備さを『生命力』と呼ぶ」「遊んでから我慢する人じゃなくて、我慢してから遊ぶ人になりなさいよ