百醜千拙草

何とかやっています

Paying dues

2022-04-22 | Weblog
三年来のプロジェクトを論文にしようと作業していますが、図を作ったり、データを見返したりという作業は思いの外、時間も手間もかかるもので、ついこうして現実逃避しています。優秀な研究員が実験もデータの解釈も論文も全部やってくれて、こっちは褒めるだけでいいという状況がいつかやってくればいいなと、ずっと夢見ていましたが、そんなことは現実にはおこりませんでした。

面倒なやるべきことを後回しにして、簡単な目先の雑用に時間を費してしまうのは悪い習慣で、嫌気がさすと、わざわざemailを開けて雑用を探し出したりするほどです。それで、とある女性研究者をサポートする組織のフェローシップ応募書類の審査を引き受けたのを忘れていたことを発見しました。どうもこれまでも何度かきていたメールを全部ジャンクメールだと思い込んで読まずに捨てていたようです。締め切りまで時間がないということで、あわてて書類を見ました。応募者はポスドク五年目、数本の筆頭著者論文、二年前にN紙の姉妹紙に一本、BioRxivに発表したものは一流誌で審査中とのこと。研究計画そのものは5ページほどですが、これを書くのにかなりの時間が費やされているのは明らかです。二本の推薦状。これを書いた人は二人とも知っている人でした。普通、推薦状は自分で書いて署名をもらうものだと思いますけど、これは本人たちが自筆で書いたようで、びっしり二ページずつ。

これを見ながら、みんな大変だなあ、とすっかり人ごとのように感じているのに気がついて、ああ、自分は気持ち的にもう現役ではなくなってしまったのだ、と実感させられました。

私は自分で何か作り出すことに喜びを感じますけど、得手不得手でいうと、ゼロから創造することよりも、存在するものを解釈し批評することの方が得意です。実験を繰り返して何らかの発見をすることに興奮を感じますけど、この部分は、悲しいことですが、どちらかというと得意ではないと思います。論文や研究費申請書のレビューは好きではないですけど、うまくできる方です。私の場合、好きなことはあまり得意でなく、得意なことはあまり好きではない、ということです。

そして、私が好きでも得意でもないことが、この業界にはあって、それは、研究を続けていくには、必須のものなのです。つまり、資金獲得競争、論文出版競争、出世競争といった複数の競争にうち勝っていくということです。これらの競争に純粋に学問が関与する部分はごく一部です。

普通は、この現実を必要なものであると受け入れ、割り切って頑張るわけですが、私はもう、アホらしいとしか思えなくなってしまいました。そこまでして研究の権利を手に入れて、多くの動物を犠牲にし時間とカネを費やして実験を繰り返し、ハイインパクト雑誌に科学の成果として発表した知見の半数以上はウソ(再現性がないという意味で)だったというがん研究論文再現性試験の結果を見ると、(驚きませんけど)この競争はアホらしいとしか思えなくなりました。

競争があるのは資本主義社会の常で、どこの世界でもそうでしょうから、私はもはやどこにいってもアホらしいと感じてしまうでしょう。

この熱のこもった応募書類を見て、十年前の自分を思い出しました。彼女らが、短い人生の中で何らかを成し遂げようとして、必死に頑張っているその様子は痛いほど感じるのですけど、素直に頑張って欲しいという気持ちが湧いてきません。研究稼業が私はそれほど素晴らしいものだとは思えなくなったかられです。アカデミアのほとんどの問題は(アカデミアに限らず、どこの世界でもそうでしょうけど)カネで解決できて、カネでしか解決できないものです。そして、カネは全然、足りません。

このフェローシップをもらえる人はおそらく十人に一人以下でしょう。九人の努力は報われません。そう思いながら、評価コメントを書きました。この辺は得意ですから、読んだ相手はイヤな気分になるだろうなあ、とは思いつつも、淡々と弱点を指摘するだけです。

そして、自分が応募者の立場であって、そういうコメントをされた場合に、どうするだろうと、いつも少し考えます。どんな計画にも弱点があるものですが、すぐのその改善策を思いつくような申請書は、十分練れていないものがほとんどなので大体ダメです。そして、簡単に改善策がない場合の多くは、プロジェクト自体の限界です。そういう場合、応募者がどうにもできない場合がほとんどです。それは、多くの場合、種々の外的要因によってそのプロジェクトに落ち着いてしまった応募者の「運」というやつです。

現代社会では、人生はギャンブルで、配られた手札で勝負するしかない、と人は考えます。それを受け入れた上で勝負に勝つために頑張るのを尊いと思うか、そんなギャンブル自体がアホらしいと思うかは、人それぞれ、状況にもよるのではないかと思います。

関係ないですけど、Marvin Gaye で"Life is a gamble"  を。
研究業界も含む現代の社会で生きる人間の宿命が、たった三行の歌詞に述べられています。(1971)

歌詞:
Life is a gamble, oh baby,  
Where you win all rules.  
I'm right, just paid my dues.
コメント
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