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ウチの裏にある栗の大木から、今を盛りと栗が落ちている。
毎日拾い集めては、水に浸けて虫食いと無事のものを選別する。
そうして、5人(軒)に差し上げた。
水に浸けてしばらくすると、虫のいる栗からは芋虫が出て来てそのまま溺れ死ぬ。
水に浸ける前に選別したのに、無事の方からも出てくることがあるから念入りな選別が必要だ。
虫食いの不良品もひどい状態でないものは、もったいないので栗ご飯にチャレンジしてみた。
軽く茹でてから皮をむくと、やりやすいと聞いたのでやってみたのだが、茹で加減がすぎた。
まぁいいかと、皮をむいたら、むくのはなるほどという感触。
それにしても茹ですぎ。
虫の居た穴は深く変色して悪くなっているので、かなりえぐらなくてはならない。
マシな部分が5ぶんの1ほどにしかならないのもあったが、意地になって全部やり終えた。
包丁という刃物を持って栗をむくといったようなことに集中するという行為は、何かしらおぞましい気配を醸し出すのではないかと思った。
女たちは、時に台所にこもり、物騒なことを思ったりしながら夢のような時間を過ごしていたりするのではないかと。
それはともかく、栗ご飯の作り方を検索すると、色々と面倒なことが書いてあって途方にくれた。
一番シンプルなのが、研いだ米に塩を少し入れてかき混ぜ、栗を乗せ、炊き上がったら酒を少しまぶして蒸らし、かき混ぜて完成というもの。
それしかないとやってみたら、やはり皮むき前の茹で方が過分だったのだろうという味だが、食えないことはないし、確かに栗ご飯ではあるから最初にしては上出来。
2食食べて3食分を冷凍にした。
他人に食べさせる訳にはいかない味なので、自己責任で完食予定。
※栗を差し上げた5人のうちの1人から栗ご飯をもらった。
聞いてみると、顆粒出汁なんかを投入して炊くそうで、黒ごまも掛けてある。
いただいてみたら『う、うまい!』。
そうして自分で作った栗ご飯を完食できるか自信は揺らぐ。
亜熱帯から来た若者は「大宝」という劇場と「納豆」というネバネバシタ、湿った靴下の臭いと通学の「満員電車」にカルチャーショックを覚えて、なかなか勉学にベクトルが向かなかった。
あの頃、
「クリ」・・・とりっくす?
「くいんとりっくす」・・・
坊屋三郎が外人にテレビのCMで「くいんとりっくす」の発音を教えていた。
私のブログが、そういう頭の体操に役立っておるようで、嬉しいです。
あの当時のカルチャーショックを、故郷に還元してますか!?
進取の気性をいつまでも!