引退をした朝青龍がハワイに発ったというニュース映像を観た。テレビカメラや記者のマイクにも今までのような横柄な態度は見せず、あっさりとしてさばさばした表情だった。悪びれない様子とも取れるし意気揚々たる姿とも受取れる。傷害事件当事者には多額の示談金も払い、被害届けは出さないという約束を取り付けたのだからもう事件はなかったことになったということなのだろうか。ハワイに行けるということはそういうことなのだろう。解雇ではなく本人からの引退届けだから、相撲協会から1億円以上の退職金も支払われるのだという。
今回の騒動での損得勘定を考えてみると、誰一人として損をしていないように思われる。相撲協会と高砂親方及び大相撲関係者にしてみれば、今まで朝青龍人気でかなり儲けてきた。しかし今後この問題児がどんな大問題を起こすか戦々恐々たる思いだったところ、うまい具合に厄介ばらいができた。もう十分で丁度よい頃合だったのだ。鼻骨骨折の被害者にしても、あれだけの文面を書いて示談書も作成しているのを見れば、納得のいく示談金をもらったということなのだろう。
一般人へのインタビュー報道なども、しょうがないとか当然の結果とかファンだったから惜しいというような内容ばかりで、真相究明という事件性追求の姿勢はほとんどなくなった。警察もそのような雰囲気を汲んでの民事不介入の態度だ。政治的配慮のようなものが働いたのかも知れない。何の指示もないのに行政は自主規制のようなことをしてしまうものだ。スポーツ評論家の中には『モンゴルは対ロシアという地理的条件から友好を保っていかなければならない国だから対応が・・・』などと言う者までいた。
モンゴルのマスコミは朝青龍の引退を、いじめられてしむけられたとか、記録を塗り替えられるのを阻む陰謀だとか、とにかく惜しむというよりは憤りの表現が多いようだ。一人だけ『そんなことはないし、いじめられているなんてことはない・・』と言っているのが、今はモンゴルの国会議員の元旭鷲山だ。彼は朝青龍とはまげをつかまれての反則やら車のミラーを壊されたり、口げんかしたりという関係だったが、それだからこそか冷静に見ている。ひょうひょうとしているのに相撲では色んな技をくりだす彼が私は好きだった。
朝青龍は横綱の品格や所作を云々されることも多く、これまでに色んな問題を起こしてきたが本当にうまく勝ち逃げしたものだなぁと感心する。これ以上やっていても落ちていくだけの時期になっていたのだから、頭をつける相撲も取り技能的になったなどと解説されていようが、優勝などはもう難しかっただろうと思われる。引退したから何とでも書けるのだけれど・・。
私は相撲に関してさほど詳しいわけではないけれど以前にこのブログで、大相撲の美しさは溜めの美しさ・・・とか、勝負が決まった途端に力を抜いて相手をかばう見切りの素晴らしさなどを書いた。日本人の美意識には、勝ち気を隠して見せないといった所もある。負け(ず)嫌いを顕わにするのは大人気ないことではしたない事なのだ。
朝青龍は日本的な美意識などとは無縁な悪ガキのまま横綱にまでなってしまった。彼のファンは相撲の巧さ強さばかりではなく大人気ないヒールとしての彼を盲目的な親心で愛していたのだろう。悪い所には目をつむって、よい所かわいい所こどもこどもした仕草だけを見ては目を細めてしまう。感情が態度と表情に表れてわかりやすいから認めてしまうのだ。しょせんファンでしかないから。
彼は十分な実績と記録を残して去った。解雇ではないから引退相撲が行われるだろうなどということも聞いた。日本国籍を取得しなかったので相撲協会には残らないのだそうだが断髪式はやるのだろうか。すべてのセレモニーが終わって区切りがつくまでに酒でまた失敗しないだろうか。『酒は控える』などという反省の弁はなかったのだから。
相撲という仕事を失職してもモンゴルに帰れば、儲けたお金で築き上げたアサ・グループという財閥のオーナーだからビジネスマンとしてやっていくのだろうか。国会議員から大統領を目指すのだろうか。相撲の精神性のような部分を省いて出世してしまった男だ。DVが原因とかで離婚もしてしまっている。アルコール依存症などにならないように見守る人は周りにいるのだろうか。などと余計なお世話ながら、心配するとまでは言わないけれど想像をしてしまうんである。
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今回の騒動での損得勘定を考えてみると、誰一人として損をしていないように思われる。相撲協会と高砂親方及び大相撲関係者にしてみれば、今まで朝青龍人気でかなり儲けてきた。しかし今後この問題児がどんな大問題を起こすか戦々恐々たる思いだったところ、うまい具合に厄介ばらいができた。もう十分で丁度よい頃合だったのだ。鼻骨骨折の被害者にしても、あれだけの文面を書いて示談書も作成しているのを見れば、納得のいく示談金をもらったということなのだろう。
一般人へのインタビュー報道なども、しょうがないとか当然の結果とかファンだったから惜しいというような内容ばかりで、真相究明という事件性追求の姿勢はほとんどなくなった。警察もそのような雰囲気を汲んでの民事不介入の態度だ。政治的配慮のようなものが働いたのかも知れない。何の指示もないのに行政は自主規制のようなことをしてしまうものだ。スポーツ評論家の中には『モンゴルは対ロシアという地理的条件から友好を保っていかなければならない国だから対応が・・・』などと言う者までいた。
モンゴルのマスコミは朝青龍の引退を、いじめられてしむけられたとか、記録を塗り替えられるのを阻む陰謀だとか、とにかく惜しむというよりは憤りの表現が多いようだ。一人だけ『そんなことはないし、いじめられているなんてことはない・・』と言っているのが、今はモンゴルの国会議員の元旭鷲山だ。彼は朝青龍とはまげをつかまれての反則やら車のミラーを壊されたり、口げんかしたりという関係だったが、それだからこそか冷静に見ている。ひょうひょうとしているのに相撲では色んな技をくりだす彼が私は好きだった。
朝青龍は横綱の品格や所作を云々されることも多く、これまでに色んな問題を起こしてきたが本当にうまく勝ち逃げしたものだなぁと感心する。これ以上やっていても落ちていくだけの時期になっていたのだから、頭をつける相撲も取り技能的になったなどと解説されていようが、優勝などはもう難しかっただろうと思われる。引退したから何とでも書けるのだけれど・・。
私は相撲に関してさほど詳しいわけではないけれど以前にこのブログで、大相撲の美しさは溜めの美しさ・・・とか、勝負が決まった途端に力を抜いて相手をかばう見切りの素晴らしさなどを書いた。日本人の美意識には、勝ち気を隠して見せないといった所もある。負け(ず)嫌いを顕わにするのは大人気ないことではしたない事なのだ。
朝青龍は日本的な美意識などとは無縁な悪ガキのまま横綱にまでなってしまった。彼のファンは相撲の巧さ強さばかりではなく大人気ないヒールとしての彼を盲目的な親心で愛していたのだろう。悪い所には目をつむって、よい所かわいい所こどもこどもした仕草だけを見ては目を細めてしまう。感情が態度と表情に表れてわかりやすいから認めてしまうのだ。しょせんファンでしかないから。
彼は十分な実績と記録を残して去った。解雇ではないから引退相撲が行われるだろうなどということも聞いた。日本国籍を取得しなかったので相撲協会には残らないのだそうだが断髪式はやるのだろうか。すべてのセレモニーが終わって区切りがつくまでに酒でまた失敗しないだろうか。『酒は控える』などという反省の弁はなかったのだから。
相撲という仕事を失職してもモンゴルに帰れば、儲けたお金で築き上げたアサ・グループという財閥のオーナーだからビジネスマンとしてやっていくのだろうか。国会議員から大統領を目指すのだろうか。相撲の精神性のような部分を省いて出世してしまった男だ。DVが原因とかで離婚もしてしまっている。アルコール依存症などにならないように見守る人は周りにいるのだろうか。などと余計なお世話ながら、心配するとまでは言わないけれど想像をしてしまうんである。
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期待を裏切らないってところですかね(^^ゞ
同じ判りやすい人でも陽気な把瑠都なんかだと、チャーミングで好ましいばかりなんですけどね。
・・・「騒ぎすぎ」です。早めに「首を切って」おけば良かったのに?
ハワイまでマスゴミは行っています。・・・そんなマスゴミに沖縄を報道して欲しくないです。
私も、武蔵が小次郎に巌流島で行ったパフォーマンスのことを思っていました。
鞘を投げ棄てた小次郎に『小次郎敗れたり』と叫んだのは、実に卑怯な心理戦パフォーマンスですよね。
子供の頃からそれを思っていた私は武蔵がずっと嫌いなままです。