上高地は神が降り立つ地・神降地が転じたものと記憶しているとしばらくまえに書いた。確か北杜夫がどこかに書いていたような気がする・・・。
**塩尻の駅を過ぎると、西の窓に忘れることのできぬ北アルプス連峰が遥かに連なっているのを、係恋の情を抱いて私は望見した。黒い谿間の彼方に聳える全身真白な乗鞍岳は、あたかもあえかな女神が裸体を露わにしているかのようであった。**
松高に入学する為に東京から松本に向かう列車の窓からみたたおやかな乗鞍の山容を「私」はこう表現している。
『神々の消えた土地』北杜夫/新潮社
戦争中、麻布中(旧制)の生徒だった私は東洋英和女学校の生徒、知子と知り合う。戦争が激しくなって知子は甲府に疎開、私は松本に向かう。知子から松本高校思誠寮気付として私に手紙が届く。やがてふたりは松本で再会、美ヶ原に登る、そしてそこでふたりは結ばれる・・・。
再会を約束した日、知子が松本駅に現れない。数日後、私は列車で甲府へ出かける。そこで目にしたのは大空襲で焦土と化した街だった。八月、終戦。ひとりで上高地に向かい西穂高や前穂高に登る私。大自然は荘厳で美しい、だが神々は死に、消え失せてしまっていた・・・。
タイトルからして、神降地と出てくるのはこの小説だろうと再び読み始めたが結局最後まで出てこなかった。 ふたりが美ヶ原に登る途中、こんな一節が出てくる。
**私は今まで気づかずにいたが、見まわすと辺りの林はほとんど落葉松であった。しかも、かなり登ってきたので、その葉はまだ若芽から萌えでたようなういういしい薄緑色を呈していた。**
この私も「私」と同様、落葉松の芽吹きを美しいと思う。 この小説は、文庫化されたが残念ながら絶版となってしまったようだ。