透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「氾濫」伊藤 整

2020-08-29 | H ぼくはこんな本を読んできた

320

 「チャタレイ夫人の恋人」がわいせつ文書にあたるとして、翻訳した伊藤 整が版元の社長と共に起訴され、有罪となったことを知っている人は少なからずいるだろう。だが、今この作家の作品を読む人は多くないかもしれない。

ぼくが『氾濫』(新潮文庫1974年22刷)を読んだのは1974年12月のことだった。この小説のテーマは人間のエゴ。

この文庫のカバー裏面には作品紹介文が載っていないから、代わりに巻末の奥野健男氏の解説から引く。

**人間はみんな醜いエゴイズムの持主で、世間と偽りの妥協を行って生きている、これが人間社会の実体なのだ、と作者は言っているようだ。**(552頁)

**偽りや虚飾を取り去り、人間の真実の姿を描こうと、皮剥ぎの苦労を重ねて来た近代日本文学が、この小説においてその極限にまで達し、ついに捉らえた真実が、人間は真実には生きられず、偽りの中に生きている、ということであったのは皮肉というほかない。**(553頁)

**『氾濫』は、伊藤 整氏の文学の集大成であり、近代文学の記念すべき傑作である。**(553頁)奥野氏は解説をこのように結んでいる。

この長編が傑作だと評されていようと、細かな活字で540頁超の長編を再読する気力はもうないなあ・・・。


前稿に書いたようにこのカテゴリーに載せた文庫本が100冊になった(上下2巻の作品は2冊と数えているので、記事の数は100に達していない)。