東日本大震災のあとに、方丈記を読みました。
そのなか、浅見和彦校訂・訳『方丈記』(ちくま学芸文庫)は、
2011年11月10日第一刷発行で、新しかった。
今日は雨。降ったりやんだりの天気。
今年は、台風19号での川の氾濫が印象に残ります。
うちは海には近いほうですが、川の氾濫とは
縁がない地形です。
そういえば、方丈記には
火事や竜巻や地震が語られておりました。
けれど、水害についての記述はあっただろうか?
そう思って、この文庫の方丈記をひらいてみる。
「また、養和のころ・・・・
あるいは春、夏日照り、あるいは秋、大風、洪水など
よからぬ事どもうちつづきて、五穀ことごとくならず。
・・・・・・
これによりて、国々の民、あるいは地を捨てて、境を出で、
あるいは家を忘れて、山に住む。さまざまの御祈りはじまりて、
なべてならぬ法ども行はるれど、さらにそのしるしなし。
・・・・・・・・・・」(p22~23)
うん。ここも引用しておきます。
「わかがみ、父かたの祖母の家をつたへて、
久しくかの所に住む。その後、縁欠けて、身衰へ
・・・三十余りにして、さらに我が心と、一の庵をむすぶ。
・・・・・・・・
雪降り、風吹くごとに、あやふからずしもあらず。
所、河原近ければ、水難もふかく、白波のおそれもさわがし。」
(p28)
そうでした。方丈記は、はじまりから河でした。
水難の視点で、方丈記の巻頭をあらためて読みます。
「ゆく河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつむすびて、
久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし。・・」
さて、この序章の箇所を、浅見和彦氏は評して、
こう記述しております。
「鴨長明(1155ころ~1216)は京都下鴨神社の神官の
子として生まれた。・・・・・・
下鴨神社は平安京の東北のはずれに鎮座する。
北山の大原に水源を持つ高野川と京都市北方の
丹波高地に発する賀茂川のちょうど合流地点にある。
その場所がらからいってもよくわかるが、
平安京の水の祭祀を古くから行っており、
それに奉祀する鴨氏一族は水と川との関わりが深い。
下鴨神社の境内に広がる糺(ただす)の森は
常に静寂さにつつまれ、その中を御手洗川や泉川と
いった小川が静かに瀬音をたてながら流れていく。
夏の若葉、秋の紅葉がひときわ美しい場所である。
下鴨神社の神官の子として生まれた鴨長明は
この風景を見ながら育ったのであろう。
川は長明にとって終生忘れることのできない
風景であったに違いない。・・・」(p39~41)
はい。今は風はあれど、
雨は少しやんでおります。