山梨百名山から見る風景

四方を山に囲まれた山梨県。私が愛して止まない山梨の名峰から見る山と花と星の奏でる風景を紹介するページです。

樹氷の三つ峠  平成21年1月10日

2009年01月15日 | 御坂・毛無・天子山系
 平成21年1月10日 天候晴れ

 前日、甲府盆地には待望の(?)雪が降った。積もるほどではなかったが、甲府盆地を取り囲む低~中山は雪化粧している。樹氷が期待できるこの日、さて、どこに出かけるか?正月の南アルプスでの凍傷がまだ回復しておらず、手足の指先にしびれが残っているので、今回は容易に行ける場所、かつ、かねてから樹氷と富士山を撮りたいと思っていた三つ峠に行くことにした。
 日の出の間に合うように、目覚まし時計を3時にセット。止めたのは覚えているのだが、ウトウトしているうちに眠ってしまったらしく、布団から出ると時間は4時半になっていた。急いで準備して出発するが、御坂の登山口に到着したのは5時半過ぎ。しかも林道のゲートが閉鎖されていて、その前には車が20台近く停められている。完全に出遅れだ。スパッツと軽アイゼン装着し、歩き始めたのは6時。ゲートから歩くと余計に15分くらい時間がかかるので、7時の日の出までに到着するのは絶望的だ。休憩無しで黙々と歩くが、やはり途中で夜が明けてしまい、御坂の山塊に朝日が差し込んで真赤に焼けているのが見える。しかし、空の上は雲が多く、果たして富士山は見えているのだろうか?あと10分ほどで三つ峠山荘到着というあたりで、大きな三脚を担いだ若者が下りてきた。状況を聞くと、山は焼けたが富士山は全く姿を現さなかったという。

    三つ峠(御巣鷹山)の樹氷1


    三つ峠(御巣鷹山)の樹氷2


    三つ峠(御巣鷹山)の樹氷3  左の雲の中に富士山がいる.

 三つ峠山荘の下で右に曲がって展望台を見に行くと、カメラマン3~4人が三脚を構えて富士山が出るのを待っていた。真っ白な樹氷ができていて、前景は申し分なかったが、富士山はすっぽり雲の中、全く姿を現しそうもない。三つ峠山荘の前では既に10本近い三脚が立ち並んでいたが、撮影している人は2人だけ。宿泊客らしく、富士山が出るまで山荘の中で待っているのだろう。私はそのまま人がいなそうな御巣鷹山に移動した。足跡がついていたが、それは四季の楽園の小屋主さんと犬の散歩跡だったようで、途中ですれ違った。御巣鷹山に行くと、前方にカメラを持っていない女性が1人で歩いていた。写真仲間がいて、すぐにこちらに来るという。樹氷の美しさは申し分ないのだが、富士山は全く姿を現す気配なく、みんな残念がっているという。自然相手のことだから、それも止むを得ない。

    雪化粧した御坂黒岳


    樹氷の森  富士山は裾野しか見えなかった.

 あたりの樹氷を、次のチャンスの時の構図を考えながら数枚撮影し、本日撤退。8時半には下山しはじめる。心配していた凍傷は、やはりしびれが強くなってしまっていた。長時間の雪道はもうしばらく無理そうだ。下山後は久しぶりにサロン写ば写ばに立ち寄り、またしても3時間以上、店に居座ってしまった。栗林先生はパノラマ台で富士山を狙っていたそうだが、三つ峠同様、不発に終わったらしい。
コメント (4)
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千田集落から羅漢寺山へ 平成20年12月14日 

2009年01月15日 | 八ヶ岳・秩父山系
 平成20年12月14日 天候晴れ時々曇り
メンバー:上野、保坂、山本、杉村、小野、青津、小林学、吉野、小池(L)

 昇仙峡の山奥に千田という集落がある。昇仙峡から林道を車で15分ほど走って到着するその集落は山間の秘境とも言うべき場所、人家は十数件まばらに立ってはいるが、住んでいるのは3~4件らしい。昇仙峡で馬車を引く馬は、ここで飼われている。今回のルートは昭文社の地図にも載っているルートではあるが、交通の不便さから歩く人は少なく、いわば嶺朋クラブ好みのルートである。今回の目的は、この人があまり入らないルートを歩くことと、もうひとつ、旧羅漢寺跡を見に行くことである。

    千田集落から出発する嶺朋クラブメンバー


    道標あり,道は明瞭

 8時、敷島文化会館集合し、車4台で出発。そのうちの2台は昇仙峡の駐車場に置き、2台で千田の集落に向かった。歩き始めたのは9時。登山道の看板はなく、人家の脇を通り過ぎて裏山にでも入るかのような道を進んでゆく。道は明瞭で、20分ほど歩くと千田の集落を示す道標が立っている。30分で尾根道に合流、さらに15分で太刀の抜き岩に到着した。ここからは富士山の眺望が良いのだが、この日は雲が多く残念ながら見えなかった。

    太刀の抜き岩.天気が良ければ岩の横に富士山が見える.


    白砂山展望台から見る羅漢寺山と鎧岩

 一息入れた後、今度は白砂山展望台に向かう。約50分で到着、ここは手前の展望台と、さらにその先にももうひとつ展望台がある。羅漢寺山のごつごつと切り立った岩肌の眺望が美しいが、先の展望台からは足下に突き出している鋏岩の片側も見ることができる。

    白砂山展望台(奥のピーク)から見る羅漢寺山.足元に見える岩が鋏岩の片側.


    旧羅漢寺跡下降点で昼食

 眺望を楽しんだ後、旧羅漢寺跡下降点まで移動、時間はまだ11時を回ったばかりだが、早い昼食となる。自分のカップラーメンのほかに保坂さんが用意してくれた豚汁、さらにつけもの、卵焼き等、ご馳走が揃う。今日は山を歩いたのに体重が増えているに違いない。この場所はかつて安藤広重が浮世絵で鋏岩や鎧岩を描いた場所らしいが、今はまわりの木々が大きく育ってしまっていてあまり眺望は得られなくなってしまっている。

    林の隙間から見る鋏岩.安藤広重の絵の題材になった.


    旧羅漢寺跡.江戸時代中期に建てられたらしい.

 昼食後は羅漢寺山には立ち寄らず、旧羅漢寺跡へ行く道を下降する。ここからは急斜面になり、道も不明瞭になってくる。しかも落ち葉がたくさん積もっていて滑りやすい。左手に鎧岩を見ながら15分ほど下って旧羅漢寺跡に到着。祭壇の跡なのだろうか、垂直に削られた大きな岩壁があり、その一段下には寺の礎と思われる石積みが残っていた。その先はさらに道が不明瞭になり、道とは思えないようなところを下って行くと、左手に大きな岩が見えてくる。その端には洞窟があり、中を探検してきた。奥行き10mほど、手前は平らに整地されていて、避難場所か何かに使われていたようだ。

    大岩の横に洞窟あり.


    洞窟内を探索する上野先生


    現在の羅漢寺

 この岩のあたりから道は明瞭になるが、昇仙峡の川岸あたりで対岸に渡る橋が見あたらず、ここで一行はばらばらになる。結局は川沿いに下る道を(新)羅漢寺まで歩き、そこで橋を渡って昇仙峡駐車場へ、と行くはずだったのだが、諸事情で昇仙峡遊歩道を歩き、千田に置いた車を回収して戻った。途中馬車とそれを引く馬とすれ違い、これがあの千田に住んでいる馬かと思うと、思わず応援したくなってしまった。(吉野記)


    橋を渡って舗装された昇仙峡遊歩道へ.


    昇仙峡,荒川の流れ


    馬車とすれ違う.千田で飼育されている馬.

コースタイム:敷島文化会館8:00集合-千田集落9:00-太刀の抜き岩9:45-白砂山展望台10:40-旧羅漢寺跡下降点11:05(昼食)-旧羅漢寺跡12:00-大岩洞窟12:25-(新)羅漢寺12:55-千田集落14:15頃-敷島文化会館
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