北岳、花調査(前編) ~御池小屋、右俣を経て肩の小屋へ~
平成22年7月3日 天候曇りのち雨
今年度から参加している山岳レインジャー(主に花の生育調査)の業務として北岳の花調査の命を所属する山岳会嶺朋クラブが受けた。ちょうどキタダケソウ満開の頃だろうし、行きたかった場所だけに参加することにした。しかし、問題なのは天候。1週間前から天気予報を連日チェックしていたが、日を負うごとに降水確率が高くなり、前日の予報では50%。ということは、山の上ではまず雨ということだろう。あまり気はすすまないが、レインジャーの花調査の業務は日程の指定があり、この日を逃すともう日程がとれなくなってしまう。前日、同行する嶺朋クラブ会長、高崎さんに電話してみると、「行くしかないでしょう」との返事。若干の天候不良くらいならば、行くしかないのだ。
広河原から見上げる北岳方面。空は曇り空、山頂は雲の中。左側が下山時に使う予定の嶺朋ルートがある尾根。(ボーコン沢の頭から広河原に直下りする道)
5時半芦安駐車場出発のバスに乗り、広河原に入る。天候がいまひとつということがあって、キタダケソウ満開の季節というのにバスに乗る人は少なかった。夕食までに北岳肩の小屋に着けば良いので急ぐ必要も無く、新しく立て直した広河原プラザの中の写真を見学してから、ゆっくりペースで登り始める。野呂川にかかる橋を渡ったところに看板があり、大樺沢の御池小屋分岐から二俣までは通行禁止と書かれていた。いったい何があったのか?高崎さんと相談の上、ひとまず行けるところまで行ってみようということになった。御池小屋分岐から30分ほどはいつもと変わらない大樺沢の道だったが、左岸に渡る橋のところで道は一変、大規模な雪崩の後なのだろうか、木々がなぎ倒され、道が無くなっている。橋はなんとか架けられているので渡ったが、その先の道は全くどこを歩けば良いのかわからない。どうしようかと相談していると、後ろから工事関係者(山小屋の方か?)がやって来て、「看板見ただろう、ルールは守ってもらわないと困る」と、お叱りをうけてしまった。話を聞くと、50年ぶりくらいの大雪崩で道が完全に壊れ、下の橋は直したものの上の橋はこれから工事を行なうところで、とても渡れるような状態ではないという。上流まで上って岩伝いに渡れないこともないが、保障はできないとのことで、ここは引き返して御池小屋経由で右俣を登ることにした。
通行禁止となっている御池小屋分岐から二俣に行く大樺沢の道。大雪崩で道が壊れ、上流の橋が流されてしまっている。
1時間ほど時間をロスし、御池小屋には11時15分に到着。私たちよりも1本早いバスの人たちが多かったのか、たくさんの人たちが休憩していた。小屋の前にミヤマキンポウゲが少しだけ咲いていたが、かつてはお花畑だったはずの草付きは、今ではバイケイソウとゼンマイしか生えない荒地になってしまっている。おそらくは鹿の食害、草スベリや右俣のお花畑も年を負うごとに狭くなっている気がする。
御池小屋とミヤマキンポウゲ
御池小屋横のお花畑はバイケイソウとゼンマイばかり。
二俣のところの植生保護柵。保護というよりも鹿の食害にあったところとあわないところでどう変わるかを研究するための柵といった感じ。
二俣に一株だけ咲いていたヤマガラシ
二俣まで行ったところで昼食休憩をとる。雪が多いには多いのだがびっくりするほど多いというわけではない。足元にはまだあまり花は咲いておらず、開花が遅れているようだ。右俣を登って中腹の草付きのところまで行く途中は、4年前に歩いた時にキンポウゲがだいぶ咲いていたように記憶しているが、今回はほんの少ししか見つけることができず、変わってマルバタケブキがたくさん生えていた。バイケイソウ、マルバタケブキ、トリカブト、そしてタカネコウリンカは鹿が食べないと言われており、鹿の食害の後はこのような草木ばかりが残ることになる。そして、ゼンマイ(たぶんイタドリゼンマイだと思うが)が残っているところをみると、これもおそらくは食べないのだろう。ダケカンバの林の中を、登山道を横切る獣道が真直ぐに右俣の雪渓方向に向って走っている。雪渓周辺の草付きの花をおそらくは好んで食べているのだろう。現在私たちがレインジャーとして行なっている業務は花の調査だが、その結果が出る頃にはもう北岳のお花畑は消滅してしまっているのではないか、そんな心配を抱いてしまうほどに深刻な状況になっている。もはや調査ではなく保護の段階、いや、それを超えて再生をどうするかを議論する段階まで進んでしまっているのではないだろうか。
わずかに咲いていた(残っていた)二俣ルートのミヤマキンポウゲ
中腹の草付に咲いていたショウジョウバカマ
かつてはミヤマキンポウゲが咲いていたはずだが、今ではマルバタケブキ、トリカブト、バイケイソウ、そしてゼンマイばかり。
草スベリと右俣ルートの合流地点(標高2,600m付近)のシナノキンバイのお花畑は、まだ花がほころび始めたばかりだが無事に残っていた。しかし、少しずつバイケイソウが増え始めているような気がする。
草スベリと右俣ルート合流部あたりのシナノキンバイお花畑。まだほころび始めたばかり。
ほころび始めたシナノキンバイ
さらに登って稜線にたどり着くと、景色は一変する。この稜線はまだ鹿が越えていない場所で、食害を受けていないため、ハクサンイチゲやミヤマキンバイ、オヤマノエンドウ、イワウメ、そしてキバナシャクナゲなどのお花畑が一面に広がる。ちょうどハクサンイチゲは満開を迎えており、眼前に広がる景色に遅い足がさらに遅くなってしまう。小雨が降り出したが、カメラをタオルとビニール袋で覆いつつ、三脚を取り出して写真を撮りながら歩く。高崎さんには申し訳ないので、先に小屋に行ってもらうことにする。あいにくの雨であまり良い写真は撮れないのだが、しかし、この景色は何度見ても感動する。登ってきて良かった、そう思った。
稜線西面に広がるキバナシャクナゲ群落
イワウメ群落
岩場に咲くチシマアマナ
ハクサンイチゲと残雪の北岳
北岳稜線のお花畑 やっぱり北岳は凄い!
小雨降る中を三脚を担いだまま存分に花を楽しみながら歩き、北岳肩の小屋には5時を少し回った頃に到着。小屋ではもう1順目の夕食が始まっていた。(この季節に訪れる時は、毎回夕食時間に間に合ったことがない。)2順目の夕食をいただき、うれしいことに、小屋主の森本さんからビールを1本ご馳走になった。顔を覚えていただいたようで、ここのところ宿泊のたびにビールをご馳走になってしまっている。少しでも良いから何か山に恩返しができれば、と来るたびに思う。(後編に続く)