山梨百名山から見る風景

四方を山に囲まれた山梨県。私が愛して止まない山梨の名峰から見る山と花と星の奏でる風景を紹介するページです。

黒富士、黒平ルート  平成19年11月25日

2007年11月30日 | 八ヶ岳・秩父山系
平成19年11月25日 天候晴れ

 昇仙峡の右奥、黒平の村落から黒富士に登るルートは地図に載っていない道で、メインルートとなっている平見城黒富士農園や観音峠からのアプローチが容易なためこの黒平ルートを訪れる人は少ない。というか、山梨県の山好きな人でもこのルートを知らない人が多い。ルートが整備されたというので今年の春に私の所属する嶺朋クラブの人たちが歩いている(私は参加していない)が、なかなか良い道という話を聞いており、かねてから歩いてみたいと思っていた。2日前に行った時は看板を見落として(看板が割れて地面に落ちていたため)ルートを間違えたので、今回は真面目にメインルートを歩いて登るつもりで入山する。
  
      前回間違えた黒富士の分岐点

 入り口のマウントピア黒平に車を止めて歩き始めたのは9時半だった。歩き始めた私を見てマウントピアの管理人さんが声をかけてくれ、コース状況やテープサインがあることなど情報を聞く。帰りに立ち寄ってお茶でも飲んでいってくれというので、帰り際遅くならなければ立ち寄ることにする。今回は分岐点を間違えずにコースに入り、沢詰めのところで水を汲む。ここまで時間は45分、その先は枯れた沢を右に左に渡りながら歩くことになるが、赤いテープサインがしっかりとつけられているのでそれに導かれて歩けば良い。20分ほど歩くと大きくえぐれたガレ沢になるが、ここは数年前の台風の時に土石流で流れて窪んだ場所らしい。このあたりでテープを見失うが、ガレ沢の右側を見るとテープがついている。ガレ沢を抜けて林の中に入ると間もなく鹿の広場というカラマツ林の広い空間に出る。山深く入ったと感じさせる静かで良いところだ。ここには数ヶ所鹿の広場という看板がつけられている。
    
      ガレた沢の横を歩く。ところどころテープがわかりにくい。

  
      鹿の広場の看板。数ヶ所設置されている。
 
  
      鹿の広場。静かで良いところ、森の奥深く入ったと感じさせられる。

 ここをテープどおりに真直ぐに登って行くと、テープは二手に分かれていて、真直ぐ登る道と左手に行く獣道のような細い道に分かれている。どう見ても真直ぐ行くのが順当な道なのだろうが、ヘソ曲りの私は左手の細い道に興味深々、そちらに行ってみる。道は途中で無くなっているが、笹原の中に点々とテープがつけられており、テープめがけて急斜面を登って行くと20~30分ほどで笹平(ささっぴら)という笹の生い茂る尾根に抜けた。尾根の右手にテープがずっとつけられているので、おそらくメインルートはそちらなのだろう。帰りは尾根道を歩くことにする。
  
      笹平(ささっぴら) 小さな看板が立てられている。

  
      升形山のコルにある看板。直登できるようだが、結構な急斜面。

 左に進み、升形山手前のピークを巻くようにつけられている道をテープに従って歩くと升形山のコルに出る。そのまま真直ぐ升形山に直登できるようだが、ルート確認のためテープどおりに山腹を巻いて八丁平(黒富士からの道)からの道に一旦合流し、升形山に登った。時間は11時40分、約2時間といったところだ。山頂では太刀岡山から縦走してきたという女性が一人休んでいた。いろいろと話をしたが、元々神奈川県に住まれていたのだが、老後は田舎でのんびりと暮らしたいとのことで1年前から三富町に引っ越してきたという。山が大好きで、あの笊ヶ岳に4度も登っているという凄い人だった。升形山は360度の展望が得られる景色の良い場所で、黒富士を訪れるなら是非立ち寄って欲しい場所だ。40分ほど、この山頂で過ごす。
  
      升形山から見る黒富士と富士

 ここから黒富士までは30分とかからずに行ける。12時50分ごろに黒富士到着、まず新しく建てられた黒富士標柱をチェック。揺すってみたが全く動かず、しっかりと固定されている。富士山を見るならば山頂よりはその先の岩場のほうが眺望は良い。八ヶ岳を見るならば升形山側の黒富士展望台が良い。ここでも30分以上過ごし、食事はパンで軽く済ませ、1時半、下山開始する。
  
      黒富士展望台から見る八ヶ岳と升形山

 八丁平から升形山に登る途中に黒平ルートの分岐があり、テープがつけられているが、ここには看板がないのでうっかりすると見落としてしまいそうだ。今度は笹平からメインルートの尾根を進むと、尾根のいちばん低い場所から右手に折れる道があり、黒平の看板が掲げられている。その先は低い笹原の中の細い道となるが、テープどおりに歩くと15分ほどで先ほど通った鹿の広場の上部に出る。あとはひたすら沢沿いの道を下るだけだ。ほとんど休憩せずに歩いて3時15分にマウントピア黒平到着、下りは黒富士から2時間弱といったところだ。
  
      下山で通った笹原の道。しっかりテープがついている。

  
    鹿の広場から見る升形山(右)と黒富士(左)

 管理人さんに誘われたとおりに帰り際マウントピア黒平に立ち寄る。きれいに整備されている管理棟で入浴設備もあり、予約しておけば下山後お風呂に入れるという。ほろふき大根をご馳走になったがだし汁がしみていてたいへんおいしかった。黒富士黒平ルートはこの管理人さんが管理・整備しておられ、コースの看板やテープサインなども全てやってくれている。しかし、昭文社の地図に載っていないルートなのでいかんせん歩く人が少なく、2日前も本日もルート上で出会った人は一人もいなかった。折角の楽しく歩ける道なのに埋もれさせておくにはもったいない。黒富士、升形山、曲岳方面へ登ってみたいという方がいたら、是非こちらのルートもご検討いただきたい。管理人さんがたいへん力を入れているルート、良く整備されているし、危険箇所もない、往復5~6時間の手頃なルートである。下山後はマウントピア黒平お立ち寄りの上、管理人さんにコースの感想、今後の改善点など話してあげてください。大歓迎してくれます。

お問い合わせ 甲府市マウントピア黒平 055-287-2201、
または、甲府市役所南北地域振興課 055-237-1173
 マウントピア黒平への道はメインルートは昇仙峡を過ぎて荒川ダムへ右折し、野猿谷に沿って黒平に至る道ですが、このルートは現在崩落していて通行不能です。その先の金桜神社の手前を右折して15分ほど進むと到着します。道路の左手に管理棟があり、右側に大きな駐車場があるのですぐわかります。5人用コテージ10棟完備(1泊10,500円)、休養室、バーベキュー棟、炊事棟あり、キャンプも可能です。是非ご利用ください。
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黒平、撥岩(ばちいわ)  平成19年11月23日

2007年11月28日 | 八ヶ岳・秩父山系
 平成19年11月23日 天候晴れ

 かねてから歩いてみたいと思っていた黒平からの黒富士へ行くルートを歩いてみたのだが、道を間違えて升形山の向うにあるゴツゴツした岩山、撥岩(ばちいわ)に登ってしまった。(この名前は後日マウントピア黒平の管理人さんに教えてもらった。)
 マウントピア黒平の駐車場に車を止め、入り口が良くわからないのでコテージの建っているほうへ歩いていってみると、途中に黒富士の看板が立てられており、さっそくザックを取りに車に戻り、8時30分歩き始める。
  
      マウントピア黒平の管理棟

  
    黒富士入り口の看板  コテージ棟の下につけられている

看板の矢印どおりに沢沿いの道を歩いて行くと15分ほどでコテージの上側から来る道(林の中の道)と合流する。さらに15分ほど進むと『黒平→』と書かれた看板が道の右手につけられていた。黒平がそっちなら反対に行けば黒富士だろう、と思ったのが間違いだった。下山しながらわかったことだが、実はこの手前の木に『黒富士→』の看板があったのだが破損していて下2/3が地面に落下していて気がつかずに通過していたのだ。そうとは知らず(というか、こちらの道のほうがしっかりしている)間違った道をどんどん進むと、カラマツの林の中で道は無くなってしまった。上を見ると尾根が見えているのでたぶんあそこまで行けば道があるだろうと思い、道なき斜面を登って行くと稜線あたりに背の高い笹原が見えてきて、歩きにくそうだ。右にトラバースして尾根に取り付いたが、間違った道を歩いているのは明らかだったので尾根を下ることにする。林業の起動跡なのか獣道なのかわからないが、尾根には道らしきものがあった。
 急斜面を下って間もなく歩いてきた道に戻る。右側の木にペンキが塗られていてその先に木橋がかけられていたのでそれを渡り、獣道のような細い道を登ると今度はしっかりとした道に出た。今度こそ道、山の斜面を大きくジグザグに登って行くが、どうもどんどん山から離れてゆくような気がする。途中からゴツゴツとした岩山が見えているが、黒富士ってあんな岩山だったかな?と考えつつ登って行く。登りついたところで黒平の谷が良く見渡せる山の上に出た。ここで大きな道は途絶えていて、そこから先の尾根道は登って来た道を戻るような角度で岩山のほうに向って延びていた。道らしきものはあるのだがかなり薮っぽい。どうみても間違っているだろう、このルート。と思いつつも楽しみながら尾根を進むと、左手から登って来る尾根に合流した。尾根の少し下を見てみると、なんと、そこはさっき私が下降を始めた場所だった!あと10mも登っていれば尾根道(らしきもの)に出たのに。まあいいか。(この尾根は湯平(ゆびら)尾根という名前らしい。)
  
    黒富士ってこんな岩山だったっけ? これは撥岩(ばちいわ)だった。

      
        撥岩直下  左に巻いて岩を登る。

 さらに尾根を進んでゆくとやがて道は無くなってしまい、道なき急斜面を、上を目指してどんどん登る。すると今度はゴツゴツとした岩がいくつも見え始めた。やっぱり黒富士じゃないよ、ここは。と思いつつも、せっかく来たのだからあの岩の上に登ってみたい。一つ目の岩を左にトラバースしてゆくと岩の左側は木が生えており、木の根につかまりながら登ればなんとか登れそうだ。しかし降りるのはかなり困難。とりあえずスリング3本とカラビナ2個あるから、まあなんとかなるさ、という気持ちでこの岩を登ると、上には何やら道らしきものがついていた。そして、隣にある大岩の後ろ側から難なく岩の上に登ることができた。
 そこから見る景色は絶景!富士山側が切り立っているために遮るものは何も無く、黒富士の左手に富士山が浮かび、眼下に晩秋の黒平の森が大きく広がっていた。時間は11時50分、まだ日は高い。隣に升形山の三角錐が見え、山頂で数名の男の人の話し声が聞こえるほどの距離だ。ルートさえ見つかれば1時間かからずに行けそうだ。
  
      黒富士と富士  撥岩から
 
  
     黒平の谷を望む

  
     撥岩と升形山  升形山山頂にいる人の声が聞こえるくらいの位置。

 岩は大きく3つ飛び出しているが、後側は樹林帯のため3つとも容易に登ることができた。升形山のほうに進んでゆくと、升形山への尾根は大きく右側に回りこんでいるように見え、道が見つからなかったためあきらめて左手の尾根を下る。ここには炭焼きの跡や、明らかに林業軌道跡と思われる道がついていた。しかし、最近人が歩いた形跡はない。尾根沿いに左に巻きながら下って行くとやがてガレた沢に着き、それに沿って下りてゆくと赤いテープサインがつけられた道に合流した。これが黒富士に登るルート、テープはずっと先までつけられているのが見える。ここは次回歩くことにしてコースを確かめながら下山する。沢の詰めに水が汲める場所があることも確認、おいしい水が出ている。さらに下ると、間違えた分岐点に到着。割れて下に落ちている看板の他に、もう一個四角い看板がつけられていた。道を間違えないように割れた看板の上部を木から外し、下部と合せて木の根元に置きなおしてきた。
  
     テープサインのつけられた黒富士への道と合流

  
     見落とした看板  割れて地面に落ちていたため合せて置き直す。

 マウントピア黒平の駐車場には1時50分に到着、駐車してあるのは私の車一台だけで、本日の入山者は私だけだったようだ。コースは間違えたものの、こういう道なき道を歩くのもまた楽しい。撥岩という人がめったに行かない穴場も発見、満足だった。次回は間違えずに黒富士、黒平からのメインルートを歩く。
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地元の裏山、要害山  平成19年11月11日

2007年11月20日 | 番外編
 平成19年11月11日 天候曇り

 この日は下積翠寺町内会の子どもクラブで町内清掃が行われ、その後有志で要害山に登り下山後バーベキューを行う予定になっていた。しかし、天候はあいにくの時々小雨が混じる曇り空、小学校低学年の子どもたちを連れて要害山に行くにはちょっと厳しい空模様だ。一応集合したところで希望者を聞いたが、積極的に山に登りたいなどという子どもは皆無だった。(予想通り。)止む無し、本日の登山は中止、町内清掃のみ二手に分かれて30分ほどで片付ける。子どもが少なくなったうえに休日に参加してくれる人も少なくなり、集まりが悪いのはどこの町内会も同じだろうか。
  
     今回登った町内会のメンバー。登山口で撮影。

 さて、清掃終了して再集合し、解散。雨はひとまず上がっている。大人たちに声をかけると登るつもりで来た人1名、登っても良いという人数名おり、結局5名で要害山に行くことに決定。9時半からおやじ4人と奥様1人で要害温泉から登りはじめる。この山に初めて登ったのは子どもの夏休みの課題で武田氏の史跡を調査に行った時だった。もう3年も前になる。その時は体力の無かった私は中腹で休憩して立ち上がろうとした時にクラクラッとめまいを起こしたのを覚えている。山など全く興味が無かったあの頃、山梨百名山などというものも知らなかった。その後2度登っただろうか、武田不動尊や曲輪(くるわ)、城門跡、堀切跡など、歴史の跡を深く残す要害山。眺望には恵まれないが、武田氏が最後の館として城を構えた天然の要塞、要害山。何度登っても良くできていると感心させられる。
    
        中腹にある武田不動尊

  
       城門跡  

  
       堀切跡  この堀から物を落として攻めてきた敵を落とす

 50分ほどで山頂に到着し、ほとんど休みもなしに深草観音に行く道へ進む。地元の裏山という感覚なので、またしても山頂の山梨百名山標柱前で記念撮影するのを忘れてしまった。この山と白鳥山の二つはまだ標柱前で記念撮影していない。稜線を進むと二股につきあたり、右に行くと深草観音、左に行くと帯那山に抜ける林道に出る。ここは左に曲がり林道に下り、駐車場まで歩くと、一周約1時間半の手軽な散歩コースになった。下山後手分けしてバーベキューの準備をし、夕暮れ時までビールを飲んで反省会(ただの飲み会)。その時に話題になったのが昨年から始めた地元の名所散策についてである。昨年は深草観音に行き、保護者たちからは高い評価を受けたのだが、それとは裏腹に子どもたちはあまり楽しくなかったらしい。保護者たちは子どものうちに地元の良さを知ってもらおうと考えるのだが、子どもたちは遊園地や釣り堀、ボーリング大会などのほうが楽しいらしい。このギャップをどうするか、今後の課題である。私は本年度で子どもクラブ会長を終えて会を退会するが、来年からも名所散策や夏祭りの行事などにはできるだけ協力して行きたいと思っている。
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大日岩・鷹見岩  平成19年11月18日

2007年11月20日 | 八ヶ岳・秩父山系
 平成19年11月18日 天候晴れ

 今年の春に金峰山に登った時に下見しておいた大日岩の上から見る瑞牆山に朝の陽が射し込む風景を写真に撮りたいとかねがね思っていた。紅葉のシーズンに訪れたかったのだが他の行事や茅ヶ岳標柱の件やらで紅葉シーズンは過ぎてしまった。2~3週間遅れた感はあるが、金峰山まで行くつもりで日の出の大日岩を目指す。
  
        大日岩と朝焼け雲

 自宅を早朝3時15分に出発したが、病院にカメラを置いてきてしまったため取りに行き、30分近く時間をロスしてしまい、結局瑞牆山荘から歩き始めたのは5時になってしまった。日の出は6時15分ごろなのでどう頑張って歩いても大日岩には届かない。ヘッドライトを点灯し、富士見小屋は暗いうちに通過、大日小屋の手前で夜が明けてしまう。大日岩まであと30分で到着できそうだが、ロスした30分が痛かった。亀足に鞭打って登り、大日岩上の撮影ポイントに到着したのは6時55分だった。私の足では上出来。朝焼けの赤い空と雲が流れる時間には間に合わなかったが、瑞牆山にはまだ陽が差し込んでいなかった。裏側に大きな金峰山の山並があるため、陽が少し高くなってからでないと差し込んでこないことがわかった。従ってイメージしていた朝日で赤く染まる瑞牆山をこの場所から撮影するのは難しいということがわかった。
 大日岩の上は予想外に風が強く、気温は0℃前後だろうが体感温度は激寒い。セーターとフリースとカッパを着たがこれでもかなり寒い。1時間近く岩の上で三脚構えて陽が射し込むところを狙ったが、既に紅葉が終わってしまっており、まさに寒々しい写真になってしまった。登る予定をしていた金峰山は山頂だけ雲がかかっていて、冬型の気圧配置だというのにいまひとつ空気が澄まず、富士山の眺望も悪い。瑞牆山の裾まで陽が入ったところでカメラ撤収、さて、どうするか?

      朝日射す瑞牆山


      雲影と岩影  状況は良かったが、紅葉がおわっていて寒々しい。

 大日岩の下を見ると何やら赤いペンキマークがつけられている。これは小川山に登る途中の八丁平に行くルートなのか?たぶん違うだろうと思いながら興味深々、サインに導かれて行ってみると、岩の下に大日小屋と書かれた看板があり、その先の林の中はテープサインがつけられている。道もきちんとある。このあたりで早起きすると時々起こる朝の腹痛が襲ってきた。その辺で済ませても良いが山を汚したくないし、下に大日小屋があるので我慢してそこまで下りることにした。テープサインどおりに下ってゆくと登りで歩いた大日岩に登る中腹の道に出た。腹痛MAX、青い顔をして大日小屋まで下り、トイレに駆け込む。
 トイレを済ませて腹痛はおさまったが、登りなおす元気は消失、時間はまだ8時半だ。ならば、以前から一度登ってみたいと思いながら行っていない鷹見岩に行くことにする。大日小屋から富士見小屋側に戻ったところに大きな道標があり、鷹見岩と書かれている。倒木が多い道だが、踏み跡はしっかりとした道、やがてシャクナゲの生い茂る登りとなり、最後に小さなハシゴのかかった岩を登ると眺望の良い山頂に飛び出す。時間にして15分ほどで到着できる。ここは超穴場、あまり人が来ないので静かだし、左手の富士山から茅ヶ岳、南アルプス、さらに右手の八ヶ岳までぐるりと見渡せる。さらに後ろ側には飯盛山の横に瑞牆山が顔を出し、大日岩のゴツゴツした岩肌から金峰山五丈岩までが見渡せる。山頂にはあまり興味が無い(というか、最近根性が無くなってきた気がする)私には絶好の場所だ。食事をとったり、写真を撮ったり、1時間半くらいこの鷹見岩で過ごす。

      鷹見岩から望む大日岩から五丈岩の稜線


      鷹見岩三角点  向こうに見えるのが茅ヶ岳。いろいろ苦労しました。

 さて、下山。30人近い中高年のグループとすれ違い、驚き。11時だが、これから金峰山往復するのだろうか?その他には登ってくる人はまばらだった。12時20分、駐車場到着。中型の観光バスが停まっており、運転手さんが中で昼寝していたので、たぶん先ほどの団体さん、日帰りなのだろう。写真はイマイチだったが、鷹見岩は気に入った。雪が降ったら今度は1泊で鷹見岩から見る夕暮れの金峰山と朝の瑞牆山に再挑戦してみたい。
        
        富士見平の秋空  唐松はすっかり落葉。まだ日は高いが本日は下山。
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会告 写真展を開催します。

2007年11月17日 | 番外編
 このたび、いつもご厄介になっているアウトドアショップELKのご好意により、エルク中2階をお借りして写真展を開催させていただくこととなりました。期間は平成19年11月17日(土)から30日(金)までの2週間、時間はエルク営業時間内(平日10:00~20:00、日曜は19:00まで、火曜日定休日)です。お近くにお越しの際は是非お立ち寄りください。酷評ノートという落書帳が置いてありますのでご意見・ご感想・ご批判など自由に書き込んでいただけるとうれしいです。今後の作品作りの参考にさせていただきます。

         
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茅ヶ岳標柱再建  平成19年11月10日

2007年11月17日 | 番外編
平成19年11月10日 天候曇り時々雨

 9月1日に社会保険山梨病院のメンバーを中心に総勢18人で建てた茅ヶ岳の山梨百名山の標柱は10月中旬、何者かによって引き抜かれてしまった。私のところに連絡が入ったのは10月21日、山ショップエルクの口伝え情報やメール、電話など、複数の方から連絡をいただいた。その後、山梨県の山岳愛好家の方たち複数が山頂周辺の標柱探しをしてくれて、金ヶ岳方面に行く斜面の途中に捨てられているのを発見し、連絡してくれた。さっそく10月28日、別の山に行く予定を変更して男性3人、女性3人で茅ヶ岳に登り、ザイルを巻きつけて急斜面から標柱を引きずり上げ、山頂裏側の斜面に隠してきた。
 前回はセメント20kgで簡単に抜かれてしまったため、今度は50kgで固めることにした。エルクを拠点として事前に荷揚げを開始、エルク店員らがセメント30kgと水7リットルあまり、私がセメント15kgと水3リットルほど、さらに私のホームページを愛読くださっているこばとしさん(この時点ではまだお会いしたことがなかった)がセメント5kgと水7リットルを荷揚げしてくれ、計セメント50kg、水17リットルの荷揚げが完了した。あとは穴を掘りなおして石とセメントで固めるだけだ。この話を聞きつけた新聞社数社が新聞に記事を載せてくれたため、私も少し有名人になってしまった。
 さて、標柱再建決行は11月10日(土)に設定し、ホームページやメールで有志に告知し、メンバーを集う。病院メンバーはその日の午後から創立記念会の行事が入っているため私を含めて5人となったが、その他に前回にも増して強力な助っ人がたくさん集まってくれた。先日茅ヶ岳100回登頂を達成した斉藤さん、私のホームページで知り合った山口さん、私と同じ町内会の山男神宮寺さん、そして今回山頂で初対面となるこばとしさんなど、体力・技術とも私の遥か上を行く人たちがたくさん集まってくれた。足の遅い私たち病院グループは病院前4時半集合で5時半から登り始めた。他の人たちは足が速いので山頂8時集合とした。案の定、山頂まであと15分ほどのところでYm先生が追いついてきた。さらに山頂に到着した7時45分ごろからは続々とメンバーが到着、8時前には全員がそろって作業が始まる。こばとしさんが持ってきてくれた穴掘りの道具はものすごい威力を発揮し、前回ツルハシとスコップで苦労して掘った穴を簡単に掘ってしまった。さらにセメントの詰め方が甘かったという反省を踏まえて、今回はあらかじめ小石をセメントに混ぜて標柱周辺に流し込み、ピックでつついて隙間なく詰め込み、しっかりと固定した。大石・小石とセメントを合わせると70kgの重量で固定されているため、鋸で切り取られない限りは引き抜かれることはないだろう。手際良い作業のおかげで1時間かからずに作業は終了した。私が山頂でやったことといえば…小石を拾い集めたこととカップラーメン用のお湯を沸かしたくらいだ。
  
    標柱再建作業  手際良く作業が進む

    
      再建された茅ヶ岳標柱  セメントと石で計約70kgで固める


         標柱再建し、記念撮影

 非力な私に皆さんご協力下さり、本当にありがとうございました。標柱は年に数回腐らないようにニスを塗りに行くようにします。何かありましたらご連絡お願いします。ご協力いただいた皆様、ご苦労さまでした。
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秋たけなわの茅ヶ岳

2007年11月02日 | 八ヶ岳・秩父山系
平成19年10月30日 天候秋晴れ

 前日台風が通り過ぎ、朝から秋晴れのすっきりとした天候になった。この日は久しぶりに病院の有志を募って御坂山塊黒岳に紅葉と富士山を楽しみに行く予定だったのだが、急遽予定変更、紅葉真っ盛りの茅ヶ岳に行くことにした。標柱のための荷揚げや観音峠から登ったのを含めると、この山は今回6度目の登山となるのだが、すっきりとした富士山や南アルプスを拝めたのは1度だけだ。
 コース短絡し、中腹の大明神林道に車を止め、朝7時から歩き始める。いつものように女岩の水場で休憩し、おいしい水をたっぷり補給する。茅ヶ岳稜線に辿り着いたところで右に行くと、岩の上から金峰山方面が一望できる景色の良い場所があり、そこでしばし休憩。昨日の台風の雨は標高の高い場所では雪になっており、金峰山の稜線から国師ヶ岳にかけて雪をかぶり、朝日できらきら輝いて見える。観音峠や曲岳、さらに奥秩父に連なる山並は紅葉真っ盛りだ。今日は今まで茅ヶ岳に登った中でいちばん眺望が良い。


茅ヶ岳中腹の岩の上から見る新雪の金峰山

 稜線の登山道に戻り、深田久弥慰霊碑の横を通り過ぎて山頂に到着したのは9時半だった。既に数人の登山者が山頂で休んでいた。南アルプスも雪を被り、鳳凰山、アサヨ峰、甲斐駒ケ岳も薄く雪化粧、その向うに頭だけ見える白根三山は真白に雪をかぶり、このまま冬を迎えるのだろう。富士山の眺望も良い。ひと息いれてから今回のもう一つの目的、茅ヶ岳標柱の回収だ。9月1日にみんなで立てた山梨百名山標柱は10月中旬、何者かに引き抜かれてしまい、プロガイドの井口さんが周囲を捜してくれて金ヶ岳側の斜面に捨てられているのを発見して連絡してくれた。ザイルを縛り付けて登山道から引き上げてもらい、容易に回収できた。幸い標柱は破損していなかったので、このまま使えそうだ。


      茅ヶ岳山頂から見る富士山


      金ヶ岳と八ヶ岳 左側の円いピークに金ヶ岳の看板が立っている。

 山頂に戻って休んだ後、同行した女性陣3人は午後の予定があるために下山、男3人は金ヶ岳まで行ってみることにした。茅ヶ岳山頂から一旦コルに下り、鹿窓ならぬ熊窓(私が勝手に命名)の大きな岩穴を通過して金ヶ岳への急登りとなる。中腹に眺望の良い大岩がありそこに登って眺望を楽しむ。先客が1人おり、のんびりと休んでいた。この方、千本桜から茅ヶ岳に登る道で本日2頭の熊に出くわしたそうで、1頭は足元1mのところを走り抜け、一触即発の状況だったという。登山者が多いからといって安心はできない山域である。急登を登り切ったピークが金ヶ岳山頂だと思っていたのだが、そうではなくてその向うにあるもう一つのピークが山頂であることを初めて知った。すぐそこなのだが、私はあまり登るのに気がすすまなかったが同行した松崎君、元気がありあまっており、行くというので一緒に金ヶ岳山頂まで行く。ここは眺望が悪いと聞いていたのだが、行ってみてびっくり、富士山側の木が切り払われていて茅ヶ岳の上に出る富士の眺望が楽しめる。思いのほか景色が良いのだ。木を切り払うことには賛否両論あるだろうが、私は自然のままに残しておいたほうが良いのではないかと思う。
 茅ヶ岳に戻り、軽食をとって2時過ぎに下山、例のごとくエルクに立ち寄って標柱の状況を報告してきた。またセメントと水を荷揚げして標柱再建だ。


     大きな岩穴(熊窓と勝手に命名)をくぐって金ヶ岳へ。


     紅葉真っ盛り。 金ヶ岳側面の紅葉と南アルプス。


     茅ヶ岳の上に出る富士山 金ヶ岳山頂から。
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