山梨百名山から見る風景

四方を山に囲まれた山梨県。私が愛して止まない山梨の名峰から見る山と花と星の奏でる風景を紹介するページです。

瑠璃色の地球 ~薄明の青い空~

2010年04月23日 | 番外編
 「山と花と星の奏でる音楽会 2010.SPRING」に向けて

 朝の薄明の時間、水平線が明るみ始め、星が見えるか見えないかくらいの時間、一時だけ空が真っ青に映る時間がある。この青い空が私は大好きだ。松田聖子の「瑠璃色の地球」に合わせて送るこの画像は、朝の一瞬の青い空を集めたものだ。

 「朝日が水平線から 光の矢を放ち
  二人を包んでゆくの 瑠璃色の地球」


    北岳の朝(北岳肩の小屋、平成18年10月)
 初めて登った北岳、そして初めて迎えた標高3,000mでの朝。明け行く真っ青な空に残月がぽつり。しだいにオレンジ色に焼けてゆく空、言葉を失って、朝食の時間さえ忘れてずっと見ていた風景。写真としては未熟なものだが、あの時の感動がこの写真を見ていると甦って来る。私が登山にはまった原点ともいえる1枚である。


    薄明の鳳凰山と富士(アサヨ峰、平成21年11月)
 車の中にカメラを置き忘れて北沢峠行きのバスに乗り込んでしまい、一旦はあきらめたアサヨ峰。しかし、この日は山が呼んていた。臨時の北沢峠から仙流荘行きのバスが出たため、それに乗り込んで午後1時のバスで再び北沢峠に戻ることができたのだ。山頂で一夜を明かした朝、赤く焼けた水平線、瑠璃色の空、そしてそこに鳳凰山と富士山が並んで立っていた。


    月昇る甲府盆地の夜明け(平成21年2月、甘利山)
 ルーリン彗星が接近していた2月に山岳会の中間たちとともに甘利山で星空の観察会を行なった。深夜見えるはずだったルーリン彗星はカメラでは何とか捉えられるものの、肉眼で見るのは難しかった。迎えた朝、青い空に静かに三日月が昇って来た。この画像では見えないが、この日は火星、水星、木星が接近していた日でもあった。


    八ヶ岳の夜明け(平成22年3月、北横岳)
 前日は立っていられないほどの強風が吹き荒れた北八ヶ岳。翌日はその風のおかげでモヤが吹き飛び、澄んだ朝となった。白い樹氷の森の向うに八ヶ岳と南アルプスが聳え立つ。


    五丈岩と甲府盆地の夜景(平成22年3月)
 強風吹き荒れた前日、山頂まで行けるかどうか若干の不安があった。しかし、「山が呼んでいる」そんな気がしてならなかった。前日夕方の山頂は小雪が舞う荒天、しかし、きっと晴れる、そんな気がした。迎えた朝、満天の星空、そして空を流れる天の川。やがて夜明けが近付き、星は消え真っ青な朝の空が広がった。至福の山上で迎えた朝の情景。


    薄明の河口湖と富士山(新道峠、平成21年3月)
 カメラマンの聖地とも言うべき新道峠の朝の風景である。夏場ならば林道を使って15分ほどで到着できるが、林道が閉鎖されている冬季は1時間以上歩かないと到着できない。町明りが明るすぎて残念ながら天の川は映らなかったが、すがすがしい朝の風景が眼前に広がった。

 「ガラスの海の向こうには 広がりゆく銀河
 地球という名の船の 誰もが旅人
  ひとつしかない 私たちの星を守りたい」

 この美しい自然を守り、いつまでも後世に残して行きたい。そして、いつまでもこの瑠璃色の空を眺めていたい、心からそう願う。(後に更新する「瑠璃色の地球 ~山上から地球環境を考える~」でこのことについて述べたいと思います.スライド上映会のメインテーマでもあります.)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

南房総の山、富山(とみさん)  平成22年4月17日

2010年04月23日 | 番外編
 平成22年4月17日 天候曇り

前日冷たい雨が降り注いだ甲府盆地。朝7時の三つ峠ライブカメラを見るとレンズに氷がついている。しかし、空は曇り空で富士山は見えていなかった。しかし‥‥天候が回復してきた8時過ぎ、再度ライブカメラを携帯で見ると、真っ青な青空そして富士吉田の町をおおう雲海、さらに樹氷の尾根‥‥、おそらく今年最後と思われる樹氷の情景が広がっていた。予想していなかったわけではないのだが、この日は朝9時に仕事の予定があったので行くことができず、悔しい思いをした。
 仕事が10時には片づき、空を見上げると甲府盆地もしだいに青空が広がってきていた。さて、どこに行くか?全くあて無しだ。アストロガイドで今日の月の位置を調べると、夕暮れ後、細い月と金星が西の空に沈んで行く。しかし、北側寄りの位置であるため山梨県内からでは富士山頂に沈む月は撮影できない。ふと思い出したのが山仲間、「のぞむの富士」の望君の記事だ。確か千葉県の伊予ヶ岳とかいう山に行っていたはずだ。あの角度ならばひょっとして‥‥さっそくホームページを開き、場所を確認してプリントし、急いで車に乗り、千葉県南房総市富山(とみやま)に向けて出発。時間はもう11時近い。カーナビを伊予ヶ岳コロッケセンターとかいう場所にセット(伊予ヶ岳の名前ではここしか出てこなかったため)して、中央道、首都高、アクアラインを走って富山に到着した。高速を下りたものの、その先の道がさっぱりわからない。何せカラーのページを白黒でプリントしたものだから、真っ黒で字が全く読めないのだ。しかも縮尺が不明で距離が全くわからない。記事の中に確か中学校が出てきたのでカーナビで探すと、すぐ近くに中学校があったので、そちらに行ってみると、確かに山に行く道のようだが山の名前が伊予ヶ岳とは書いていない。富山、町の名前そのままではないか。とりあえず林道に入って進んで行くと、大きなお寺の門のようなところに出て、その門には「伏姫籠穴」と書かれていた。望君の地図を見るが、現在地は不明。ただ、伊予ヶ岳に行く道ではないのは明らかだ。その先には富山登山口の標識がある。時間は2時40分、まあいっか、この富山という山にとりあえず登ってみよう。帰ってきた家族連れの格好を見ると、普通のズックの靴に普通のカバンをぶら下げている。ということは、おそらくは登山というレベルには無い山ということなのだろう。いつものザックを担ぐと大げさになりそうだったので、足回りだけ登山仕様にして、ザックは職場にいつも持ってゆくリュックサックを背負い、杖は門の横に登山者用に準備されていた竹の杖を借りて歩き始めた。

    伏姫籠穴の門.残念ながらここには立ち寄らず.


    しばらくは林道歩き.左側に生えているツタの巻きついている木は,南房総らしい,琵琶の木.


    林道終点からいよいよ登山道に.良く整備された木道が続く.

 しばらくは舗装された林道を歩くが、15分ほどで突き当たりとなり、木道の整備された登山道に変わった。4~5人下りてくる人たちとすれ違ったが、この人たちは皆登山の格好をしていた。上に行くに従って傾斜はきつくなるが、木道の整備された良い道が続く。25分ほどで山頂直下の分岐点に到着、ここには立派な東屋とトイレが設置されていた。桜の花はもうそろそろ終焉を迎えようとしていた。そこから5分ほどで富山山頂に到着、時間は3時半。1時間とかからずに山頂に到着してしまった。なにせ標高350mほどしかないのにその中腹から登るのだから、地元の要害山に登るよりも標高差が無いということになる。東京湾が見えるこの景色は良いのだが、やはり登山という話になると物足りなさを感じてしまう。

    山頂下の水場.この日は雨の後で水は少し濁っていた.


    富山山頂.広い山頂で,展望台がついている.


    展望台から望む東京湾.天気が良ければ富士山が見えるはず.


    向こうは隣の南峰.電波塔が立つ.

 山頂の裏側を見ると、何やら山頂が岩場になった尖った山が見える。おそらくはあれが本来目指していた伊予ヶ岳だろう。ここで望君の地図を見直し、ようやく周辺一帯の状況が把握できた。天気が良ければ山頂の展望台から富士山や南アルプスが見えるらしいのだが、残念ながら雲に隠れて富士山は見えなかった。この様子では夜まで待っても無理だろう。30分ほど山頂で休憩して下山した。下山途中に広がる房総の森、山梨県の森とは全く違う情景だ。ツタの絡まる亜熱帯広葉樹林帯、薄暗いこの林、子供の頃にこういう林の中で蝶を追いかけ、カブトムシやクワガタを捕まえ、また、禁止されていたとりもちを仕掛けてメジロやウグイスなどを捕まえた記憶が蘇る。なんともなつかしい臭いのすることだろうか。

    山頂の三角点から裏側を見ると,尖った岩の山が見えた.あれが伊予ヶ岳.


    南房総の森.山梨県の山とは趣が全く違う.


    ツタの絡まる木,亜熱帯の森.子供の頃に過ごした房総の森,なつかしい臭いがする.

 ここは内房なので、我が故郷勝浦、また、高校のある鴨川は半島を横切って外房になる。折角来たので、ちょっと足を延ばして鴨川まで行ってみた。そして母校の校庭をちょっとだけ覗き見てきたが、校舎は新しくなっていたものの、建物の配置は昔と全く変わっていなかった。校門のすぐ向こうにある小さな池に、昔金魚がいて、石を投げ入れていじめたような記憶が‥‥なつかしい。さらにもう一ヶ所、今後のための秘密の場所を視察し、再び房総半島を横切り、館山道からアクアライン、首都高、中央道と乗り継いで甲府に戻った。夜9時半、何事も無かったかのように自宅に到着した。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

妖精の住む森 ~丹沢ブナ林~

2010年04月18日 | 番外編
 「山と花と星の奏でる音楽会Ⅱ」では、となりのトトロの曲に合わせて上映したが、2010.SPRINGでは曲を変えて、もののけ姫に合わせてお送りする予定である。撮影場所は丹沢山系大室山、菰釣山、および道志山系今倉山の3ヶ所で、いずれも月光に照らされた森の情景が含まれている。2月に大室山で撮影した画像は、まさにこの会のために撮影に出かけたと言って良い。

 張り詰めた弓の 震える弦(つる)よ
 月の光にざわめく おまえの心

 宮崎駿作詞の単純な詩だが、「もののけ姫」の心情を実に良く表現している詩だと、聞くたびに感心させられる。そして米良美一のカウンターテナーの歌声が良くマッチしている名曲である。


    妖艶の森、丹沢ブナ林(平成21年3月、菰釣山)
 山上にしては珍しい無風の夜だった。木の枝がぴくりとも動かない。十六夜の月が静かに昇り、血管を張りめぐらせたようなブナの枝が空に向って延びる。


    星のささやく森(平成22年1月、今倉山)
 西に月が沈みかけた頃、オリオン座と冬の大三角形が頭上高く昇り始めていた。もののけたちもきっとこのきれいな星空を見上げていることだろう。月光で木の幹の模様を描出しつつ撮影した作品。


    星空に向って(平成22年2月、大室山)
 ちょうど同じ太さくらいの2本のブナの木が、触手を伸ばすかのように空に向って延びていた。これも月光で幹を描出しつつ、木が星をつかまえようとするイメージで撮影した作品。風が強く、木の枝がぶれてしまったのが残念。


    月光照らす森(平成22年2月、大室山)
 膝上ほどもある雪を踏んでようやく前大室山まで到着した。夕暮れになってしまい、山頂はあきらめて風を避けるようにブナの大木の根元にテントを張った。吹き荒れる風の中、ブナの木に抱かれて過ごした一夜。

 悲しみと怒りに ひそむ真(まこと)の心を知るは
 森の精 もののけたちだけ もののけたちだけ


    丹沢の夕暮れ(平成22年2月、大室山)
 富士山の方向に日が沈む丹沢山系の夕暮れは実に美しい。かつてはこの木が邪魔する情景は撮影しにくくて仕方なかったが、最近はこういう木を生かしつつ撮影することができるようになってきた。


    木漏れ日の森(平成21年5月、今倉山)
 新緑の森の臭いが漂ってきそうな、春のブナ林の情景。まだ訪れていない秋、行ってみたいと常々思っている。

 森の精、もののけたちが空を見上げた時にきっとこういう情景を見ているのだろうというイメージを抱きつつ編集した画像である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「雪の華」 ~樹氷の情景~

2010年04月16日 | 番外編
 山と花と星の奏でる音楽会Ⅱで使った曲と画像であるが、さらに毛無山の樹氷の風景を加えて再編集し、2010 SPRINGでお送りしたいと思っている。

  のびた人影(かげ)を 舗道に並べ
  夕闇のなかを キミと歩いてる
  手を繋いで いつまでもずっと
  そばにいれたなら 泣けちゃうくらい

 ロマンチックな詩と歌唱力抜群の中島美嘉の歌声に合わせて樹氷の情景の映像を上映する。


    新春の日の出(平成20年1月1日、八ヶ岳)
 大荒れの天候の年末だったが、年が変わった1月1日、ようやく天候が回復してきた。樹氷の雪原を赤く染めながら真っ赤な初日の出が昇った。平成21年の山梨県山岳連盟カレンダーに採用された作品。


    樹氷の森に昇る朝日(平成20年1月1日、八ヶ岳)
 美しい樹氷の森をきらきらと輝かせながら、朝日が昇った。


    樹氷の彼方に(平成22年2月20日、毛無山)
 年に数回見られる毛無山の樹氷の情景だが、わずか1日か2日で終わってしまうため、金曜日の午後から登った。山頂到着は真っ暗になった午後7時半だった。苦労した甲斐あって翌朝は樹氷と雲海上の富士山という、素晴らしい情景となった。


    雪の華咲く毛無山(平成22年2月20日)
 この日はダイヤモンド富士になる日だったのだが、その直前に雲が湧き、不発に終わってしまった。しかし、十分に満足できる樹氷の情景が広がっていた。この景色はわずか1日で終わってしまった。

  今年、最初の雪の華を 2人寄り添って
  眺めているこの時間(とき)に シアワセがあふれだす
  甘えとか弱さじゃない ただ、キミとずっと
  このまま一緒にいたい 素直にそう思える

 今年2月2日、初雪ではないが、まとまった雪が降った甲府盆地。その朝、自宅周辺の積翠寺の里を撮影した雪景色である。甲府市内でも年に数回、このような雪景色の美しい情景を見ることができる。


    ケヤキの木に咲く雪の華(平成22年2月2日、積翠寺)
 ただ雪が降っただけではこういう情景にはならない。風が吹き、強い寒気で雪が枝に巻きつくように着かないとなかなか見ることはできない。この日の朝は今までにない美しい情景だった。


    雲沸く積翠寺の里(平成22年2月2日、積翠寺)
 相川上流部にかかる農業作業用の小橋の上に立つと、要害山の裾を白い雲が流れていった。こんな標高が低い場所でこのような雲の流れる情景が見られる機会はそうめったにあるものではない。

 実際のスライド上映会では、この曲に合わせて約20枚のスライドを上映する予定である。
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「山と花と星の奏でる音楽会 2010 SPRING」

2010年04月16日 | 番外編
 いよいよあと1カ月少々に迫りました.ポスターが出来上がったので公開します.






追記:ポスターではコーヒー、または紅茶とケーキ(実費)となっていますが、お店と交渉の結果、会場をお借りする都合もありセットで1,000円とさせていただくことにしました。ご負担をおかけして申し訳ありませんがよろしくお願いします。
 レストラン ボンマルシェの電話番号は 055-233-7877 です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

前週の続きの稜線、興因寺山から淡雪山、湯村山へ  平成22年4月4日

2010年04月15日 | 番外編
 まだつながっていない興因寺山から淡雪山、さらに湯村山に至る稜線沿いのルート歩き、先週は脇道に逸れたこともあって興因寺山まで至らずに終わってしまった。ちょうどこの日は緑ヶ丘運動公園の近くで所属する山岳会総会が午後3時半から開催されるので、会場まで自宅から稜線上を歩いて行くことにした。これでようやく、武田神社から自宅周辺を取り巻くルートが全周つながることになる。

 4月4日 天候晴れ
 自宅を9時少し前に出発する。ちょうど下積翠寺集落の桜が見頃になっていたので、すぐ裏にある道祖神、石上様の桜の木を見に行った。毎年新年の互例会が行なわれるがあまり祠を良く見たことがなく、改めて見てみると「繭神社」と刻まれていた。同じ神社は上積翠寺にもあり、また岩堂峠の直下にはかつて養蚕の繭を冷蔵したといわれる石積みの倉庫がある。かつてこのあたりは養蚕が盛んだったことがうかがえる。

    自宅裏の道祖神、石上様の桜の木


    白山神社。かつてはきちんとした木造の社が建てられていたのだが、不審火により焼失してしまった。現在は石の建造物になってしまっている。

 白山神社から入山し、何度となく歩いている一の森への道を行くが、いつもは途中で左に曲がるところをこの日は真直ぐ進んでみた。ところどころテープがつけられており、着いたところはいつも使う道の数十メートル向こう側、かなり近い場所に抜け出た。一の森のベンチで一休みし、武田の杜遊歩道を古湯坊側に進んで先週確認しておいた淡雪山分岐部を目指す。20分ほどで分岐に到着し、その道を登って行くが、きわめて明瞭な歩き易い道だった。行き着いたところはこれまた3年くらい前に興因寺山に登った時に歩いたことのある、大正池から来る道だった。淡雪山の看板に従って左に進むと、少し行ったところにまた淡雪山を指す小さな看板があった。以前に来た時はこの看板を無視して道を真直ぐに進み、獣道のような細い道を通って武田の杜遊歩道に下りた。今回は素直に淡雪山の看板通りに道を進む。登りついたところは広い萱の生える草地で、さらにもう一段登るとあっさり興因寺山山頂についた。時間は10時20分だった。

    興因寺山山頂。山頂には大きな鉄塔が立ち、折角の景観を乱している。向こうには南アルプスが見える。


    興因寺山から淡雪山稜線上から見下ろす甲府盆地の景観。残念ながら富士山は見えなかった。

 この場所が本日の最高点、あとは淡雪山を越えて緑ヶ丘に向って下りて行くだけだ。この先はまだ歩いたことのない道、3年前に少しだけ歩いてみた時は両側に雑木が生い茂る細い道だった記憶があるが、今回歩いてみると周辺の木々は切り払われて歩き易い明瞭な尾根道に変貌していた。ここまでしなくても良いのでは?薮歩きを期待していた私としては少々がっかりした。甲府盆地の展望の良い尾根道を進んで行くと、やがて白い岩がゴツゴツと露出した小ピークに出る。雪が積もったようなその白い岩と砂、淡雪山とはそういうことだったのか。その直下には弥勒館という宗教団体らしき大きな建物が建っている。その脇を通って武田の杜遊歩道に下りて行くのだが、このルートは倒木あり、また崩落して巻き道ありなど、若干荒れてはいるものの通過には支障ない。

    淡雪山山頂。白い岩と砂、淡雪山とは良く言ったものだ。


    小松山園地のベンチと甲府盆地。これだけの休憩所が設置されているのに歩く人が少ないのは惜しい。

 武田の杜遊歩道に下り立ち、そこから先は広くて良い道になる。道端の花も咲き出しており、イカリソウ、タチツボスミレ、咲き始めたジュウニヒトエやヒトリシズカなどを見ることができた。途中で左手の小松山園地に立ち寄り、ここで昼食をとる。あまり脇道に逸れず歩いてきたので、時間は順調に12時40分だった。向かいに見える和田峠の桜がちょうど見頃で、車道脇を白く飾っていた。

    イカリソウ  この山塊には群落を成してたくさん咲く。


    咲き始めたヒトリシズカ。花の名前がなんともロマンチック。


    咲き始めたジュウニヒトエ。花が何層にも重なって咲くことからこの名がある。これもまたロマンチックな名前。


    和田峠の満開のソメイヨシノ

 3時半には余裕で緑ヶ丘の会場に到着できる時間だったので、この先は三脚を担いだまま桜や花の写真を撮りつつゆっくりと歩いた。湯村山への登り返しの途中で、上から若者がトレイルランニング訓練で走ってきた。なんと、本日同じ会に出席する同じ山岳会のF君だった。一汗かいてから会に出席するそうだ。ロッククライミングもできる、頼もしい仲間だ。私は相変わらずのゆったりペースで歩き、緑ヶ丘運動公園に2時50分到着。桜満開で、何か催し物が開催されているらしく、駐車場は車が止められないほどの満車状態で道沿いにもたくさん駐車されていた。予定通り、3時会場到着した。

    和田峠の桜と甲府盆地。左手に見えるちょこんとした山が通ってきた小松山園地。


    緑ヶ丘運動公園と満開の桜。たくさんの人が訪れていた。

 山岳会総会では、議長をおおせつかり、不慣れながら務めさせていただき、無事山岳会総会を終えることができた。その後の懇親会の席でこのあいだ病院で開催した「山と花と星の奏でる音楽会Ⅱ」の話題があがり、高い評価をいただいたことに感謝感激だった。次週4月21日は職員を主な対象としたランチョンセミナー「山と花と星の奏でる音楽会Extra ~山上から地球環境を考える~」を予定しており、さらに5月24日(月)にはいよいよ初めての職場外で会場を借りての会を予定している。軌道に乗り出したこの会、気合を入れて準備し、感動を与えられるような会にしたいと願っている。近日ポスター、および内容の一部をこのブログ上で掲載したいと思う。乞うご期待!!
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

積翠寺一周、大岩山~要害山~古湯坊 平成22年3月27日

2010年04月15日 | 番外編
 毎年春の恒例のようになっている地元積翠寺周辺、特に武田の杜遊歩道を中心とした散策だが、いまだに要害山から湯村山、緑ヶ丘に至る全ルートはつながっていない。今年こそは、との思いで自宅から歩き始めたのだが・・・

 3月27日 天候晴れ
 春らしい暖かな天気となったこの日、積翠寺東側にある山の稜線、大岩山から岩堂峠、要害山、古湯坊温泉、興因寺山、淡雪山あたりまで行こうと計画した。低山ながらロングコースなので自宅を早めに出ようと思ったのだが、準備が遅れ、家を出たのは9時半になってしまう。勝手知ったる地元の山なので、この日は道なき道を大岩山に向けて遭難時訓練と称して真直ぐ登ることにした。東側農道の途中から農業作業用の細い道が切り開かれているところがあるが、その道は山腹を走る武田の杜遊歩道の下で途切れていることは、もう十数年前に興味本位で歩いた事があり、知っていた。(その頃はまだ武田の杜遊歩道はできていなかった。)遊歩道を横切ってそのまま真直ぐ登って行けば、大岩山山頂、あるいはその稜線に抜けられるはずだ。道を登って行くと、明瞭な道は無くなってしまうものの、林業作業用の細い道はいちおう痕跡程度に残っており、若干の藪をかき分けた程度であっさり武田の杜遊歩道に抜け出た。その先、取り付きやすそうな尾根を探しつつ上積翠寺側に向って遊歩道を進むと、林業作業道と思われる踏み跡を発見し、その道に沿って尾根に取り付く。この先は結構な急斜面となり、途中から道は獣道となる。アカマツの林は以外にも良く手入れされていて、倒木もあるが大部分切り払われていて薮こぎといった感じではなかった。しかし、葉の生い茂る夏になると果たしてどうなっているか・・・。急斜面を登って行くと、稜線までもう少しというところで右側から登って来るしっかりとした登山道に合流した。見覚えのある道、これは3年ほど前に武田の杜遊歩道から大岩山、愛宕山方面を歩いた時に通った道だ。この道を無視してそのまま斜面を上に向って直登して行くと・・・途中からテープのつけられた細い道(らしきもの)に出くわし、それに導かれて登って行くと、ドンぴしゃり、大岩山の山頂に飛び出した。ここは歩いた記憶が鮮明に残っており、尾根伝いに愛宕山方面に向った道だ。しかし、どちら側から登って来たかの記憶が定かではない。本日登って来た方向が積翠寺と考えると、要害山は左手の北側の方向になるはずだ。確か山頂直下に大岩園地という立派なあずま屋が立っていたはずだ。山頂から左方向にテープがたくさんつけられていたので、そちらの方向に進んで行くと、しだいに道は不明瞭となり、かまわずに進むと先ほど出くわした武田の杜遊歩道から登って来る道と思わしき細い道に出た。左に行くと戻ってしまう、しかし右に行くとまた大岩山方向に戻ることになる。さて、どっちに行けば良いのか・・・?とりあえず右に行ってみると、予想通り先ほど下りてきた尾根を右手に見ながら山腹を細い道が巻いている。ほとんど踏み跡なく、歩く人はあまりいないようだ。かまわずに進んで行くと、立派な登山道につきあたり、その出口にはテープが張られ、こちらのルートには入らないように誘導されていた。メインルートではなくて、廃道、とは言わないまでもサブルートだったのだ。右に曲がって斜面を登ると大岩園地を経て先ほどの大岩山に至る道、左は大蔵経寺山からの尾根道と合流して岩堂峠に至る道だ。ようやくここで方角がしっかりとわかった。

    岩堂峠の道標  (これ以前の写真データは残念ながら山の途中でメモリカードを落としたらしく、紛失。1Gメモリカードで幸いだった。)


    深草観音  何度訪れてみても幻想的で良いところ。

 その分岐部の道標には大岩園地まで15分、岩堂峠まで確か2時間と書かれていたように記憶している。(写真データを紛失し、定かではない。)そんなに遠かっただろうか?とこの時は思ったが、道を歩いてみてわかったがこの道は尾根通しではなくて積翠寺と反対側の山の斜面を大きく巻いて岩堂峠までつながっている道だったのだ。2時間はかからなかったが、岩堂峠に到着したのは12時、ここまで自宅から3時間半もかかった。さらに深草観音で小休止し、昼食用の水をここで汲んで要害山に到着したのは午後1時10分だった。12時くらいにはここに到着できるだろうと思っていたのだが、予想よりも長いルートだった。

    要害山山頂。朽ちかけていた山梨百名山の標柱は新しくなっていた。


    古湯坊温泉。展望の良いなかなかのお風呂。日帰り入浴可能。

 要害山山頂で昼食をとり、今度は古湯坊温泉を目指し、14時40分、到着。このまま武田の杜遊歩道を進めば、興因寺山までのルートは明瞭なのだが、ここで目についたのが帯那山と書かれた看板だった。こんなところに帯那山登山道があったとは知らず、この道を登って途中で尾根を左に曲がれば興因寺山に至る尾根に取り付けるのでは・・・と、歩いたことのない道に興味を持ち、そちらに進んでみる。すると・・・ルートは左側に見える一・ニ・三の森とその向うの興因寺山からどんどん離れてゆくではないか。これはやはり進む方向がまずい。そこで見つけたのが左に向う境界見出標のルート。赤い看板とペンキが見えたのでそちらに進んでみると、歩いた痕跡はほとんど無いが確かに細い道がついていた。それを進んでゆくとやがて谷に出くわし・・・そこで道は消失してしまった。さて、どうしようか?本日2度目の遭難時訓練、右手の道無き急斜面を稜線目指して木の根っこにつかまりながら直登して行くと、尾根に取り付いたところで予想通り明瞭な道に出くわした。先ほど脇道に逸れずにそのまま登って来ればこの道に出たはず、これは帯那山への登山道だった。時間は午後3時を回っている。このまま登って興因寺山方面への尾根に取り付けたとしても明るい時間のうちに下山できるかどうかは微妙な時間になってきた。止む無し、本日はここで引き返し、武田の杜遊歩道を素直に歩いて戻ることにした。

    古湯坊の裏側にある帯那山への登山道。こんなところに入口があったとは初めて知った。


    境界見出標の立つ脇道発見。途中まで道はあったが、その先は・・・

 古湯坊を過ぎて武田の杜遊歩道に入ると、ここはマウンテンバイクでも普通に走れそうな出来過ぎた道が続く。20分ほど歩くと淡雪山の分岐に到着。ここを登ってゆけば興因寺山、淡雪山と行けるのだが、時間的に本日はおあずけとなってしまった。その先真直ぐ進んで一の森から白山神社に降りればルートは簡単、明瞭なのだが・・・またしても脇道が目にとまってしまう。淡雪山分岐からわずかに一の森側に進んだところに、左側に下りる脇道があるのだ。もちろん看板など無い。見る限りではきちんとした道だ。どこに出るのだろう?これは行ってみるしかないだろう。進んで行くと、昔の段々畑らしき石垣が積まれた場所に出て、その先は明瞭なルートは無くなっていた。ただ、何となく人が歩いたような形跡は残っていた。適当に下って行くと左右から川の交わる合流部に出て、細い川を渡ってセメントの道に出ると、そこは古湯坊から下りてくる車道の途中だった。もう少し下のほうに出ると思っていたのだが、想定外に古湯坊に近い場所に出た。あとは上積翠寺の街中と田んぼの中の道を、本日歩いた稜線を見上げながらテクテクと自宅に向って歩くだけだ。午後4時半過ぎ、無事自宅に到着した。

    武田の杜遊歩道の淡雪山分岐部。こちらは普通の良い道。しかし・・・この道では面白くない!?


    武田の杜遊歩道から左に行く脇道を下りて行くとやがて道ははっきりしなくなり、川の合流部に出た。道・・・があるようには見えませんね。


    上積翠寺の桜は咲き始めたばかり。後ろに見えるのは本日歩いた要害山。

 地元の山ながら、知らない裏道がたくさんあることを改めて知った。薮歩き、面白し。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

桜色舞う頃 Ⅳ&Ⅴ

2010年04月05日 | 番外編
 桜色舞う頃 Ⅳ&Ⅴ

 そろそろこのシリーズは飽きたという読者の方が多いかもしれない。甲府盆地は今ソメイヨシノが満開、おそらく今週いっぱいがいちばん見頃だろう。もう少しおつきあいいただきたい。

 貢川の桜並木 平成22年4月2日
 甲府市貢川には本当に貢川という川が流れていることをこの川沿いを歩いて初めて知った。この辺りは私の散歩コースになっていて、昼休みにしばしば近辺をふらふらと歩いている。同じコースではつまらないので歩いたことのない道を歩いていると、ふとたどり着いたのがこの貢川の川沿いの桜並木道だった。3月初旬のこと、その時はまだ桜はつぼみだったが、しだれ桜は5分咲き、川辺に垂れ下がるその繊細、優美な桜を見ながら、しばし足を止めて見入ってしまった。2度目は3月下旬、この時はしだれ桜はもう終わっていて、この桜並木のメインの木であるヤエヒガンザクラが7分咲きの見頃を迎えていた。この情景を予想してカメラを持って行き、2往復して撮影したのだがその時のメモリーカードは・・・その週の週末に出かけた要害山周辺の山でどうも落として来たらしい。どこにも見当たらないのだ。そのカードには山行時の記録も入っており、それが今回山行記を更新できないでいる理由にもなっている。

    甲府駅前、信玄公銅像と桜


    甲府中央高校の桜  大木が数本立ち並び、見事な花をつけていた。

 さて、この桜並木、他のところと違うのはメインの桜がソメイヨシノではなくてヤエヒガンザクラだというところだ。この花はソメイヨシノと違って独特の上品なピンク色の花が咲く。なんともいえない心和らぐ花をつけてくれるのだ。

    貢川桜並木  対岸から


    桜並木と貢川  橋の上から


    桜並木 上流の入り口付近


    桜のドーム

 4月2日、あいにくの曇り空だったが、この日は風が少なく散歩には都合良い日だった。昼食を済ませた後、甲府駅を経てこの場所に向った。駅から歩いて40分ほど、荒川橋を渡ってすぐ右手の歩道を入るとこの桜並木に入れるが、今回はまず川の対岸を歩いて桜並木を眺めた後、橋を渡って桜並木に入った。満開を過ぎて散ってしまっている木もあるが、見ごたえは十分。ドームになった桜並木をゆっくと、歩いてはまた戻り、しばし立ちすくんでその美しさに見とれて・・・なんと心和む景色であることか。今年何度も撮り歩いている桜の中で、ここの桜がいちばん良かった、と思う。

    上品なピンク色の八重彼岸桜  向こうに見える山は我らが茅ヶ岳。


    桜ドームの散歩道


    川岸に咲く八重彼岸桜


 荒川の桜並木 平成22年4月2日
 来年受験を控えている長男は最近ようやくエンジンがかかってきたようで、この日は早朝6時過ぎの高速バスに乗って都内の予備校に春期講習に出かけた。朝5時50分に自宅を出て甲府駅まで送り届けた後、その足で満開を迎えている荒川沿いの桜を見に行った。車を止めるに良い場所が見つからず、川沿いを2周ほど回って音羽橋下流の荒川沿いの土手に車をとめさせてもらった。
 朝6時半、まだ早かったので歩く人もまばらだ。三脚にカメラをセットして担いで川沿いの散歩道を歩く。まず上流に向ってゆくと、枝垂桜か、それとも彼岸桜か、ピンク色の桜の大きな木が何本か立ち並び、その木の間から甲斐駒ケ岳が見えていた。しかし・・・電信柱がどうにも邪魔だ。このあたりは休憩するベンチや水路が設けられていて小さな公園のようになっていた。

    荒川桜並木上流部のしだれ(彼岸?)桜  木の間の甲斐駒ケ岳が見えるか?


    荒川土手沿いに桜の木が立ち並ぶ。日が差し込むとコントラストがついてきれいだが、光が入らないと桜の色が出ない。

 ゆっくりと戻りながら川沿いを歩いてゆくと菜の花が咲いている場所があった。いかにも写真を撮ってくれ!と云わんばかりの風景だ。振り返って甲斐駒ケ岳と桜がうまく撮れる場所を探すが、電線が邪魔でうまく撮れない、かつ持って行ったレンズではズームが足りなかった。

    菜の花と桜並木

 県立中央病院裏側の橋の下を抜け、そのひとつ下流の橋を渡って対岸に渡る。上流に向って歩いて行くと、桜の花の間に甲斐駒ケ岳が入る好ポイントを発見。しかし・・・この日は曇り空で陽が差し込んでこない。甲斐駒ケ岳は見えているのだが、桜の花に陽が射さないので輝度の差が大きすぎる。PLフィルターをかけても効果無く、折角の甲斐駒ケ岳が白飛びしてしまう写真になってしまう。さらに川沿いをゆっくりと歩き、音羽橋を渡って車に到着、ゆっくり2時間ほどの散策だった。

    満開のソメイヨシノと甲斐駒ケ岳


    満開の桜と甲斐駒ケ岳


    桜並木の散歩道


    向こうに農鳥岳が見えるのだが??  フラッシュ同調して撮影


    桜と甲斐駒ケ岳


    対岸からの風景  向こうに見えるのは左が鳳凰山、右が甲斐駒ケ岳。

 今年になった初めて本格的に撮影し始めた桜だが、花の時期、光の入り方、周囲の景色など、なかなか条件が難しいということがわかってきた。まだ人に見せられる作品には程遠い。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

桜色舞うころⅢ 武田神社の夜桜と十六夜の月 

2010年04月03日 | 番外編
 桜色舞うころⅢ 武田神社の夜桜と十六夜の月  平成22年3月31日

 昼間の風がうそのように止んで静かな夜となったこの日、武田神社の前を夜9時ごろに通過すると東の空から少しだけ欠けた十六夜の月が静かに昇ってきていた。お堀の前の駐車場に車を止め、三脚とカメラを持ち出して撮影を開始。昼間の桜もここのとこ頻回に撮影しているが、夜男の私としてはこの夜の撮影のほうがしっくりと来る。

    夜の武田神社


    お堀の橋から見る夜の武田神社  風がなく、幟の旗がほとんど揺れていない。十六夜の明るい月がある空は青く映る。


    夜の武田通りと満開の桜  車を避けるのに苦労した。

 街灯の電気があるので桜を撮るには苦労しないが、月を入れて撮影する場所はある程度限られてくる。あっちをうろうろ、こっちをうろうろ、街灯の光と月明かりがうまくマッチングする場所を探す。風がほとんど吹かず、木が揺れなかったおかげで長時間露光でも桜の花はきれいに写ってくれた。

    武田神社の桜と十六夜の月




    街灯の明かりを使ってアップで桜の花と月を撮影してみた。いちばん気に入っている1枚。

 しかし、いちばん苦労したのは通り過ぎてゆく車とそのライトだ。突然現れる車は不自然な光が反射してしまう。それともうひとつ、お堀に映る月を撮影していると、風がないのに何故か水面が揺れる。犯人は何かと思えば、夜だというのに水面を泳いでいる鴨と白鳥たちだった。

    お堀に映る月と桜並木

 幻想的な夜の桜の情景、皆様の好みはいかに?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

桜色舞う頃Ⅱ 山高神代桜と王仁塚の桜

2010年04月03日 | 番外編
  平成22年3月29日

 武田神社の桜(ソメイヨシノ)はそろそろ満開を迎えようとしている。そのほかの有名な桜はどうなっているのだろう。今まで全く興味なかった桜の花が今年は気になってしかたない。車を走らせ、まず向った先は北杜市の清春白樺美術館。初めて訪れたこの場所は大きな桜の木が何本も立つ場所、しかし、桜はまだつぼみで全く咲いていなかった。4月10日に桜祭り前夜祭を行なうらしいので、その頃が見頃になるのだろう。

    清春芸術の森、清春白樺美術館前の桜はまだ固いつぼみ

 次に向ったのは山高神代桜。樹齢二千年の日本で最も古い江戸彼岸桜の木で、朽ちかけた幹はその樹齢の長さを思わせる。こちらは5分から7分咲きといったところで、まだ訪れる人も少なく、人が通り過ぎるのを待たずに存分に写真撮影できた。曇り空の寒い日だったが、それもそのはず。三脚を畳んで帰ろうとした頃に小雪が舞い始めた。

    山高神代桜  こちらは5分から7分咲き。来週が見ごろを迎えそうだ。


    山高時神代桜  樹齢二千年、日本最古の江戸彼岸桜を思わせる幹を強調して15mm diagonal fisheye で撮影した画像。

 さらにもう1ヶ所、韮崎市王仁塚(わにづか)の桜に立ち寄った。こちらは3部咲きといったところだろうか。八ヶ岳や富士山を入れて撮影できることで有名な桜だが、近年撮影者が大勢訪れ、田んぼの室やあぜ道を壊してしまうことから、通路にはロープが張られていてその中以外からは撮影できないようになっていた。独自のアングルでは撮影できないこの桜の木、なんとなく興ざめしてしまった。

    王仁塚の桜  まだ3分咲き。曇り空、かつ逆光で写りが悪い。


    反対側から撮影するもやはり光の入り方が悪い。そのうち小雪が舞い出す。


    ロープが張られていて撮影できるアングルは限られている。鉄塔はきわめて邪魔。

 いずれも午後に訪れたため、光の当たり方が悪く、さほど良い作品にはなっていない。これから花見に行かれる人達の参考になればと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする